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婚約者が私に内緒で妊活した

婚約者が私に内緒で妊活した

By:  金の十七Completed
Language: Japanese
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婚約者の深見響(ふかみ ひびき)から贈られた婚約祝いは、健康診断の受診券だった。 「これからの二人の幸せのためだから」響はそう言って微笑んだ。 検診当日、急な残業が入ったという彼に言われ、私は一人で病院へ向かった。 しかし、病院へ着くと、検診しないはずの響の検診結果を医師から手渡されたのだ。 「……あの、子作りをお考えですか?」 不可解そうに尋ねる医師に、私は首をかしげた。 「いえ、まだ先の話ですが……」 医師の表情はさらに曇った。「ですが、パートナーの方の報告書によると、ここ3ヶ月ほどかなりの量のホルモン剤やサプリを摂取されているようです。てっきり、妊活中なのかと思いました」 頭の中が真っ白になった。 彼はいつ検診に来ていたの? しかも、妊活中? 婚約者の私が、何も知らないなんてことがあっていいの?

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Chapter 1

第1話

婚約者の深見響(ふかみ ひびき)から贈られた婚約祝いは、健康診断の受診券だった。

「これからの二人の幸せのためだから」響はそう言って微笑んだ。

検診当日、急な残業が入ったという彼に言われ、私は一人で病院へ向かった。

しかし、病院へ着くと、検診しないはずの響の検診結果を医師から手渡されたのだ。

「……あの、子作りをお考えですか?」

不可解そうに尋ねる医師に、私は首をかしげた。

「いえ、まだ先の話ですが……」

医師の表情はさらに曇った。「ですが、パートナーの方の報告書によると、ここ3ヶ月ほどかなりの量のホルモン剤やサプリを摂取されているようです。てっきり、妊活中なのかと思いました」

頭の中が真っ白になった。

彼はいつ検診に来ていたの?

しかも、妊活中?

婚約者の私が、何も知らないなんてことがあっていいの?

……

すぐさま響に電話をかけると、彼はいつもの優しい声で応じた。「どうしたんだい?結果に何かあった?変に心配しちゃダメだよ」

「響、お医者さんが言ってたわ。あなた、ホルモンバランスを整える薬を飲んでるって。本当のことを教えて。どういうことなの?」

震える声で問いただすと、一瞬、絶句したようだったが、彼はすぐ笑いながら説明した。

「ああ、あれか。友人の奥さんがなかなか授からなくてさ、海外から取り寄せたのを少し分けてもらったんだよ。将来僕たちにも役立つからって勧められて試しに飲んだだけだよ。考えすぎだって」

彼は優しく私をなだめたが、私の手元にある報告書には、先週の日付で彼の直筆サインが確かに記されていた。

報告書は嘘をつかないし、署名も本物だ。

響は嘘をついて、先週この病院に来ていた。

私に隠れて、一体誰と妊活をしていたというの?

「……わかったわ。疑ってごめんね。お仕事、頑張って」

震える手で電話を切り、必死に冷静さを装って家に帰った。

「検診、お疲れ様。甘いものでも食べて元気出しなよ」

響は私のお気に入りの店のシュークリームを手に、私を抱きしめて額にキスをした。

吐き気がした。

「お医者さんには異常なしって言われたわ」私はいつも通りの口調で答えた。

彼は私の鼻を指で弾いて笑った。「ほらね、僕の奥さんは健康そのものだ。それで……薬の件、もう気にしてないよね?」

白々しく探りを入れてくる。

私は彼の胸に顔を埋め、声を安定させて言った。「説明してくれたじゃない。信じてるわ。だって私たち、死が二人を分かつまで一緒……ね?」

響はホッと胸をなでおろした。「そうだね。僕が君を裏切るわけないじゃないか。君を妻に迎えるのは、僕の最高の幸せだよ」

私を妻にして、別の女と子供を作るつもり?

