เข้าสู่ระบบ居酒屋とスペインバルの中間みたいな、少し洒落た雰囲気のその店は、木製のドアに小さな看板が掛かっていて、店名を知らないと通り過ぎてしまいそうな隠れ家風。
火曜日の早い時間ということもあって、店内には二組ほどの客しかおらず、ほどよい静けさが漂っていた。
カウンターが八席、テーブルが十卓ほどのこぢんまりした空間。
間接照明の暖かい光が、疲れた気持ちをほんの少しだけほぐしてくれる。
私はそっと扉を開ける。
「いらっしゃいませ」
店員の穏やかな声に迎えられ、少しだけ張り詰めていた肩の力が抜けた。
ウンターの奥から、「いらっしゃいませ」といつものスタッフさんに声をかけられた瞬間、体からすうっと力が抜けていくのを感じた。
ああ……私、思っていたより緊張してたんだ。
ようやく自分のこわばりに気づいた私は、入り口から一番離れた奥まった二人掛けの席へ向かう。
ここは、いつも空いていれば自然と選ぶお気に入りの席。半個室とまではいかないけれど、隣のテーブルとも少し距離があって、なんとなく落ち着く場所だ。
バッグを置き、ジャケット代わりのカーディガンを脱いで椅子の背に掛ける。
店員さんにとりあえず生ビールを注文し、すぐに運ばれてきたグラスをひと口。
──ああ、生き返る……。
ごくりと喉を鳴らして飲んだそのとき、ふと目に入った腕時計の針が、十八時十分を指していた。
……十八時。地下二階。
さっきまで忘れたふりをしていた現実が、急に胸の奥から這い上がってくる。
心臓がどくん、と跳ねた。
……どうしてる、かな、副社長。
怒ってるよね……当然か。
でも──
昨日の今日で、「はい、はじめまして! まさかあなたが相手だったとは!」なんて、冗談みたいなテンションで言えるわけがない。
普通の人だって戸惑うのに、相手はよりによって副社長。
副社長……か。
ビールグラスをコトンとテーブルに置きながら、私はおそるおそるスマホを取り出す。
ためらいながらも、検索バーに指を伸ばし、「小泉翔太郎」と入力して、検索ボタンを押した。
──うわっ。
一瞬で表示された結果に、私は目を丸くする。
検索結果、五万二千五百件。
そのすぐ上には、ばっちり整った顔立ちの男性のドアップ写真が大きく表示されていた。
やたらと光の加減が良くて、モデルかと思うレベル。
「……はは……」
思わず小さく笑ってしまう。
何これ、もう別世界の人じゃん。
Wikipediaのページまで表示されていて、もはや“人となり”どころか“歴史”レベルの情報が並んでいる。
ふと、以前ふざけて自分の名前をネットで検索してみたときのことを思い出す。
珍しい名前でもないし、ヒット数は千件も満たなかった。
同じ時代を生きてるはずなのに、検索結果ひとつでこれだけ世界が違うなんて。
スマホを手にしたまま、私はため息をついて──指先でそっと、Wikipediaのリンクをタップした。
小泉翔太郎。
世界的な電子部品メーカー「ARM」の代表取締役副社長。
──はい、出ました……。
スマホの画面に並ぶ経歴の文字列を、私は半ば呆然としたまま目で追った。
父は現・代表取締役社長、小泉幸太郎。
祖父は八代目社長にして元会長、小泉順太郎。
祖母は華族の血を引き、母は元・宝塚歌劇団のトップ娘役。
……なにこの、どこを取っても完璧なプロフィール。
いっそ清々しいほどの“華麗なる一族”。
思わず、画面に大きく表示された「私は華麗なる一族です」とでも言いたげな見出しに苦笑してしまう。
本人は、日本屈指の名門大学を卒業後、いくつかの子会社や海外支社で現場経験を積み、
二年前──つまり二十九歳で本社の副社長に就任。現在、三十一歳。
スクロールした先には、スーツ姿で写る本人の写真。
整った顔立ちに、きっちりとセットされた髪。非の打ち所がない。
けれど、どこか冷たい印象を受ける表情で、写真なのに“近寄りがたい空気”が漂っていた。
──ああ、そういえば。
思い出す。
先輩や同期が話していた、あの話題。
「若いのに副社長だよね」「独身なんて信じられない」
「顔もいいし、スタイルもいいし、完璧すぎて逆に怖いってば」
そんなふうに、誰もが一度は彼の話をしていたっけ。
私は当時、それをどこか他人事として聞き流していた。
自分に関係するはずがないと思っていたから。
でも──
もしかして。いや、もしかしなくても。
結婚していない理由って……やっぱり、例の“呪い”?
