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序章 第4話 這い寄る悪意

Author: 輪廻
last update Last Updated: 2025-05-06 20:22:43

夕刻──

帰還したシェイドが寝室の扉を開くと、膝を抱えて座り込んでいるセラフィナと、彼女に寄り添うマルコシアスの姿が視界に飛び込んできた。

白磁を思わせる頬は赤く腫れ上がっており、口の中が切れているのか、薄桃色の唇の端には血が滲んでいる。誰かに暴力を振るわれたのは、一目瞭然だった。

「……セラフィナ」

「おかえり、シェイド。無事で良かったよ」

「……誰にやられた?」

沸々と湧き上がる怒りを堪えつつ、努めて穏やかな声音でセラフィナに尋ねる。少し待ってみたが、彼女が問いに答える様子はない。

「もう一度、聞くぞ──誰にやられた?」

「それを知って、どうするつもり?」

「…………」

自分が不在の間に何が起こったのかは、既に村人たちから聞かされている。村人の一人が堕罪者へと変貌し、数名を殺害したこと。それを、駆け付けたセラフィナが討ったこと。

セラフィナが止めていなければ、堕罪者が更なる凶行に及んでいたであろうことは、想像に難くない。最悪、村人が全滅していたかもしれないことを考えると、それを防いだ彼女は本来、感謝されて然るべきだ。

だからこそ、恩を仇で返すような真似をした村人たちに対し、シェイドは激しい怒りと嫌悪感を覚えていた。長らく自分が守り続けていたのは、相手への感謝すら知らぬような下衆ばかりだったのかと、反吐が出るような想いであった。

「……仕方ないよ、シェイド。私はハルモニア国教徒。聖教徒から見れば、紛れもなく異教徒だから。聖教徒は異教徒のことを、人間とは認めていない。獣畜生と同じ存在だと考えている。人間は、獣畜生とは言葉を交わさない。彼らからしたら、至極当然のことなんだよ」

「しかし……!」

「もっと言えば、私とまともに会話をしている君やシスターの方が異質なんだよ、シェイド。聖教会の教義に反する行為を、平然としているわけだから」

「…………」

──"聖教徒にあらずんば、人にあらず"。

セラフィナの言う通り、村人たちのセラフィナに対する態度こそ、本来あるべき聖教徒の姿だ。ハルモニア国教を始めとする異教徒は人ではなく、家畜や野獣と同様の扱いを受ける。

セラフィナの言うことは正しかった。それでも──村人たちのセラフィナに対する仕打ちには、どうしても納得がいかなかった。

「……助けてもらっておいて、何だよ。巫山戯《ふざけ》やがって」

「助からなかった命もある。私が駆け付けた時には既に、何人か殺されていた」

「それは、セラフィナの所為じゃないだろ!?」

「……果たしてそうかな? ある村人は"お前があいつを堕罪者にしたのだ"と言って私を殴り、またある村人は"お前がもっと早く来ていれば、誰も死なずに済んだ"と言って、私を蹴り飛ばした」

「……無茶苦茶だ!!」

怒りに身を震わせるシェイドとは逆に、セラフィナは何処か諦めた様子で溜め息を吐きながら、

「──そうだね。言ってることは理不尽極まりないし、無茶苦茶だと思う。でも、彼ら聖教徒からしたら、それが至って普通なんだよ」

「普通……? 何処が普通だ!!」

「──先の大戦で、聖教会は私の祖国ハルモニアに敗北した。その時に聖教徒たちは、どうしたと思う?」

「──っ!?」

セラフィナの言葉に、シェイドはハッとした。

崩壊の砂時計が出現して間もなく勃発した、聖教会と異教徒勢力との世界大戦"最終戦争《ハルマゲドン》"。剣聖アレスが死天衆に敗れたことで聖教会側は総崩れとなり、異教徒勢力に対して大敗北を喫した。

民衆の怒りの矛先は、死天衆に敗れたアレスへと向き、彼らは毎日のようにアレスに心ない言葉を浴びせ、中には暴力を振るう者もいたとされる。

「それと、同じだよ。シェイド──君からしたら、村人たちの考えや行動は下らないし、まるで理解出来ないかもしれない。でも村人たちからしたら?」

「……暴力を振るうに足る動機があり、君に暴力を振るう正当性を有するってことか?」

「そういうことだよ」

「何故、それを知って尚、落ち着いていられるんだ!?」

激昂するシェイドをじっと見据えながら、セラフィナは淡々と言葉を紡いだ。

「……例えば君の目の前で、崖から飛び降りて死のうとしている人間がいたとして、君なら何て声を掛ける?」

「い、いきなり何を……」

「良いから。答えて」

シェイドは言葉に詰まる。彼がそのような反応をすることを見越していたのか、セラフィナは特にこれといった反応も見せずに続けて、

「……良識があったら、まず答えられないでしょ? 相手の立場になってよく考えると"生きろ"だなんて、無責任な言葉は掛けられない。だからと言って"さっさと死ねよ"だなんて、無慈悲な言葉を掛けるのは、倫理的に何か憚られる」

「あ、あぁ……」

「それと同じこと。若し自分が彼らと同じく、聖教徒の立場にあったならと仮定する。果たして自分に、彼らの行いを責める権利はあるだろうか? 彼らと同じ行動を取らないと、胸を張って言えるだろうか?」

