Se connecter「京、待って…… ! 」
涼が慌てて立ち上がると、長髪の男の取り巻きが押さえ込んだ。
「離せ ! 痛ぇな !! 」
口をついて出たセリフに自分で驚く。
(痛い !? 本当に痛覚がある !? 人形の体なのになんで感覚まで再現されてるんだっ !? )
「お前は商品だ。下層まで来い ! 」
凶悪そうな人形だ。自分の染髪された姿を考えると、この連中も生前を模して作られているはずだ。もし街中でこんな奴がいたら涼は絶対に近寄らないだろう。いかにもな髪の剃り込みにピアスだらけの顔。
「行く ! 行くってば !! 触んな !! 」
涼の頭を掴んで引き摺ろうとする。元より京と離れたら、こんな奴ばかりかもしれない場所に置き去りにされるのはごめんだ。
京も京で涼には既に目もくれず、さっさと一人で下層へ降りてしまった。「あんたら、やめときな」
抵抗を諦めそうになった時、涼の背後から女の声で呼び止められた。
ピアス男は涼を掴んだまま睨み返す。「下層に連れて行きゃいいんだろ ? わたしが連れて行くから、乱暴はおやめなさいな」
「ぐぅぅ〜っ ! 生意気な女ボス ! 翡翠様に言って罰則を食らわすぞ !! 」
女は煙管を咥えると、ツゥッと口に煙を吸い込み、その煙を何でもない顔でピアス男に吹きかける。
「臭ぇ ! 」
この時、涼の目には異質が視えていた。大声で吠えるピアス男より、煙管を咥えた女ボスは恐ろしく、そして珍しい気質。感情の色だ。
着物姿の女性は激しく強い『怒り』の感情を纏っていたのだ。その色は真っ赤で、心臓から燃えるように吹き出す血のような赤色だ。「そいつとの同居を主人は望んでんだろ ? 景品に傷をつけるわけにいかないだろうにさぁ……」
「わ、分かってる。
いいか ? 一番下に来い ! ここに逃げ場はねぇんだからな !? 」ピアス男は階段へ逃げて行く。
「全く、しょうもないねぇ」
一瞬。
一瞬だ。 ピアス男がいなくなると同時に彼女の赤色がスっと消える。 怒っていたのは演技か ? 否、感情の起伏が激しい故の現象である事を涼は生前の経験から知っている。階段に逃げ込んだピアス男の方が余程人間らしい感情構造なのだ。この女は癇癪で何をするか分からない。 しかし、助け舟を出されたのは事実だ。 涼は乱れたシャツと髪を直すと女を見上げる。「ありがとう……ございます」
「別にいいよ」
艶かしい目尻の紅色に林檎のような艶のある唇。べっ甲の簪と纏め上げた黒髪。闇夜に昇る金の龍を連想させる強烈な和装。
切れ長で鋭い瞳の睫毛が、涼の全身を何往復も見回す。「あんた、京と同じ部屋なのかい ? 」
「そうみたいです。あ……申し遅れました、俺は一ノ瀬 涼と申します」
「0点の自己紹介だね」
「 ??? 失礼しました」
涼が頭を下げようとするのを、女は目を逸らし、煙を吐きながら周囲を探る。
「わたしは、風蘭《フェンラン》。
ここじゃ個が個である以外何もない。特に苗字なんていらないんだ。 ただ『涼』と名乗ればいい」「フェン……ラン……。フェンって苗字じゃないの ? 」
「今言ったろ。
腕っ節に自信があれば好きにしな。そもそも、京だって『紅』なんて苗字、なかなかいないでしょうに。あれも偽名だろ」「あ……そうなんですね……」
「その態度もやめるんだね。
わたしはあんたを助けたんじゃない。次に京とわたしが戦って、あんたと同室を申し入れようかしら……と言えば分かるかい ? だってお前、気が弱く無害そうだ。わたしに危害を加えそうに見えないから、安心して眠れそうだし」「そ、そんな理由で !? 」
「ふふふ。冗談だよ。でもここはそういう場所。気をつけなって事。
でも始まっちゃったものは仕方が無いね。下層へ行くよ、ついてきなさいな」フェンランが動き出すと涼は瞬く間に周囲の 女性陣に囲まれる。
ムッとする香水の香り。「痛覚や嗅覚があるなんて……」
絶望する涼を尻目にフェンランは小馬鹿にするように小さく微笑む。
「そりゃあ、何も感じない世界なら罰にならないじゃないか」
壁をそっと撫でながら鉄の階段を降りる。
フェンランの下駄や女達のヒールの音が煩いほど鳴り、その姿を見たいのか牢にいた男たちもこぞって外へ出てくる。手摺から落ちんばかりに身を乗り出し、この集団を見下ろしていた。「さぁ、始めようか」 プライドは夜間、涼たちが房から抜け出したのを最上階から見下ろしながら手摺から離れる。 房に戻りソファへ沈むと、使いに行かせた部下を待つ。 プライドのそばには涼の服を着たルストが壁を向くように疼くまっていた。頭を隠すようにプライドの足元に、ロープで縛られて。 そのうち、あの革靴の音が響き出す。 妙に取り乱したように早足で歩くその男は、プライドの房の前で止まった。「プライド……何をしている」「何って……見た通りさ。 管理人。君は涼を特別視してるらしいね。この通り、涼は俺の手中に落ちた」「監禁が、か ? 