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第8話

Auteur: マリモ
私の言葉が、彼に残っていた理性のタガが外れたようだった。彼は力任せに私の肩を掴み、揺さぶった。

「ありえないだと?静香、復縁するって約束したじゃないか。なぜ約束を破るんだ?」

ここに及んでなお、彼はこれほど堂々と、被害者のような顔をして私を責めることができるのか。

おそらく最初の離婚の時から、私はもうこの結婚に何の期待も抱いていなかった。

ただ、母の命が彼の手の中にあるという現実に縛られ、屈辱に耐えながら、何度も何度も役所へ通っただけだ。

窓口の職員に顔を覚えられるほど、私は役所に足を運び続けた。

でも最後の一回――お金が貯まったあの時、私にもう二度と役所の門をくぐる気力はなかった。

この茶番劇のような結婚も、ここで幕を下ろすべきだったのだ。

私は彼をじっと見つめ、感情の一切こもらない声で告げた。

「実はね、もうとっくにあなたのことなんて愛していなかったの。母も亡くなった今、あなたのそばに留まる理由なんて、微塵も残っていないわ」

彰人はその言葉を聞いて、信じられないものを見るように目を見開いた。

「じゃあ……じゃあ、お前が俺に金を振り込ませたのは、逃走資金を貯めて
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  • 港都のいい子ちゃん、やめました   第8話

    私の言葉が、彼に残っていた理性のタガが外れたようだった。彼は力任せに私の肩を掴み、揺さぶった。「ありえないだと?静香、復縁するって約束したじゃないか。なぜ約束を破るんだ?」ここに及んでなお、彼はこれほど堂々と、被害者のような顔をして私を責めることができるのか。おそらく最初の離婚の時から、私はもうこの結婚に何の期待も抱いていなかった。ただ、母の命が彼の手の中にあるという現実に縛られ、屈辱に耐えながら、何度も何度も役所へ通っただけだ。窓口の職員に顔を覚えられるほど、私は役所に足を運び続けた。でも最後の一回――お金が貯まったあの時、私にもう二度と役所の門をくぐる気力はなかった。この茶番劇のような結婚も、ここで幕を下ろすべきだったのだ。私は彼をじっと見つめ、感情の一切こもらない声で告げた。「実はね、もうとっくにあなたのことなんて愛していなかったの。母も亡くなった今、あなたのそばに留まる理由なんて、微塵も残っていないわ」彰人はその言葉を聞いて、信じられないものを見るように目を見開いた。「じゃあ……じゃあ、お前が俺に金を振り込ませたのは、逃走資金を貯めていたのか?」「ええ、そうよ」私は一瞬の躊躇もなく答えた。彰人はまるで魂を抜かれたように、よろめいて後ずさった。おそらく彼には理解できないのだろう。何度も何度も私が復縁を選んだのは、彼自身ではなく、彼のお金のためであって――そこに愛など、一欠片も存在しなかったのだと。「静香、俺を弄んで楽しいか?お前が金のためだけに俺といたなんて、信じられるか!愛していなかったなんて、そんな嘘をつくな!」彼が私を娶ったのは、家に飾る見栄えのいい飾り物が欲しかっただけ。私はそれに見合う対価を求めた。ただの等価交換だ。それで対等な取引でしょう?愛なんて――あの最悪の新婚初日の時点で、とっくに色褪せて消えていた。私は彼の拘束を無造作に振りほどき、淡々と言った。「好きに解釈すればいいわ」そう言い捨てて、私は階段を上っていった。翌朝。再びドアがノックされた。まさかの来客、梨花だった。かつての煌びやかさは見る影もなく、やつれ果てた姿で私の前に現れた彼女は、私の顔を見た途端、地面に崩れ落ちて泣き出した。「全部、私が悪かったんです。お願いです、彰人様に許して

