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こんな時間に何を?

Author: 影畑凛星
last update publish date: 2026-07-25 00:27:22

「こんな時間に何をしているの?」

理央は穏やかに微笑んでいた。

だが、その目だけは笑っていない。

綾香の心臓が大きく脈打つ。

まるで監視されていたかのようなタイミングだった。

「眠れなかったの」

綾香は平然と答えた。

「少し歩いていただけよ」

「そう?」

理央は首を傾げる。

「父さんの後を追っているように見えたけど」

綾香の背筋が冷えた。

気づかれていた。

だが表情には出さない。

「恒一郎さん?」

綾香は不思議そうに目を瞬かせる。

「どうして私が?」

理央は数秒、探るような視線で綾香を見つめていた。

やがて小さく笑う。

「いや、気のせいならいいんだ」

その笑顔を見た瞬間、綾香は確信した。

気のせいだと思っていない。

この男は疑っている。

「それより」

理央が話題を変えた。

「昼間の話だけど」

婚約のことだ。

綾香は内心で身構える。

「延期したいと言っていたよね」

「ええ」

「理由を聞いても?」

穏やかな声。

だが断ることを許さない圧力があった。

綾香は少し視線を落とした。

「お父様の体調が心配なの」

「それに最近、色々と変化が多すぎる気がして」

「変化?」

「会社のこともそう。お父様のこともそう」

綾香はゆっくりと言葉を選ぶ。

「何だか急に全部が動き始めた気がするの」

理央の表情がわずかに固まった。

「綾香」

理央は優しく微笑んだ。

「考えすぎだよ」

その声に、前世の記憶が蘇る。

『綾香、僕を愛しているよね?』

『出てきたら結婚しよう』

『全部教えてやる』

あの男も、こんな顔で笑っていた。

「そうかしら」

綾香は静かに返した。

「私はそうは思わないわ」

理央の目が細くなる。

「何か気になることでも?」

「例えば、お父様のお薬とか」

その瞬間。

理央の動きが止まった。

ほんのわずかに。

本当にわずかに。

「薬?」

「前と変わっていたでしょう?」

理央はすぐに笑顔を取り戻した。

「ああ、そのことか」

あまりにも早い反応だった。

まるで質問されることを予想していたように。

「先生が調整したらしいよ」

「そう」

「最近は体調も安定してるからね」

理央は自然に言う。

「良いことじゃないか」

綾香は何も答えなかった。

良いこと。

本当にそうなのだろうか。

前世では父は死んだ。

そして御影家は奪われた。

その未来を知っている今、何一つ安心できない。

「ねえ、理央」

綾香はふと問いかけた。

「お父様に何か隠し事をしている?」

理央の笑顔が消える。

「どうしてそんなことを聞くんだ?」

「何となく」

「変なことを考えるなよ」

理央は綾香の肩へ手を置いた。

優しく。

逃がさないように。

「僕は君の味方だ」

その言葉に、綾香は吐き気を覚えた。

前世で最も信じてはいけない男だった。

「そうね」

綾香は微笑む。

「ありがとう」

真実を掴むまでは、騙されたふりをしておくべきだ。

その時だった。

「綾香!」

明るい声が廊下に響いた。

振り返る。

白いワンピースの少女がこちらへ駆け寄ってくる。

白瀬美月だった。

理央の表情が変わる。

綾香はそれを見逃さなかった。

そして次の瞬間、美月は花が咲いたような笑顔を浮かべた。

「よかったぁ! やっと会えた!」

綾香の脳裏に、前世の結婚式の光景が蘇る。

――どうして、あなたが私の顔をしているの?

綾香は静かに微笑んだ。

今度こそ。

絶対に騙されない。

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