ログイン蒼佑は振り返って私を見つめ、まだ何か言おうとするが、私は彼にそれ以上隙を与えることなく、バタンと車のドアを閉め、車を走らせる。その後の1ヶ月間、彼から自発的に会いに来ることはなくなり、花を贈って許しを請うこともなくなる。ただ、私の通勤の道のりで、まるでストーカーのように、黙って私の後ろをつけてくるのだ。私が立ち止まれば彼も止まり、私が歩き出せば彼も歩く。私はふと、ずっと昔、彼もこんなふうに私を追いかけていたことを思い出す。彼は私に話しかけるのが恥ずかしくて、ただ黙って後ろから私の登下校を見守っていた。それを偶然見かけた母は、「あんな女の子の追いかけ方、聞いたことないわ」とからかっていた。私は母にからかわれて顔を真っ赤にし、慌てて腕の中に顔を埋め、「蒼佑のバカっ!」とくぐもった声で返したものだ。当時の光景は、今でもはっきりと目に浮かぶ。なのに、あっという間に、何もかもがすっかり変わってしまった。10月最後の日。めっきり肌寒くなり、秋風が私の足元の落ち葉を巻き上げると、宙でクルクルと舞い、カサカサと音を立てて蒼佑の足元に落ちる。私は立ち止まり、彼を見ないまま、落ち着いた声で言う。「入って座っていけば」彼は一瞬呆然とした後、感極まったように慌てて頷く。「はい!」そして、私について家の中に入ってくる。蒼佑は落ち着かない様子でソファに腰を下ろす。頭の中で何度も練習してきたかのように、口から出る言葉は早口で淀みがない。「ごめん、栞。全部俺のせいだ。お前に申し訳ないことをした。子供とお義母さんを死なせた俺は、最低なクズだ……今まで遥がお前たちを虐げるのを見逃していたこと、本当に反省している。あいつにはもう償わせた。栞、安心してくれ、あんな間違いはもう絶対に二度と犯さない。俺はこれまで、ずっと遥のことが好きだと思い込んでいた。ただ、あいつが俺の母親を死なせたから、その好きな気持ちを認めるのが怖くて、お前に別れを切り出せずに一緒にいただけだったんだ。俺は本当に愚かだ。自分の本心すら分かっていなかった。俺が本当に好きだったのは、ずっとお前だ。遥と……あいつと一緒にいたのは、ただ刺激が欲しかっただけなんだ。許してくれ、栞。俺に償うチャンスを……」その言葉は途中でプツリと途絶え、彼は血の気の引いた顔
あの人のことはもう、私には関係ないんだ。私は母の遺骨を携えて、海沿いの小さな町へと移り住んだ。景色の良い場所を見つけて母を納骨した後、面接を受けて幼稚園の教諭として働き始めた。ここは都会の喧騒からも、蒼佑からも遠く離れていて、とても気に入っている。時折昔のことを思い出すと、もうずいぶん長い年月が過ぎたような錯覚に陥る。ある週末、母の墓参りから帰る途中、タクシーのラジオから久しぶりに蒼佑の声を聞いた。彼はあらゆる手段を使って私を捜しているらしく、その謝罪の言葉はいかにも切実だ。「栞、俺が悪かった……戻ってきてくれ、もう全部俺のせいだと分かったんだ……あんな過ちは二度と犯さない。子供なら、またいつか授かるさ。栞……頼むから、せめて償うチャンスをくれ……」私は一瞬、呆然とする。運転手さんが気さくに話しかけてくる。「最近、このゴシップが結構話題になってましてね。このラジオの男、あの藤原グループの社長らしくて。浮気して奥さんに逃げられてから、ようやく後悔したらしいんですよ。今は不倫相手との争いも泥沼になって、共倒れ状態だとか。噂じゃ、愛人の子供は彼に無理やり中絶させられて、愛人本人も酷い目に遭わされて障害が残ったって話です。まったく、自業自得だ。あの藤原って男もいい気味ですからね!そばにいる時は大切にしなかったくせに、今更ここで泣き喚いたって何の意味もないでしょうに……」私はまるで他人の話を聞いているかのような気分で、フッと小さく笑って頷く。「ええ、その通りですね」だが、車を降りてマンションの入り口に差し掛かった時、まさか蒼佑と鉢合わせするとは思ってもみなかった。彼がこんなに惨めな姿をしているのは、見たことがなかった。身につけている白いワイシャツはしわくちゃで、得体の知れない汚れがいくつもついている。髪は鳥の巣のようにボサボサで、目の下にはくっきりと真っ黒な隈ができている。視線が交差した刹那、彼の目はすぐに赤く潤む。吐き気を覚えるほどの嫌悪感が込み上げ、私は彼など視界に入っていないかのように、まっすぐ奥へと歩みを進める。「栞!」彼は私の名を呼びながら駆け寄ろうとするが、入り口の警備員に阻まれる。それからの数日間、彼が姿を現すことはなかった。ただ、私が仕事を終える時間を見計らったかの
