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家族メモが、息子の医師の予定で埋まっていた

家族メモが、息子の医師の予定で埋まっていた

By:  じゃんこCompleted
Language: Japanese
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結婚して5年目、私――城島結愛(じょうじま ゆあ)と夫の城島啓斗(じょうじま けいと)が共有している家族用のメモは、いつの間にか、ある一人の名前で埋め尽くされていた。 水野澄佳(みずの すみか)――息子の城島勇太(じょうじま ゆうた)を担当する心理カウンセラーだ。 親子遊びや屋外活動、次回のカウンセリング――勇太の治療に関する予定に混じって、澄佳の生理予定日まで細かく書き込まれていた。 腹が立って問い詰めると、啓斗は気にも留めず、淡々と返した。 「勇太の治療予定を組むには、澄佳の体調も把握しておいたほうがいいんだ。いちいち騒ぐな」 それから勇太の症状は目に見えて良くなっていった。その一方で、澄佳への依存はますます強まっていった。 そんな中、また屋外活動の日がやってきた。私は電車を乗り継ぎ、遊園地へ急いだ。 ようやく入口まで駆けつけると、啓斗と澄佳が勇太を真ん中に挟み、両側からその手をつないでいた。 「俺たちはもうファミリーチケットを買ったから、先に入ってる。結愛は自分のチケットを買って、あとから来て」 澄佳は勇太の頭を撫でながら言った。 「結愛さん、これも勇太くんの治療の一環なんです。気にしないでくださいね」 私はスマホをぎゅっと握りしめ、どうにか笑みを作った。 ふいにスマホが震えた。勇太からだった。 【パパ、今回も帰ったら、まだよくなってないってことにするの?】 数秒もしないうちに、そのメッセージは取り消された。 私は人の行き交う遊園地の入口に立ち尽くし、胸の奥がすっと冷えていくのを感じた。 家族のように寄り添う3人の姿が、ひどく目に刺さった。もう、見ていたくなかった。