  • 港都のいい子ちゃん、やめました   第7話

    冷たい川底へ沈んでいく瞬間、猛烈な生への執着が私を突き動かした。薄れゆく意識の中で、私は幼馴染の神宮寺優斗(じんぐうじ ゆうと)に電話をかけた。彼はすぐに人を手配し、私を死の淵から引き上げてくれた。次に目を覚ました時、私は彼のマンションのベッドに横たわっていた。恐怖がフラッシュバックし、私は半狂乱で辺りを見渡した。「あの……写真は?母の写真は!?」優斗が、取り乱す私の肩を優しく、だが力強く抱き留めた。「大丈夫だ、静香。裏ルートを使ってデータを回収し、原本も処分させた。それから、お母さんの葬儀も、人目につかないように済ませておいた。体調が戻ったら、一緒にお墓参りに行こう」私は力が抜けたように枕を涙で濡らし、熱い涙が止めどなく頬を伝った。あの時、愚かにも自分でお金を持って写真を買い取りに行かなければ――母は、まだ助かったかもしれない。そして何より信じられないのは、彰人があそこまで冷酷になれたことだ。この数年間、彼に注いできた真心のすべてが、一瞬にして水の泡のように消え去ってしまった。翌日。母の入った骨壺を胸に抱き、私は優斗の車に乗り込んだ。「本当に、この街を離れる決心がついたのか?」かつての私は、母の生活と治療費を守るため、彰人のそばに留まることを自分に強いていた。でも、すべてが終わった今、港都市には、私を繋ぎ止めるものはもう何もない。私は黙って深く頷いた。悲しみに満ちた港都市を後にし、優斗は私を連れて各地を巡った。旅の風が、少しずつ心の澱をさらい流してくれた。彼は私に新しい土地の習慣を教え、私たちは本土での新しい生活を始めた。それはまるで子供の頃に戻ったような、何の憂いもない穏やかな日々だった。けれど、彰人の出現が、その仮初めの平穏を粉々に打ち砕いた。部屋着姿でゴミ出しに出た私を見つけ、それから私の住むマンションを見上げ、彼は苦しげに口を開いた。「静香……もう港都市には戻らないのか?」私は彼を汚物を見るような目で見つめ、手にしていたゴミを屑箱に放り込み、短く答えた。「ええ。もう二度と」言葉が終わると同時に、彰人が駆け寄って私を強く抱きしめた。「静香、この間俺がどれだけ辛かったか分かるか?お前が死んだと思ってた。もう二度と会えないと思ってたんだ。やっぱり生きていて

  • 港都のいい子ちゃん、やめました   第6話

    耳に飛び込んできた言葉に、彰人の指先から、急速に体温が奪われていった。「何だと?さっき川に飛び込んだのは……本当に静香なのか?」電話の向こうで、事務的な説明が続く。「現場付近で遺留品らしきものを発見しました。目撃者によれば、奥様の所持品に間違いないとのことです。ただ、確定には鑑定が必要でして――」彰人はもう平静を保っていられなかった。理性をかなぐり捨て、アクセルを床まで踏み込んで岸辺へと車を飛ばした。現場はすでに、禍々しい黄色の規制線で封鎖されていた。「静香ッ!!」狂ったように叫びながら突入しようとする彰人を、署員たちが必死に制止する。「どうか落ち着いてください!まずはこちらをご確認いただけますか」差し出された透明な証拠品保管袋の中には、見覚えのあるハイヒールが一足と、静香のバッグが入っていた。彰人は言葉を失い、喉の奥からひどく乾いた嗚咽が漏れた。「これは……確かに静香のものだ。本人は?静香は見つかったんだろう?」署員は痛ましそうに目を伏せ、首を横に振った。「現在、全力を尽くしています。どうか落ち着いてお待ちください」彰人は袋を胸に抱きしめ、まるで糸が切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。オークション会場であんなにも気丈に振る舞っていた静香。嫉妬に駆られて梨花を叩いた静香。実を言えば、あの時は心のどこかで優越感を抱いていた。これほど取り乱すのは、まだ自分のことを愛してくれている証拠だと思えたからだ。すべてが良い方向へ向かっていたはずなのに――なぜ、突然川に身を投げたのか。「静香……もう俺を愛していないのか?」問いかけに答えるのは、川面を渡る冷たい夜風の音だけだった。その時、抱きしめた静香のバッグから、一枚の航空券がひらりと滑り落ちた。本土行きの片道チケットだ。彰人の心臓が、ドクリと大きく跳ねた。静香はこの港都市で生まれ育った。なぜ急に、縁もゆかりもない本土へ渡ろうとしていたのか?日付を見て、彰人は息を呑んだ。……あの日だ。二人が復縁を誓った、あの日付だ。彼はようやく悟った。静香は、復縁するつもりなどなかったのだと。これまで八回の離婚と復縁を、彼女は一度も文句を言わずに受け入れてきた。俺もそれを面白がり、ゲームのように何度も離婚を切り出した。どう