心の中で冷笑を浮かべつつ、私は何も知らないふりをして彼を見上げた。「ねえ、あなた……これからクライアントに会いに行くんだけど、道が悪いからあなたの車を借りてもいい?」

「いいよ。気をつけてな」彼は全く警戒せずに鍵を渡した。

彼の車にはドライブレコーダーがついている。

会社の駐車場に車を止め、エンジンを切ると、震える手で記録データをチェックしながら保存した。

彼が病院に行ったはずの先週から遡ってチェックしていく。

最初は普通だった。ただの通勤風景。

私の思い過ごしだったのか?

諦めかけたその時、ある映像に目が止まった。

彼は車を、私たちの「新居」があるマンションの敷地に止めた。

すると、ベージュのコートを着た女が車に乗り込んできたのだ。

暗くて顔は見えないが、声ははっきりと聞こてきた。「本当に健康診断なんて口実で言いくるめられたの?」

響が女をなだめる声が続いた。「仕方ないだろ。最近、彼女の勘が鋭くなっててさ。あれで安心させておけば、僕たちは心置きなく妊活できる」

女が不満を漏らした。「さっさと籍入れて、あの家をあなたの名義に書き換えさせなさいよ! 私とこの子をいつまでコソコソさせるつもり?」

響が女の髪を撫でて笑った。「わかってるよ。君と僕の子に不自由はさせない。国枝結菜(くにえだ ゆいな)はただのバカな女だ。僕のほしいものさえ手に入れば、すぐに離婚してやるさ!」

「そうこなくっちゃ。新居のあのダサいクローゼット、ぶち抜いて特大の子供部屋に変えさせなさいよ。どうせ手付金は二人で出したことになってるんだし、離婚の時にうまく立ち回れば、あの家はあなたの物でしょ?」

