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12.従兄のディーン

Auteur: 杵島 灯
last update Dernière mise à jour: 2025-09-12 20:03:02

 挨拶を終えると、ディーンは目を細めてマリッサを見つめる。マリッサもまたディーンを見ていたが、それは彼を見ていたのかもしれないし、彼を通じてハロルドを見ようとしていたのかもしれない。だって。

(ディーンはハロルドの二つ年上だったかしら。本当に似ているわ。……ハロルドの、お兄様よりも)

 グリージアの王位継承権を持つ男性は現在、王太子ハロルドと、このディーンだ。

 以前はもう一人、ハロルドの兄ロジャーも王位継承権を持っていたが、今は放棄しているとマリッサは聞いていた。

 ロジャーとハロルドは八歳違いの兄弟だ。

 兄がいるというのになぜ弟のハロルドが王太子の位についたのか、それはロジャーの母が身分の低い女性だからという理由によるものらしい。

 つまりロジャーはハロルドの異母兄なのだ。

 もともとロジャーの持つ王位継承権は低かった。よって彼は結婚を機に継承権を放棄して公爵家を興し、今は領地で静かに暮らしているらしい。

 だからだろうか、マリッサがグリージアに来てから数か月が経つというのに、ロジャーの姿を見たのは結婚式の日だけ。ロジャーの妻である公爵夫人にいたっては、一度も姿を見ていなかった
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