Masuk「ねぇ、フェンラン。女性の方はここにいる方だけ ? 」
「ああ。他にもいたけれど。わたし達と群れるのが嫌な子、一緒にいても男どもに気を許した子。そういう女から消えていくの」 「消える……。ここから抜ける……死ぬ方法があるのか !? 」 涼の問いにフェンランが立ち止まり、冷たい顔で見下ろす。着物の昇り龍と目が合った涼は、その奥から再び吹き出す赤色に気まずさを隠せない。 「あんた、自殺者かい ? 」 「……そうです」 「……」 女豹等と生易しいものでは無い。フェンランの持つ『怒り』の強襲はまるで雷のように、晴れていても不自然に起きる天候のようだ。 「ふん。他の連中に言わないことだね。「『自殺』したいなら殺してもいいんだろ ?」ってね。これがここにいる奴らの思考回路さ。 でも、無理なのさ。この『城』には意思がある。神のようなものでさ。『城』が決めるまで、体は与え続けられる」 「『城』に出てもいいと認められるにはどうしたらいいんだ ? 」 「黙りな。そんな話はしていない。 ここには罪を犯したくてウズウズしてるサイコパスの巣窟。そこに「殺してください、死にたいです」なんて自ら言う羊が来たらどうなるか……見せてやるよ」 そういうとフェンランは涼の腕を抓るように強く掴み、階段を降りたキリのいい階の牢へ連れていった。 「ご覧よ」 その牢には二人の人形がいた。片方は小柄だが薄汚れた眼鏡の男の人形。彼は自分の腕や額をひたすら壁にゴリゴリと擦り続けている。ストレスか……自傷行為に近いものなのだろうか ? どちらにせよ、話が通じると思えない。 その男が立つベッドの上に、もう一体の人形が座っていた。 座らされている、と言うのが正しいだろう。 俯き、とめどなく溢れる絶望の色。涼の視界にゾッとする程の黒い霧がかかる。この絶望は二体の人形それぞれから出ている。 「っ ! 」 思わず顔をしかめる。 そしてよく見ると、ある不自然な部分を見つける。 「あのベッドの人形……。彼は……いや、彼女…… ? 」 胸がある。 確かに顔は青年。身長も180はあるだろう。程よく筋肉質な体の人形だ。生前は相当な色男だっただろう。だがその胸部だけが不自然に膨らみがあるように見える。何よりその部分だけドレスのような露出的な服を着せられていた。 「あの本来の胸の持ち主はわたし達の仲間だった。沙弥乃って美人な女でね。 そこの細い眼鏡野郎。あいつとの勝負に沙弥乃は負けたのさ。その勝負に加勢した男がいる。あのベッドの男さ。でも結果は……中途半端に勝負に巻き込まれ、負けた女の胸部をカスタマイズされ、ここで眼鏡野郎のペットになったってわけ」 「……カスタマイズ……」 京が涼の髪色を危惧していた事を思い出す。 「いいかい ? 強い男に従うんだ。囲いになって、そして波風立てず生き残る。決して正義感なんて持つんじゃないよ」 フェンランが吐き捨てるように呟いた。 「そんな……」 牢を後にし、再び階段を降りる。 「あんたには不本意なんだろうが、まぁそれでもさ。ほら」 フェンランは涼に、仲間の女達を見るよう誘導する。 取り巻きの女達は皆、強く頷き、涼に微笑んでみせる。 「仲間が出来ない孤独な世界じゃない。上手くやってきゃ、それなりに楽しく生きていける」 「うん……」 そして遂に辿り着く。 『城』の最下層。 上を見上げるととてつもない牢の数だ。極小ブロックのように並べて積み重ねてを繰り返し漏斗状になっている。 そして天井はあの薄気味悪い紫色に光る、針が何本も付いた時計盤がある。 最下層の牢は風変わりな物を並べている人形の牢があった。ここで朽ち果てたか、奪われたかした腕や足のパーツを売る店だ。服や、嗜好品を売る雑貨屋もあるようだ。 と、なれば当然、金か、それに変わるナニカがあるということだ。 「涼〜、遅ぇよ。……来て早々女の相手か ? フェンラン、困るぜ〜俺の同居人を誑かすなよぉ」 京は有刺鉄線で囲われた場所に、先程の長髪の男と共に入っていた。 「人聞きの悪い。ねちっこいのに絡まれてたから、わざわざわたしが連れてきたんだ。感謝しな」 「あ、そっか」 京はヘラヘラと涼を見て笑う。一方相手の長髪の男は涼と目が合うと、まるで獲物を狙う犬のように涎を垂らしてニヤリと口角を上げる。 「お前がいいなら俺は戦わないけど……もしかしてお節介だったか ? 涼、ペコラとペットごっこしたかったか ? 」 「はぁ !? ゼッテー無理だよ。頼むよ京。