響が溺愛するような笑い声を漏らした。「君の言う通りにするよ。今は妊婦さんが一番大事だからね」

住民票、マンション、子供、離婚。

私の5年間の献身は、彼にとってマンションを手に入れるための踏み台に過ぎなかった。

私は必死に口を押さえて泣き声を漏らさなかったが、響からの着信が入った。

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第1話
婚約者の深見響(ふかみ ひびき)から贈られた婚約祝いは、健康診断の受診券だった。「これからの二人の幸せのためだから」響はそう言って微笑んだ。検診当日、急な残業が入ったという彼に言われ、私は一人で病院へ向かった。しかし、病院へ着くと、検診しないはずの響の検診結果を医師から手渡されたのだ。「……あの、子作りをお考えですか?」不可解そうに尋ねる医師に、私は首をかしげた。「いえ、まだ先の話ですが……」医師の表情はさらに曇った。「ですが、パートナーの方の報告書によると、ここ3ヶ月ほどかなりの量のホルモン剤やサプリを摂取されているようです。てっきり、妊活中なのかと思いました」頭の中が真っ白になった。彼はいつ検診に来ていたの?しかも、妊活中?婚約者の私が、何も知らないなんてことがあっていいの? ……すぐさま響に電話をかけると、彼はいつもの優しい声で応じた。「どうしたんだい?結果に何かあった?変に心配しちゃダメだよ」「響、お医者さんが言ってたわ。あなた、ホルモンバランスを整える薬を飲んでるって。本当のことを教えて。どういうことなの?」震える声で問いただすと、一瞬、絶句したようだったが、彼はすぐ笑いながら説明した。「ああ、あれか。友人の奥さんがなかなか授からなくてさ、海外から取り寄せたのを少し分けてもらったんだよ。将来僕たちにも役立つからって勧められて試しに飲んだだけだよ。考えすぎだって」彼は優しく私をなだめたが、私の手元にある報告書には、先週の日付で彼の直筆サインが確かに記されていた。報告書は嘘をつかないし、署名も本物だ。響は嘘をついて、先週この病院に来ていた。私に隠れて、一体誰と妊活をしていたというの?「……わかったわ。疑ってごめんね。お仕事、頑張って」震える手で電話を切り、必死に冷静さを装って家に帰った。「検診、お疲れ様。甘いものでも食べて元気出しなよ」響は私のお気に入りの店のシュークリームを手に、私を抱きしめて額にキスをした。吐き気がした。「お医者さんには異常なしって言われたわ」私はいつも通りの口調で答えた。彼は私の鼻を指で弾いて笑った。「ほらね、僕の奥さんは健康そのものだ。それで……薬の件、もう気にしてないよね?」白々しく探りを入れてくる。私は彼の胸に顔を埋
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第2話
着信画面を見つめ、深呼吸して電話に出た。「結菜?もう遅いよ。まだ終わってないのかい?クライアントがしつこいのか?」心配そうなふりをする響に、震えをこらえて答えた。「もうすぐ終わるわ」「そうか、ちょうどいい。終わったら直接新居に来てくれ。コーディネーターを呼んでるんだ。内装を決めちゃおう」新居は私と両親がお金を出して買ったものだ。それなのに、さも彼は自分の所有物であるかのように堂々と言ってのける。私はあの女を突き止めるために、吐き気をこらえて響を落ち着かせて、新居へ向かった。「わかった、すぐ行く」「じゃあ後で」部屋に入ると、響は一人の女性と楽しそうに話していた。私を見ると、彼は親しげに紹介した。「結菜、紹介するよ。君のために呼んだ売れっ子コーディネーターの葉山美奈子(はやま みなこ)さんだ」美奈子は笑みを浮かべ、澄んだ声で挨拶した。「国枝さん、はじめまして。お宅を拝見しましたが、この内装……正直言って、少し野暮ったいですね。全面的な作り直しが必要ですわ」この声。ドライブレコーダーに残っていた、あの傲慢な女の声と全く同じだ。血の気が引く私を無視して、彼女は続けた。「このウォークインクローゼット、センスのかけらもありませんわね。狭苦しくて品がないですわ」私が口を開く前に、響がすぐに同調した。「葉山さんの言う通りだよ。結菜のセンスはちょっと古いっていうか。プロの言う通りにしないと、友人を招いた時に恥をかいちゃうよ」私の前でこれほど急いで自分の好きな人をかばうなんて。私は怒りを押し殺して笑った。