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Chapter 1

第1話

疲れたから先に帰ると啓斗にメッセージを送ったが、案の定、返事はなかった。

電車に乗ってしばらくすると、勇太のカウンセリングで使っているグループLINEに、澄佳が動画を投稿した。

おそろいのうさ耳カチューシャをつけた3人が、カメラに向かってふざけながらピースしていた。

そのままトーク履歴を遡ると、澄佳と啓斗が勇太のトレーニングに付き添っている動画がいくつも残っていた。

どの動画でも、3人は楽しそうに笑い合っていた。どう見ても、幸せな家族そのものだった。

見ているうちに、まるで私だけがその輪の外にいるような気がしてきた。

胸が締めつけられるように苦しく、息もうまくできなかった。

自嘲めいた笑いがこぼれた。私はスマホの画面を消した。

家に着いて間もなく、啓斗から電話がかかってきた。

「結愛、雨ひどくなってきた。傘ないから、悪いけどマンションの前まで迎えに来て」

「分かった」と返し、傘を持って迎えに出た。

それから30分。全身びしょ濡れになっても啓斗たちは現れず、何度電話をかけても出なかった。

さすがに不安になって家へ戻ると、啓斗がソファに片膝をつき、澄佳の濡れた髪をタオルで拭いていた。

物音に気づいた啓斗は、こちらをちらりと振り返った。

「どこ行ってたんだよ?なんでこんな遅くなったんだ?」

濡れた指先から、床に水滴が落ちていた。胸が苦しくて、声もうまく出なかった。

「どうして……電話、出なかったの?」

啓斗は澄佳の髪を拭く手を止めず、こともなげに答えた。

「ああ、スマホの充電切れてたみたい。全然気づかなかった」

あまりにも軽い返事に、責める言葉は全部、喉の奥で止まった。

これ以上責めるのも、なんだか私のほうが心が狭くて、聞き分けがないような気がした。

雨の中で私を待たせたことも、電話に出なかったことも、帰ってみれば澄佳の髪を拭いていたことも、啓斗にとってはどれも大したことではないのだろう。

そういう小さなことが積み重なって、ふと、この人とはもうやっていけないと思った。

部屋の中がしんと静まり返る中、啓斗はようやく私の様子がおかしいことに気づいたのか、こちらを振り向いた。

「ぼーっとしてないで、先に風呂入ってこいよ。風邪ひくぞ」

そう言って立ち上がると、啓斗はホットココアを持ってきて、私の前に置いた。

「飲んどけ。身体、冷えただろ」

啓斗はいつもこうだった。

私がずぶ濡れになれば、ホットココアまで出して気遣ってくれた。なのに澄佳のことになると、私のことは簡単に後回しにされた。

そうやって優しくされるたび、つい期待してしまった。けれど結局、何度も思い知らされてきた。

啓斗の優しさも愛情も、私だけに向けられたものではなかったのだと。

20分後、風呂から上がると、澄佳が私のパジャマを着ていた。

澄佳は、まるで今初めて私の存在に気づいたような顔で口を開いた。

「うち、停電しちゃってて……今夜だけ泊めてもらうことになったんです。結愛さん、気にしませんよね?」

拳を握りしめ、何か言おうとしたところで、啓斗が口を挟んだ。

「気にしなくていいって。澄佳は勇太がお世話になってる先生なんだし、好きなだけ泊まってけばいい。

結愛だって、このくらいで何か言うようなやつじゃないし」

何も言えなかった。自分の家なのに、嫌だと言うことさえできないらしい。

「澄佳、眠り浅いんだろ?今日は勇太と寝室使えばいいよ」

私は反射的に頷きかけた。

けれど、啓斗はそのまま続けた。

「俺たちは今夜、客間で寝ればいいだろ」

胸の奥がきゅっと痛んだ。

「だめ!」

その寝室は、眠りの浅い私のために、啓斗が結婚前にわざわざ二重に防音してくれた部屋だった。

あの頃の啓斗は、「お前のためじゃなきゃ、ここまでしない」と笑っていた。

それなのに今は、その寝室を当然のように澄佳に使わせようとしていた。

啓斗は眉をひそめた。

「結愛、澄佳は客なんだから、今日くらい使わせてやれよ。わがまま言うなって」

もう何も言えなかった。

しばらくして、私は力なく頷いた。

背を向けて目元をぬぐい、【海外教育ボランティア応募フォーム】の送信ボタンを押した。

