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第十九話「どうでもいい」

Author: 北野塩梅
last update Huling Na-update: 2025-07-23 18:00:26

第十九話「どうでもいい」

 まだ日が暮れないうちに境内を散策しようと思い、ケイタは遥拝殿まで足を延ばして、のんびり周回して拝殿まで戻ってくると、奥宮まで登っていたミドリとナツノに、声をかけられた。

「あれ? ケイタくん。清香さんは?」

 ミドリが尋ねる。ケイタは口元だけ上げて笑顔を作った。

「部屋で横になっていると思います。しばらく一人にしてあげたほうがいいかな、って」

「そうなの? じゃあ、私たちもあまり部屋にいないほうがいいかな。山登りして汗だくだから、お風呂を先にいただくわ。夕食までは……あと、一時間くらいね。午後六時からだから」

 ミドリがスマホで時刻を確かめる。

「ケイタくんも大浴場でゆっくりしたほうがいいんじゃない?」

三人で一度、部屋に行き、着換えとお風呂セットを持って大浴場に行く。清香は布団にくるまって、不貞寝していた。ミドリの言葉に従ったのは、清香と部屋に二人で気詰まりになりたくなかったからだ。

大浴場は温泉で、男女で入り口が分かれていて、暖簾に『三峯神の湯』と書いてあった。

ケイタたちの他はまだ、宿泊者は大浴場には現れなかったから、男湯はケイタの貸切みたいなものだ。

かけ湯をして、体を洗う。浴槽は広く、いつも家で入るお湯よりも少し熱めの湯の中に、徐々に浸かっていく。

肌が熱めのお湯に馴染んできて、ケイタは首まで湯船に入り、両手足を大きく伸ばした。じんじんと末端から温まってゆく。

ぐっと両手を頭上へ、両足は湯の中で力を一瞬、四肢にこめて、次に一気に緩める動作を何度も繰り返す。心地よく体が弛緩して、凝り固まった心も何だかほぐれていく感覚だった。

いったん洗髪しに湯を出る。

お風呂セットのシャンプーとトリートメントで頭を洗って、シャワーで勢いよく流す。

さっぱりしたら、清香など、どうでもよくなった。

頭もシャワーで、泡を綺麗に洗い流すとすっきりして脳まで緩んだ。

再び湯船に浸かる。

清香がどんな人生を歩もうが、もはやケイタは関係ない。気分が軽くなってくる。

「ほんどうにーどうでもーいーい!」

 エコーのかかった空間にケイタの放った声が予想以上に響く。

そうとう脳のネジが飛んだらしく、気持ちがいい。

脱衣所のほうをチラッと見て人の気配がないと確かめて「一人だし……」と、頭まで潜って、ザバザバと浅い水位の中を、気が済むまで泳いだ。

 だんだんクラクラしてきたので、かけ湯をして風呂からあがった。

 脱衣所の扇風機が首を振っている前で、体を拭いて、ぼんやり涼む。

 頭の中が空っぽになり、何も考えない時間は貴重だと思う。

 体の末端から少しずつ体幹までリセットされてゆき、頭の中も洗浄されて、綺麗に組み立て治していくような感覚を、不思議な、それを新鮮なものとして体感した。

 視界すらも色が鮮やかになった気がする。

 肌の湿気が消えて、さらさらになったところで、脱衣所の壁かけ時計を見ると、午後六時だった。

夕食にも現れず、清香は部屋にいたらしく、ケイタは安心して食事をすませた。

もう日暮れから夜になり、部屋に戻るころには、外の大雨が窓ガラスを叩いていた。

部屋のテレビをつけると、台風が列島を通過中で、明日の午前中には関東を抜けると、気象予報士が言っていた。

轟々と風が雨の威力を強めて、斜めに降りつけている。

清香が布団に横たわったまま、何事かをブツブツと小声で独り言をつぶやいている。

その異様さにミドリとナツノが、清香をいないものとして、視界にも入れずに、今日の奥宮に登ったときの「導かれた話」をしている。

ケイタが何かメッセージを伝えなくても、主催の清香が加わらなくても、彼女たちは平常運行で、いかに自分たちが神様に歓迎されているかを夢中で話している。

「なんだ、そうか。関係ないんだ」

 ケイタは思わず口から言葉が出てしまった。

 それが思った以上に声量が大きかったらしく、彼女たちがケイタに注目して会話を止める。部屋に清香の独り言だけが続く。

「どうしたの、ケイタくん。また神様のメッセージが聞こえてきたの?」

 ミドリが存在を思い出したように質問してくる。

 そうか、こいつら、神様なんて本当はどうでもいいんだ。いかに自分たちが特別かを誇示したいだけなんだ。そのツールとして誰かがいれば、それが誰でも関係なかったんだ。

 腑に落ちて、今度は腹の底から可笑しさがこみ上げてきて、ケイタは笑いを堪える。

 清香の願いの滑稽さと、今までケイタが自分を削ってやっていたことの滑稽さと、彼女たちの自己満足の言動の滑稽さが相まって、ケイタは肩を震わせて笑えてきた。

「すみません。箸が転がっても面白い年頃なので……」

 笑いながら、部屋を出て、彼女たちが顔を見合わせている姿が視界に入ったが、かまわずに戸を閉めた。

ロビーに下りる階段で、ケイタは足を止める。

「本物か偽物かなんて、悩むのが馬鹿馬鹿しいな」

 ケイタは不意に頭に思い浮かんだ光景に、また笑った。

『顧客満足度地域№1店』

 と書かれた駅前の不動産屋のノボリが思い浮かんでいた。まるで、いままでの自分を表しているような気がして。苦笑いした。

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