LOGINまた冬がやってきた。夫の高橋朔陽(たかはし さくや)と息子の高橋晴也(たかはし せいや)は、毎年冬になると決まって私、長谷川瀬奈(はせがわ せな)に対してアレルギーを起こす。全身にひどい湿疹が出るのだが、どうしてもアレルギー源が特定できない。 それを理由に、二人は私と距離を置き、別の家へと移り住んでいった。 私が転んで頭から血を流しても、二人が戻ってくることはなかった。それどころか、交通事故で入院した時でさえ、結局は私一人が孤独に耐え忍ぶだけだった。 私たちは、誰よりも遠い家族になり果てた。私が彼らを死に追いやるかもしれないからだ。 私は凍てつく冬の中、独り静かに待ちわびていた。暖かな春が、幸せな家族を返してくれることを。 だが、思いがけず二人の会話を耳にしてしまった。 「パパ、毎年冬しか千愛ママに会えないの?アレルギーの期間、もっと長くならないかな?」 千愛ママ?朔陽の幼馴染である伊藤千愛(いとう ちあ)のことか? 朔陽は晴也の髪をくしゃっと撫でた。 「抗アレルギー薬の飲み過ぎは良くないよ。千愛ママも心配するからね。時間がある時に、パパが連れてきてあげるから」 晴也は手を叩いて喜んだ。 「やったー!僕、冬のマンゴーキャンディーが一番好き。それを食べれば千愛ママに会えるもんね!」 マンゴー。それこそが、私が晴也を死の危険から守るため、あらゆる手段を尽くして遠ざけてきた致死性のアレルギー源だった。 寒風の中に立ち尽くし、私は無言で家へ戻った。 暖かな春が訪れた時、私はこれまでの献身をすべて捨て去った。 「好きなものを食べればいいわ。私が児童虐待をしていると思うなら警察に通報しなさい。あなたの親権はもういらないから」
View More朔陽がとうに諦めたと思っていた矢先、衝撃的なニュースが飛び込んできた。彼はついに抑えきれない衝動のままに、千愛をその手で殺めた。凶行に及んだ直後、彼は重い荷を下ろしたかのように、その場に崩れ落ちたという。最後の瞬間、彼は晴也の籍を千愛の戸籍から抜く手続きを済ませていた。これで、晴也と千愛との間には法的な繋がりは一切なくなった。彼はこれ以上、彼女との忌まわしい因縁に引きずり込ませたくなかった。彼は魂が抜け落ちたかのように憔悴しきり、冷たい床に横たわっていた。すべては、自らが招いた業だった。彼は自ら警察に通報し、自首した。千愛は息絶える間際、信じられないという目で朔陽を見つめていた。「……あんなに愛したのに、どうして。男って本当に浅ましいわね。一年のうち、たった三ヶ月の火遊びなら喜んで貪るくせに、それが日常になった途端、息苦しい枷になるなんて。……結局、私も瀬奈も負け組よ。あなたみたいなクズを愛した、救いようのない馬鹿。あなたは誰の愛を受ける資格なんてないのよ!」その決定的な一言が、朔陽の理性を完全に焼き切り、凶行に及ばせた。「全部お前のせいだ……お前さえ、俺の人生に現れなければ……!」だが、彼自身も千愛の言う通りだと分かっていた。自分は本当に、救いようのない愚か者だ。平穏で代わり映えのしない日常に飽き足らず、かといって、築き上げた生活を壊す覚悟もない。人間とは、これほどまでに強欲で身勝手な生き物なのだろうか。彼は抗うことなく、静かに裁きの時を待った。結末は、死刑判決だった。彼の全財産は、私と晴也に残された。正直なところ、私はもう晴也の面倒を見るつもりはなかった。だが、彼はまだ幼く、法的にも血縁的にも、彼が私の実の息子であるという事実からは逃れられない。やむを得ず、私は彼を再び家に連れ戻した。晴也はもう、私に一切の手を焼かせることはなかった。毎日自分でアレルギーの注意事項を赤いペンでなぞり、ランドセルのネームプレートにぶら下げている。痛々しいほどに、物分かりのいい子になってしまった。「ママ、僕が間違ってた。ごめんなさい」私の心の奥底には、未だに拭いきれないわだかまりが残っている。それでも、私は彼をしっかりと育て上げた。自分の頭で思考すること。善悪の判断を自