「私はこれで十分だと思うわ」美奈子はすぐに軽蔑した表情を浮かべた。「国枝さん、これはあなたが素人だから分からないだけですよ。あなたが好きなのは全て間違いです。このクローゼットはぶち抜いて子供部屋にすべきですよ」「あら、今のところ子供は欲しくないけど」私は冷たく返した。私の強い態度を見て、響は表情をこわばらせた美奈子を庇うように立ち塞がった。「結菜、葉山さんはプロなんだ。意地を張るなよ。素人の君にデザインの何がわかるんだ?彼女の言う通りにするのが正解だよ」不倫相手を目の前で全力で庇うなんて。私は思わず吹き出した。「葉山さん、ここは私の家よ。私がお客様なの。お客様のセンスを馬鹿にして、自分の好みを押し付ける
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第3話
私は美奈子の事務用のSNSアカウントを開き、スマホを突きつけた。「葉山さん、あなたの事務所はネット上で評判が良く、フォロワーも数万人いるわね。そんなあなたがお客様に対してこんな態度を取っていると知られたら、どうなるかしら?」「っ……!」美奈子の顔から血の気が引いた。響も焦りだした。美奈子にとってこの仕事がどれほど大切にしているか知っているからだ。手に入れていないマンションのために、仕事を失うのは、割に合わない。「結菜、落ち着けよ!葉山さんに悪気は……」「悪気があろうとなかろうと関係ない」私は冷たく遮った。「謝罪して、自分の仕事をしっかりやりなさい。部外者のあなたに、私の家の設計をかき乱される筋合いなんてないの」美奈子は屈辱に震えながらも、キャリアを失う恐怖に勝てず、歯を食いしばって絞り出した。「……申し訳ありません、国枝さん。不適切な発言でした」響がフォローするように肩を抱こうとした。「結菜、彼女は少し言い方がストレートなだけなんだ。将来の僕たちの住まいのために……」私は冷笑した。「あら?私たちの住まいのため?響、あなたは私の彼氏なのに、そんなに彼女をかばうなんて。知らない人が見たら、あなたたち二人に何か特別な関係があるんじゃないかって思うわよ」この皮肉を込めた言葉に、美奈子の目が赤くなり、ついに涙をこぼした。「国枝さん、酷すぎますわ!専門家としてのアドバイスをしただけなのに、侮辱するなんて!」彼女は泣きながら走り去った。響はその後ろ姿を追いかけたくてたまらない様子で、私に苦し紛れの言い訳をした。「結菜、どうしちゃったんだよ。葉山さんは地方から上京してきて必死に頑張ってるんだ。少し優しくしてあげてもいいだろ」彼は少し間を置き、さらに柔らかい口調で私をなだめようとした。「もういい、怒らないで。僕が一番愛しているのは君だ。リフォームが終わったら、すぐに結婚しよう。僕は……彼女に謝りに行って、気にしないでくれるよう頼んでくる」そう言って、彼は待ちきれないように飛び出していった。私はすぐにその後を追った。中庭の物陰で、響が美奈子を抱き寄せ、首筋にキスをしているのが見えた。「あんなに侮辱されたのに、あなたは見てるだけなのよ!」響の手が美奈子の体に伸び、かすれた声でなだめている。「全部、君のためじゃないか。もう
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第4話
【結菜、どういう意味だ?何かの誤解だろ!】返信を無視して、LINE、電話、あらゆる連絡先をブロックした。腐れ縁を断ち切ったような、清々しい気分だった。ところが深夜2時、なんと響は美奈子を連れて私の家の前に現れた。ドアが激しく叩かれた。「結菜、開けてくれ!誤解を解かせてくれ!」響の焦った声に続き、美奈子のわざとらしい悲しげな声が聞こえてきた。「国枝さん、本当に深見さんとは特別な関係じゃありません……」胸がざわつき、私は素早くメッセージを送った。しかし、響は私の反応がないのを見て、私が以前渡した合鍵を取り出し、無理やりドアを開けて入ってきた。部屋に入ってきた彼は、私を見つけるなり、優しい笑みが浮かび、一歩踏み出して私の手を掴もうとした。「結菜、葉山さんに少し肩入れしたのが気に入らなかったのかい?彼女、地方から出てきて頑張ってるから、つい応援したくなって……」「そうよね」彼の言葉を遮り、私は冷ややかに笑った。「彼女、本当に優秀なコーディネーターだわ。子供部屋だけじゃなく、子供の父親まで自分でデザインして確保しちゃうんだもの」その瞬間、二人の顔からスッと血の気が引いた。