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12.ホテルで

Author: 月山 歩
last update Last Updated: 2025-09-23 09:33:30

 今日は蓮のピアノの発表会で、華はリーフホテルを訪れていた。

 私と両親は、蓮がピアノの前に座り、曲を弾き出すのを不安な思いで見守っている。

「ついに蓮の番よ。

 大丈夫かしら、上手く弾けるかしら。」

「大丈夫だ。

 あんなに練習したんだから。」

 みんなの前で集中してピアノを弾く蓮は、とても緊張した面持ちだったけれど、曲を間違わずに最後まで弾ききって、私や両親をほっとさせた。

 蝶ネクタイをつけたスーツ姿の蓮は、いつもより少し大人びていて、澄ました顔が可愛らしい。

「蓮ったら、いつの間にかちゃんとできるようになって…。」

「私達の自慢の息子だよ。」

 両親は仲良く蓮の成長を喜んでいて、私は家族には馴染めなかったけれど、蓮と姉弟になれたことは、とても良かったと思っている。

 発表会が終わり、ホテルのロビーを通り抜けようとした時、思いがけず侑斗の母に声をかけられた。

 彼女は上品な着物を纏い、年を重ねても変わらない美しさを漂わせている。

「あら華ちゃん、久しぶりね。」

「あ、お久しぶりです。

 この前はお邪魔させていただき、ありがとうございました。」

「いいえ、いいのよ。

 それより実は侑斗が、今、お見合い中なの。

 ふふ、この前、お写真見せたでしょ?

 あの中から私の一番のお気に入りのお嬢さんと会ってくれたのよ。

 今、そこの庭園で、その方とお散歩しているわ。」

「お、お見合いですか…。」

「ほら、そこに二人が歩いているのが見えるでしょう。」

「そうですね。」

 侑斗の母が指す先に、庭園を歩くスーツ姿の彼と女性が見える。

 彼は昔から勉強ばかりしていたから、女性といるところを今まで見た事がなかった。

 そんな彼が女性といるのを目の当たりにしてしまうと、胸の奥がずきりと痛む。

 隣の女性は桜色の振袖を着ていて、二人は雑誌の撮影かのように、絵になっている。

 上品な家系のお似合いカップル。

 その時、女性が何か言ったようで、彼は笑顔を見せていた。

 侑斗は私以外の女性といる時も、そんな楽しそうな笑顔を見せるんだね。

 当たり前か。

 彼は私のものでもなんでもない…。

 この前「付き合おう。」と言われたのに、私が断ってしまったから、侑斗は私じゃない誰かとの未来を歩き出した。

 もう彼は私ではなく、新しい女性を見つめている。

 侑斗の母が認める女性、確か椿大出身と言っていたっけ。

 優秀である上に、品のある美しさを掲げる名門女子大出身。

 侑斗のお母さんが求める嫁そのものだね。

 それもそうだし彼は、これから大学で学ぼうとする私を待ってはくれなかった。

 私が動くのが遅すぎる。

 あの時ちゃんと、侑斗に釣り合うような女性になるから待って欲しいと、言えば良かった。

 後からそう思い、「話をしたい。」と、メッセージを送ったけれど、「忙しい。」と返され、まだ次に会う約束はできていない。

 私の話を聞く時間はないけれど、お見合いをする時間はあるんだね。

 いじけたように卑屈な考えが浮かぶ自分が嫌になる。

 今目の前にいるお見合い中の侑斗のところに駆け寄って、私以外の女性を選ばないでと叫びたい。

 けれど今の私には、その権利がないのだ。

 まだ大学も出ていないし、あの時迷惑をかけたことで、ご両親への印象も悪い。

 侑斗の母が勧める女性といるのに、とても口を挟める立場ではない。

 ただ、その女性を選ばないでと遠くで祈ることしかできない。

 けれど、今更願ったところで、きっともう遅いのだろう。

 これが侑斗の出した答えなのかな。

 もう彼は新しい未来を向いていて、私とのことは、過去にしたいってそういうことかな。

 世間一般的にも、今会っている女性の方が、明らかに彼に相応しいのはわかっている。

 侑斗を諦めきれず二人を見つめる私に、彼の母親は無邪気に話し続ける。

「私ね、弁護士婦人会の方から、早く侑斗を紹介して欲しいって言われてたから、やっと荷が降りた気分よ。

 侑斗はずっと忙しくて、とても女性に目を向ける時間がなかったから。

 やっぱり強引にでも今日連れて来て、良かったわ。

 華ちゃんの目から見ても、二人はお似合いに見えるでしょ?」

「そうですね。」

「もう少ししたら戻って来る予定なんだけど、華ちゃんは侑斗に会って行く?」

「まさか、大切なお見合い中ですから。」

「そうよね。」

「ではお先に。」

「はい、ご機嫌よう。」

 侑斗の母から離れ、先に歩いていた家族と合流した。

 今日はこの後、蓮のピアノの発表会の後のお食事会がある。

 正直、侑斗とのことでショックを受けているから、早く一人になって落ち込みたいけれど、私が抜けると言ったら蓮を悲しませてしまう。

 今日は蓮の頑張りをみんなで褒めてあげる、そんな日だった。

 だから私も、その輪に加わらないといけない。

 蓮は、私も家族の行事に参加することをいつも喜ぶのだ。

 蓮が希望したファミレスに入り、席に着くと、注文を待つ間、侑斗のSNSに短くメッセージを送った。

 ー 「話があると言ったけれど、もういいわ、またいつか会おう」

 少しして、彼から返信が来る。

 ー 「えっ、何で?会って話そうよ、もう少しで俺も落ち着くから」

 ー 「ごめんね、これから私の方が忙しくなるから、無理かな」

 ー 「わかった」

 スマホを閉じ、私は決意した。

 しばらく侑斗に連絡するのはやめよう。

 今度会うのは、通信大学を卒業してからだ。

 もちろん、その間に侑斗がさっきお見合いしていた人と、結婚してしまうかもしれない。

 それでも、いつか胸を張って「私は侑斗の友人です。」と言える自分になって、再び彼に会いたい。

 私はそう心に誓った。

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