  • 港都のいい子ちゃん、やめました   第5話

    遠くから聞こえる叫び声に、彰人は弾かれたように振り返った。「静香……」彼は梨花の手を荒々しく振りほどき、よろめきながら川辺へと駆けた。そこにはすでに、多くの野次馬たちが集まっていた。「ちゃんと見たの?本当に桐生夫人なの?」「まさか。桐生夫人って言えば、あの従順さで有名じゃないか。あの言いなり人形がが、飛び込みなんてするわけないでしょ?」「暗くて見間違えたんじゃない?さっき電話を受けてたみたいだったし、病院からだったみたいだから、今頃病院に向かっているんじゃないかしら」……野次馬たちが口々に無責任な噂を交わす中、彰人は暗い水面に目を凝らし、目を皿のようにして探し続けた。けれど、夜風が立てる波紋以外、そこには何もなかった。きっと誰かの見間違いだ。飛び込んだのは、静香ではない。そう自分に言い聞かせ、震える指で慌ててスマホを取り出す。何度も、何度もかけ直す。だが返ってくるのは、無機質で冷たい機械音声だけだった。「おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため……」「静香が、俺の電話を無視するはずがない……」彼が狂ったようにリダイヤルを繰り返す様子を見て、梨花が不満げに声を上げた。「彰人様、今日は私と一緒にいてくれるって約束したじゃないですか。約束を破るおつもり?」その甘ったるい声を聞いた瞬間、彰人は般若のような形相で、彼女の手を振り払い、深く眉を寄せた。「今はそんな場合じゃない。お前はさっさと帰れ!」梨花は驚き、その場に凍りついた。彰人と付き合った女たちは皆知っている――彼は決して怒らず、どんな時も優しい紳士だということを。だが今の彰人は完全に我慢の限界に達していた。彼は彼女を乱暴に押しのけると、車に乗り込んだ。病院へ向かう道中、彼は静香に何通ものメッセージを送り続けた。けれど彼女からは、一通の返信もなかった。母の急変で、それどころではないはずだ。彰人はそう自分を慰め、アクセルを踏み込んだ。特別病室に駆け込むと、そこに静香の姿はおろか、彼女の母親の姿もなかった。静香の母親が入院してからというもの、彼は最高級の病室を用意し、最高の医療チームを配置していたはずだ。なぜ、突然誰もいなくなったのか?彰人の心臓が、冷たい水底へ沈んでいくような感