「な、何を言ってるんだ……?」響は無理に笑みを浮かべ、場を収めようとした。美奈子も青ざめた顔で、目をそらした。「そうよ、国枝さん、私と深見さんは全く面識がありませんよ」「面識がない?」私は冷笑し、保存していたドライブレコーダーの音声データを最大音量で流した。「国枝結菜はただのバカな女だ。僕のほしいものさえ手に入れば、すぐに離婚してやるさ!」続けて、美奈子の傲慢な声だった。「新居のあのダサいクローゼット、ぶち抜いて特大の子供部屋に変えさせなさいよ。どうせ手付金は二人で出したことになってるんだし、離婚の時にうまく立ち回れば、あの家はあなたの物でしょ?」響の顔が赤くなり、青ざめた。「響、何を説明してくれるの?私の目の前でどうやって浮気を楽しんでたか?私の稼ぎをアテにしながら、泥棒猫との将来をどう描いてたか?新居のために私は食費を削って、4000円の服を買うのさえ我慢してた。それなのに、あなたたちの愛の巣を作らされてたなんてね!」響は唇を震わせ、「結菜、君への愛は本物なんだ……」とほざいた。「黙りなさい!」私は声を荒らげた。「コソコソ
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第5話
私の言葉に響と美奈子は呆然と立ち尽くした。響は契約書の「購入者」の欄に私の名前しかないのを見て、愕然とした。「うそだろ……!二人で一緒に買うって約束したじゃないか!手付金も一緒に貯めてきたのに!」「一緒に貯めた?」私は鼻で笑った。「あなたの毎月使い果たす給料の、どこに手付金になる大金があったのよ?『一緒に貯めた』んじゃなくて、私が貯めてた『共同口座』のお金を、自分の手柄だと思い込んでただけでしょ!」彼に安心感を与えるため、私は愚かにも共同口座を開設し、毎月給料の大半を結婚資金として私がコツコツ貯めていた。彼は平然とこれらを享受し、その金で別の女に贈り物を買い、未来を計画していた。響の顔は土気色になった。美奈子も呆然として、自分が苦労して手に入れた家が最初から最後まで響とは無関係だったことに信じられなかった。「そろそろ出て行ってもらえる?」私はドアを指さし、追い出すように言った。響は私を睨みつけたまま動かない。「国枝結菜、僕をハメたな!」彼は突然、顔を歪めて叫んだ。この逆ぎれの言葉に、私は呆れて笑ってしまった。「ハメた?どの口が言うの。私の金で生活して、外で女を孕ませて、私の家に住まわせようとしたのは誰?」「くそっ……」響は逆上して私のスマホを奪い取り、床に叩きつけて壊した。証拠を消したから、安心し、私に手を上げようとした。その時――彼の腕を、分厚く硬い手が掴んだ。そこに立っていたのは、内装工事の責任者、佐藤渉(さとう わたる)だった。渉は30代前半、高身長で筋肉質な体格、日に焼けた肌に精悍な顔立ち。彼は私が「違約金」の話を口実にあらかじめ呼んでおいた助っ人だった。響は自分より一回り大きな渉を見て、気圧されながらも強気に出た。「これは家庭の問題だ、部外者は引っ込んでろ!」「家庭の問題?さっきから聞いてりゃ、『出て行け』って言われてるだろうが。おい、言葉が通じねえのか? それとも何か、力ずくでつまみ出されたいのか」響は青ざめ、美奈子が慌てて彼を引っ張った。「響、行きましょう。こんな野蛮な人と関わっちゃダメ!家のことはまた後で考えればいいわ」恨めしそうに私を睨みつけながら、二人は逃げるように去っていった。静まり返った部屋で、私と渉だけ残された。安心した私は渉に説明した。「先ほど
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第6話
私は頷いた。渉は少し考えてから言った。「あの物件は間取りも階数も良く、立地もいい。スケルトン状態で売るより、内装を仕上げたほうが4000万円は高く売れます。もし俺を信じてくれるなら、転売利益が出るように協力しますよ」私は少し躊躇した。「安心して、商売目的だけではありません」彼は私の懸念を察したように説明した。「お節介かもしれませんが、いい人が馬鹿を見るのは、見てられないんで」その真っ直ぐな言葉に、私は彼を信頼することにした。「では……お願いします」「任せてください」渉は驚くほど有能だった。上がってきたデザインはシンプルで洗練されており、工事も迅速。毎日進捗を送ってくれた。時々電話をかけてきて、細かい部分を相談してきた。