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第二章 第51話 陸の孤島

Auteur: 輪廻
last update Dernière mise à jour: 2025-06-08 11:00:53
パズズが引き起こした騒動から数時間後──

セラフィナの居室に集まった一同は、レヴィからの報告を聞いて渋い表情を浮かべていた。

ベッドの上では、両足に包帯を巻かれたセラフィナが静かな寝息を立てており、ベッド端に腰を下ろしたキリエが治癒魔法を発動し、傷の治りが少しでも早くなるように、それでいて疲労が蓄積しているセラフィナの身体にこれ以上負担が掛からないように、細心の注意を払って傷を癒している。

その傍らでは、マルコシアスがセラフィナに寄り添うように腰を下ろし、魘されているのか時折呻き声を漏らす彼女の顔を、心配そうに見つめていた。

「……本当に、·だったのか?」

沈黙を破るように、そう口を開いたのは、ハルモニアからの来賓として精霊教会の記念式典に出席していたアモンである。彼の隣には、同じく聖教会からの来賓として精霊教会の記念式典に出席していたガブリエルの姿もあり、彼女もまたレヴィの報告内容に対し懐疑的なのか、何処か困ったように眉をひそめていた。

「──間違いありませぬ、アモン殿。この目で然と、確認致しました」

真面目な話になると仕事口調になるのか、本来敵である筈のアモンの問いに対し、レヴィは堅苦しい言葉遣いで以て応える。

「姿形こそ、異なっておりましたが──唸り声だけはそのままでした。紛うことなく、あれは奴(パズズ)であると私は考えます」

「ですが、レヴィ……? セラフィナさんは確か、彼の者)パズズ)を象った像を護符として、常にその身に帯びている筈。彼の像さえ護符として所持していれば、彼の大精霊から敵として認識されないのでは?」

レヴィに対し異論を唱えるガブリエル──言葉とは裏腹に、目の奥には護符である筈のパズズ像に対する不信の念が、仄暗い焔となって燃え上がっているのが見えた。

「……そう言えば、シェヘラザードさんという巫女が仰っていましたね。時たまに護符を所持していても、彼の者(パズズ)の姿が見えてしまう者がいる、と。若しかして……」

ちらりと、直ぐ隣に座るアモンを見やるガブリエル。アモンは胸の前で腕を組んだまま、小さく頷く。

「うむ──その若しかして、だろうな。セラフィナは見えてはならぬ者が見えてしまう、所謂"巫女体質"、"霊媒体質"の持ち主であると考えるのが適当だろう。しかしながら、此度の一件はそれだけが原
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