  • 港都のいい子ちゃん、やめました   第4話

    彰人の言葉に、頭の中が真っ白になった。私は膝から崩れ落ちそうになるのを必死で堪え、かろうじてその場に立っていた。かつて、重度のギャンブル狂いだった継父が母の破廉恥な写真を撮り、それをネタに脅迫して、母に借金を返済させていたことがあった。この三十枚の写真は、母の人生を呪いのように縛り続け、二度と這い上がれない地獄へと突き落とした元凶だ。そして今、それが、あろうことか私の夫が私を支配し、脅すための道具になっている!私はふいに、乾いた笑いが漏れた。周囲の人々は、まるで狂人を見るような目で私を見ている。けれど彰人の瞳には、一片の憐れみも浮かんでいなかった。彼は無理やり私の顎を持ち上げ、冷酷に告げる。「いつもの従順さはどうした?どうして今は言うことを聞かない?」信じられなかった。かつて母が継父に写真を撮られ脅されていた時、彰人は継父を半殺しにし、私の前で誓ったはずだ。「必ずその写真を見つけ出し、処分する」と。「心配するな。俺が処分してやる」――そう言っていたのに。まさか彼の言う「処分」が、写真を隠し持ち、いつか私を脅すための切り札として温存することだったなんて。彼は私の過去を知り、同情していたはずなのに。今は梨花を喜ばせるためだけに、私の心の傷を抉り、絶望の淵に突き落としている。もう何も考えられなかった。私は震える手でバッグからキャッシュカードを取り出した。オークショニアが、すでにオークションの開始を宣言している。「開始価格は二十万円です!」私は喉が裂けんばかりに叫んだ。「六百万円!」けれど梨花が甘えた声を出すと、彰人はゲームを楽しむように次々と値を吊り上げ、毎回私より二十万円だけ高くコールした。私が四千万円を叫んだ時――たかが写真三十枚の価格が四千万円にまで達し、会場全体がざわめいた。その時、預金残高を確認する指が震える。それはまるで冷たい刃物のように、私の現実を突き刺す。私に残された全財産は、この不毛なオークションに注ぎ込まれてしまった。圧倒的な無力感が、津波のように押し寄せてくる。私を含む全員が、これ以上彰人は値を上げないだろうと思った、その瞬間だった。梨花が口を尖らせ、彼の腕に身を寄せて甘え声を上げた。「彰人様……写真なんて手に入らなくても構いませんけど、私、負けるのだ

  • 港都のいい子ちゃん、やめました   第3話

    私は何事もなかったかのようにスマホの画面を伏せ、寝室のドアへと視線を向けた。「梨花さんが帰ったかどうか、聞きたかっただけよ。朝食を何人分作ればいいか知りたくて」そのあまりに淡々とした口調が、彰人の神経を逆撫でした。「静香、そんな涼しい顔をしていて疲れないか?こんな茶番、いつまで続けるつもりだ?」私が沈黙を守っていると、彼の瞳にどす黒い怒りが宿る。「静香、いいか。いつか必ず後悔する日が来るぞ!」怒りに任せて立ち去る彼の背中を見つめながら、私の胸には一抹の不安がよぎっていた。その夜は、港都市で年に一度開催される、恒例のチャリティーオークションの日だった。予想通り、彰人は梨花を同伴して会場に現れ、私は一人、タクシーで会場に到着した。彰人は二階の特別ボックス席を貸し切り、その隣には優雅にドレスアップした梨花が寄り添っている。その姿は、まさに「桐生夫人」の風格そのものだった。かつて、おどおどと私を「奥様」と呼んでいた貧しい学生の面影は、もうどこにもない。私が会場に足を踏み入れた途端、周囲から遠慮のない嘲笑が漏れ聞こえてくる。「昨夜、あの梨花って子が奥様の寝室で寝たんですって。完全に顔に泥を塗られたも同然ね」「もう慣れっこでしょう。桐生さんが目の前で他の女と遊んでいても、彼女は平気な顔で耐えるんだから。うふふ」「今夜の目玉があるらしいわよ。桐生社長が梨花さんのために用意したって。静香さん、また恥をかくわね」……聞こえないふりをして、私は今夜も彰人の隣に置かれる「飾り物」として、ただ静かに座っていようと決めた。けれど、予想外だったのは――最初の出品物が、あの失われたはずの「結婚指輪」だったことだ。かつて私は、彰人が夜通し帰らなかったことに絶望し、衝動的に指輪を排水溝に流したことがあった。あの時、彰人は笑いながら私を宥めたものだ。「海底をさらい尽くしてでも、その指輪を拾い上げて返すよ」と。けれど次の瞬間――彰人は番号札を無造作に掲げ、それを落札すると、あろうことか梨花の指に嵌めたのだ。会場に響き渡る拍手喝采と相まって、それはまるで公開プロポーズの儀式のようだった。梨花が勝ち誇った笑みを浮かべて近づいてくる。「奥様」と私を呼びながら、その体はしっかりと彰人の腕に絡みついていた。「これが奥様の、

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