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9.ブレイクとの再会

作者: サイ
last update 公開日: 2026-08-21 18:33:50

 久しぶりに来た執務室は、10年前とまた少し変わっていた。

 色々なものの配置も少し変わっているし、書類や本がすごく増えている。

 執務室にはブレイクだけがいた。

「ようこそお越しくださいました」

 声は前と同じだ。

 あたたかい気持ちになる、優しい声だ。

 自ら扉を開けて丁寧にお辞儀をされる。

 アディノスが邪魔でよく見えないけど、私も後ろの方で頭を下げた。

「ふん。あれだけしつこく言われたらな」

「許可を頂ければ出向きましたのに、このような場所で申し訳ありません」

 よく聞くと少し声の感じは変わっている。

 さらに低音になって、前より……疲れているような。10年経ったのだから、そりゃお互い歳を取るか。

 すっと目の前に手を伸ばされる。

 え、と思わず目線を上げると、ブレイクと真正面から目が合った。

 わぁ……めっちゃイケおじ。——いや、失礼か。まだ40にもなってないのに。

 目の下にクマもあるし、どことなく疲れた顔をしているからすこし老けているように見える。けれどそれさえも魅力的だ。漆黒の髪は相変わらず艶やかに光っている。

 疲れは見えるものの不健康な感じはなくて、体も鍛えてるのが服を着ていてもわかる。背筋はまっすぐで独特の威厳というか雰囲気がある。

 琥珀色の瞳が優し気に私に向けられているのを見ると、怖いという噂は当てにならないなと思った。

「またお会いできて光栄です、妖精の姫君。——といっても、覚えてないかな。君はまだ5つだったから」

 覚えてる——と言おうとしたら、アディノスがどかどかと大股で歩いてソファに座った。そっちに気を取られて返事をできずにいたら、ブレイクが続けた。

「君をひどく恐がらせてしまったんじゃないかと心配していたんだ。怖い記憶として残っていなければいいが」

「怖いだなんて」

 その気遣いにもびっくりする。

 そうか、あの時ナノリアは泣いたまま眠ってしまったから。

「こちらへ」

 あ、これはエスコートか。されたことが無いから分からなかった。

 手の角度的に握手じゃないもんな。そっと手を乗せてみる。

「あっ、私の手、汚……」

 雑巾掛けのせいで荒れてる。

 咄嗟に引っ込めようとしたのに、きゅっと握られる。そのままふっとブレイクが表情を緩めた。

「汚くなど。小さくて、可愛らしい手だ」

 顔に熱が集中する。もう……こういう事をさらりと言っちゃうんだから。

 恐ろしい、大人の男性だ。

 だってほら——あそこにいるぼんくら王子はソファに座って足を開いて、不機嫌さをアピールするのに忙しい。

 そういう態度が人間を小さく見せるってわかんないのかしら。

 幸いなことにアディノスとは離れた対面のソファに座らせてもらえた。ブレイクは対面に座る私たちの横、一人掛けソファに腰を下ろした。

「さて、本題に入る前に——やっと会えましたね殿下」

 声を掛けられたアディノスは腕を組んだまま返事をせずにいる。

「国政会議にいい加減出てください。来年の4月には即位の儀を行いますよ」

「そう急がなくてもいいだろう。早くする必要性を感じない」

「殿下。私は元々、殿下が成人するまで、という約束で摂政の位に着いたのです。ドローネ王からもそのように遺言されたのはご存知でしょう」

「聞き飽きたさ。でもな、今で全く問題がないのに、そんなに急いで俺が即位する必要があるか?」

 ブレイクが眉を寄せた。

「殿下がせめて国政会議に参加して下さるのなら、あと数年は待てましたが」

 このぼんくらは、書類から逃げるだけではなく会議にすら出ていないのか。呆れてしまう。

 蓄積された目の下のクマを持つブレイクに対して、肌艶がよくて超健康そうなアディノスを見ると、いかにブレイクに負担が集中しているのかがよくわかる。

「私を簒奪者さんだつしゃにでも仕立て上げるおつもりですか」

「なんでそうなる」

 アディノスは馬鹿馬鹿しいと吐き捨てたが、あながち見当違いでもないように思う。

 ここに来るまでにパウラに色々と聞いた。集めた情報によると、この王子は外面だけは良くて、城内での評判はすこぶるいい。使用人からの評判はかなり悪いけど、家臣、貴族らに対してはその能力の高さと外面の良さを活かした社交術で人気が高いのだ。

