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第十七話「変調と不和」

Author: 北野塩梅
last update Huling Na-update: 2025-07-21 18:00:00

第十七話「変調と不和」

     ※※※※※

 颯太・大地と別れてケイタたちは、秩父神社をあとにすると市内観光をして旅館に一泊した。

 翌日、ミドリの運転で三峯神社に向かった。

 ケイタたちは昼頃、三峯神社に到着して、駐車場から階段を登り、お土産屋兼お食事処で昼食にした。店内に空席はなく、ケイタたちがいるテーブルにコップと水の入ったピッチャー置かれている。コップに、ミドリが四人数分、水を注いでメニューを開くと、連れのナツノに話しかける。

「天ぷらそば美味しそう! 夏野菜盛り! これにするわ。ナツノさんは何にする?」

「そうですね、私も同じのにしようかな。ケイタくんは?」

「同じでいいです」

 ケイタが答えると、三人の視線はぼんやりと宙を見つめて、何かを視て、聞いている様子の清香に集まった。

 話に加わってこない清香に、ミドリがナツノと困った笑いで取り繕う。

「清香さんは?」

「お母さんも同じでいいよね?」

 ケイタが清香に聞くと、緩慢な動きで頷く。そして何かに怯えているかのように、清香は、そっと周囲を見回した。ケイタは清香の背中に手を置いて、一定のリズムでトントンと軽くたたいて現実に意識を向けさせる。

「すいませーん、天ぷらそばの夏野菜盛りを四つ、お願いします」

 店内で忙しそうに料理を運んでいた年配の女性にミドリが注文する。はーい、と声をあげ、女性が厨房に、天そば夏盛り四つー!と、大声を張る。

 ミドリとナツノが、反応しない清香抜きにして会話を始めている。

 清香の背を叩く間隔をだんだん、ゆっくりにしていき、天ぷらそばが運ばれてくるころには、清香の顔つきが落ち着きを取り戻していた。

 ケイタが食べ終わっても、清香は自分の前の皿に一切、手をつけずにいたので、他の二人に「分けて食べちゃってください」と頼んで、再び清香の背中に手を置いた。

「清香さん、昨日からほとんど食べてないみたいだけど……」

 ミドリが心配している顔をする。

「おなかすいてない?」

 ミドリに聞かれた清香が首を振った。

「そう。ならいいんだけど」

 食べ終えて、少し休憩してから店を出た。

 三ツ鳥居の手前で振り返ると、遥かに広がる山々が見渡せた。その景色を背にして、突っ立ってる清香の周りに集まって、四人並んでスマホで記念撮影をする。

「いい景色だわ」

 ミドリが深呼吸をする。

 清香に目をやると、先ほどよりも明らかに表情がない。まるで何か、聞こえない声が反響している山からの木霊を聞いているみたいに、耳を澄ましていた。ミドリが清香に

「体調悪いの? 昨日からちょっと気にかかってたんだけど、何かに怯えているみたいに見えるけど、何? 私たちを怖がらせたいの?」

 言いかかる態勢になっている。二人のあいにケイタは割って入る。

「疲れてるんだと思います。宿坊で早めに休もうか、お母さん」

 ミドリが渋々、引き下がる。

「そういうことなら、先に言ってよ。私とナツノさんは拝殿にご挨拶に行ってくるわ。宿坊で休んでなさいね。あ、奥宮にも登るから。ケイタくん一人で大丈夫?」

 一点を見つめて動かなくなっている清香を顎で指して、それでいいか? と聞いているのだ。

 フリーズしている清香のことが、あからさまに面倒くさくなっているようすだった。

 清香の腕をケイタが引く。

「疲れたんでしょ? 休めば良くなりますよ」

 清香とミドリを交互に見た。ミドリが深いため息をつく。

「何、子供に手間かけさせてるのよ。ほら、行くわよ」

 心ここにあらずの清香の腕を、ケイタとは反対を持って、ミドリが支えた。

 おろおろしていたナツノがケイタとミドリの分の荷物を持つ。

 三ツ鳥居をくぐり、まっすぐ宿坊の興雲閣に向かった。

 社務所から繋がっている興雲閣の入り口でミドリが事情を説明して、少し早く部屋に通してもらった。清香が座りこみ、ぼぅっとしているのにもかまわずに、ミドリが布団を一組、敷いた。清香を横にならせると

「ゆっくり休んで」

 と言いおいてミドリとナツノは部屋を出ていった。

 ケイタは横になっている清香に

「何か見えるの? 聞こえるの?」

 話しかけるが、反応がない。現実世界をシャットアウトしているようにも見える。

「ぼくは拝殿に行ってくるよ」

 ケイタが立ち上がろうとしたとき、清香に凄い力で手首を掴まれた。小さな声で清香が何かを言った。何を言ったか聞き逃した。

「怖い」

 今度ははっきりとそう言った。掴んできた清香の手が震えていた。

「怖い」

 再び言うと、清香は縋るようにケイタの顔を見つめてくる。

「行かないで」

幼児のような口調で懇願している。

 ケイタはなるべく穏やかに告げた。

「何が怖いの? 昨日、秩父神社でお母さんの願いが叶ったんだよ。見えるし、聞こえているんだろ? 神様がお母さんに力を与えてくれたのに、怖いの?」

 清香が叫ぶ。

「こんなのいらない。わけわかんない。何なの? もっとちゃんとしたメッセージが私は欲しかったのに! 誰だかわかんないやつの声なんて聞きたくない」

 ケイタは、あぁ……と息を吐いた。

 三人の子供の力を得てもなお、納得しないのか。

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