彼の声はとても心地よく、低く、魅力的な声で、話すたびに私のイライラした気持ちが落ち着いていった。内装工事が完了した日、不動産仲介業者が夫婦を案内していた。「こちらの物件はハイグレードな建材を贅沢に使用しており、内装の質感が非常に高いですね。南北二面採光で風通しも抜群ですし、何よりマンション内で最も条件の良いポジションに位置しております。資産価値が非常に高く、まさに今選ぶべき一戸と言えるかと思います」その夫婦も明らかに満足しており、私と価格の詳細を話し合おうとしていた。しかし突然、鋭い声が入り口から響いた。「誰がうちの息子の家を誰に売るってんだ!全員出てけ!!」振り返ると、響の母が仁王立ちしていた。彼女は当然のように私を指さした。「ここはうちの息子とこの女が一緒に買った新居なのよ!息子を差し置いて勝手に売るなんて、許さないからね!」言いながら、床に倒れこんで、買い手の夫婦に向かって泣き喚いた。「地元の親戚にはもう結婚式招待状を出したんだよ!結納の話も進んでたのに、この女、内装が完成した途端に息子を捨てて家を独り占めしようとしてるんだ!この小娘、良心ってものはないのか!うちの響が一体何をしたっていうの、そんなことするなんて!」彼女は悲痛な叫び声をあげ、マンションを買おうとしていた夫婦は顔色が悪くなり、急いで立ち去った。言うまでもなく、響の差し金に違いない。内装が完成したのを見て、お年寄りを使って私を困らせようとしたのだ。「おばさん、このマンションに息子さんは一円も出していな
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第7話
数万人のフォロワーを抱える美奈子のアカウントで、悲劇のヒロインを装った投稿がなされた。彼女の主張によれば、自分と響は幼馴染でずっと愛し合っていたが、響は都内で地位を築くために、私の脅迫めいた求愛を受け入れざるを得なかったのだという。さらに、私がマンションを盾に響を支配してきたというデタラメまで並べ立てた。新居の手付金は大半を響が負担したのに、私が都内出身であることを盾に自分一人の名義にして、響を縛り付けたのだと。ようやく響が自由を求めた途端、私はマンションを独占するために暴力まで振るって彼を追い出したのだと。ファンの同情を煽り、私を悪役に仕立て上げようとする浅ましい魂胆が透けて見えていた。【都会の女、怖すぎて草】【格差婚で虐げられていた夫のリベンジかと思ったら、女の方がサイコパスじゃん】【葉山さん負けないで……!応援してます!】【住所まで晒されてるし、凸しようぜ!毒女に一泡吹かせてやろう!】投稿の最後には、わざとらしくマンション名と番地まで記載されていた。ネットは瞬く間に炎上し、マンション前には野次馬や「正義の味方」を自称する連中が集まり始めた。私は冷笑した。まず響の母に騒がせて売却を妨害し、次にネットで世論を誘導して私を社会的に抹殺する。そうしてマンションを売れなくしたところで、自分たちの手に取り戻そうというわけね。都内の不動産なんて、彼らには一生手の届かないものだから。残念だけど、相手を間違えたわ。響はスマホを壊せば証拠が消えると思っていたようだけど、データはすべてクラウドに保存してある。やられたら、やり返さねければない。私は新アカウントを作成し、一切の余計な言葉を排して、響の妊活資料、レコーダーの音声、そして通帳の全記録をアップロードした。事実こそが、最も強力な武器なのだ。投稿は爆発的に拡散され、世論は一変した。【今年最大の詐欺師!婚約者に養わせながら不倫相手と妊活して!】【マンションまで奪おうとしたのか】【葉山美奈子とかいうコーディネーター、不倫を『真実の愛』って言い張るの、図太すぎでしょw】ネット民の調査能力は凄まじかった。間もなく美奈子と響の個人情報や所属会社や役職まで—徹底的に暴かれた。美奈子の業務用アカウントのコメント欄は完全に崩壊し、罵詈雑言の嵐とな
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第8話