ふざけ半分で笑っていた話が、急に目の前で現実味を帯びていく。
彼もまた、先祖に振り回されている“被害者”なのだとしたら。
ああ、もう!
私は、たまらなくなってスマホをテーブルの上にポンと置いた。
画面が裏返り、ぴたりと沈黙する。
──なんで私が、自分の会社の副社長を真剣に検索してるわけ?
こんなのおかしい。訳が分からない。
ビールの泡は、もうすっかり消えていた。
それから私は会社で瀬能さんを避けて生活をしていた。キッチンで夕飯の準備をしながら、私はいつも通り、翔太郎さんの帰りを待っていた。けれど、その静かな空気を切り裂くように、家の固定電話が突然鳴り出した。自宅の電話――そんなものがあったことすら、忘れていた。反射的に手を止めて振り向くと、鳴りやまない着信音に、私の心がざわついた。出てもいいのか、迷いながらも、何か急ぎの用かもしれないと受話器を手に取る。「はい、清水です」まだ聞き慣れない姓を名乗ることに、どこか照れを感じつつも、相手の声を待った。「……もしもし?」名乗っても返答のない無言に、間違い電話かと受話器を置こうとしたそのとき、不意に落ち着いた女性の声が響いた。『あなただれ?』その一言に、心臓がドクンと大きく脈打つ。しばらくの沈黙のあと、また声が続いた。『翔太郎の新しい女?』あまりに不躾な言葉に、怒りよりも先に、驚きが込み上げてきた。「……はい」自分でも驚くほど低くて冷たい声が出た。その瞬間、電話口からくすっと笑うような息遣いが伝わってくる。『へえ。まあ、いいわ。翔太郎は、誰にも本気にならない人だから。愛とか、好きとか、そういう感情が一番嫌いなの。知ってた?』まるで勝ち誇ったように言い放ったあと、女の声はさらに畳みかけてきた。『あなたに飽きたら、どうせまた私のところに戻ってくるわよ。……じゃあね』そう言い残して、一方的に電話は切られた。受話器の向こうに残ったのは、無機質な通話終了音だけ。私はその音を耳にしながら、呆然と受話器を見つめた。 ――なに?今の……。誰にも本気にならない?愛が嫌い?じゃあ、私はなんなの?問いの答えが見つからないまま、涙がポロポロとこぼれ落ちた。自分でも気づかなかった。翔太郎さんのことが、こんなにも大切になっていたことに。政略結婚――。それでも一緒にいたいと思っていたのは、私の気持ちだった。だけど、自分だけが好きで、相手には何もないなら――こんなにも苦しいことだったんだ。彼が「うまくやろう」と努力してくれていたのは、ただ形式を守るため。そこに“気持ち”なんて、最初からなかったのかもしれない。胸の奥がじわじわと沈んでいくようで、私は作りかけの夕飯を放り出したまま、自分の部屋へ逃げ込んだ。どれくらい時間が経ったのだろう。
目的地は、少し郊外にある落ち着いた雰囲気のレストランだった。暖色のライト、木製のテーブル、どこか懐かしい洋食の匂いが漂っている。「なんでも美味しいから」そう言って彼がメニューを広げるが、私の心は冷えたままだった。どれも美味しそうな料理が並んでいるはずなのに、視線はページを追いながらも、頭の中は警戒心でいっぱいで、味の想像すらできなかった。「子どもみたいな顔、してたのに」目の前からの軽口に、私は何も応えず、そっとメニューを閉じた。「……オムライスで」言葉も表情も、冷えきったまま。 「どうして俺じゃダメなの?」料理を待つ間、瀬能さんがそう問いかけてきた。私は無言でナプキンの端を指でつまみながら、ただ、彼の視線を避ける。「誰か、好きな人でもいる?」その言葉に、自然と翔太郎さんの顔が浮かんだ。