 一方ブレイクは清廉潔白な国政を運営している手前、融通が利かないだの、期限付きの摂政の癖にと何かと当たりが強い。——まあ、面と向かっては誰も文句を言えない程有能なんだけど。

 アディノスが成人しても即位しなかったら、ブレイクに王位を狙う二心あり、という構図ができかねない。

「私もそろそろ公爵領に戻らねば。もう10年も父に任せてしてしまっている」

 ブレイクはかなり本気のようだ。それを見たアディノスは大袈裟に胸の前で手を組んだ。

「貴殿には本当に感謝してるんだ。父が亡くなった時、俺はあまりに幼かった。この10年自由にさせてもらって」

「……まあ、子供時代というのは、大切ですからね」

「そう、大切なんだよ」

 アディノスは大層にそう言ったが、ブレイクの前だと、宿題から逃げて虚勢を張っている子供にしか見えなかった。

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  • 妖精に転生した私は、年上の摂政殿下にめちゃくちゃ甘やかされる   8.ブレイクの噂

     アディノスが部屋に来た3日後、パウラが新しいドレスを持ってきた。 「なに? それ」 「王子殿下から、今日はこちらをお召しになるようにと指示があったらしいです」 「安定の突然」  今まで着た中では最も豪華なドレスだった。白くて細かいレースまで施されている。  汚れが目立ちそうだ。  雑巾がけは日課になったけど、これで掃除はできないな。  一体どうして……。 「あ、もしかして今日行くのかな、摂政殿下の所に」 「さあ、私は何も聞いてませんので」  そうね。突然来て突然連れて行かれそうね。  あの虫も突然だったけど恐怖体験すぎて、あれからしばらくノックが怖くなったくらいだ。  ちなみに、黒いバッタさんは、ちゃんと庭の片隅に埋めて供養しておいた。宗教は違うかもしれないけど、許してほしい。  今日はもう日課の床磨きも終わったし、することもない。  着替えてないとまた嫌がらせをされたら怖いので、パウラに手伝ってもらって着替えて身支度を整えた。  ドレスはちょっとぶかぶか。 「サイズが合ってないわね」 「王子殿下は、ナノリア様のサイズをご存じないんでしょうか」  知らないだろうな。知ってても気持ち悪いけど。 「採寸したこともないしね」  今のドレスも、洗濯して縮んだからちょうど良くなったんだ。  ここの洗濯メイドは洗濯が下手なのか、ナノリアへの扱いのせいなのかわからないけど、出した洗濯物が縮んで帰ってくる。  洗濯したらいい感じに縮むかもしれないが、今から洗濯に出すわけにもいかないし。  肩口や腰回りはぶかぶかだけど、まあ切れなくはない。  それより背中がきつかった。羽を出す穴がない。 「あぁ、これ……羽が出ないわ」 「中に入れておけばよろしいのでは」 「だから、それは窮屈なんだって。ねえ、ちょっと切ってくれない?」 「ええっ!」  パウラは大袈裟に半歩後ずさった。 「私がですか!」 「うん。慣れてるでしょ? 洋服にはさみを入れたりしないの?」  一般的に庶民

