LOGIN【ユリアナ視点】
「……殿下」
|あの時《婚約破棄の日》、殿下が出ていって、扉が閉まった。
静かだったけれども、今までよりも冷たかった。 足音は遠ざかっていく。 わたくしは追いかけることもせずに、応接室で立ったまま。 遠ざかっていくと、応接室には静寂が訪れる。 聞こえるとすれば廊下を歩く侍女の足音くらいだろう。「本当なのね」
机の上に置かれた婚約破棄の書類を見てみる。
はっきりと、レオポルド殿下とわたくし”ユリアナ・フォン・ルイッツホーフ”が婚約を解消する旨を書かれている。 殿下の署名もあるし、王家の印もあってこれが正式書類だって分かる。 偽造なんてありえないくらいに。「本当に、終わったのね」
わたくしは殿下との婚約を破棄された。
その事実は、時間が経つにつれてはっきりとわたくしにのしかかる。 殿下の、『君のため』という言葉が、胸に刺さる。わたくしのため? それなら、なぜ理由を言わないの? わたくしは……ただ、選ばれたかっただけなのに。「どうしてなの?」
何が原因だったのかしら。
思い出そうとしても、心当たりがない。 いつから殿下は、わたくしとの婚約を破棄しようとしたのか。 そのきっかけって何だったの。 わたくしはその際に、何をしてしまったのか。 思考を巡らせながらその心当たりを探っていく。 でも、見当たらない。 何がいけなかったのだろうか。 気づかないうちにわたくしは殿下へ、粗相をしていたのか。 わたくしすらも知らない癖的な言動が、殿下を失望させてしまったのか。 もしかしたら、その時にわたくしが謝って態度を変えれば、婚約破棄にならなかったのだろうか。 考えれば考えるほど、問いだけが増えていく。 けれど、答えに繋がるものは一つも見つからなかった。「分かりませんわ」
思い出してみるけれども、失言はしていないはず。
言動には気をつけていたはず。癖で出ていたであろうものも含めて。 婚約者として、殿下を支えていたはず。職務的なのも積極的に行っていた。 なのに、どうして。 ”王太子なのに”とか、”王太子失格ですわ”といった事を言って、殿下を否定した覚えがない。「……何も思い当たらない」
だから、さっき殿下が言っていた事を思い出す。
『君のためだ』、『受け止めきれなかった』。 抽象的な事だけをわたくしに伝えた。 はっきりといつわたくしが何をしたのか、それは言ってすらいなかった。 役に立っていなかった事はなかった。 それは殿下も言っていた。「わたくしのために、殿下は婚約を破棄したの?」
どんな利益があるのかしら。
婚約破棄する事で、わたくしにどんな利益が。 分からない。 わたくしは殿下を愛していた。 他の王族や令息と結ばれることなんて考えていなかった。 結ばれたとしても、完全に好きになることなんて考えられない。 だから、わたくしは”正しい王妃”になるために、努力をしていたんだけれども。「無駄だったのかしら」
『受け止めきれなかった』って言われた。
わたくしは、間違っていたの? 方向性を誤ったのかしら。 でも、間違っていないはず。 努力を怠った婚約者は、破棄されるのは当然だから。 そうならないようにしてきた。 なのに殿下は受け止めきれなかった。 何を受け止めきれなかったのかしら。 それこそが、”理由”のはず。 でも殿下はそれを言わなかった。 『君のためだ』、『受け止めきれなかった』、それしか言わなかった。 わたくしはそれを心の中で何回も繰り返す。 気がついたら、乾いた小さな笑いが出てくる。「”理由”になっていないわね」
言って欲しかった。
それなら納得出来たのに。 でも、もう無理ね。「……っ!」
下を向きながら、軽く笑みをすると、胸の奥が少しだけ痛んだ。
辛い気持ちがやっとやってきた。 さっきは現実がのしかかってきただけ。 今は心の中でも婚約破棄が襲いかかってきている。 あっという間にわたくしは負けてしまった。 殿下、どうしてわたくしから離れたの。 わたくし、変えてほしい部分があったら、変わりますから。 望む婚約者や、王妃になります。 殿下のことを愛していますから。 だからお願い……。 でも、わたくしは虚しく心の中で伝えるだけ。 届くことはない。「おほほ……」
軽く笑って心を落ち着かせる。
でも、わたくしに落ち度があったのよね。 だから殿下はわたくしから離れた。 わたくしが悪いのよね。 殿下は何も悪くない。 そう、殿下の中ではっきりとした理由があって、婚約破棄をした。 だから……。 ああ、そう思えてくるなんて。 そう思おうとしている自分に、気づきながら。「わたくしは、まだ理解しようとしている」
だから教えてほしい。
言って貰えたら、納得するから。 殿下の口から直接。 そうじゃないとわたくし……「理由を知らないままでは、何も受け取れないわ」
後に知ることになる殿下の前世の話。本当なら、わたくしをそんなに想っていたのに、どうして捨てたの?