私はすぐに救急車を呼んだ。晴也はどうにか一命を取り留めたが、意識が戻るなり泣きじゃくって私にすがった。「ママ、本当にごめんなさい……千愛さんなんて大嫌いだ。もう二度と怠けたりしないから……」私が彼を助けたのは、目の前で倒れたのが誰であれ、同じように救急車を呼んだというだけのことだ。だが、あの忌まわしい過去の生活には、もう二度と戻りたくない。一度完全に死に絶えた心が、どうやって再び息を吹き返すというのだろう。朔陽は縋るような声で誓った。「必ず、すべてを元通りにしてみせる」彼らはあの手この手で私のご機嫌を取ろうとしてきたが、そのどれもが白々しく、嘘っぽく透けて見えた。ついに千愛が業を煮やした。彼女は婚姻の解消を頑に拒み続けた。「私が首を縦に振らない限り、あなたと私は法的な夫婦よ。私たち、三人で仲良くやってたじゃない。私はあなたのことが好きなのよ、朔陽、分かってるでしょ?」朔陽は、嫌悪感を露わにして彼女を突き放した。「失せろ。二度とその顔を見せるな。俺とお前の間に繋がりなんてない。この婚姻は、必ず白紙に戻す」朔陽はこの事態を収拾しようと奔走した。あらゆる訴訟を検討し、婚姻の無効確認を求めて足掻いたが、どうしても認められなかった。二人は自らの意思で入籍し、形はどうあれ共同生活を営んでいたという事実は、法的に動かしようがなかったのだ。法廷で、彼はなりふり構わず叫んだ。「俺は毎年三ヶ月間、ただあそこへ行っていただけだ!彼女とは……ただ、夫婦の芝居をしていただけなんだ!」だが、裁判官は取り合わなかった。対する千愛の主張は、あまりにも周到だった。「私たちには夫婦の営みがあり、正真正銘の家族です」と主張したからだ。さらに彼女は、聖女のような顔をしてこう付け加えた。「夫が外で隠し子を作った時も、私は広い心で受け入れ、我が子同然に慈しんできました。それなのに……」朔陽と晴也がいくら弁明しようと、それは虚しい空回りに終わった。それどころか、傍聴席からは二人に対する激しい蔑みの声が上がった。「最低な男ね。妻と別れるためにこんな小芝居を打つなんて、恥知らずにもほどがあるわ」「浮気まで許してくれた健気な奥さんを捨てるなんて、どこまで厚顔無恥なの。人間じゃないわ」朔陽はもはや釈明の言葉を失い、傍聴人から
朔陽と晴也から離れても、私が想像していたほどの苦痛はなかった。それもそうだろう。毎年、最も過酷な冬の時期を一人きりで耐え忍んできた私にとって、今さら受け入れられない事態など何一つないのだ。もう彼ら中心の生活はやめた。誰が何を食べられないかなんて、神経を尖らせる必要もない。毎朝目を覚ますと、自分のためだけに美味しい朝食を作る。私にはアレルギーなどないのだから、何を食べたって自由なのだ。このわずか三ヶ月の間、私は手の届く限りの美食を堪能した。これ以上ないほど充実した日々だった。ここには私と、母しかいない。一日中、写真の中の母と語り合う。最後に残されたのは、私たち二人だけだった。過去と完全に決別できたと思い始めた矢先、朔陽が私の前に姿を現した。彼が私を探し当てることなど、少しも不思議ではない。だから私は驚きもしなかった。ただ、淡々と向き合っただけだ。朔陽は目を真っ赤に腫らしていた。「瀬奈、俺が間違っていた……」一瞬、心の一角がわずかに波立ったが、それもすぐに凪へと戻った。