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第55話
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妊娠中に一緒にいた彼が、彼女を失って狂った話。 第359話
「愛してるとか、私のためにとか言いながら、結局は私を追い詰めてるだけじゃない？この件の黒幕と、何の違いがあるの？むしろあなたの方が、よっぽど気持ち悪いわ。蓮司、あなたなんかに絶対屈しない。一生許さないから」天音は、宙に浮いた蓮司の手を振り払い、すぐに渉と立ち去った。蓮司の頬には、もう一つくっきりと平手打ちの跡が浮かんでいた。しかし、彼の視線は、ずっと天音の手を見つめていた。天音に叩かれて痛いはずなのに、彼女の手の方がもっと痛いのではないかと心配していた。かつての天音は、あんなに自分を大切に思っていた。叩くことなんて、とてもできなかったはずなのに。なのに、今じゃ……蓮司の心は、ずきりと痛んだ。「社長？」秘書が心配そうに言った。「奥様は、もう社長のお考えに気づかれたようですね。これから、どうしますか？この会社は、このまま続けるのですか？」「続ける！」蓮司の声は冷たかった。「彼女が俺を嫌っていても、そばにいたい。松田も俺もDLテクノロジーを業界から締め出した。天音が松田に頭を下げるはずがない。きっと何か別の方法を見つけたんだ。だから俺にあんな態度をとれるんだ」蓮司の脳裏に、要の顔が浮かんだ。しかし、蓮司はすぐにその考えを頭から振り払った。あの録音の中で、天音はきっぱりと要を突き放していた。あんなに頑固な天音が、要の助けを受け入れるわけがない。何か別の理由があるはずだ。そう思った蓮司の表情がふと変わり、天音の首からルビーのネックレスが消えていることに気づいた。まさか……「すぐにオークションハウスに連絡しろ」天音がオークション会場から出てくると、和也から電話がかかってきた。今夜の和也の誕生日パーティーに招待されたのだ。「隊長？」和也は言った。「要の秘書さんはもう来ています。要が来ないからって、あなたも来ないつもりですか？私たちも一緒に仕事をした関係じゃないですか。それに、あなたにちょっと手伝ってほしい友人がいるんです」要は来ないと聞いて、天音は出席することにした。夜7時。天音は由理恵に家のことを一通り頼んでから、急いで木村家へ向かった。木村家はたくさんの人で賑わっており、様々な人が集まっていた。天音は和也と浩二しか知らなかった。二人とも忙しそうだったので、プレゼントを執
妊娠中に一緒にいた彼が、彼女を失って狂った話。 第358話
「なんでそんなに怒ってるのか？」天音はすぐに蓮司の手を振り払おうとした。でも、蓮司は天音の手を放さなかった。「放して！警察に捕まりたくないでしょ！」天音は怒って言った。「まずは教えてくれ。俺はただ、開業式の招待状を渡したいだけなんだ。なんでそんなに怒るんだ？」蓮司は天音を見つめた。実は原因がわかっていた。「風間社長、あまりにひどいじゃないですか！ついさっきうちの社長から16億も受け取ったのに、すぐに投資会社に圧力をかけて、我々DLテクノロジーに投資させないようにするなんて！」渉が天音をかばうように、怒りをあらわにして前に出た。蓮司は天音の手を放し、言った。「俺じゃない」「私の友人が、運転資金として六千万だけでも投資しようとしてくれたんです。それなのに、風間社長のせいで友人の会社の建材の納品を断られたんですよ！おまけに契約違反で訴えるなんて！」渉にも正義感があった。「どこの会社だ？」「LS木材株式会社です」と渉が答えた。その時、蓮司の秘書が口を開いた。「こちらの会社は、粗悪な木材を良品と偽って納入していました」秘書はすぐに検査報告書を取り出した。「ちょうど私がこの件を担当しております。加藤さん、こちらをご覧ください」天音は目もくれなかったが、渉は気になって仕方がない様子で、報告書を受け取ると何度も見返した。「まさか本当だったとは」と、驚きの声を上げた。「うちの社長が、加藤さんに対してそんなことをするはずがありません。それにここは京市です。我々は白樫市から来たの投資家で、業界全体に圧力をかけてDLテクノロジーを締め出すほどの力なんてありませんよ」秘書は、濡れ衣を着せられたせいで、強い口調で言った。「一体誰からそんな話を聞いたんですか？私たちを陥れようとしているのが、本当の黒幕なんでしょう」天音が戸惑いの表情を浮かべるのを見て、蓮司は心の中で、秘書に昇給させようと決めた。「天音、俺の新しい会社が明日オープンするんだ。お前たちも開業式に来てくれないか。必要なら、投資の話をしたっていい」蓮司は招待状を差し出した。「社長、どうやら私たちの勘違いだったみたいです。もし風間社長が投資してくれるなら、これはチャンスですよ」蓮司を誤解していたことに気づいた渉は、申し訳なさそうに天音に提案した。天音は招待状を
