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第二十一話「異変からの現実」

Author: 北野塩梅
last update Huling Na-update: 2025-07-25 18:00:47

第二十一話「異変から現実」

     ※※※※※

 異界を体験したその日、帰宅した颯太は、すぐにベッドに入って泥のように眠った。

翌朝、颯太は脱衣所の洗面台で顔を洗ったあと、鏡で自分の眼の色を確認した。

「本当だ、灰色になってる……」

 瞳孔は灰青色、虹彩は薄い灰色に、角膜は濃灰色。以前の黒眼から明らかに退色していた。

「半分って眼の色か? ちょっと視界もぼやけてる?」

 視力も半分になったのかもしれない。それ以外の体の変化はなさそうで、颯太はホッとする。

 台所に向かうと、母が朝食の支度をしていた。昨夜、泥のように眠っていたから、気づかなかった。夜のうちに親が帰ってきたのだろう。

「おはよう」

颯太が母に声をかけると、振り返った母が、颯太の眼を見るなり、動きを止め、口を開けて、言葉が出てこない様子だ。母が何を言いたいのか察しがついて、先に颯太は言う。

「なんだか眼の色が変わっちゃった」

「颯太、それ、どうしたの!」

 母が血相を変えて、颯太の両頬を手のひらで包んで、颯太の眼をまじまじと見つめる。

「眼だけ? 他は? どこも痛くないの? 眼は? 痛い?」

 矢継ぎ早に質問してくる。

「痛くはないよ、ただ視界がぼやけてる」

 すると母がスマホを取り出し、何かを調べ始め、次に通話し始める。颯太の眼の状態を説明している。どうやら病院にかけているらしい。

 通話を切ると、母が意を決したように

「颯太、これから都内の大きな病院に行くわよ。秩父で患ると変な噂する連中がいるだろうからね。行くわよ。お父さん! ちょっと! 車、出して!」

母の行動は迅速だった。父は大慌てで着替えている。颯太も着替えてくるように言われた。

母は手早く持ち物を揃えて、三十分後には家を出発していた。

 それから颯太は病院であちこち検査して,特に眼の色と視力以外の異常は見られず、との診断で、母が胸をなでおろしていた。

 眼の退色は黒いカラーコンタクトで隠し、低くなってしまった視力はメガネを作ることになった。病院を後にしたその足で、メガネ屋に直行した。矯正視力の処方箋をメガネ屋に渡して、最短時間であつらえた。

 颯太は生まれて初めてのメガネにテンションが上がり、出来上がったメガネをかけて、鏡越しに母に向かって「似合う?」と軽口を言う。

「これ以上、視力を落とさないために、勉強は明るいうちに終わらせなさい」

 母から、ため息交じりに釘を刺された。

 カラコンとメガネで灰色になった眼を隠して、颯太は両親と秩父に戻った。

「夏休み中で、不幸中の幸いよ。田舎で目立つとロクなことがないわ」

 家に帰って、颯太の母が、夕食中に、父に聞こえるようにぼやいた。父は黙々と夕食を摂り、母のぼやきを聞こえないふりをした。母は母なりに田舎での苦労があるらしい。

カラコンなんてしなくても今まで通りなんじゃないか、と颯太は言いたかったが、黙っていることにした。少なくとも、大地は変わらずに接してくれるから、それでいい。

大地とは同じ秘密を抱えている。大人には言えない事情を共有している。大地の存在は確かに颯太の拠り所だ。

それから数日が経ちケイタが、秩父を再訪する連絡が来た。

颯太の変化は眼の退色だけではなかった。聴覚が異様に、鋭くなって、いろいろな音を拾ってしまい、頭が痛い。視力の低下と引き換えに聴力が上がったのには、まだ慣れない。

夏休みの課題の、秩父神社の模型作りが終わっていない。今日、ケイタが来るのに。

大地が自転車で颯太の家に近づいてくるタイヤの音を、聴き分けていた。

やがて颯太の家のインターフォンが、午前十時に鳴った。大地が勝手に、家に上がってくる。

居間で宿題の算数ドリルを解いていた颯太は、顔を上げて大地を見る。大地が挨拶も、そこそこに前のめりで颯太に告げる。

「『五秒後の景色』に慣れないからくらくらするよ。音声はなくて、ただちょっとだけ先が見えている状態。いまも颯太が居間で宿題してるのが見えてた。颯太は何か変化はあった?」

「ぼくは聴覚が鋭くなってる。大地がうちに向かってくる音を拾ってたから、うちにつくタイミングがわかった」

「それが『別の形で補う』って力かもよ」

 ところで、と大地が付け加える。

「その宿題、俺のために写させてくれ」

「は? 自分でやれ」

「なぁー。頼むよー。減るもんじゃないだろー」

大地の懇願を無視して、颯太はドリルを閉じた。

「あのさ、眼の色、戻ったのか? それにメガネ!」

指をさして大地が「似合わねぇー!」と、はしゃぐ。

「カラコン入れてるだけだよ、黒の。メガネは度が入ってるけど」

「そっかー」

 あっけらかんと相槌を打つ大地に、颯太は拍子抜けする。もっと重く受け止めるかと思っていた。

「颯太が視力矯正できるていどで良かった」

 大地がポジティブな感想を言ってくから、颯太も強がらなくてもいいんだな、という気になってくる。

「大地が来たから、早く模型の続き、やろうか」

 颯太は、いま勉強していた大きなテーブルの上を片付けて、模型のパーツを広げていく。その後は黙々と手を動かして、パーツの色付けをして、マスキングテープにナンバリングして貼る作業を繰り返した。

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