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雨降る雪降る
雨降る雪降る
倫理観ゼロのカウンセラーが路頭に迷ってるのだから、父子で迎えてルンルン暮らせばいいのに。カウンセラーの人間性がどうかは知らん。
2026-10-12 18:46:26
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ひとみ
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カウンセリング女を家に連れ込むのなんなん。何があっても二人から離れないって言うてるし結婚でもしてぜ〜んぶしてもらったら??
2026-10-12 17:56:57
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しょう
しょう
母親見下し&父の不倫アシスト息子は、最後どうなったんだ?親権とった父(クズ)は、最後自己憐憫と元妻のことしか考えて無くて、不倫アシストしてくれた息子がいることすら忘れてそう・・・
2026-10-12 13:52:58
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ノンスケ
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何事もないように家を整えるのってすごく大変だし、まして療育の必要な子どの世話もしてってなったら、妻の苦労はどれだけだったろうと思う。ワンオペで家事と育児をこなし、療育のカウンセリングの時だけ、カウンセラーとイチャイチャするためについてくる夫。子どもはまだわからないと思う。ただその場しか見てない言葉だろうし。でも大人はちゃんとお互いに一線を引くべきだったよね。それができないからカウンセラーは除名され、妻に捨てられた夫は自分では育てられずに子どもを施設は。自分は財産処分して償いの旅だと?妻が海外教育支援に行って自分を取り戻せたことがよかったと思う。
2026-10-12 12:32:22
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松坂 美枝
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実の子供の責任も取れず蒸発かあ 仏門下ってんのかな 妻が家を完璧に整えてそのうえで胡座かいてカウンセリングの女とイチャイチャプレイ こんな父親の息子なので息子も絆され母親ないがしろ 離婚しかないよね
2026-10-12 09:12:32
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第1話
疲れたから先に帰ると啓斗にメッセージを送ったが、案の定、返事はなかった。電車に乗ってしばらくすると、勇太のカウンセリングで使っているグループLINEに、澄佳が動画を投稿した。おそろいのうさ耳カチューシャをつけた3人が、カメラに向かってふざけながらピースしていた。そのままトーク履歴を遡ると、澄佳と啓斗が勇太のトレーニングに付き添っている動画がいくつも残っていた。どの動画でも、3人は楽しそうに笑い合っていた。どう見ても、幸せな家族そのものだった。見ているうちに、まるで私だけがその輪の外にいるような気がしてきた。胸が締めつけられるように苦しく、息もうまくできなかった。自嘲めいた笑いがこぼれた。私はスマホの画面を消した。家に着いて間もなく、啓斗から電話がかかってきた。「結愛、雨ひどくなってきた。傘ないから、悪いけどマンションの前まで迎えに来て」「分かった」と返し、傘を持って迎えに出た。それから30分。全身びしょ濡れになっても啓斗たちは現れず、何度電話をかけても出なかった。さすがに不安になって家へ戻ると、啓斗がソファに片膝をつき、澄佳の濡れた髪をタオルで拭いていた。物音に気づいた啓斗は、こちらをちらりと振り返った。「どこ行ってたんだよ?なんでこんな遅くなったんだ?」濡れた指先から、床に水滴が落ちていた。胸が苦しくて、声もうまく出なかった。「どうして……電話、出なかったの?」啓斗は澄佳の髪を拭く手を止めず、こともなげに答えた。「ああ、スマホの充電切れてたみたい。