妊娠中に一緒にいた彼が、彼女を失って狂った話。 第357話
「その建設会社は……京市で最近話題の風間社長と関係があるんだ。彼の事業なんだ。DLテクノロジーには誰も投資するなと、風間社長が言いふらしているんだ」河野光生（こうの こうき）は言葉を濁しながら言った。「まさか本当だったなんて！」渉は、先ほどの大輝の言葉を思い出し、すぐさま天音の方を見た。天音は顔を真っ青にして、目に怒りを燃やしていた。「田村……いっそのこと、この金は俺が個人名義で貸そうか」天音は渉に向かって首を横に振った。渉は言った。「いいんだ。そっちにも迷惑がかかるだろう。俺たちでなんとかするよ」二人は少し言葉を交わしてから、電話を切った。天音は助手席に座って、窓の外を眺めていた。ふと思った。家を出る時、蓮司名義のものはすべて処分してくればよかった、と。そうすれば今、蓮司に邪魔されることもなかったのに。二人は銀行へ向かった。……一方、庁舎のオフィスでは。要はソファに座り、向かいには桜子が座って基地のプロジェクトについて報告していた。「隊長、明日の昼には、基地に戻れるよう手配済みです」そばにいた暁が言った。要はそこに座ったまま、淡々とした表情をしていた。「木村局長の息子の浩二さんが今朝、いらっしゃいました。隊長に会いたいと仰っていましたが、私が止めました」「彼は、何か用か？」要はそう尋ねると、桜子に視線を送った。桜子はすぐに先ほど話していた事項に印をつけた。これは再検討が必要なプロジェクトだった。そして報告を続けた。桜子の報告の声に混じって、暁が言った。「木村局長が今夜、五十五歳の誕生日パーティーを開くそうで、招待状をお持ちになりました」こうした招待状は年に百通以上届くが、いつも暁が代理で出席していた。要は何も言わなかった。暁は続けた。「浩二さんは風間社長と加藤さんの株式譲渡契約を担当した際、加藤さんが母親の会社を継いだものの、資金繰りに少し問題があるらしい、と知ったようです」暁は、二人がなぜ急に離婚したのか分からなかった。色々考えた末、天音が蓮司を忘れられないからだ、という結論に至った。それは噂と一致していた。蓮司の浮気や裏切りはさておき、非常に優秀な人物であることは確かだ。二人が離婚騒ぎを起こしている一方、蓮司は天音と同じマンションに引っ越してきた。
妊娠中に一緒にいた彼が、彼女を失って狂った話。 第356話
「いとこだと？」渉は驚いて二人を見た。大輝の後に続いて出て来た実業家たちも、とても不思議に思っていた。菖蒲のことは皆よく知っている。目の前の女性は明らかに菖蒲ではない。「誰があなたのいとこだって？」天音は、大輝が危害を加えようとしているわけではないと判断し、携帯をしまった。「ほら、見ろ」大輝は、そう言うと同時に、合図でもしたかのように、ボディーガードが天音の目の前に一冊のアルバムを差し出した。ボディーガードは無言でページをめくっていった。天音は驚きに目を大きく見開いた。そこには若い頃の母の写真が並んでいた。中年の男女や、少年や子供と一緒に写っている写真だ。アルバムのあるページで止まり、大輝の白い指がその写真に置かれた。「これが俺で、叔母さんに抱かれているのが菖蒲だ」間違いない、それは母だった。天音は顔を上げ、大輝と目を合わせた。天音の驚いた表情を見て、大輝は彼女が七、八割は信じたことを確信した。「天音、お前を傷つけたことは、分かっている。裁判はもうすぐ始まる。受けるべき罰を受けるつもりだ。だが、お前は俺たち松田家の血を引いている。このまま外に放っておくわけにはいかない。お前が見つかったことは、おばあさんにも伝えてある。おばあさんはお前に会いたがっているし、正式に松田家に迎え入れたいと言っている」と、大輝は穏やかな口調で言った。その場にいた者たちは、大輝が女性にこれほど優しい態度をとるのを見たことがなかった。菖蒲でさえ、そんな扱いは受けたことがないというのに。「でたらめを言わないで」天音は大輝に拉致されたこと、そしてあの日彼が何をしようとしたかを思い出し、ぞっとして後ずさるとエレベーターのボタンを押した。「天音……投資業界で少し噂を耳にした」大輝は天音に寄り添った。「お前の元夫の風間社長が、誰にもお前の会社に投資するなと言いふらしているそうだな。俺の投資を受けなければ、京市でお前の会社に投資する人間は二度と見つからないだろう」大輝はできるだけ穏やかな口調を心がけた。天音を松田家に迎えさえすれば、要はやはり松田家と繋がりがあることになる。松田家が遠藤家と繋がれば、京市で怖いものなしだ。要と天音の怒りを鎮めるために、大輝は菖蒲を訓練施設に送り込んだのだ。天音は無