気がつけば、私の心にはもうあの人しかいなかった。「……います」小さな声で、それだけははっきり答えた。「へえ。でも、そんな気持ち、今だけかもよ?」微笑んだままそう返された私は、ただ黙ってその言葉をやり過ごすことしかできなかった。そこへ、店員さんが静かにオムライスを置いていく。黄色い卵に真っ赤なケチャップ。でも、私の心は少しも動かなかった。スプーンに手を伸ばすことすら、躊躇われた。いつもなら、少しでも早く家に着きたくて、エレベーターの遅さに苛立つのに。今日は、できることならこの時間がもう少し続いてくれたらいいと、そんなふうに思っていた。そう考えているうちに、目の前にはもう、自宅の扉があった。深く息を吸い込んで、覚悟を決めるようにドアノブを握る。「優里香、おかえり。悪かったな。誰かと一緒だったから電話切ったんだろ?」いつもと逆――ラフなスウェットにタオルを肩にかけ、リラックスした表情の翔太郎さんが、笑顔で出迎えてくれた。その笑顔が、いつも以上にまぶしく見えて、私は思わず目を逸らし、パンプスのストラップに手をかけた。――そうだった。私が電話を切ったんじゃない。切られたんだった。瀬能さんに。「あっ、ただいまです……。今日は急にごめんなさい」どうにか、普通に声を出せた。ホッとしながら、私は続けた。「翔太郎さん、ご飯は? まだですよね? 何か、すぐに作りますね」できるだけ自然に、明るく微笑んでそう言うと、私はキッチンに向かって
仕事が終わり、ビルのエントランスを出た瞬間、スマホの着信音が鳴った。私はカバンから慌てて取り出す。――あっ……。画面に表示された「翔太郎さん」の名前に、自然と嬉しさが込み上げ、通話ボタンを押そうとしたそのとき。肩をポンと叩かれて振り返ると――「瀬能さん……」思わず、覚えたばかりの名前が口をついて出た。瀬能さんはちらりと、私のスマホの画面をのぞき込むように見たかと思うと、そのままスマホを強引に取り上げ、通話終了ボタンを押してしまった。「ちょっ!! 何するんですか!」私は怒りに声を荒げ、瀬能さんを睨みつけた。だが、そんな私の態度にまったくひるむ様子もなく、彼はニコリと微笑んだ。「だって、俺が話しかけようとしてるのに、電話されちゃ困るでしょ?」肩を揺らしながら笑う瀬能さんに、私はゾクリと背筋が冷たくなった。――この人は、危険だ。瞬時にそう感じたこの感覚は、きっと間違っていない。私はスマホを取り返そうと手を伸ばしたが、スルリとそれは瀬能さんの上着の内ポケットに滑り込んでいった。「なにを……」「取れるなら、どうぞ?」その挑発的な言葉に、私は涙がこぼれそうになるのを必死にこらえて、睨み返した。「……ここはまずいな」小さくつぶやいた瀬能さんは、私の腕を強くつかむと、「行くよ」とだけ言って走り出した。「いやっ!」私の叫びは、誰の耳にも届かず――私はそのまま、タクシーに押し込まれていた。「降りる、降ります!」咄嗟に声を上げた私に、運転手さんがミラー越しに一瞬目をやると、瀬能さんはわずかに表情を曇らせながら、内ポケットからスマホを取り出し、何事もなかったように私の手にそっと戻してきた。「……え?」思いがけない反応に私は面食らい、ポカンとしたまま彼の顔を見上げた。あれほど強引だったのに、こんなふうにあっさり返されるなんて――。「ごめん」静かに差し出された謝罪の言葉。戸惑いと警戒の入り混じる気持ちを抱えたまま、私はスマホを握りしめ、視線を落とした。どう返せばいいのか分からずにいた私の口から、ふと問いが零れる。「……なんで、私に構うんですか?」それは、ずっと胸の奥でくすぶっていた素直な疑問だった。「一目惚れしたから」返ってきたのは、予想もしない言葉だった。私の思考が一瞬で止まり、反射的に彼の表情をうかがう。「――