」 今、足元にいるのはルストだ。涼ではない。 だが翡翠にその後ろ姿の判別は出来なかった。「……その割に焦ってる」「なんだ ? どういうことだ。涼を解放してもらおうか」「……いいよ」 プライドは足元にいるルストをトントンと叩く。翡翠は起き上がったルストの姿にすぐプライドが自分を騙したと気づいたが、それほど事の重大さを感じていなかった。 バンッ !!「 ! 」 他の手下がプライドの房に翡翠を閉じ込めた。 警棒を掴みかかる手をプライドが捻りあげた。「ああ、本当だこの感触。管理人、貴方もやはり人形だ」 ルストが巻かれていたロープを解き、翡翠を縛り上げていく。「少し話したいなって思ったんだけどさ。都合の悪い話になったら貴方は恐らく逃げる。 だからこんな方法をとったんだけど……やっぱり、涼は特別なんだね」「特定の囚人を特定視はしない」「貴方はしてたでしょう ? 京の話じゃ、逆に彼の方が貴方に警告していたと聞いたけど」「なるほど。さてはサタンの火事はお前が首謀者か ? その地位を手に入れるために」「まさか
涼とプライドが向かい合う。 改めて見るとプライドは恐ろしいほど整った顔立ちの男だ。人形のような……という例えがあるが、まさにこういう男を言うのだろうと涼はプライドを見据える。 どんなに綺麗な外見でもプライドは、過去に裏社会のショービジネスで常人では考えつかないほど人命を奪っている。「不思議……。貴方みたいな人をサイコパスって言うのかな。外見や所作が完璧すぎて、余計に邪悪さを感じる。 しかも、全く過去のことなんて微塵も気にしてないんだね」「ん〜。最初からそんな場所で育てられたからね」「……俺に何か視て欲しいの ? 」「はは。そんな正面から来られると俺が可哀想な奴みたいじゃない。まぁ、でもそうだね……」「前に言ってた恋人の話 ? 」 プライドは視線を逸らしたまま少し言い淀む。「根本はそうなんだけどさ。俺みたいな人間は会いたいとか後悔とか、そんな事じゃないんだよ。 そうだな……人ってさ、運命って決まってると思う ? 」「思わない。悲惨な過去や生まれつきお金持ちかどうか、最初から決まってたらおかしいよ」「でも、事実……人間に優劣はあるよね。 涼、君は俺とは話なんかしてくれないと思ってたけど、違ったね」 涼は紫色の眼を細めるとプライドを鼻で笑ってしまった。「ブレードの事 ? 俺が逆恨みするかって話なら、してるよ。 それに、俺の『癒し』にも最初からサタンも茶々を入れてきたよね」「それについては、今どう思ってるのか聞きたいな。 俺の恋人もね、間違った道を全力で走り抜いて行く人だってけど、その最後の犠牲者が俺ってわけ。これってさ、俺が悪だとしたら、彼は英雄になったじゃんって思ったりしてね」「微塵も思ってないこと話すの楽しい ? 言っておくけど、俺はそういうバイトはしてたけど、自分の意思じゃないしあんたと違うから」
「ブレードは塀の向こうを探索したんだ。その時、ドールヘッド達を見つけた。頭だけが生きてる状態で、何人もね。 さっき言ってた、ドールを殺す方法。もうやってた奴がいたんだ」「翡翠か」「そう。あいつは何人ものドールを今まで殺して、ドールヘッドを塀の外へ捨ててた。 脱獄の為に初代管理人の網膜を処理した。 その時、制作に関わった囚人、当時の看守、全員が殺された」 京は納得のいかない様子で首を捻る。「でも翡翠が今、脱獄に興味が無さそうなのはなんでなんだ ? 俺が片目を持ってるのはもうバレてるよな ? 」「出れる望みがないんだ。 塀の向こうに、輪廻転生出来る『光のドア』があるんだってさ。そこに行くつもりだったんじゃない ? 」「『光のドア』だって ? それは……まさに出口じゃないか」 フェンランが興味を示す。しかし、涼はなんでもない顔で言葉を続けた。「翡翠は『管理人殺し』のせいで『核』に呪われた。初代管理人は最初から、謀反が起きた場合の事を考えて、呪いが発動するように『城』を作っていたんだよ。あいつは『核』の許可無しにここから出れないんだ。 そして今は、俺も呪われてる。『核』は翡翠を恨んで、更に生贄まで欲しがるようになった。 翡翠はただの猟犬だよ。翡翠が『核』に言われて、彷徨った魂を『城』へ連れてくる。その中から生贄が選ばれる。何が基準かは、俺も知らない。 最初はブレードだったんだ。ゆっくり侵食して、同化してしまうように飲み込むつもりだった。 でも、ブレードは眼を自分で取り出したから、生贄育成はやり直し」「その代打がお前かよ」 京が吐き捨てるように言う。「そうみたいだね。 あの天井の大きな目玉。目が合った時、俺の左眼に、上を見上げてる俺自身の姿が見えたんだ。あの眼は俺を見てるし、あの目が見るものは俺も見える。 ……『核』はゆっくり俺を生贄にする気だよ」「どうすんだよ ! それで『城』はどうなる !? お前は !?