全然気づかなかった」あまりにも軽い返事に、責める言葉は全部、喉の奥で止まった。これ以上責めるのも、なんだか私のほうが心が狭くて、聞き分けがないような気がした。雨の中で私を待たせたことも、電話に出なかったことも、帰ってみれば澄佳の髪を拭いていたことも、啓斗にとってはどれも大したことではないのだろう。そういう小さなことが積み重なって、ふと、この人とはもうやっていけないと思った。部屋の中がしんと静まり返る中、啓斗はようやく私の様子がおかしいことに気づいたのか、こちらを振り向いた。「ぼーっとしてないで、先に風呂入ってこいよ。風邪ひくぞ」そう言って立ち上がると、啓斗はホットココアを持ってきて、私の前に置いた。「飲んどけ。身体、冷
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第2話
ベッドに入ってもなかなか寝つけず、何度も寝返りを打っていた。ふいに、温かい手が腰に回ってきた。背後から啓斗が首筋に顔を寄せ、耳元で囁いた。「ほら、もう寝よう。こうして抱いてれば眠れるだろ」私は身体をよじって、その腕から離れた。啓斗は困ったようにため息をついた。「昔は、ずっと抱いて寝てほしいって甘えてたのに。誰だったっけな?」そのまま強く抱き寄せられると、いつものウッディな香りに、かすかな花の香りが混じっているのに気づいた。啓斗のものではない香りだった。気づいた途端、涙が枕に滲んだ。「啓斗、離婚しよう」腰に回っていた啓斗の腕が、一瞬こわばった。「……何言ってるんだ?」少し間を置いて、啓斗は戸惑ったように聞いた。「遊園地で先に入ったこと、まだ怒ってるのか?それとも、電話に出なかったこと?」そして、宥めるように声を落とした。「もう怒るなって、結愛。次からはちゃんと待つし、電話も出るようにする。だから、な?」結局、啓斗はいつもそうだった。私が怒るたび、その場を収めることばかり考えていた。次からはちゃんと待つ、電話にも出る。そう言っておけば、私もそれ以上何も言わなくなると思っていたのだろう。私がどうしてそこまで傷ついたのか、考えようとしたことは一度もなかった。もう一度ちゃんと話そうとしたところで、主寝室から突然、悲鳴が聞こえた。啓斗は顔色を変え、慌てて主寝室へ向かった。勇太に何かあったのかと思い、私もすぐ後を追った。ドアの隙間から中を見ると、啓斗は澄佳を抱きしめていた。そのそばで勇太も、幼い頃に私がしていたのを真似るように、澄佳の背中を優しくとんとんと叩いていた。「澄佳、大丈夫。雷が鳴っただけだよ。怖くないから」その声は、付き合っていた頃、私を抱きしめて宥めてくれたときと同じように優しかった。けれど、昔は私に向けられていたその優しさが、今は澄佳に向けられていた。胸の奥は、もう痛いのかどうかさえ分からなかった。それでも指先だけは、小刻みに震え続けていた。涙を拭うこともできず、そのまま客間へ戻った。結局、その夜は一睡もできなかった。啓斗も朝まで戻ってこなかった。翌朝、勇太の楽しそうな笑い声で目を覚ました。「わあ、澄佳お姉ちゃんすごい!ママにはこんなの
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第3話
リビングの笑い声が静かになったのを待って、私は涙を拭い、荷物をまとめ始めた。アクセサリーを片づけていると、以前、片方のピアスを勇太の部屋に置き忘れたことを思い出した。勇太の部屋へ行くと、ピアスはベッド脇のテーブルに置かれていた。そしてふと、引き出しに貼られた付箋が目に入った。【澄佳お姉ちゃん、ここ開けてみて!勇太からのサプライズだよ!】見ないほうがいいと分かっていたのに、私は引き出しを開けた。中に入っていたのは、ディオールのピアスだった。隣には、子どもらしい字で書かれたメッセージが添えられていた。【澄佳お姉ちゃん、お誕生日おめでとう!これ、僕がおこづかい貯めて買ったんだよ!】目の奥が熱くなった。思い返せば、この数週間、勇太は何かと理由をつけて私にお金をねだっていた。あの日も、私のピアスを急に褒めて、写真を撮りたいから貸してほしいと言っていた。毎年、勇太の誕生日の前日になると、啓斗と2人で何かと理由をつけて出かけていた。全部、今日のためだったのだ。今日は澄佳の誕生日だった。啓斗と勇太は毎年この日、まるでそこへ帰るのが当たり前のように、澄佳のもとへ向かっていた。