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第167話

Author: 清水雪代
智美はそのニュースを知り、悠人に尋ねた。「私たちが森下さんにしたことで、あなたに何か影響はないかしら?」

彼女は、千夏の両親が悠人に報復するのではないかと心配していたのだ。

なにしろ千夏は、由緒正しい家のお嬢様。その実家は、間違いなく金も権力もあるはずだ。

「森下家が、わざわざ俺に手出しをすることはないだろう」悠人は、大して気にした様子もない。「それより、君の仕事は大丈夫なのか?かなり大きな影響を受けたんだろう?」

「ええ、まあ……」智美は苦笑した。「少しずつ、立て直していくしかないわ。また一から、やり直しね」

その後、智美は芸術センターの再建に奔走した。

二人が会う時間も、自然と減っていった。

以前、悠人が口にした「恋人だ」「好きだ」という言葉も。

智美は、無意識のうちに聞こえないふりをしていた。

今は、とにかく忙しくて、恋愛のことなど考える余裕がない。

それに、祐介、千尋、千夏とのいざこざが、彼女をひどく疲れさせていた。

まずは仕事をきちんと軌道に乗せてから。

安定した事業がなければ、彼女はいつも安心できなかった。

今回は、そんな不安定な状況で、軽々しく恋を始めたくなかったのだ……

……

芸術センターは、生徒募集に苦戦していた。

智美は祥衣と相談し、ある起死回生の一手を思いつく。

彼女は、大桐市テレビ局が主催する歌唱コンテストに参加することにしたのだ。

智美は大学でピアノを専攻しており、歌も得意だった。ピアノコンクールだけでなく、歌唱コンクールにも何度か参加し、良い成績を収めた経験がある。

もちろん、プロの歌手と比べれば見劣りするだろう。

だが、祥衣に言わせれば、彼女の最大の強みはその美貌。コンテストで注目を集めれば、人気が出ることは間違いない。

そうなれば、彼らの芸術センターにも、新たな生徒を呼び込めるはずだ。

智美はこの方法が実行可能だと考え、コンテストに応募した。

祥衣はわざわざ彼女に一ヶ月の休暇を与え、コンテストの準備に専念させてくれた。

智美は、その美しい歌声とずば抜けた容姿で、やすやすと予選を通過した。

テレビ局は、選手たちに番組が手配した寮での共同生活と、その様子を撮影することを要求した。

智美は祥衣に、週末に彩乃を見舞ってくれるよう頼み、祥衣は快くそれを引き受けてくれた。

そして、智美は正式に
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