妊娠中に一緒にいた彼が、彼女を失って狂った話。 第355話
蓮司は窓際のソファに座り、タバコに火をつけた。ふと、遠藤家で天音が自分に抵抗したときのことを思い出し、すぐに灰皿で火を消した。リビングからは、使用人たちが片付けをする音が聞こえてくる。その時、ボディーガードのリーダーが携帯を持って入ってきて、腰をかがめて言った。「旦那様、精神科病院の院長からお電話です」「内容は？」蓮司は電話に出るつもりはなかった。ボディーガードのリーダーは携帯を耳に当て、院長と数分話してから報告した。「中村さんが自殺を図ったそうです」蓮司の眼差しが、一瞬にして冷たく凍りついた。ボディーガードのリーダーはすぐに付け加えた。「幸い、すぐに発見されて一命は取り留めたとのことです。しかし院長は、また自殺を図るのではないかと心配しています。常に目を光らせておくのは難しい、と」「それで、恵里は何を望んでいる？」蓮司は冷たい表情を収め、淡々と尋ねた。「中村さんは退院して、彼女の娘さんに会いたがっているそうです」「愛莉をそっちへ送れ」「社長、子供も一緒に閉じ込めるのですか？」ボディーガードのリーダーは少し心配そうに言った。「あのような場所は、子供の成長にはよくないかと」蓮司はボディーガードのリーダーを一瞥した。「親子二人を京市に連れてこい。こっちの精神科病院に入れるんだ」ボディーガードのリーダーは蓮司の寝室を出て、手配に向かった。蓮司は前方に視線を向けた。しかし、天音の部屋のカーテンは、すでに閉められていた。もう、何も見えなかった。……朝。天音が伸びをしながら部屋から出てくると、彩子と顔を合わせた。「若奥様、朝食が出来上がりました」彩子はそう言いながら、朝食をテーブルに並べ始めた。色々な種類の朝食が並んでいて、見ているだけで食欲をそそられる。天音は、彩子が要の指示でここに来たことを知っていた。昨夜、何度も言われたので、断って向こうが気を悪くするのも面倒だった。そんなやりとりをしていたら、また要と関わることになってしまう。由理恵一人で想花の面倒を見るのは大変だ。食事の支度などをしてくれる人は確かに必要だった。天音はそう考えながらテーブルにつき、口を開いた。「九条さん、遠藤家ではお給料はいくらでしたか？」彩子は一瞬驚いた顔をしたが、天音にお箸を渡しながら答えた。「保
妊娠中に一緒にいた彼が、彼女を失って狂った話。 第354話
「風間社長、言葉には気をつけろ」要は冷めた声で言った。蓮司を見つめながら、ピザの箱を彼に手渡した。「妻は、ジャンクフードは好きじゃないんだ」大智の気持ちはありがたいが、それとこれとは話が別だ。要の言葉が終わるやいなや、警察たちが蓮司の前に進み出た。警察は蓮司に告げた。「風間さん、あなたは接近接近禁止令に違反しています。直ちにこの建物から退去してください」蓮司はぐっと眉をひそめ、冷ややかな表情の要に目をやった。しかし、要は蓮司に一瞥もくれず、エレベーターへと向かった。蓮司はピザの箱を持ったまま後を追ったが、暁に制止された。ゆっくりと閉まっていくエレベーターのドア、そして要の落ち着いた様子を見つめながら……蓮司は冷たく言い放った。「ジャンクフード？お前は天音のことを何も分かっていない。天音が何が好きかすら知らないじゃないか。そんなお前が、俺と張り合えると思うのか？例の流出した音声データ、俺も聞いた。あれは天音の声だ」蓮司は勝ち誇ったように言った。「遠藤、彼女はもうお前のことを必要としていないんだ」エレベーターのドアがゆっくりと閉まる瞬間、二人の視線が交差した要の瞳に氷のような光が宿った。その威圧的な眼差しに、蓮司は思わず身を固くした。暁は一歩下がり言った。「風間社長、あなたはあれこれ画策してうちの奥様に近づき、あなたの言う『真心』とやらを捧げましたが、奥様はそれを受け取りましたか？受け取ってはおりませんね」その言葉には、明らかな軽蔑の色が混じっていた。そしてそれは、要の心に深い傷をつけた暁は声を潜めた。「奥様と隊長はとても仲睦まじいのです。結婚式に殺し屋が乱入するという不測の事態さえなければ、式は中断されませんでした。そして今、新しい結婚式の準備も進んでいます。今度こそ、何事もなく執り行われるでしょう。世間の噂についても、もう自然に立ち消えになっています。風間社長、今回は奥様と隊長のためにあなたが怪我をされたことに免じて、軽いお灸を据えるだけにします。どうか、ご自分の立場をわきまえていただきたい」そう言うと、警察が要との交渉を始めようとした。暁はそのままエレベーターで階下へ降りていった。マンションの下にいた記者たちは、すでに特殊部隊の隊員によって追い払われていた。要は
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