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後悔しても戻れない

後悔しても戻れない

By:  ななちゃんCompleted
Language: Japanese
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真夜中、氷を部屋まで持ってこいと義兄の小山智樹(こやま ともき)が言った。 乱れた髪を見た彼の喉仏がわずかに動き、目の奥が暗く沈んだ。 「家の中でそんな格好をして……誰を誘惑するつもりだ?」 私は暗がりに座る智樹にアイスバッグを差し出した。「氷、持ってきたよ」 彼はそれを受け取ると同時に、私の手をぐっと掴み、自分の熱い胸元へ押し当てた。目が真っ赤に染まっていた。 「氷なんかじゃ足りない……菜々美、助けてくれる?」 私は恐怖で後ずさる。彼は自嘲するように手を離し、いつもの冷淡な表情に戻った。 「ふん、根性なしだな。 留学の手続きは済ませた。来週にはここを立つ。俺みたいな狂人からは、離れておけ。 二度と戻ってくるな、いいな」

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Chapter 1

第1話

スマホが震え、画面の光がまぶしく目を刺した。

午前三時。

登録名は「智樹」のたった二文字。

通話をつなぐと、低くかすれた声が聞こえた。

「菜々美、アイスバッグを持って俺の部屋に来い」

プツッという音とともに、電話は切れた。

暗くなった画面を見つめ、闇の中で三十秒ほど座り込んだ。

エアコンが枕元に直接風を送っているのに、全身に冷や汗がにじんでいた。

布団をめくってベッドを降り、素足で踏んだ無垢の床板から、ひやりとした感触が足裏から這い上がってくる。

手近にあったシルクのナイトドレスをつかんで頭からかぶると、裾は太ももの付け根をかろうじて隠す程度。髪も束ねず、乱れたまま肩に垂れている。

キッチンでアイスバッグを取ろうとしたとき、手が震えていた。

冷蔵庫から流れ出る冷気が顔に当たり、ようやく少しだけ意識がはっきりした。小山智樹(こやま ともき)の部屋は廊下の突き当たりにある。

この廊下を五年間も歩き続けてきたが、一歩一歩がまるで刃を踏むような感覚だ。

扉はわずかに開いており、隙間から淡い黄色の光が漏れている。

そっと扉を押し開けた。

部屋の中には天井の灯りはついておらず、隅に置かれたフロアランプだけがぼんやりと灯っている。

薄暗い光の中、空気は濃いたばこの匂いで満ちて、それに混じってどこか甘く、言葉にしがたいムスクの香りが漂っていた。

智樹はベッドの縁に腰を下ろしていた。

上着を脱ぎ、白いシャツの襟元は三つのボタンが外れ、広い鎖骨と張りつめた胸筋が露わになっている。

胸は荒く上下し、額の汗が顎のラインを伝って深灰色のスラックスに落ち、暗い染みを広げていった。

物音に気づいたが、彼は顔を上げず、ただ指先でシーツを強く握りしめていた。

息を殺し、裸足で一歩一歩彼に近づいた。

この五年間、彼を恐れながらも、同時にどうしようもなく惹かれていた。

「氷、持ってきたよ」

彼の手が届くぎりぎりの距離で立ち止まり、まだ冷気を吐き出しているアイスバッグを差し出した。

指先が彼の熱い掌に触れた瞬間、彼はふいに顔を上げた。

いつもは冷ややかで、よそよそしかった彼の瞳が、今は真っ赤に血走っていた。

その視線が、私の乱れた髪からゆっくりと滑り落ち、鎖骨をかすめ、寝間着の裾からのぞく裸足へと移る。

喉仏が上下に動き、ごくっと、低く湿った音を立てて唾を飲み込んだ。

「家の中でそんな格好をして……誰を誘惑するつもりだ?」

かすれた声には、隠そうともしない悪意が滲んでいた。

私は全身をこわばらせ、反射的に自分の姿へと視線を落とした。

シルクのナイトドレスは、この剥き出しの欲望の視線の中では、あまりにも薄くて、まるで存在していないかのようだ。