秘書の仕事は迅速で、間もなくしてあの日の病院の防犯カメラの映像を送ってきた。画面の中で、膝が血だらけになるまで跪いている栞の姿を凝視していた蒼佑は、ついにガクガクと足の力が抜け、床に崩れ落ちる。当時、栞がどれほど絶望していたか、彼は想像することすら恐ろしかったに違いない。「遥……っ!」彼は歯を食いしばってその名を吐き捨てると、まっすぐ家へと引き返す。その頃、遥はすでに眠りについている。真っ暗な部屋は、不気味なほど静まり返っている。蒼佑は、かつて栞がこの家にいた頃のことを思い出す。どんなに帰りが遅くなっても、彼のために必ず明かりを一つ残しておいたのだ。激しい後悔が押し寄せる。遥のような性悪女のために、栞にあんな仕打ちをするべきではなかった。蒼佑の目はみるみるうちに赤く充血し、ついに大粒の涙がこぼれ落ちる。「蒼佑、どうしたの?」水を飲みに1階へ降りてきた遥は、一瞬ためらったものの、ひとまず苛立ちを押し殺して優しい声で尋ねる。蒼佑は息をするのさえ痛むほどの苦しみに耐えながら呟く。「栞のお母さんが……亡くなったんだ。栞は本気で俺と離婚するつもりだ。俺が……俺が彼女たちにあんな酷いことを……全部俺のせいだ!」それを聞いた遥は目を輝かせ、興奮を抑えきれずに言う。「本当!?」だがすぐに自分の口調が不適切だったと気づき、慌てて彼を抱きしめる。「蒼佑、あなたのせいじゃないわ。人の生死は運命だもの。あいつの母親はもともと病気だったんだから、あなたが死なせたわけじゃない。あいつが離婚したがるのも、あなたへの愛が足りないからよ。あなたのせいじゃないわ。あんな女、出て行ったって構わない。蒼佑、あなたにはまだ私とこの子がいるもの」彼女は蒼佑の手を引っ張って自分の腹部に当てる。ちょうどその時、お腹の中の赤ん坊がピクリと動く。しかし彼女の予想に反して、蒼佑の気分が晴れるどころか、逆にその表情が一変する。遥の手首を荒々しく掴み、強引に外へと引きずり出す。遥は飛び上がらんばかりに驚く。「何するのよ!?蒼佑、頭がおかしくなったの!?」蒼佑の目は血走っている。「病院へ行って、子供を堕ろせ。栞の子供が失われたんだ。お前の子供が生きていいわけがない!」遥は目を見開き、狂ったように暴れる。
夕方、蒼佑は遥を連れて帰宅する。彼は玄関でしゃがみ込み、自らの手で遥の靴を履き替えさせながら、何気なく声をかける。「栞、帰ったぞ。遥が腹を空かせてるんだ。お前の作ったスープが飲みたいってさ」だが、家の中は不気味なほど静まり返っており、聞き慣れた返事は全く聞こえてこない。遥は眉を上げて笑い、足で彼の膝を軽く蹴る。「蒼佑、奥さんはいないみたいよ?どうやら、彼女もそこまであなたを愛してないのね。何日も経ってるのに、まだ拗ねてるなんて」蒼佑は眉をひそめる。胸の奥にわずかな不快感がよぎるが、ふと、以前栞が言っていた義母の病気のことを思い出した。重いため息を吐き出し、淡々と言う。「お義母さんが病気なんだから、栞は病院で看病しているはずだ」「そう?」遥は意味ありげに笑う。ソファに座った途端、彼女はローテーブルの上に置かれた離婚届に目を留める。「あら?」彼女はたちまち大笑いし、蒼佑に見るように促す。「もう、あなたの奥さん、本当に子供っぽいね!いい歳して、離婚を盾に脅してくるなんて!」蒼佑はさらに眉をひそめ、離婚届を手に取って見る。その署名欄には、確かに栞の直筆のサインがあった。彼はなぜか焦燥感に駆られる。栞がこんなことで冗談を言うような人間ではないと、彼も分かっているからだ。遥の甲高い嘲笑はまだ続いている。「こういう女って本当に気持ち悪い。自分のことどんだけ重要だと思ってるわけ?離婚届を家に残しておけば、あなたが犬みたいに尻尾を振って迎えに来てくれるとでも思ってるんじゃない?吐き気がするわ――」「もういい、黙れ」蒼佑はこれまで、遥の声をこれほど鬱陶しいと感じたことはなかった。怒りを抑えきれずに言い放つ。「その汚い口を閉じてくれないか?」遥の笑い声がピタリと止まり、信じられないというように彼を睨みつける。「私の口が汚いですって!?蒼佑、頭おかしいんじゃないの。黒崎栞みたいなクソ女のために、私に向かってそんなこと言うなんて――」彼女は怒りに任せてローテーブルの上の物をすべて床になぎ払い、グラスがガシャンと音を立てて粉々に砕け散る。だが今回、いつもなら優しくご機嫌を取るはずの蒼佑は、すぐに彼女をなだめようとはせず、嫌悪感を露わにして彼女を一瞥し、そのまま背を向けて家を出てい