俺、あいつと同室だけはやだよ !! 」 「そっか。じゃあ、任せな」 京は軽くジャンプすると、踊るような足取りで闘技場の真ん中へ躍り出る。 その瞬間、『城』全体から歓声が湧いた。 Foooooooooo !!!!! 「うっ ! 煩……」 思わず耳を塞ぐ涼を見てフェンランが笑う。 「ここじゃこれくらいしか娯楽がないからね。でも、京が相手じゃ誰も賭けをしないけどねぇ」 「フェンラン、聞こえない ! なんて言ったの ? 」 フェンランは煙管に新しい葉を詰めると再び火をつける。 「よく見てろって事さ」半年。 たった半年で澄子は手順を済ませ必要な物資を揃え、知り合いのツテで協力者を海久寺へ呼び出していた。 そこには国籍、年齢関係なく、普段は神職者としての皮を被った呪術師ばかりだった。呪い屋や霊媒師も存在した。「本当にありがとうございます」 澄子が深々と三指を付き丁寧に頭を下げ礼を言う。「なに……我々も、自分たちの集大成としては興味がありますゆえ」 一人の老人が人の良さそうな笑みを浮かべて澄子に理解を示していた。 他の者も頷く。「俺は完全に実験ですね。『城』が作動するまではお願いします。そのあとの『海久さんがもし管理人の席を強奪されるようなことがあったら、貴女のご遺体を人柱として『呪いの城』へ変化させる』。これは俺の専門分野なんで、ワクワクしますね」「これこれ、それでは海久さんが殺されると言っているようではないか」「……でも、霊視では見えてるんですよね ? 」 呪術師の男が霊能者へ話を振る。「ええ。申し上げ憎いのですが……恐らく、翠さんは今より攻撃的になるかと。それが更生として本当に正しいのか……」「更生云々は今の話でしょう ? 今、しっかりお仕事されて頑張ってるんですよね ? 」「はい。近くのアパートに住むと……今朝方出ていってしまって。知人伝いに連絡が取れる範囲ですし、保護司が肯定的で止めきれなくて」 翠は結局、その日の朝出ていった。 この客人の面子と、自分の死後の話に懐疑的だった翠は遂に癇癪を起こして出ていってしまった。小一時間程してから、保護司の連絡で話し合い、許可せざるをえなかった。「二十二歳でしょう ? そりゃあ前科があったとしても、海久さんが毒親になってません ? 普通に実家出る年だし」「まずは様子を見て、我々は死後の事を考えましょう。根本は彼の地獄行きを食い止め、地獄行きになる魂の安住の地を創る事が目的です」「それは同意で
『海久、出鱈目な事を言うものではないよ』 海久(かいきゅう)は澄子の僧名である。澄子は師である本尊の住職に己が見た白昼夢を告げた。 だが住職から返ってきた言葉は澄子の望んだものではなかった。「はい……取り乱しまして……申し訳ございませんでした」『……。そりゃあ、こんな仕事だ。何か不思議な体験をする事もあるだろうけれどね。でも多くの日本の寺院はオカルト事の面倒を受け入れたがらない。一部には需要があっても、檀家さんなんかは安住の地としてお墓を買うだろう ? そんな場所で悪い憑き物を祓っているなんて聞いたら、その悪い気が留まるんじゃないかと疑ってしまう。 貴女を信用した者程、僧侶としての信用を失う』 寺でどうこうという問題ではない。「翠…… ! 」 死後の運命を変える。捻じ曲げるその手法の手掛かり一つでも掴めればと思っていたが、何も得られず頭を抱える。 そこへ仕事を終えた翠が戻って来た。「ただいま。 あのさ、少し話があるんだけど」 澄子はぐったりしたまま翠へ向かって振り返る。「店長の知り合いの工場の寮で、空きがあるんだって。人が住まないと傷んじゃうし、しばらく一人暮らししないかって話が出てて」「駄目よ」 澄子がキッパリと答えた事に翠は多少気が立ったが耐える。「保護司の田村さんにも同席してもらったし、大丈夫だって言われて……」「田村さん !? あんた、そんな大事な話。先に自分だけで決めてきたの !? 」「……普通なら皆、大学卒業の年だし。合わせて自立してもいいんじゃないかって」「駄目だよ ! あんたね、そんなお気楽にやっていけると思ったら大間違いだよ。徳を積むんだ今以上に ! 」「別にここを出たいとかそういうんではなくて、一度外に……」「いいかい ? 一度し
