第二十三話「再び紗幕」

第二十三話「再び紗幕」

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神社の境内の裏手に回りこんだとき。あれほどうるさかった蝉の声が消えた。

ケイタは覚えのある感覚に、周囲を見渡す。子供たち三人の他は色がなくなっている。紗幕が降ろされた世界だ、これは。

颯太と大地も異変に気づき、あたりを見回している。秩父神社の境内なのに、異界に重なっている。

三人の目の前に、猿面をつけた子供のような背格好の人物が、突然、ここにいる。

颯太と大地が驚いて、声をあげた。

「誰？」

　猿面が黙って立っている。ケイタが代わりに答える。

「壬申（じんしん）だ。僕にあのホウズキをくれた存在だよ。颯太と大地は姿を見るのは初めてだよね。ヤオゴコロオモイノカネ様の神使だよ」

壬申は頷く。

「出てくるつもりはなかったんだが。こうして三人揃って参ってくれて、嬉しくなって、ついね」

と、気さくな感じで手をあげる。

「我が主さまの差配もでもある。君たちは以前のような『力』はなくなってしまったが、『補う力』は、もう得られただろう？」

　壬申が颯太を指して、君は、と続ける。

「聴力の鋭さを」

　君は、と大地を指して

「五秒後に起きることが見える」

　君は、とケイタを指して

「見たものを一瞬で記憶するようになった。いずれも君たちを助ける『補う力』だ。君たちは三人で協力し合って生きるように、と我が主さまからの伝言だ。深淵なるご思慮で我が主さまがそのようになさった。よくよく肝に銘じて、生きなさい」

　颯太、大地、ケイタと顔を見回して、壬申は頷いた。

「正式に決まってから、こちらに報告しに来ようと思っていたんだけど」

ケイタは壬申を見つめる。

「颯太の家に下宿して、学校に通うことになるかもしれないんだ。いま、お父さんと颯太のお母さんが、話し合っている」

それを聞いて大地が驚く。

「えっ？　初耳なんだけど！　その話」

　大地が素っ頓狂な声をあげた。

「聞いてないよ、俺！」

　颯太が宥めるように、大地に答える。

「きちんと決まってから大地にも伝えようと思っていたんだ」

壬申が静かな声で言う。

「すべて我が主さまの力の賜物」

　猿面の奥で、ふっと息を吐いて、笑ったような気を、ケイタは感じ取る。壬申がケイタに向かって和やかな声をかける。

「安堵したか？」

「うん、僕にもやっと友達ができたんだ」

　ケイタは笑顔で答えた。壬申がまた面の奥で笑う気配がした。

「君たちの額の痣は、我が主さまからの贈り物だ。きっと、多難を乗り越えられる。見守っているよ、子供らよ」

　すっと紗幕が音もなくあがり、壬申が消えると、蝉時雨と境内の色が戻ってきた。

ケイタたち三人が、急に立ち止まっていったことに、尊が気づいて振り返った。

「どうしました？」

　紗幕が降りていると、時が止まるらしく、瞬きのあいだに時差が出るのだろう。

「いえ、別に」

　声を揃えて、三人で答える。

「もう大人の金儲けに利用されないように、黙っていよう」

　ケイタのつぶやきは、尊には聞こえなかったようだ。

　天神地祇社の写真を撮って颯太が大地に尋ねた。

「他に写真を撮っていないところってあったっけ？」

「ないなー」

大地が緊張感のない声を出す。いままでの緊迫感を払拭してくれる。そんな軽い口調で。

いつの間にか、境内は鎮守の森からの、涼やかな風が吹いて、秋の訪れの兆しを感じた。

「私はこのへんで、仕事に戻りますね」

「ありがとうございました」

　三人でお辞儀をして、尊を見送る。授与所へ消える尊の姿を見送った。