上着の前をかき合わせた。それでも、寒気は引かなかった。寝室へ戻ってクローゼットを開けると、これまで勇太からもらったものが、ひとつ残らず大切にしまってあった。ゴム手袋にエプロン、フライ返し。それに、勇太の好きな料理ばかりをまとめた手作りのレシピ帳まであった。これまでは、まだ子どもだから、相手のことを考えて贈り物を選ぶのが苦手なだけだと思っていた。でも、そうじゃなかった。澄佳には、自分でお金を貯めて、喜びそうなものをちゃんと選んでいた。私には、そうしなかっただけだった。そのとき、スマホにインスタの通知が届いた。澄佳が新しい投稿を上げていた。【地面に3つの影。1つは私。残りの2つも、私のもの】写真には、寄り添う3人の影とディオールのネックレスが写っていた。勇太の引き出しにあったピアスと同じシリーズだった。思わず乾いた笑いがこぼれた。毎年、私の誕生日になると、啓斗は決まって同じようなガラスの置物をくれた。「結愛、俺こういうのよく分かんないからさ。気持ちが伝われば、それでいいだろ?」私はその言葉を信じ
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第4話
澄佳がとっさに身をかがめて勇太を抱き寄せると、啓斗も反射的に腕を伸ばし、二人をかばった。振り下ろしたハンガーは、乾いた音を立てて啓斗の腕に当たった。当たったところは、すぐに赤くなった。啓斗は目を見開いたまま、私を見つめた。私が本当に勇太を叩くとは思っていなかったのだろう。澄佳は勇太を胸元に引き寄せたまま、泣きながら声を上げた。「結愛さん、やめてください!勇太くんは叩かないで。叩くなら私にしてください!」啓斗も我に返った。「もうやめろ、結愛。子ども相手に大人げないぞ」3人は、まるで私から勇太を守るように寄り添っていた。こうして見ると、悪いのは私のほうみたいだった。急に吐き気が込み上げ、私は壁に手をついてえずいた。啓斗がとっさにこちらへ手を伸ばしたが、その直後、勇太が泣き叫びながら玄関を飛び出した。澄佳もすぐ後を追い、啓斗も一瞬ためらったあと、2人を追って出ていった。翌日の昼、最後の段ボールを閉じたところで、改めて部屋を見回した。何年も暮らしてきた家なのに、今はもう自分の居場所ではないように感じた。気持ちはとっくに決まっていた。それでも、いざ離れると思うと少しだけ寂しかった。そのとき、啓斗から電話がかかってきた。「結愛、早く来いよ。勇太の誕生日会、もう始まってるぞ」電話の向こうはかなり騒がしく、啓斗は店の名前と場所だけ伝えると、私が何か言う前に電話を切った。断るつもりだった。それでも、5年も一緒にいたのだから、最後くらいはきちんと顔を合わせて終わらせようと思った。私はタクシーで指定された店へ向かった。個室の前まで来たところで、中から子どもたちの楽しそうな声が聞こえてきた。「勇太くんのママ、やさしいね!」「パパもママもやさしくて、いいなあ」思わず足を止めたが、そのままドアを開けた。勇太のそばには、啓斗と澄佳が並んでいた。2人は笑ったまま、パパとママと呼ばれても訂正しようとはしなかった。私はそのまま中に入り、少し声を張った。「今日は、うちの勇太の誕生日会に来てくれてありがとうね」それまで賑やかだった部屋が、一瞬で静かになった。近くにいた子が、不思議そうに私を見た。「……え?誰?」「勇太くんのママって、あのお姉ちゃんじゃないの?」私を見るなり、澄佳の目がみるみる
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第5話
私を乗せた飛行機が離陸した頃、勇太の誕生日会をしていた店には、澄佳の勤務先の責任者が来ていた。「水野さん、少しいいですか。勇太くんのお母さまから、あなたについて申告がありました。確認したいことがあるので、一度戻ってください」澄佳は顔色を変え、とっさに啓斗の後ろへ身を寄せた。啓斗はすぐに澄佳をかばうように前へ出た。「すみません、勇太の父親ですけど、何かの誤解じゃないですか。水野先生にはずっと勇太を見てもらっていますが、問題になるようなことは何もありません」責任者は手元の書類に目を落としてから、静かに答えた。「そうかもしれません。ただ、ご家族との私的な関わりについて、確認が必要な内容が含まれています。こちらとしても、そのままにしておくことはできません。