平成元年──天音 翠は澄子に連れられ、海久寺へやって来た。 師である住職から告げられた条件があった。 この海久寺の管理である。 澄子は髪を纏め、御本尊から離れ、翠と共に移り住むことになった。 朝早く起き、経を上げ、子供たちの様子を見ながら作業を割り振り話を聞いては説法を続ける。 下は十歳、上は成人もいた。この時、翠も成人を迎えていた。「翠、玄関のサッシに砂が沢山残っているよ。箒ではいておいで」「やったはずなんだけどなぁ……」 翠の肌はすっかり綺麗になり、身長も驚く程伸びた。染髪した金色の髪が揺れるのを後ろから見た澄子は、翠が年相応の生活をしている事に安堵していた。 寺の清掃が終わり次第、翠は提携先の就職先へと働きに行く。 子供たちもその姿を見ながら更生出来るのだと信じて生活を送るようになる。 成人のように刑を受けることも必要な場合もあるが、刑罰を与えたからと言って全員が反省後悔をする訳では無い。 翠も今は不便もあるだろうが、それは過去の罪は消せはしないのだから……。 澄子はいつも、その当時の事ばかりを思い出していた。 本堂に入ると、何気なく経を上げ始めた。(どうか……何事もなく、天寿を真っ当出来れば……) そう思い思わず木魚を叩く手に力が入る。 その時だった。 澄子の脳裏に見知らぬ土地の風景が突然押し込まれるように視えた。 轟々と燃え盛る炎に細い道。その地面に散らばる剣と釘の山。 息を吸えば喉が焼ける。至る所から人の叫びが聞こえるが姿は見えない。後にも先にもこの足の踏み場もない道の上を先に行かなければならない。 その先に何者かの背が見えた。 澄子は手で火の粉を払いながら先へ進もうとするが、とてもじゃないが横からも容赦なく噴き出す炎に目を細める。 前を行くその者も恐る恐る歩いて、皮膚を焦がしながらフラフラと立っていた。
「……彼女か」「うん。初代管理人……」「おい、これ」 京が頭蓋を見るよう二人を呼ぶ。 彼女の頭には外傷を受けたと思われる大きな凹みがあり、頭骨が割れていた。「酷い……」「……」「京 ? 」 京はその骸をもう一度見た時、絶句してしまった。「白骨化してるし臭いもねぇ。けど、火葬されてねぇよな ? 」 涼も目を丸くして柩の中を覗く。「う、うん。髪が残ってるもんね」「しかし、魔法の棺桶って訳じゃないだろう ? 直後からここは腐敗臭に侵されたはずだねぇ」「普通の神経じゃねぇ。一度壁に埋めて隠し通す奴はいるが、この蝋燭を見る限りじゃ丁寧に取り扱ってるようだしな」「……。翡翠なら……やるかもね」 ミイラ化したその頭のそばに、小さなメモ帳が置いてあった。「これ、何か書いてあるんじゃないのかい ? 」「見せて」 涼がそっと手を伸ばし中を開いた。「日記だ……。「十一月二十二日、今日は久々に実家へ帰る。甥と姪も正月休みを前倒ししてくれて、二年ぶりに会えることに期待を……」。甥って……」「翡翠だよな ? 」「続けるね」 涼は再び初代管理人の日記へ視線を落とした。 □□□ 十一月二十二日。 澄子はその日、都会の喧騒の中に再び向かっていた。久々に実家へ帰るのだ。 天音 澄子──翡翠の伯母でこの時五十代後半だった。自身の育児を終え、夫と死別した事を境に、仏門へと歩みだした。 師となった寺の住職は厳しい人ではあったが、中年女性である澄子の意思が強いことを見ると、ある条件を提示し澄子
プライドが翡翠を連れ出した頃── 看守ドールの消えたドアの前で、涼と京、フェンランはおかしな現象を目の当たりにしていた。「……鍵が……」 囚人塔から執務室のある塔へ向かう渡り廊下の扉。厳重に鍵のかかった三枚の扉全ての鍵が開いていた。「これは……。 あの看守達には不手際という物がない。 つまり、『城』が望んで開けたのか……」「正確に言うと、涼に来て欲しいってところだな。 お前、なんともないのか ? 」 京がそばにいる涼を見ると、手にいていた布を下ろしドールアイをペタペタと触っていた。「紫の……止まった……」 ドールアイから染みていた藤紫のドロリとした液体。今は出ていなかった。 しかし涼の眼は恐ろしいほど深い紫に変色していた。「……大丈夫。行こう。 プライドの奴、思ったよりまずい時間稼ぎしてる」「まずい ? 」「囚人達に初代管理人の事も全部バラす気でいる」「……プライドに言ったのは間違いだったか……」 フェンランが眉間を抑えるが、涼はなんでもない顔で首を振る。「大丈夫。もう止まらない。『城』が動き始めてる」『城』が動く──それが何を意味するのか、恐ろしくて京もフェンランも聞き返すことが出来なかった。 涼は執務室の前まで来ると、ドアノブに手をかける。 キィ…… 執務室も同じく。 鍵はかかっていなかった。「翡翠がこっちの塔にいるうちは鍵かけて出るのにな」「『核』が開けてくれたんだろうね。そこまでして俺に何か見せたいみたい」「見たら余計呪いが進みんじゃねぇの ? 」「見ずに進むなら、見ておきたいもん」 スンっと返事を返す涼に京は少し呆れた顔で一緒に執務室へ入った。 紙の匂いと古い木材の匂い。決して新しくない部屋の持つ独特なカビ臭さ。「懐かしい……わたしはここへは『城』に来た時以来、来てないんだ」
