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第6話:知らない名前

작가: Sunny
last update 게시일: 2026-05-09 22:09:41

「……誰、それ?」

優の視線は、私ではなく。

手の中のスマホへ向けられていた。

正確には。

画面に表示された名前へ。

【綾瀬隼人】

たった四文字。

それだけなのに、優は視線を逸らさなかった。

こんなことは初めてだった。

私が誰と会っているのか。

誰から連絡が来たのか。

優が気にしたことなど、一度もない。

「……知り合いだよ」

できるだけ何でもないように答える。

けれど、優は納得したようには見えなかった。

「男?」

胸の奥が、わずかにざわつく。

今さら。

そんなことを聞くんだ。

「学会で会った先生」

「医者?」

「うん」

短いやり取り。

それで終わると思った。

優も、一度は興味を失ったように視線を外したから。

けれど。

すぐに、またスマホへ目を戻す。

「こんな時間に連絡来るんだ」

独り言のような言い方だった。

私は少し眉を寄せる。

「病院関係なら、珍しくないでしょ」

思ったより、声に棘が混じった。

優が私を気遣ったわけではない。

四年間、何も聞かなかった人に。

今さら干渉されることが、妙に腹立たしかった。

優はわずかに眉を寄せた。

そして。

何でもないことのように言う。

「仕事に戻るわけじゃないんだし」

胸の奥が冷えた。

やっぱり。

優が気にしているのは。

私が何を考えているのかではない。

自分の知らないところで。

妻という役割が動き始めたことなのだ。

「まだ決めてないよ」

そう返すと。

優の表情が、ほんの少しだけ変わった。

「何を?」

「仕事に戻るかどうか」

優は黙る。

一瞬だけ。

本当に、わずかな間だった。

けれど。

その沈黙に、妙な違和感が残った。

「……そう」

結局、それだけだった。

いつものように。

興味がないふりをする声。

「会食のこと、忘れないでね」

優はそれだけ言うと、寝室へ向かった。

私の仕事より。

知らない男より。

最後には、やはり外から見える夫婦の形へ戻る。

その背中を見送りながら。

胸の奥に、小さな疑問だけが残った。

どうして。

仕事に戻るかもしれないと伝えた瞬間。

あの人は、黙ったのだろう。

***

翌朝。

目を覚ますと、家の中は静かだった。

優はもう仕事へ出たのだろう。

そう思いながら、リビングへ向かう。

けれど。

ソファに座っていたのは、優ではなかった。

「あ、おはよう」

咲子だった。

優の大きなシャツを着て。

飲みかけのコーヒーを前に置き。

まるで、ここが自分の家であるかのように寛いでいる。

一瞬、足が止まる。

何度見ても。

この光景に慣れることはできなかった。

「昨日、急に来ちゃってごめんね」

咲子は笑った。

本当に。

悪いことをしたとは思っていない顔だった。

「優、朝から会議で出ちゃった」

そう言いながら、立ち上がる。

そして。

慣れた手つきで冷蔵庫を開けた。

私は何も言わなかった。

咲子がこの家のどこに何があるのか知っていることも。

優の服を当然のように着ていることも。

もう、一つずつ傷つくことに疲れていた。

その時。

スマホが震えた。

画面を見る。

【綾瀬隼人】

『おはよう。

今日、少し時間ある?

病院見学でもどう?』

胸の奥が、わずかに軽くなる。

昨日渡された名刺を思い出す。

見学だけでも。

働くかどうかは、それから決めればいい。

あの言葉が、もう一度頭に浮かんだ。

「……病院見学」

小さく呟いた、その時。

「あれ?」

咲子の声がした。

気づけば、すぐ近くに立っている。

「男?」

反射的にスマホを伏せた。

けれど、遅かった。

咲子は面白そうに笑う。

「優って、意外とそういうの気にするよ」

私は顔を上げた。

「……そういうの?」

「男の人から連絡来たりすること」

あまりにも自然な口調だった。

「独占欲、結構強いから」

頭の中が、一瞬止まる。

優と独占欲。

まるで、結びつかない言葉だった。

だって。

私には。

一度も向けられたことがない。

咲子は気づかずに続ける。

「私が男の人と話してると、すぐ機嫌悪くなるもん」

胸の奥に、鈍い痛みが刺さる。

私の知らない優。

咲子にだけ向けられる感情。

四年間一緒に暮らしてきても。

私には与えられなかったもの。

「まあ」

咲子は、コーヒーカップへ手を伸ばす。

「綾香さんには、平気かもしれないけど」

軽い一言だった。

悪意すらなかったのだと思う。

だからこそ。

余計に残酷だった。

胸の奥が、静かに冷えていく。

そう。

私は妻であっても。

優が失いたくない女ではない。

嫉妬される相手ですらなかった。

その時。

玄関の扉が開いた。

「忘れ物」

優だった。

ネクタイを締め直しながら、リビングへ入ってくる。

そして。

私たちの間にある空気を確かめるように、視線を動かした。

「何してるの?」

咲子が笑う。

「綾香さん、男の人から連絡来てた」

「咲子さん」

止めるより早かった。

優の視線が、私のスマホへ向く。

画面には、まだ名前が表示されている。

【綾瀬隼人】

その名前を見た瞬間。

優の表情が、わずかに曇った。

昨夜と同じ。

けれど。

今度は隠しきれない違和感が混ざっていた。

「……また、その人?」

声が少し低い。

私は小さく息を吐く。

「昨日も言ったでしょ」

「学会で会った先生」

「今日、病院を見学しないかって」

「行くの?」

「行こうと思ってる」

そう答えた瞬間。

優が黙った。

普段なら。

「好きにすれば」

それで終わる話だった。

けれど。

今日は違う。

優は動かない。

視線も、スマホに残ったまま。

「……何?」

私が聞くと。

優は一度だけ、視線を逸らした。

「別に」

まただ。

気にしているくせに。

何でもないふりをする。

そして。

しばらくしてから。

低い声で、ぽつりと聞いた。

「……行かなきゃダメなの?」

言葉を失った。

四年間。

仕事を辞めた時も。

本当は戻りたいと悩んでいた時も。

私が何を望んでいるのか。

優は一度も聞いてくれなかった。

それなのに。

知らない男から誘われた病院見学には。

行かなければならないのかと聞く。

あまりにも遅い。

そして。

あまりにも身勝手だった。

優の後ろでは。

咲子が、優のシャツを着たまま立っている。

その光景を見ているうちに。

胸の奥に残っていた期待が、静かに消えていく。

そう。

行かなければならない。

病院へ。

そしていつか。

この家の外へ。

優が見せた、わずかな動揺は。

あまりにも遅すぎた。

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awayfromhome-takako
携帯の機種の問題? 誰からとか内容とか妙に周囲にわかってしまうのはなんででしょうか? 今時、携帯って鳴らしますか?
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