「そんな警戒しなくてもいいじゃん。俺はただ、優里香ちゃんと仲良くなりたいだけだよ。まだ入ったばかりで、知り合いも少ないし……」どこか、捨て犬みたいな瞳で見つめられた私は、それ以上強くは言えなくなり、小さくため息をついた。「……わかりました」そう答えると、瀬能さんは急にぱっと表情を変えて、私が持っているミルクティーごと手をつかむと、ブンブンと振り回した。「わーい、ありがとう! じゃあ、また会おうね!」――また会おうって……ここ、会社なんだけど。私は苦笑いしながら、すでに行ってしまった瀬能さんの後ろ姿を見送った。 ――あっ。こんなところでのんびりしてる場合じゃなかった!早く戻らなきゃ!……あっ。お礼、言い忘れちゃった……。私は手の中のミルクティーと小銭を、ぎゅっと握りしめた。そして――すっかり忘れていたはずの瀬能さんを、再び意識することになったのは、初めて会った日から1週間ほど経ったころだった。 「優里香ちゃん、この申請書お願いできる?」ふいに上から降ってきた声に、私は顔を上げた。「あ……」一瞬、名前が出てこなくて、私は言葉を詰まらせる。「ひょっとして、俺のこと……忘れた?」人懐っこい笑顔をわざと崩し、泣きそうな顔をつくったその人に、私は思わずクスッと笑い声を漏らしてしまった。「……いいね。優里香ちゃんの笑顔」その言葉に、私はあわてて表情を引き締め、真面目な顔に戻す。――どうもこの人、軽い……。誰にでもあんなふうに話しかけてるんじゃ……?そして、この笑顔……。こないだは気づかなかったけど、近くで感じるこの人の“空気感”に、なんとなく違和感を覚えた。私は距離をとりつつ、申請書を受け取って、チラリと氏名欄を確認した。“瀬能凛太朗”――やっぱりこの人だ。「かしこまりました。お預かりしますね」営業スマイルを少し作ってパソコンへ視線を戻すと、耳元に気配を感じてハッと振り向いた。そこには、すぐ目の前に瀬能さんの整った顔があって、私は思わず目を見開いた。「優里香ちゃん、今日の夜は暇?」小声で耳元に囁かれ、私は慌てて首を振った。「暇じゃありません!」つい声が大きくなってしまい、慌てて周囲を見渡す。クスクスと笑う瀬能さんを軽く睨みつけると、「そんなに慌てなくても。優里香ちゃん、かわいい」そんな軽口を叩きながら、瀬能
昨日の幸せな気分のまま、私は会社へ向かい、エレベーターを待っていた。すると、ふと緊張感のようなものが周囲に漂い、エレベーター前にいた人たちが一歩、自然と後ろに下がったのがわかった。――あっ……。そこに現れたのは、翔太郎さんのお父様である社長と、翔太郎さん。その後ろには、晃さんと秘書の人も続いていた。今までのざわついた空気は一瞬で静まり返り、みんなが一斉に頭を下げるその光景を、私はなぜかぼんやりと見つめていた。これが、本当の翔太郎さんのいる世界――。わかっていたようで、実はちゃんとわかっていなかった。現実の大きさに、私はふと「どうしてその世界に、私がいるのだろう?」と頭がぐるぐるしてしまった。翔太郎さんの周囲を包むものは、あの“呪い”なんて言葉よりも、ずっと重くて大きな何か。エレベーターに消えていく彼らの背中を、私は静かに見送った。最近では、少しずつ社内の騒ぎも落ち着いてきた。でも、久しぶりに、よりによってトイレで声をかけられてしまい、私はため息を飲み込んで、いつも通り申し訳なさそうに返事をした。