  • 妖精に転生した私は、年上の摂政殿下にめちゃくちゃ甘やかされる   7.摂政ブレイク

     ナノリアが初めてブレイクに会ったのは、国王の葬儀が終わって数か月後だった。  まだ8つのアディノスのために、摂政として抜擢されたのがブレイクだった。  コーンワルド公爵領は、国境沿いの広大な領地を有する歴史ある家門だ。国王ドローネの姉が嫁いでおり、その息子ブレイクがすでに公爵位を継いでいた。つまりはアディノスの年の離れた従兄弟に当たる。  当時彼は30手前だったかと思う。それでも王都まで統治の名声が届くほど有能で、国王の推薦ではあったけど摂政就任にどこからも反対はなかったのだとか。  ナノリアは5つになったばかり。摂政殿下へ挨拶をしにいくぞと言われて、アディノスと2人、会いに行った。  葬儀にも参列を許されなかったナノリアは、この日、本当に久しぶりに内城を出た。そうして国王の執務室に向かう。  ドローネがかつて使っていた執務室は、ナノリアも何度か出入りした事がある。  そこはすでに主人を変えて、室内は様変わりしていた。  落ち着かなくてきょろきょろとして、アディノスに背中を小突かれる。 「った——」 「挨拶しろ」 「あ……ナノリアで、ございます」  緊張したままお辞儀をすると、ブレイクはわざわざナノリアの前まで来て、膝をついた。 「はじめまして。君が瑠璃の妖精姫だね」  吸い込まれそうな琥珀色の瞳と、はっきりと目立つ黒髪の青年。強烈な存在感——幼いナノリアにも、強く印象に残った。  彫りの深い濃い目鼻立ちは、従兄弟とはいえアディノスとは全然似ていなかった。爽やかな笑みを浮かべながら、優しい眼差しを向けてくれる。  瑠璃の妖精姫、それはドローネが付けた呼び名だった。瑠璃姫、妖精姫と言って可愛がってくれた。久しぶりに呼ばれた呼び名に、少し恥ずかしくて懐かしくて、もじもじとしてしまう。 「聞いていた通り可愛らし——」 「どこが。ぐずで、のろまな出来損ないだ」  ブレイクの言葉を遮ってアディノスが言い捨てた。  父親を亡くし、アディノスは急に攻撃的になった。  母親であるサフィアもずっと部屋にこもってしまっているから、まだ8つの彼としても怒りの矛先が必要だったのかもしれない。  こんな悪態はいつもの事だった。けれどこの日は恥ずかしくて、ナノリアはうつむくしかなかった。  すごく偉い人の前で、ぐずでのろまと知られるのが、情けな

  • 妖精に転生した私は、年上の摂政殿下にめちゃくちゃ甘やかされる   6.アディノス王子

    「え、誰?」 思わず聞き返したら、パウラは補足してもう一度言ってくれた。「王子殿下です。アディノス王子殿下。ナノリア様ご執心の」「やめて。執心してないから」 正確には私は、していない。「何の用?」「聞いてませんけど、聞いてきましょうか?」「普通聞くものじゃないの?」 取次ぎってそういう者じゃないのか。 パウラがさあ、と首を傾げた。「だってナノリア様は用件を聞いたことなんてなかったので」 そうか、好きな人が来たらすぐさま招き入れてたか。 いや、それでもさ。普段、まったく交流のないレディーの部屋に来るんだから、向こうから用件を言ってしかるべきでは。 コンコン、とノックの音が響く。待ちきれなくて催促のノック。「あ、来ちゃいましたね」「え、なに、はやいはやい」「いつもより遅いからですよ多分。いつも、はーい! って走っていくじゃないですか」 はーい、の所を高い声で再現された。ちょっと悪意を感じる。 それは置いておいて。 私は、王子には特に会いたくもない。それよりお昼ご飯が食べたい。 断ったら駄目だろうか。まだこの体に入って昨日の今日だし、因縁の相手にはもう少し馴染んでから会いたい。 いや、次期国王だし、無碍にしたらだめなんだろうか。 そんなことを考えていたら。「開けろ」 若い男の声が響く。——アディノスの声だ。 条件反射で体に緊張が走った。 そしてこの部屋の主人の同意の全くないままに、扉は開かれた。 侍従に開けさせたのだろうが、入って来たのはアディノス一人だった。 こちらを見て、あからさまに眉を寄せる。「いるなら早く開けろよ」 すっごい、偉そう。 そのまま遠慮もなく入ってくると、部屋の中にある椅子にどかりと座った。 ものすごく久し振りに見たような、映画の中の人に会ったような、不思議な感覚だ。 確かに目鼻立ちは整った

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