LOGIN驚いた2人が顔を向けると、そこには少し顔色を悪くした暁春が立っていた。手にはフルーツの入った籠と優希のスーツケースが握られている。
「暁春、来てくれたのね。」 暁春の姿を見ると優希は嬉しそうに目を細めた。 「旦那さん?」 「あ…。」 将生の問いかけに、隠れ婚であることを思い出した優希は、どう答えるべきか分からなかった。 「そうだ。」 暁春の静かな肯定の声が聞こえると、優希は驚くと共に胸が熱くなるのを感じた。結婚の事実を、暁春の口から外部へ認められたのが初めてだったからだ。 「俺の妻と親しいようだが、そちらは?」 暁春は険しい表情で優希の横に立ち将生を見る。その目の冷たさに将生の背中に悪寒が走ったが、表情は崩れ「ゆうちゃん、国際電話でお家に電話したでしょう?その電話を切った後に、お父さんすぐ私に連絡してきて着信番号を伝えてきたの。あなたを探せないかって。」 「え…でも…。」 想像もしていなかった話に、優希は当時のことを思い出す。 親子の縁は無いと冷たく言って電話を切られたのだ。 そんな自分を探すなんて…。 優希が戸惑いの声をあげると、老夫人は首を振って遮る。 「お父さんの心境は詳しく知らないわ。でも私がゆうちゃんに電話をしたことを知ると、あなたが産まれた時から貯めていたお金だって言って通帳とキャッシュカードを渡してきたの。私からのお金ということにしてって。」 「だから、毎月送っていたお金も進学費用も、結婚祝いも全部ゆうちゃんのお父さんがゆうちゃんのために用意したお金だったの。」 「毎回ゆうちゃんと電話した後、そわそわと私に連絡してきてたのよ。どうですか?って。彼氏が出来たみたいって言った時は複雑そうな声だったわ。」 老夫人が話す内容に優希は呆然とし、ただ一言「どうして…。」とだけ言った。 「父親だからって言ってたわ。」 酷いことを言ってばかりだった自分を、最後まで父親として支えてくれていたのだと知り、優希の目に涙が浮かぶ。 「ね、だから最後にゆっくり話してごらんなさい。ずっと昔から、お父さんはゆうちゃんのことを気にしてたわ。何を思って、何を経験して大きくなっ
「計画の準備もあるし、ゆうちゃんは荷物の整理もあるだろうから、決行は1ヶ月後にしましょう。」 優希は老夫人の言葉に頷く。 「そうですね。それまでにおば様のお見舞いに行きたいのですが…。」 暁春は悟に連絡させると言っていたが、それがいつになるのか分からず、優希はそれが心残りだった。 「あの男には任せておけないわね。いいわ、お婆さんと一緒に行きましょう。」 すぐに和珠がパソコンを見ながら、明日の検査結果が問題なければ明後日に退院できると伝えると、老夫人は嬉しそうに手を叩いた。 「3日以内に連絡するわね。あの子のことはもう気にしないで。何か言われたら、昔のお漏らしして泣いてた姿を思い出して、お漏らし野郎とでも呼ぶと良いわ。」 ウインクしながら言った老夫人の言葉に、優希と和珠は吹き出した。 優希の方が年上な分、暁春が3歳くらいまではよくお世話をしており、オムツ交換もしたこともあった。 オムツを卒業しした後も、お漏らしすれば片付けをしてあげたこともある。 その時の暁春は顔を真っ赤にして泣き、しばらく優希の前に姿を見せようとしなかったのだ。 「ありましたね、そんなこと。」 それを思い出した優希は、思わずオムツを履いた大人の暁春を想像してしまい、また吹き出す。
改めて真剣に考えた優希は、以前呼んだ小説を思い出した。 君の居場所は愛の力ですぐに分かる、とストーカー行為をする元交際相手に限界を迎えた主人公が、それなら死者の国に行ってもわかるのかと事故死を装った話だった。 「…死んだことにするのはどうでしょうか。車、暴漢、火事、水難、病気。死の原因は沢山あります。死んだと思わせれば、探そうとすら思いません。」 優希は真剣に提案していた。 死は絶対的な消滅であるから、一度認識させればいつ見つかるのかと心配する必要が無くなるのだ。 「方法としては効果的です。しかし現実的ではないと思います。一般人がどこまで完璧に騙せるか…。」 和珠の指摘は優希も理解している。 優希は和珠に頷いてみせると、険しい表情の老夫人のベッド横に膝をつく。 「なので、おばあさんとおじいさんの力を貸して欲しいです。」 本当は優希も自分自身の力で何とかしたかったが、相手が暁春では格闘家と赤子ほど全てに差があり、気持ちだけではどうにもできないことを知っている。 だから厚かましいことを承知で協力を仰ぐしか無かった。 老夫人は険しい表情を緩めると「もちろんよ。」と優しい声で言った。 すると和珠が遠慮がちに口を開く。 「…おじいさんは協力してくれるでしょうか。」 一見変わらないポーカーフェイスの中で目が僅かに泳いでいる。 「おじいさんには私から言うわ。…聞きたいこともあるから。」 そう言った老夫人の声が、いつもより固く思い詰めているようにも感じ、優希は心配から眉を寄せた。 そういえば都が得意げに老人との食事