「さぁ、始めようか」 プライドは夜間、涼たちが房から抜け出したのを最上階から見下ろしながら手摺から離れる。 房に戻りソファへ沈むと、使いに行かせた部下を待つ。 プライドのそばには涼の服を着たルストが壁を向くように疼くまっていた。頭を隠すようにプライドの足元に、ロープで縛られて。 そのうち、あの革靴の音が響き出す。 妙に取り乱したように早足で歩くその男は、プライドの房の前で止まった。「プライド……何をしている」「何って……見た通りさ。 管理人。君は涼を特別視してるらしいね。この通り、涼は俺の手中に落ちた」「監禁が、か ? 」 今、足元にいるのはルストだ。涼ではない。 だが翡翠にその後ろ姿の判別は出来なかった。「……その割に焦ってる」「なんだ ? どういうことだ。涼を解放してもらおうか」「……いいよ」 プライドは足元にいるルストをトントンと叩く。翡翠は起き上がったルストの姿にすぐプライドが自分を騙したと気づいたが、それほど事の重大さを感じていなかった。 バンッ !!「 ! 」 他の手下がプライドの房に翡翠を閉じ込めた。 警棒を掴みかかる手をプライドが捻りあげた。「ああ、本当だこの感触。管理人、貴方もやはり人形だ」 ルストが巻かれていたロープを解き、翡翠を縛り上げていく。「少し話したいなって思ったんだけどさ。都合の悪い話になったら貴方は恐らく逃げる。 だからこんな方法をとったんだけど……やっぱり、涼は特別なんだね」「特定の囚人を特定視はしない」「貴方はしてたでしょう ? 京の話じゃ、逆に彼の方が貴方に警告していたと聞いたけど」「なるほど。さてはサタンの火事はお前が首謀者か ? その地位を手に入れるために」「まさか
執務室へ来るまでの囚人たちの視線に堪えた。涼はドアが閉まると大きく息をはいた。「大丈夫か ? 」「……はい。まだ、自分の……なんて言うか、無害さを分かって貰えないんだと思います。それに一日に癒せる人数もままならなくて」「成程。しかし貴重なものほど供給は薄いものだ。期待を持たせる程度で、人々は感謝し、抑制が効くと思うが ? 」「そんなものですかね ? あと、俺の眼。癒しの力を使うごとに濃くなってるんです」「力を使うごとに ? ……見せてご覧」 白い手袋がスっと涼の前髪を
朝。 涼が目を覚ますと、京は隣のベッドにいなかった。 体を起こしてベッドの端に座り、涼は記憶を遡る。 人形の自分の細い膝の上で組んだ手の指先に、傷が付いていた。 昨晩、京の口の中のドールアイに触れようと……その瞬間に牙を向けられた。 一度翡翠に相談してしまいたい。 全て話してしまいたいと願う。 しかしそれは自分の終わりを意味するような気がして出来なかった。何より、囚人二日目にして管理人に泣きつくことは許されないだろう。 一度立ち上がるが、何をしていいか
「食事が終わったら自由時間。と言っても昼のような作業は禁止。一階のパーツ屋も閉まってるし、畑も駄目。各自なるべく自分の部屋にいるかシャワー浴びるかだな」 房に戻った涼は京から流れを聞いていた。「その後、翡翠が就寝の合図に来る。看守役の人形が房の鍵を締めて就寝だ」「看守役の人形って ? 囚人じゃないのか ? 」「ああ。初代管理人が死んだ時、同じく看守達も姿を消したんだ。だから今は『核』が看守役の人形を創ったってわけ人形ってよりロボットに近いな」「確かにこの房の鍵を翡翠さんだけでしめるなんて無茶だもんな……」
食事は朝晩二回。 体感時間で皆、なんとなく食堂へ向かうだけだ。 涼と京は二人向かい合って座る。 食べるものは選べない。 食堂にいるシェフ姿の人形が勝手に囚人のトレイに皿を置く。乱雑で、無言。目も合わない。 実に作業的な流れだ。 しかし、その皿に乗った食事に涼は言葉を失っていた。「食べねぇの ? 」 京が固まったままの涼を不思議そうに見た。「いや……監獄的なイメージがあったから……もっと自由度の少ない飯が出てく