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第十五話「異変」

Author: 北野塩梅
last update Huling Na-update: 2025-07-19 18:00:04

第十五話「異変」

「颯太、眼が灰色になってる……」

 大地が近距離で指摘してくる。

「えっ?」

 自覚していない変化に、颯太は戸惑った。大地の外見は、痣以外の変化はないようだった。ケイタが左耳を押さえている。

「いま、蝉の声がしているのか? 左側、聞こえない」

 体をこわばらせてケイタが呟く。

「半分は、左の聴覚ということか」

 その場にうずくまったケイタの背中をさすって、颯太はかける言葉を失った。

「左耳の聴覚を置いてきた」

 衝撃が強いのかケイタは小声で繰り返している。

「大地は何ともないのか?」

 呻くような声でケイタに問われた大地が

「ケイタが左耳を押さえている景色が、五秒前に見えた。信じられないかもしれないけど」

 と答えると

「いまさら何が起きても疑ったりしないよ」

 僅かにケイタが顔をあげて、大地を見上げた。

「颯太は?」

 ケイタが颯太にも問いかけくる。

「どこも痛くはないけど、視界がぼやけている。眼の色は鏡で見てみないと何もわからないけど」

 颯太がケイタの背中をさすっているのを、ケイタの取り巻き大人たちが、何事かと様子を伺っている。急に子供たちが集まって、大人には理解できない会話をしているのが、不自然にみえるのだろう。ここにいる大人たちからすれば、さっきまで、ただ境内に居合わせただけの、出会ったばかりの子供が、ケイタを案じているように思えるだろう。大人たちの好奇の目から、ケイタをかばうように大地が

「尊さん、こいつ熱中症みたいだから、どこか涼しくて横になれる場所に連れていきたいんだけど」

 機転を利かせた。ケイタの母、清香は、うわの空で何かにじっと耳を澄ませていて、ボーっとしている。尊がケイタの腕を取る。「歩けますか?」ケイタが無言で頷いた。

 颯太が、ケイタの取り巻きの大人たちに声をかける。

「ぼくたちがケイタのそばについてるから、おばさんたちはお参りを続けていていいよ」

 清香は、ケイタを見なかった。心ここにあらずで、宙を見つめていた。

 社務所の奥の、エアコンがきいた部屋に通された。座布団を枕にして、尊がケイタを畳の上に横にならせた。

「仕事が残っているので行きますが、気分が悪くなるようなら、病院に行ってくださいね。あとこれ」

 尊が手渡してきたのは、よく冷えた市販の経口補水液のペットボトルだ。

「ありがとうございます」

 目を閉じているケイタの代わりに颯太が受け取って、お礼を言う。それをケイタの荒い呼吸で上下する胸のあたりに置いて、落ち着くまで待った。

 やがてケイタが半身を起こして、ペットボトルの中身をゆっくり飲み始めた。

「良かった……」

 颯太も大地もほっとした。

「ごめん、ちょっとパニックになってた」

「左耳以外の変化は?」

 大地が気遣うように、ケイタの肩を優しく叩いた。

「いまのところ、ない。と思う」

「じゃあ、こっちに戻ってきてからの俺たちの変化を、まとめてくれ」

 大地が、颯太に目線を向ける。いつもなら「自分でまとめろよ」と言うところだ。颯太は起きたことを順番に思い出して言った。

「変化その一、三人とも額に痣ができた。

 変化その二、ぼくの眼が灰色になり、視界がぼやけている。

 変化その三、ケイタの左耳が聞こえなくなった。

 変化その四、大地が五秒後の景色が見えるようになった」

大地が考えをめぐらせているのか、じっと天井を見て、それからケイタの顔をまっすぐに捉える。

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