そんなはずない、蒼佑は私に2000万円を振り込んでくれたばかりなのに……私ははっと気づく。蒼佑だ。彼が私のカードを凍結したんだ。慌ててスマホを取り出して彼に電話をかけると、スマホの向こうから彼の気だるげな声が聞こえてくる。「もう気付いたのか?栞、俺を恨まないでくれ。お前が遥の妊娠を知りながら、あいつを刺激したのが悪いんだ。怒ってるあいつがお前に手を出さないよう、俺から先にお前を懲らしめるしかなかったんだ」私は彼の言葉など気にも留めず、焦って口を開く。「蒼佑、母さんの病状が急変して、すぐに手術が必要なの。お願い、少しお金を振り込んでくれない?母さんはあなたにあんなによくしてあげたじゃない……」蒼佑が口ごもる。だが遥が鼻で笑う声が聞こえる。「こんな見え透いた嘘を信じるのは、あなたくらいよ。蒼佑、奥さんはあなたに腹を立ててわがままを言ってるだけよ」蒼佑は明らかにそれを信じ込み、口調が冷酷になる。「栞、いい加減にしろ。金が欲しいなら、まずは遥に謝って許してもらえ」そう言って、彼はスマホを遥に放り投げる。遥はキラキラと光るネイルでスマホの画面をトントンと叩き、わざと間延びした声で言う。「そうねえ、可哀想な子。私もいじわるはしないわ。私に頼んでみなさいよ。もう少し誠意を見せたら、私も心が揺らぐかもしれないわよ」私はためらうことなくその場でドンと膝をつき、狂ったように何度も頭を地面に打ちつける。「お願い。どうかお願いします」母がこれで助かるなら、私のプライドなんてどうでもいい。遥はおかしそうに肩を震わせて笑う。「これじゃあ全然誠意が足りないわ」彼女は意味ありげに言う。「調べたんだけど、お母さんがいる病院からここまでは、たったの10キロよ。私のところまで来なさいよ」そう言いながらも、彼女は通話を切らない。私は彼女の嘲るような目を見て、なぜか彼女の意図を悟った。スマホのカメラをオンにしたまま、一歩進んでは土下座をし、彼女のいる私立病院へと向かう。10キロは決して長くはない。だがしばらくすると、膝に激痛が走り、ジーンズから真っ赤な血が滲み出てきて、見るも無惨な状態になる。たった10キロの道のりを、私はこうして一晩かけて歩き続ける。遥のいる病院にたどり着
私はそっと彼の手を振りほどき、落ち着いた声で答える。「これから遥がここに住むんだから、私の荷物は使用人部屋に運んだ方が都合がいいでしょ」彼は少しほっとしたように、私の後について使用人部屋に入ってくる。私は部屋を片付けながら言う。「明日、離婚届を出しに行きましょう」蒼佑は眉をひそめ、ふと何かを思いついたように、ゆっくりと口を開く。「栞、もし俺のそばから離れたくないなら、結婚式はこのまま挙げてもいい。表向きにはお前が俺の妻のままだ。ただ、婚姻届は遥と出し直す」私は身を起こし、彼に向かって微笑みながら、静かに言う。「必要ないわ。信じてるから」私は聞き慣れたセリフを感情を込めずに口にする。「あなたは遥を心底憎んでいる。彼女はあなたのお母さんを死に追いやり、うちの母の前で私が愛人だなんて嘘を吹き込んで、母を怒らせて病状を悪化させた。今もベッドから起き上がれないほどに。だから、絶対に彼女を許さないんでしょ?」私が彼のセリフを先回りして言ったため、蒼佑は気まずそうに頷くしかない。よほど後ろめたかったのか、部屋を出る前に、彼は私の口座に大金を振り込んできた。このお金があれば、母の治療費を払うことができる。本当によかった。離婚して、母の体調が良くなったら、一緒にK市を離れ、二度と戻らないつもりだ。私はスマホを握りしめ、ゆっくりと重いため息を吐き出す。しばらくして、遥がまたわがままな態度で、部屋を片付けるよう私に命じてくる。部屋に入ると、情事の後の生々しい匂いとゴムの匂いが入り混じって鼻をつく。おかしな話だ。とっくに蒼佑を諦めると決めたはずなのに、それでも心臓が勝手にズキズキと痛んでしまう。私は鼻の奥がツンとするのを必死に堪え、頑なに前だけを見据えて汚れたシーツや布団カバーを抱え上げ、部屋を出ようとする。だがその時、遥が足を伸ばして私の行く手を遮る。「本当に可哀想ね」彼女は気だるげに笑みを浮かべて言う。「あんたが喉から手が出るほど欲しがっている男は、私の足元に這いつくばる犬なのよ。そういえば、さっき聞いたわよね。子供を堕ろせっていうあのメッセージ、私が適当に送っただけなの。ふふっ。蒼佑も知ってるわ。彼がどうして私のこんな悪ふざけを許しているか、知ってる?」私は彼女をじ