頬が一気に熱くなり、唇を噛みしめながら、張り詰めた声で言った。

「真夜中に電話で呼び出したのはあなたでしょ!」

「ふん」

彼は冷ややかに鼻で笑い、手を伸ばしてアイスバッグを受け取った。

もう用は済んだと思い、背を向けて逃げ出そうとしたその瞬間、焼けつくような熱さの掌が、私の手首を強く掴んだ。

世界がぐるりと回る。

猛烈な力で、私は彼の方へと引き寄せられた。

「きゃっ――」

悲鳴が喉の奥で凍りつくより早く、私の手は彼の胸に押しつけられていた。

薄いシャツ越しに伝わる肌の熱は異様で、その下で脈打つ鼓動は、制御を失ったように荒く激しかった。

「お兄ちゃん……」私は慌てふためき、必死にその手から逃れようともがいた。

すると彼は突然、指に力を込めた。その握力は尋常ではない。

顔を上げた彼の、赤く染まった瞳の奥には、理解を超えた狂気が渦巻いていた。

かすれた声が震え、吐息が私の手の甲を熱く撫でる。

「氷なんかじゃ足りない……菜々美、助けてくれる?」

頭の中で、張り詰めていた糸がぷつりと切れた。

恐怖が波のように押し寄せ、頭のてっぺんまで飲み込まれる。

私は反射的に一歩後ずさり、必死に手を引こうとした。「正気じゃない……離して!」

手首には、彼の指の跡が真っ赤に浮かび上がっていた。

彼は私の怯え切った瞳をじっと見つめ、三秒ほどの沈黙ののち、それが絶望にも似た確信に変わる。そして、ふいにその手を放した。

勢いで私は数歩よろめき、背後のチェストにぶつかる。花瓶がかすかに揺れ、かちりと音を立てた。

智樹は、まるで一瞬で力を吸い取られたかのように、ぐったりとベッドのヘッドボードにもたれかかった。

彼は嘲るように笑い、その瞳に宿っていた狂気がすっと引いていった。

「ふん、根性なしだな」

空気はひっそりと静まり返り、加湿器の微かな給水音だけが部屋に響いている。

彼は目を閉じ、ベッドサイドのたばこの箱に手を伸ばした。その仕草にはいつもの冷淡さが戻っており、さっきまで獣のように暴れていた姿は、まるで私の幻覚だったかのようだ。

「留学の手続きは済ませた」

ライターがカチッと乾いた音を立て、炎が跳ね上がる。その光が、彼の冷たく硬い横顔を照らした。

深く煙を吸い込み、淡い青の煙を吐き出しながら、彼は私を見ようともしなかった。

「来週にはここを立つ。俺みたいな狂人からは、離れておけ」

煙の揺らめきの中、その声からは何の感情も読み取れなかった。

「二度と戻ってくるな、いいな」

私はチェストにもたれかかり、まだ落ち着かない鼓動を感じながら、指先でナイトドレスの裾をぎゅっと握りしめた。

これこそが智樹という男だ。

私に平手打ちを食らわしたかと思うと、飴玉を一つくれる。

あるいは、飴玉をくれたかと思えば、今度は刃を突き立ててくる。

これが、私が五年間「お兄ちゃん」と呼んできた人間なのだ。

深く息を吸い、目の奥の痛みを無理やり押し殺し、涙よりも醜い笑顔を作った。

「うん、お兄ちゃん」

部屋を出るとき、私はできるだけ背筋を伸ばし、ゆっくりと歩いた。

重たい一枚板の扉を閉め、あの部屋に満ちたたばこの匂いと息苦しさを遮断するまで。

廊下の冷たい壁に寄りかかった瞬間、脚の力が抜け、立てなくなった。

涙が、何の前触れもなくこぼれ落ちた。一粒、また一粒と床に落ちて、小さなしずくの輪を広げる。床板は冷たいのに、涙だけが焼けつくように熱かった。

その瞬間、私は悟った。

彼は私たちの間に残されていた、最後の温もりさえ、自らの手で消し去ってしまったのだ。

部屋へ戻ろうとしたそのとき、扉の内側からガラスが砕け散る鋭い音が響き渡った。

続いて、何か重いものが床に落ちる重苦しい衝撃音。

私は思わず足を止め、ドアノブに手を伸ばした。

中から、智樹の押し殺したような苦痛の唸り声が漏れた――

「失せろ!」

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