――ああ、もう私には何の関係もないことだ。私のその冷淡な様子を見て、朔陽はさらに胸を締め付けられたようだった。彼はきっと、さまざまな場面を想像していたのだろう。私がヒステリックに彼を問い詰めたり、泣きながら千愛と別れてほしいとすがったりする姿を。だが、現実は違った。私はただ、恐ろしいほどに静かだった。まるで、あらゆるものの息の根が、止まってしまったかのような感覚だった。「……私はもう、本当にあなたのことを愛していないわ、朔陽」私が「救済」だと信じ込んでいたあの日々は、彼らにとってはただの「厄災」に過ぎなかった。その事実を知ったあの瞬間から、私の心は完全に死に絶えた。私を救えるのは、私自身でしかない。朔陽は必死に首を横に振った。「違うんだ!俺はただ、千愛が今回の難局を乗り越えるのを手助けしただけで、彼女と一緒になりたいわけじゃない。絶対に浮気なんかしていない!」浮気?確かに、肉体的な裏切りはなかったのかもしれない。だが、彼はとうの昔に「精神的な浮気」を犯している。否定など無意味だ。彼は千愛と一緒にいる時間を、心の底から楽しんでいたのだから。毎年冬が来るたびに、晴也と同じように、日常とは違う「と
晴也は訳も分からず、こくりと頷いた。彼は毎年、あの三ヶ月間が一番気楽だった。何一つやらなくて済むから、「いっそママなんていない方がいい、千愛ママとパパと三人で暮らす方が幸せだ」とさえ極端な錯覚に陥っていた。なんと皮肉なことか。朔陽はその夜、何本も煙草を吸いながら、ここ数年の自分の行いがいかに常軌を逸していたかを思い知らされていた。彼はあろうことか、千愛の提案に乗り、毎年わざとアレルギー源であるマンゴーを口にして、命の危険を冒してまで家を飛び出し、千愛と三ヶ月間も一緒に暮らしていた。一体何のための茶番だったのか。それもこれも、「千愛が冬は寒くて、一人ぼっちで寂しいから」という、ただそれだけの理由で。そのくせ彼は、自分の妻である瀬奈がうつ病を患っており、冬になるとその症状がより一層深刻になることなど、すっかり忘却の彼方に追いやっていた。朔陽は決めた。この茶番劇を終わらせ、すべてを立て直すと。彼は一睡もせずに瀬奈の行方を捜し回った。腕に大怪我を負ったまま、一体どこへ行ってしまったというのか。だが、心当たりをすべて当たっても、彼女の痕跡はどこにも見当たらなかった。一方の晴也もまた、ついに強烈な後悔の念に襲われていた。数ヶ月間遊び呆けた後、大好きな囲碁の勉強を再開しようとしたものの、瀬奈の厳しい指導がなければ、開いてしまった実力の差は二度と埋まらないと気づいた。以前は、彼が家に帰るなり瀬奈がつきっきりで手ほどきをしてくれた。晴也が「囲碁の神童」とまで持てはやされたのは、すべて瀬奈の献身的な教育があったからこそだ。「どう打てばいいのか、全く分からない……」晴也は生まれて初めて、底知れぬ恐怖を味わった。あの三ヶ月間、千愛さんのところへ行かなければ、こんなことにはならなかったのではないか、と。やがて、囲碁の大会の日がやってきた。晴也が会場の客席に目をやると、そこにいるのは朔陽だけだった。いつも力強く励ましてくれた、あの姿はもうどこにもない。「大丈夫よ。負けるのも大切な経験だから。ママはいつだって、あなたのことを誇りに思っているわ」そう言ってくれる声は、もう幻でしかない。晴也は生唾を飲み込み、震える手で対局に臨んだ。だが、かつて頭に叩き込んだはずの定石が、霧に包まれたように思い出せない。盤面の前で呆然と立
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