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第28話……不可避の戦争

last update Tanggal publikasi: 2026-06-08 03:12:32

 聖帝国暦六四四年九月初旬――。

 第五総管区に対して幾度となく派遣された中央の使者は、ついに何の成果も得られぬまま戻った。

 説得も、懐柔も叶わず、帝国中央政府はついに重い腰を上げる。

 反乱は、武力によって討伐されることが決定されたのだ。

 帝国の女傑と称されるローゼンタール宰相は、即座に軍首脳部の招集を命じた。

 会議室の中央、禿げ上がった頭に脂汗をにじませた肥満体の男――作戦部長クライツ上級元帥が、恭しく一礼し、作戦案の要綱を読み上げる。

「不埒な逆賊どもを討伐するにあたり、惑星地上軍二百八十個師団。加えて、宇宙艦隊六個艦隊の投入を具申いたします」

 その数字が意味するものは明白だった。

 兵員およそ四百万――帝国が近年動員したことのある最大の戦力だった。

「……反乱軍相手に、そこまでの戦力が必要だと言うのか?」

 財政の逼迫を誰よりも理解している宰相は、露骨に不快そうな視線を向けた。

「はい、左様にございます」

 クライツは臆することなく答える。

「戦とは守る側が有利。敵の三倍の兵力を用意するのが定石にございます。本音を申せば――六倍あれば、より確実かと」

 会議室に、含み笑いが広がった。

 軍の高官たちの口元に浮かぶその笑みは、勝利への自信というより、別の算段を物語っている。

 装備調達を巡り、巨大企業から多額の賄賂が流れている――そんな噂が絶えぬ理由も、宰相には嫌というほど分かっていた。

「たかが反乱軍相手に六倍の戦力を要するなど、貴様らが無能だと白状しているようなものだ」

 ローゼンタール宰相の声は冷え切っていた。

「それだけの兵を養うために、どれほどの民の血税が吸い上げられるか……一度でも考えたことはあるのか?」

「……恐れ多いことにございます」

 クライツは一瞬だけ言葉を選び、すぐに続けた。

「では、当初案――三倍戦力での編成ということで」

 帝国の軍制は、地方軍閥の寄せ集めに過ぎず、常に不安定である。

 その危うい均衡を、人事と予算で辛うじて束ねているのがクライツ上級元帥だった。

 ゆえに彼は、宰相といえど無視できぬ存在でもあった。

 やがて作戦案は、摂政ノクターン公爵の決裁を受ける。

 その瞬間、帝国全土に動員令が発せられ、歯車は静かに、しかし確実に回り始めた。

 こうして――第五総管区討伐作戦は、避けられぬ大戦争として幕を開けたのであった。

◇◇◇◇◇

――その二週間後。

 反乱討伐総軍の総司令部は、遠征の途にある大型戦艦「ゼウス」の作戦室に設けられていた。

 重厚な装甲と複層防壁に守られたその空間は、帝国の威信そのものを象徴しているかのようである。

 革張りの高級椅子に深々と身を沈めているのは、今回の総司令官――クライツ上級元帥であった。

 帝国軍制において、惑星で戦う「惑星地上軍」は「宇宙艦隊」よりも格上とされる。

 太古の昔、宇宙艦隊同士が無差別に惑星を攻撃し合い、人口が壊滅的に減少した時代があった。

 その反省から締結された条約により、宇宙艦隊は惑星への直接攻撃を禁じられている。

 結果として、戦争は常に膨大な地上軍の投入を必要とし、軍の中枢を担うのは宇宙艦隊の提督ではなく、惑星地上軍の将軍たちとなった。

 クライツもまた、その地上軍出身の高級将校である。

「閣下……反乱軍相手に、わざわざご自身で前線へ出向かれる必要がございますかな?」

 そう問いかけたのは、彼が長年使い続けてきた老参謀だった。

「帝国の歴史においてだ」

 クライツは視線を宙に泳がせたまま、低く問う。

「総管区そのものが反乱を起こした例が、これまでにあったか?」

「……ございませんな」

「では」

 クライツの口角が、わずかに吊り上がる。

「それを討伐した者の名は、どうなる?」

 老参謀は一瞬黙り込み、やがて静かに答えた。

「……永遠に、歴史に刻まれますな」

「そういうことだ」

 老参謀はそれ以上何も言わず、深く一礼して作戦室を後にした。

 入れ替わるように現れたのは、若い女性将校たちである。

 彼女たちの制服は整い、視線にはわずかな緊張と、別の感情が混じっていた。

 通路を歩きながら、老参謀は誰に聞かせるでもなく、ぽつりと呟く。

「……英雄、色を好む――か」

 その言葉は、艦の重い隔壁に吸い込まれ、やがて消えていった。

◇◇◇◇◇

――さらに一か月後。

 反乱討伐艦隊は長距離ワープを幾度も重ね、第五総管区外縁部に位置する「ネビール回廊」へと到達した。

 この宙域は、宇宙嵐、点在するブラックホール、不安定な恒星群が絡み合う危険地帯である。

 結果として、艦隊は細長く限定された航路を、ワープではなく通常航行で進まざるを得なかった。

「敵艦影、確認できません!」

 索敵士官の報告が、張り詰めた艦橋に響く。

「……本当か?」

 前衛艦隊の司令官は、思わず眉をひそめた。

 反乱軍が迎撃を仕掛けるなら、このネビール回廊こそが最適の地点のはずだったからだ。

 ここを抜ければ、視界も航行自由度も一気に開ける広大で安定した宙域が広がる。

 そこでは、数に勝る側が圧倒的に有利となるのだ。

「……ただし」

 索敵士官は一瞬言葉を切り、続ける。

「老朽化した小規模の宇宙要塞を一基、確認しました」

「ふむ……」

 司令官は腕を組み、短く考え込む。

「それだけか。ならば大した障害にはなるまい。艦列が整い次第、砲撃を開始せよ」

「了解!」

 条約により、宇宙艦隊が攻撃を禁じられているのは、あくまで有人惑星のみである。

 資源惑星、そして宇宙要塞は、その制限の外にあった。

「――砲撃、開始!」

 号令と同時に、二百隻に及ぶビーム艦が艦首主砲を一斉に解放する。

 青白いエネルギーの奔流が宙を裂き、黒光りする小さな要塞へと容赦なく叩き込まれた。

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