セラフィナは一旦そこで言葉を区切ると、ぼんやりとした様子で壁を見つめながら、

「……私は、胸を張って言えない。きっと、彼らと同じことをするだろうから。彼らの行いを責めたい気持ちは、当然持っているよ? でも、責められない。私には彼らを責める権利がないんだよ。根本はきっと、同じだから」

「セラ、フィナ……」

「…………」

これ以上、空気が重々しくなることを恐れたのだろう。セラフィナはわずかに表情を和らげると、

「まぁ……全て···の受け売りなんだけどね」

「……剣聖アレス。君の養父だったか?」

「うん。私が何か尤もらしい、それっぽいことを言っていたら、基本的にアレス《あの人》からの受け売りだと、思ってくれて良いよ」

セラフィナは滑らかな動きで立ち上がると、シェイドを見つめてくすっと笑った。出逢ってから数日──初めて彼女が見せた笑顔は無邪気で、とても可愛らしかった。

「…………」

「……どうか、した?」

「い、いや……別に……」

シェイドが口ごもった、その時だった。

寝室の扉が勢い良く開いたかと思うと、シスターが血相を変えて入ってくる。彼女は確か、怪我人たちの手当をするために、村へと赴いていたはずだ。

朝まで戻ってこないと言っていた彼女が、どうしてこんなにも早く戻って来たのだろうか。

「た、大変です……! セラフィナさん!!」

「……どうかしましたか、シスター?」

彼女の慌てようを不審に思ったセラフィナが尋ねると、

「──む、村の年長者たちが、夜陰に乗じて教会を包囲し、セラフィナさんの身柄を秘密裏に拘束しようと企んでいます……! 今直ぐに、ここからお逃げ下さい!!」

「セラフィナの身柄を……? まさか──」

「ええ、シェイドさん……! どうやら、セラフィナさんを災いをもたらす異教の魔女として、異端審問官に引き渡すつもりのようです……!」

ハルマゲドンが終わって間もない頃、聖教会の勢力圏内にて、魔女の告発が相次いだことがある。主に貧しい農村部の人間たちが、旅人や一部の身内を魔女として異端審問会に告発し、彼らは聖教会から多額の褒賞金を授与されたと言われている。

「セラフィナは敵国ハルモニア出身の旅人。魔女として突き出すには、正にうってつけの人材っていうわけか……!」

何処までも性根が腐り切っている。褒賞金欲しさに、自分たちを救ってくれた少女を、魔女として告発するなど、正気の沙汰とは思えない。

「狂ってる……! 彼奴ら、本当に同じ人間か!?」

「迷っている時間は、もうありません! さぁ、セラフィナさん! 此方へ!!」

シスターはセラフィナの手を握り、裏口へと案内すると、シェイドへと素早く顔を向け、

「──シェイドさん! セラフィナさんは、この辺りの土地勘がありません! 貴方の力が必要です!」

「シスター……?」

「お願いです……! どうかセラフィナさんを、ハルモニアまで無事に送り届けて下さい!!」

「待て……! 送り届けて欲しいって──それじゃあ、シスターは一体、どうするつもりだ……!?」

シスターは悲しそうな笑みを浮かべると、

「……私は、ここに残ります」

「なっ──!?」

「お世辞にも、身体が丈夫とは言えませんから。お二人の足手まといになって、最悪の場合は全員共倒れになってしまうかもしれません。それだけは絶対に、避けないと……」

「…………」

「そんな顔、しないで下さい。まだ……死ぬと決まったわけでは、ありませんから」

シスターはシェイドをそっと抱きしめると、続けてセラフィナの方へと歩み寄り、シェイドの時と同様に彼女の華奢な身体を優しく抱きしめた。

「セラフィナさん……どうか、ご無事で」

「……シスターも」

セラフィナの言葉に、シスターは精一杯の作り笑いを浮かべて頷いた。

「……行くぞ、セラフィナ」

「……うん」

シェイドと共に、セラフィナとマルコシアスは薄暗い闇の中へと走り出す。徐々に小さくなってゆくその背を見送るシスターの目から、一筋の透き通った涙が零れ落ちた。

嗚咽を漏らすシスターの背後より、無数の足音が近づいてくる。自らの死を悟ったシスターは、泣き笑いを浮かべながら胸の前で手を組み、その場に座り込んだ。

「……私はこれから、殺されるのですね?」

「…………」

銃口がすっと、身体へと突き付けられる。

「──さようなら、シェイドさん……セラフィナさん。こんな私に、最後に生きる意味を与えてくれて……本当に、ありがとう……」

直後──シスターは、自分の太ももが撃ち抜かれるのを感じた。続いて脇腹、更に腕……灼けるような痛みが身体中を駆け巡る度、セラフィナが感じていた痛みもこんな感じだったのだろうかと、ふとそんなことを考えた。

何発も執拗に猟銃の弾を撃ち込まれ、何度も執拗にセラフィナたちの居場所を尋ねられても、彼女は決して、口を割ることはなかった。命の灯火が消失する──その時まで。

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Comments (1)
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憮然野郎
シスターさん。゚(゚´Д`゚)゚。 こんな最期、あんまりですよね...️ それと、恩人のはずのセラフィナが村人達から異教徒を理由に迫害されるのは納得いきませんよね? セラフィナ自身が彼らを責める資格が無いと思っていることがわかったとしても、やっぱりシェイドが納得いかない気持ちもわかります……(>_<)
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