確認が終わるまでは、カウンセリング業務も休んでもらいます」「だから、誤解ですって」啓斗は声を強めた。「妻には俺から話します。申告も取り下げさせますから」そばにいた勇太も澄佳の脚にしがみついた。「おじさん、澄佳お姉ちゃんを連れていかないで。ママが意地悪してるだけだよ。澄佳お姉ちゃん、何も悪くないもん」さっきまで笑い声でいっぱいだった個室が、一気に静かになった。やがて周りから、澄佳のことを話すひそひそ声が聞こえ始めた。啓斗はすぐに私へ電話をかけたが、何度かけてもつながらなかった。苛立ったまま澄佳と勇太を連れて家に戻ると、啓斗はまっすぐ寝室へ向かった。ドアを開けると、開け放したままのクローゼットは半分以上空になっていて、テーブルの上には書類が置かれていた。啓斗はそれを手に取り、目を通した。次の瞬間、顔からさっと血の気が引いた。それは、私が署名した離婚協議書だった。書類を持つ啓斗の指先が、かすかに震えた。澄佳も横から書類を覗き込み、啓斗に声をかけた。「啓斗、そんなに心配しなくても大丈夫よ。結愛さんも、今は感情的になってるだけだと思う。何日かしたら落ち着いて、きっと自分から帰ってくるわ」勇太も啓斗の服の裾を引っ張った。「パパ、ママは離婚するって言って、僕たちを困らせたいだけだよ。僕たちを置いていけるわけないもん」二人にそう言われ、啓斗も次第に落ち着きを取り戻した。離婚協議書をテーブルに放り出すと、ふっと鼻で笑った。「そうだよな。結愛は
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第6話
母は話しているうちに、声が少しずつ震えていった。私が何年も飲み込んできた悔しさまで、代わりに全部吐き出してくれているようだった。啓斗は目を赤くしたままうつむき、深く頭を下げた。「すべて俺が悪かったんです。本当に反省してます。お願いします。もう一度だけ、やり直すチャンスをください」母はそんな啓斗を冷たく見た。「もう遅いのよ。結愛ならここにはいないわ。一週間前に一度帰ってきたけど、荷物を置いてすぐ出ていったの。私だって、今どこにいるのか知らない」母はそれだけ言って、ドアを閉めた。啓斗はしばらく玄関先に立ち尽くしたあと、力なく帰っていった。それから啓斗は、私を捜し回った。私を知る人には片っ端から連絡し、行きそうな場所も思いつく限り当たった。それでも、私の居場所につながるものは何ひとつ見つからなかった。家に戻っても、部屋はがらんとして、物音ひとつしなかった。夜になると一人でリビングに座り、酒を飲みながら離婚協議書を眺め、そのまま朝を迎える日も増えていった。そんなある日、マンションの管理人から啓斗に連絡が入った。私の名前で申し込まれていた寄付に出された品物に、業者が来ているらしい。啓斗はマンションの入り口へ向かった。作業員がまとめている段ボールに近づくと、いちばん上に見覚えのあるガラスの置物がいくつかあった。啓斗はその場で足を止め、一つを手に取った。冷たいガラスを握る指が、かすかに震えた。どれも、私がこれまで大切にしまっていたものだった。それを全部手放したのだと分かった途端、二人で過ごした何気ない日々が次々と思い出された。そのとき、啓斗はようやく気づいたのだろう。私が啓斗なしでは生きていけなかったわけじゃない。ずっとそばにいる、家のことも勇太のこともやってくれる――そう思い込んで、私に甘えきっていたのは啓斗のほうだった。そのせいで何度も私を傷つけ、最後には家族まで壊してしまった。それから、啓斗が酒を飲む夜はますます増えていった。ある夜、澄佳が水の入ったグラスを手に啓斗のそばへ来て、そっと肩に手を置いた。「啓斗、もうそんなに思いつめないで。結愛さんだって、あんなに恵まれてたのに、それでも離婚したいなんて……私には分からないわ。私だったら、どんなにつらくても、啓斗と勇太くんを置いて出ていくなん
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第7話