「足元に気をつけな」 フェンランについて京が涼を抱えるようにして囚人塔へ入る。 涼の視界は不鮮明で、ドールアイから吹き出る液体を拭えば問題なく見える。「離して。歩けるから……」「じゃあ、これ使え。他の連中の目が気になる」「……」 涼は京の差し出した布を手にすると、抑えるように目頭に当てる。 心なしか先程より止まってはきたが、何故かブレードのドールアイはピッタリと嵌め込まれ、取り出すことは不可能なようだった。 紫に変色した両眼がドールヘッドに根を張るように馴染んでしまっていた。 何とか塔の真下、ファイト用の闘技場のフェンスまで来て上を見上げる。そこには確かに生身の人間のような生きた質感の目玉があった。「時計は……どこに行ったんだ」 京が眉間に皺を寄せた。「あの時計は……全ての針が揃ったら、『城』が開放されるはずだったんだよな ? 」「わたしもそう聞いてはいたが……揃ったところなんて今まで見たこともない。 寧ろ、今まで涼が『癒し』をする度に針が動いて音が鳴ってたね」「じゃあ……」 涼はこの時、全てが繋がっていた。 大時計のあった場所の目玉を見るとまさに自分と視線を合わせるようにキョロリと眼球が動いた。「あれ……俺が『癒し』をして動いて、俺が『城』の呪いに侵されるまで様子を観てたんだ……」「呪い ? ……どういうことだよ」 その場で聞き返そうとする京の肩をフェンランが叩く。「涼、少し話を聞かせてもらいたい。わたしが知っていることも教えよう。 京、もう引き下がれない。あんたも覚悟を決めな。 人目のない場所へ」 三人は再び庭へ移動した。 冥花畑の中に木箱で作られた椅子と台があった。その上にフェンランが茶を淹れて二人へ差し出した。「お茶の木もあってね。最もお茶を買うやつなんかいないけど。皆、冥花を求めて、ここには立ち入らない」「無くなっちゃ困るもんな」「そう。
『俺たちは首だけでここに』『死ぬことも出来やしねぇ。死んだところで体はもう誰かに売られてる。一生、喋る頭蓋骨さ』『ふひひ。そんな玩具がお化け屋敷に置いてあるのを見たことがあるぞ』「……」 ブレードは言葉を失ってしまった。『あんた、点呼まで戻った方がいいぞい』『ああ。もう俺らは……どうにもなんないのさ』「いいや、待ってくれ。翡翠が管理人になったところで、『城』から出れないのは変わらないのだな ? 」『正確には、出てもこの様子だ。ずっと永遠に広がる闇さ』『だが、この闇の中に輪廻転生へ繋がる光のドアがあるんだ』「生まれ変わりのチャンスか……」『でも途方もねぇ距離だろうよ。もしくは罪の量刑によって位置が違うと思われるな。煉獄や転生というのは皆が同じタイミングではないからな』「……管理人になった翡翠がここを出て、そのドアを探さない理由が分からん」『そうかぁ』『ははは ! 結局、あいつはまだあそこにいるのかぁ』 ヘッド達はニタニタと笑うと、翡翠を嗤った。『彼女は『もしもの時』の為に呪いをかけていたのさ』「呪い…… ? 」『管理人の座を誰かに奪われ、肉体を失い殺されたとしても、絶対に主導権を渡さない呪いさ』『そうだ。自らの肉体を生贄にして、それは存在する』「その尼僧というのが『核』か !! ? 」 一際、傷んだドールがぎょろりとブレードを見上げる。『オマイさん ! 眼が ! 』「 !!? 」 ブレードの左眼から藤紫色の液体がドロリと流れ出す。 慌てて抑えるが、止まらない 。『おい、お前さん。『核』に目を付けられたね ? ここに来るまでの間、彼女に脱獄を見抜かれたのさね』「眼が ! 見えん ! 」『その辺に法衣が落