20年前の事故は和珠も知っており、公式には発表されていないが、ネットが発達した今、井竜の長男の愛人が原因だったと暴露されている。 息子がいる身として、苦しみを耐えながら産んだ子の成長した姿が、そのような愚かな男だとしたらやるせなく思うだろう。 和珠はなんとも言えない気持ちになった。 - 優希は老夫人の顔に疲れが見えることに気づき、退出して休んでもらった方がいいかもしれないと思った。 「…暁春のこと、本当に申し訳ないわ。」 しかし優希が口を開く前に老夫人から話しかけられる。 老夫人の向こうにある大きな窓には鮮やかなオレンジ色の空が見え、射し込む夕日の光が彼女の小さな体の輪郭をぼやかしている。 その姿はとても儚く、太陽が沈むと同時に老夫人も消えてしまうのではないかと優希を不安にさせた。 優希はすぐに歩み寄り、確かめるように老夫人の手を握る。 「…おばあさんが謝ることでは無いです。彼は目的があって私に近づいた。私がそれを見抜けずに不相応な幸せを享受してしまった結果です。」 優希は老夫人がどこまで知っているのか気になった。 報道されたキス写真程度なのか、有美を家に連れ込んで来たことまでか、それとも先日の書斎での情交まで把握しているのか。 おそらくキス写真までだろうが、刺激が強いので詳細は語らないつもりだった。 「でも彼の本心を知ってしまった以上、このまま夫婦でいるのは難しいです。なにより産まれてくる子供たちをそんな環境で育てたくないです。」
「驚いたけど、最初は私たちも嬉しかったわよ。やっと暁春が立ち直ったって思ったもの。ゆうちゃんって呼び出したのも、愛称としてはよくあるものだから見守ってたわ。」 甘やかす暁春に有美も遠慮なく甘え、それすらも嬉しいと甘く訴える暁春の目は、有美の前では常に愛情で蕩けていたと言う。 「…でも暁春が、たまに有美ちゃんを見ていない時があることに気づいたの。口元は笑っていて目も有美ちゃんの方を向いてるし追うけど、有美ちゃんを認識していないようなのよ。いえ、有美ちゃんの中に何かを探してるって感じかしら。ただぼんやりしてる訳じゃなくて、目は有美ちゃんの顔をなぞるようにゆっくり動いているの。普段熱く見つめている目とは全然違かったわ。」 間違い探しなどのたくさんの中から探す時に、端から端までゆっくり目を動かす感じだと言う老夫人に、和美は妙に納得した。 その後、ぼんやりと反応のない暁春に有美が怒ったことで暁春の目は有美の不機嫌そうな目に止まり、ゆっくりと焦点が合って行ったそうだ。 眉を下げて微笑んだ目は、先ほどの違和感は消え去り、いつも通りの熱いものだったと言う。 「初めてそれを見た時、無意識での行動だって知って少し胸騒ぎがしたの。でも偶然の可能性もあるから特に何も聞かなかったわ。」 和珠は咳き込んだ老夫人に、慌ててその背中をさすって水を差し出す。 「…それからも時々暁春のその違和感は感じたわ。独占したいのか、暁春は暇さえあれば常に側にいたがるし、有美ちゃんも積極的な子だったから、2人が一緒にいるところを見る人は本邸にたくさんいたんだけど、そうなると暁春のその様子に気づく人もいてね。暁春の初恋を知ってる人ばかりだから、そのうち、実は有美ちゃんを通して、ゆうちゃんにしたかったことをしているのではって言い出す人が出てきたのよ。」 「…それはこじつけでは?実際に本人に聞いたわけじゃないんですよね?」 思わず和珠は言ってしまう。 「そうね、たしかに私たちの願望がそう見せていたの
頭の中で優希と有美の顔を思い浮かべていた和珠は、老夫人のため息混じりの言葉に思わず声が出てしまった。 内心慌てながらもポーカーフェイスは崩さず、しかしそれに気づいているのか老夫人は吹き出した。 老夫人が気にしていないようだったので、和珠は気づかれないように息を吐く。 「意外と本人たちより周りで見てる方が気づくことってあるのよ。」 老夫人は緩く微笑むと静かに言った。 「小さい時から見ていると尚更ね。」と先ほどまで暁春がいたところをぼんやりと見ている老夫人に、和珠はどう返事をするべきか考えていた。 「ああ、当時のゆうちゃんは暁春のことは弟としか見ていなかったから何も知らないわ。」 「…夫人は井竜社長の本当に愛している女性は優希さんだと仰っているのですよね。なら、なぜ井竜社長は他の女性を愛しているというのでしょうか。私は到底愛情があるようには思えません。あっても本命に似た顔立ちへの執着では?」 たしかにこの2日間、暁春はベッドに横たわる優希に付き添っていた。 初日に行った父子鑑定の結果をずっと眺めていたことを思い出す。 しかし先ほど優希の前で老夫人に話したことといい、将生から聞いた自宅内のおぞましい出来事といい、到底愛した人に対して行う所業ではないと思い、和珠はそう考えた。 「あの子の頭では本当にそう思っているからよ。」 老夫人の言葉に和珠はますます分からなくなった。 「ゆうちゃんと有美ちゃんって、2人とも父方のお婆さん似だからお顔が似てるのよ。今はお化粧や服装でタイプの違うお顔に見えるけど、子供の頃はよく似てたわ。…有美ちゃんが11歳くらいの時に、ゆうちゃんのお下がりの服を着た時があってね、その姿を暁春に見せに来たの。」 「あの時の暁春の表情は忘れられないわ。