「住所までバレて、事故物件扱いされてもおかしくないのに、誰が買いますか?」渉は少し黙って、「それで、売りますか?」とだけ聞いた。買い手の正体を教えたくないのか。だがそれはもうどうでもよかった。ただ一刻も早く、この場所と、この過去と、完全に決別したかった。私は歯を食いしばり、決心した。「売ります」電話の向こうで渉は安堵の息をつくと、手際よく手続きの時期と手順を教えてくれた。手続きはあっという間だった。私は古い家に戻って鍵を替え、すべての資金を手に、憧れていた地方のリゾート地へ移住した。そこで小さな古民家でカフェを開く準備をしていた時、渉から電話があった。「カフェの改装、人手は足りてます?」彼は少し間を置いて続けた。「ちょうど近くで現場があるから、手伝えます」彼はいつも絶妙なタイミングで現れる。「佐藤さん、どうしてここまでしてくれるんですか?」電話の向こうは長い沈黙に包まれ、もう切られたかと思った。「言わないなら切りますよ」「……覚えてないかもしれないけど、君は俺の後輩ですよ。入学式で新入生代表として壇上に立っていた君を見ました。白いワンピースを着て、ステージの上でキラキラ輝いていました」私は呆然とした。こんな答えが返ってくるとは全く予想していなかった。「ずっと憧れていました」彼は自嘲気味に笑った。「深見と付き合ってると知って諦めたつもりだったけど、仕事で再会して、あんな扱いをされてるのを見て……放っておけなかった」彼が一気に言い終えると、私は言葉を失い、胸がざわついた。「佐藤さん、私は……」「気にしないでください」彼は思いやりを持って私の言葉を遮った。「ただ理由を伝えて、心配させないようにしたかっただけです。過去のことなんて、もういいです」彼は知っていた。私が失敗した恋愛からようやく抜け出したばかりで、すぐに次の恋愛に飛び込む勇気などないことを。私は深く息を吸い、仕事モードで答えた。「ありがとうございます。私のカフェに信頼できる工事チームがちょうど必要だったんですが、お願いできますか」「やります」後日、カフェの改装が終わって彼と食事をしていると、やつれ果てた響と美奈子が店に乗り込んできた。数ヶ月見ない間に、響は痩せこけ、美奈子は顔色が悪く、かつての華やかさは微塵もなかった。
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第9話
「流れた?」美奈子の弱々しい様子は、嘘をついているようには見えなかった。響も補償を要求し始めた。「僕たちをこんな惨めな目に遭わせた!仕事を失い、評判も台無しだ!補償しろ!1000万払え!」目の前の恥知らずな二人の恥知らずさに呆れていると、渉が立ち上がり、響の手首をギリリと締め上げた。「この前のお仕置きが足りなかったようだな」私は一瞬呆然とし、渉の言葉の意味がよく理解できなかった。響は反射的に身を縮めたが、私が渉を見つめる視線に気づくと、突然怯えながらも叫んだ。「そういうことかよ……!お前ら、最初からグルだったんだな!何なんだよこいつ、ヤクザかよ!?道理でやけに威張ってると思ったぜ! マンションを売った相手は、こいつの兄貴だったのかよ!じゃあ、あの時僕を階段から引きずり落として肋骨を折りやがったのも、全部お前が仕組んだ罠だったってことかよ!」なるほど。だからあのマンションがこんなに早く高値で売れたのか。響と美奈子が長い間、私を煩わせなかったのも、渉が陰で手を回していたからだ。胸が詰まったが、響の悔しそうな顔を見て、私は笑みを浮かべて言った。「今の惨めな状況は、全部あんたたちが自ら招いた結果でしょ。まさに身から出た錆ね。 私を裏切った報いなんだって、いい加減自覚したら? 悪いことをすれば自分に返ってくるなんて、当然の結末よ。肋骨がどうとかは知らないけど、私をハメようとした瞬間に、あんたたちの人生は詰んでいたのよ」私はまだ泣きじゃくっている美奈子に向き直った。「あんたもだ、葉山さん。流産したのは誰のせいでもない。あなたの身勝手な欲望と、こんなクズに固執した結果よ」「はあ?あんたがいなかったら、私がこんな目に合うはずがないわ」美奈子が発狂して飛びかかってこようとしたが、渉が素早く制止し、警備員に引き渡した。店内にようやく静かになった。窓の外で、連行されていく二人の無様な後ろ姿を見送り、私は大きく息を吐いた。渉は何事もなかったかのように手を払い、私に微笑んだ。「怖かったですか?」私は首を振り、満面の笑みで答えた。「いいえ」彼は優しく笑い、その瞳には深い慈しみが宿っていた。そうだ。もう、大丈夫だ。全部終わったことだ。私はようやく泥沼から抜け出し、新しい人生の一歩を踏み出したのだ。
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