「ブレード……か。不満は無いのか ? 」 久々に点呼に現れた翡翠がブレードの呼び名について本人へ聞いたがブレードは何も気を悪くした様子もなく。「いいえ。 それより……看守殿、最近……フェンランが怪しい葉っぱを売り歩いているようですが」「彼女の冥花の扱いは俺が許可した。ここには娯楽の類も少ない上、冥花は依存性はあるものの体は肉体ではないし、病気の不安はないからな」「そうでしたか。余計な事を言いました」「いや。今後も何か見かけたら是非報告して欲しい。貴方は信用に値しそうだ」 笑いかける翡翠はふと、ブレードの房にあるロープの山を見つけた。「それは…… ? 」「売り物です。暴力的な輩が多いですからね。こんな物でも重宝するようです」 正確に囚人塔の報告を上げてくるブレードが、なぜ囚人に売る為の道具を……それも拘束する為と言い切って持っている姿に違和感があった。「そうか。囚人たちとの付き合いにも慣れてきたようで何よりだ」 そう答えるしかない。 この頃ずっとブレードの上官は翡翠であり、ブレードは軍人であろうと──せめて良き兵隊であろうとしていた。 だがブレード自身がまだ『城』の存在を訝しんでいた。元々はリアリストで、死後の世界など無いと思っていた。それがこの『城』が存在し、自分は罪人だと区分された。翡翠の言うことは絶対ではあるが、二度と踏み外すような人生は送るまいと頑固な理念も内に秘めていた。 翡翠はブレードの房に積まれたロープの山を見た時、何か嫌な予感がしたのだった。 □ ブレードは夜更けにロープの束を手に取ると、房の鍵を工具で取り壊し、囚人塔を降りていく。 皆がその足音にブレードが夜更けに出歩くのは珍しいと思いながら布団に潜っていた。 ドツン……ドツン…… その足音はやがて外
執務室へ来るまでの囚人たちの視線に堪えた。涼はドアが閉まると大きく息をはいた。「大丈夫か ? 」「……はい。まだ、自分の……なんて言うか、無害さを分かって貰えないんだと思います。それに一日に癒せる人数もままならなくて」「成程。しかし貴重なものほど供給は薄いものだ。期待を持たせる程度で、人々は感謝し、抑制が効くと思うが ? 」「そんなものですかね ? あと、俺の眼。癒しの力を使うごとに濃くなってるんです」「力を使うごとに ? ……見せてご覧」 白い手袋がスっと涼の前髪を
朝。 涼が目を覚ますと、京は隣のベッドにいなかった。 体を起こしてベッドの端に座り、涼は記憶を遡る。 人形の自分の細い膝の上で組んだ手の指先に、傷が付いていた。 昨晩、京の口の中のドールアイに触れようと……その瞬間に牙を向けられた。 一度翡翠に相談してしまいたい。 全て話してしまいたいと願う。 しかしそれは自分の終わりを意味するような気がして出来なかった。何より、囚人二日目にして管理人に泣きつくことは許されないだろう。 一度立ち上がるが、何をしていいか
「食事が終わったら自由時間。と言っても昼のような作業は禁止。一階のパーツ屋も閉まってるし、畑も駄目。各自なるべく自分の部屋にいるかシャワー浴びるかだな」 房に戻った涼は京から流れを聞いていた。「その後、翡翠が就寝の合図に来る。看守役の人形が房の鍵を締めて就寝だ」「看守役の人形って ? 囚人じゃないのか ? 」「ああ。初代管理人が死んだ時、同じく看守達も姿を消したんだ。だから今は『核』が看守役の人形を創ったってわけ人形ってよりロボットに近いな」「確かにこの房の鍵を翡翠さんだけでしめるなんて無茶だもんな……」
食事は朝晩二回。 体感時間で皆、なんとなく食堂へ向かうだけだ。 涼と京は二人向かい合って座る。 食べるものは選べない。 食堂にいるシェフ姿の人形が勝手に囚人のトレイに皿を置く。乱雑で、無言。目も合わない。 実に作業的な流れだ。 しかし、その皿に乗った食事に涼は言葉を失っていた。「食べねぇの ? 」 京が固まったままの涼を不思議そうに見た。「いや……監獄的なイメージがあったから……もっと自由度の少ない飯が出てく