「えー、そうなんだ。せっかく副社長とお近づきになれると思ったのに~」誰だか名前も知らない、派手な化粧の先輩。私は洗っていた手を止めた。「え? 副社長?」「え?って……半分以上の人は副社長狙いだと思うわよ。神崎さんも優良物件だけど、やっぱり副社長でしょ」そう言って、隣にいたもう一人の女性に同意を求める。「そうよね。でも、副社長って……噂があるじゃない?」その人は少し声をひそめて、眉をひそめた。「噂?」聞き返してくれた先輩に、私は心の中で「ナイス!」とガッツポーズ。そして、続きを待つ。「なんか……この会社では今のポジションにいるけど、清水グループ全体のトップには立てないって……」「えっ、そうなの?」「うん。まあ、この会社の副社長でも十分すぎるくらいの優良物件だけど……清水グループのトップは、やっぱり桁違いよ」そこまで話したところで、背後から咳払いが聞こえた。振り返ると、勤続何十年のお局様が、手洗い場を占領していた私たちを冷たい目で見ていた。「す、すみません!」私たちは声を揃えて謝ると、先輩たちはそそくさとその場を後にした。私は、彼女たちの背中に「待ってー!」と言いたくなる気持ちをなんとか飲み込んだ。 ――え? その先
実際、私は晃さんの連絡先を本当に知らない。常に翔太郎さんを通じてしか連絡を取ったことがないから、あながち完全な嘘というわけでもないかもしれない。なんとか一日を、適当に受け流しながら終えると、残業もそこそこに切り上げて会社を出た。今日はスーパーで買い物をして帰ることにする。――今日は、翔太郎さんの好きな肉じゃがと、焼き魚にしようかな。マンション下の高級スーパーはどうしても落ち着かなくて、私はいつも通り、庶民的なスーパーの棚を見て回る。お金持ちなのに、庶民的な食事を美味しそうに食べてくれる翔太郎さん。美味しそうなイサキを見つけて、「塩焼きにしよう」と思いながら、かごに入れる。そのとき、メッセージが届いた通知音が鳴り、私はスマホをタップした。【早く帰れそうだから、あと1時間ぐらい】少しだけ気持ちが落ち着いた。珍しく早く帰ってくる翔太郎さんの知らせに、私は嬉しくなって足早にスーパーを後にした。時計をチラリと見ると、あの連絡からもうすぐ1時間が経とうとしていた。お鍋の中の肉じゃがも、もうすぐ煮える頃。――間に合ってよかった。ほっと一息ついたそのとき、玄関から音がして、私はパタパタと駆け出した。「おかえりなさい!」少しネクタイを緩めながら家に入ってきた翔太郎さんの姿に、自然と顔が緩んでしまう。そんな自分の気持ちをごまかすように、私は小さく咳払いして、表情を真顔に戻した。「なんでだよ? そのまま笑ってろよ」そう言ってイジワルそうに微笑むと、翔太郎さんは私の後頭部をぐいっと引き寄せてキスをした。「んっ……ん!?」軽く触れるだけのおかえりなさいのキスだと思っていたのに、舌がするりと入り込んできて、私は驚いて目を見開いた。キスはどんどん深くなって、立っているのも難しくなり、私はぎゅっと翔太郎さんにしがみついた。そんな私に満足したのか、彼はゆっくりと唇を離し、私の目を覗き込んだ。「……ただいま」満足げに微笑みながらそう言った翔太郎さんに、私はきっと、顔を真っ赤にしてとろけきった情けない顔をしているに違いない。それを自覚しつつも、私は感情のままにギュッと抱きついた。「お帰りなさい……」「ご飯にする? お風呂? それとも……俺?」ふざけた口調で言う翔太郎さんに、私は「言いません!」とピシャリ言い捨て、くるりと背を向けてキッチンへ向