ほどなくして、澄佳への処分が正式に決まった。私が提出した記録や資料も含めて調査が行われ、澄佳がカウンセラーという立場を利用して、利用者の家庭に必要以上に踏み込んでいたことが問題になった。その結果、澄佳は勤務先を解雇され、所属していたカウンセラー団体にも報告され、登録も取り消された。仕事を失い、啓斗にも勇太にも拒まれ、澄佳はすっかり行き場をなくした。啓斗に連絡しても返事はなく、ほかのカウンセリング施設に応募しても、処分の経緯が分かると採用を断られた。以前は評判のよかった澄佳も、とうとう仕事を失い、その後どこへ行ったのかは誰も知らなかった。家に残ったのは、啓斗と勇太だけだった。勇太は夜になると枕を抱えて泣き、ママはいつ帰ってくるのかと何度も啓斗に聞いた。ときには、私を探しに行ってほしいと泣き叫ぶこともあった。そのたびに、啓斗は何も言えなかった。私がいなくなってから、勇太は以前より不安定になり、夜中に泣いて目を覚ますことも増えていた。それを見て、啓斗もようやく、勇太がこれまで落ち着いて過ごせていたのは、私が毎日そばで支えていたからだと気づいたのだろう。啓斗は家に残っていた書類を片っ端から探し、やがて机の引き出しの奥から、海外教育ボランティアの派遣決定通知書を見つけた。その頃の私は、啓斗が私の居場所を探していることなど、何も知らなかった。あの街を離れ、海外の山あいにある小さな村へ来てから、ようやく肩の力を抜いて暮らせるようになった。この5年間、私の生活はいつも家族を中心に回っていた。妻として、母親として、家のことを優先するのがいつの間にか当たり前になっていた。疲れていないか、つらくないか、本当はどうしたいのか。そんなふうに私のことを気にかけてくれる人は、誰もいなかった。でも、ここではもう誰かの顔色をうかがわなくていい。朝は山に薄い霧がかかり、夕方には空が一面赤く染まった。空気もきれいで、村の人たちは飾らず、気さくに接してくれた。木の実や畑の野菜、採れたての卵などを、村の人たちはよく私にも分けてくれた。子どもたちも素直で、顔を合わせると「先生!」と笑って駆け寄ってきた。大事に取っておいたお菓子を、そっと差し出してくれる子もいた。毎日、子どもたちと本を読んだり、絵を描いたりした。時間があれば
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第8話
啓斗は立ち上がろうとせず、濡れた土に膝をついたまま、何度も私に頭を下げた。「結愛、本当にごめん。俺が間違ってた。俺、変わるから。今度こそちゃんとする。だから……もう一度だけ、3人でやり直せないか」あれほど強気だった啓斗が、今はただ必死に私にすがっていた。それでも、もう気持ちは揺れなかった。「啓斗、もう無理なの。あなたを愛してないし、やり直すつもりもない。離婚協議書にサインして。財産も、勇太の親権も求めない。せめて最後くらい、ちゃんと終わらせよう」啓斗は肩を落とし、膝をついたままうつむいた。さっきまで必死にすがっていた姿が、急にひどく弱々しく見えた。しばらくして、啓斗がかすれた声で口を開いた。「分かった。サインする。ただ……離婚届を出すのは、一か月だけ待ってくれないか」まだ諦めきれないのだろう。啓斗の目には、わずかな期待が残っていた。私はしばらく黙っていたが、結局その頼みを断らなかった。それから一か月、啓斗は村に残った。最初の頃は毎日のように私のところへ来て、何か手伝おうとしたり、少しでも話しかけようとしたりしていた。けれど、日が経つにつれて、それもしなくなった。少し離れたところから、私が子どもたちと本を読んだり絵を描いたり、できることが増えるたびに一緒になって喜んだりする様子を、黙って見ているだけだった。ここで笑って過ごす私を見れば、もう答えは分かっていたはずだ。私は腹立ちまぎれに家を出たのではない。ここでの暮らしを選んだのだ。もう啓斗のいる家にも、我慢ばかりしていたあの頃の生活にも戻るつもりはなかった。約束の一か月が過ぎ、私は離婚届を出すために街へ戻った。よく晴れた日だった。市役所に着くと、啓斗はもう待っていた。私を見ると、何か言いたげに口を開いたものの、出てきたのは名前だけだった。「結愛……」私たちは一緒に市役所へ入り、離婚届を書いて窓口に出した。離婚届が受理されたと告げられた瞬間、ずっと胸につかえていたものが、ふっと消えた気がした。5年間抱えてきた寂しさも、何度も味わった失望も、これでようやく終わった。隣にいた啓斗は何も言わなかった。私は最後に啓斗を見て、静かに言った。「啓斗、これで本当に終わりだね」これから先、もう同じ道を歩くことはない
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