信じたくない。 でも、心のどこかで信じたい自分がいた。*
「本当、あれで解消なんだな」
夜、部屋に戻っても、気持ちは晴れない。
ユリアナ嬢の姿が頭の中に残っている。 終わったはずなのに、どうしてこんなに。 むしろ失ったものが大きすぎる気がする。 してはいけないことをしたかのような。 ああ、そうかもしれない。 ずっと一緒にいてくれて、何度も何度も俺的に推していた彼女との婚約を解消した、のは……? 何かおかしい。 推していた? 言葉が変だ。 どういうことだ。「あれ?」
頭の中でノイズが起こる。
そして頭痛。「痛い……」
これまでとは違った痛み。
それと共に、今まで体験したことのない記憶が思い出されていく。 洪水のように未経験のはずである記憶が押し寄せてくる。 高校生としてごく普通の日常を。 教室で授業を受け、友人と笑い、スマホでゲームを起動する。 画面の中には、ヒロインのクレア嬢と悪役令嬢のユリアナ。そして、レオポルド。 俺は、ユリアナのイラストを何枚を描いていた。 ーーそして、唐突に終わる。 どういうことだ。 今までの人生とは違っている。「俺は、転生……したのか?」
それしかあり得ない。
鏡を見てみる。 そこには、ゲームで攻略対象であった王太子レオポルド。 俺はレオポルドに転生したということか。「信じられない」
だがはっきりと、前世は終わっている。
これまでの王太子としての記憶もあるが、前世の記憶までも思い出されたので混線している。 とはいえ混乱することはなく、徐々に落ち着いていく。「まさかこのタイミングで思い出されるなんて」
ユリアナが好きだった。悪役令嬢であるが。
王太子としてもそうだったが、かつての俺としてもユリアナが推しだった。 イラストも描くくらいだから。「どうしてこのタイミングなんだよ!」
それなのに、俺はユリアナの婚約を破棄した。
ゲームと同じように。「何で……もうちょっと早く思い出せなかったんだ」
前世の記憶があったら、別の選択肢もあったのではないか。
違うやり方だって考えられたのかもしれない。 土下座をしてでも、関係を戻したはず。 それなのに、俺は王太子として受け止められなかったからという理由で、婚約を破棄した。 愚かすぎる。 記憶があれば成功したはずなのに、俺は手放した。「しかも”君のため”って……何が君のためだよ」
さっきまで俺は、勝手すぎるって。
説明をはっきりとしていないし。 役に立てなかったか? そんな事は無い。 彼女は力になっていたよ。 十分すぎるくらいに。「ユリアナ……」
確かに俺は弱かった。
迷っちゃいけないのに迷って、ユリアナにきつく言われて、婚約を破棄させるくらいだから。 冷たすぎるって。 確かに部活でも怖い顧問の下で動いていたら、帰宅部になりたくなる。 すぐキレる教師の授業だったら、学校を休みたくなるし、サボりたくなる。 それに比べたら、ユリアナって優しい方だよな。 なのに…… しかも、『いや、何も』って言うのって。 こっちの落ち度100%だろ。「どうしよう……これ、謝った方が良いか?」
恥をかくかもしれないか、もうそれしかないよな。
謝って、ユリアナ嬢に許してもらって、婚約破棄を無かったことにしたい。 明日、ルイッツホーフ家へ行こうか。 土下座して謝ろう。 それしかない。 とにかく、頭を下げるしかない。それしか思いつかなかった。 今の俺は王太子だから。 許してもらえる可能性が高い。 そう決めて、俺は眠りについた。 ああ、眠ったら前世に戻っていないかな。 それか、朝に戻っているか。当然そんな事は無いけれど。
もちろん、婚約破棄をした後だった。そして俺は、ユリアナ嬢に土下座をして大惨敗をしたのだった。
「次もルイッツホーフ家の屋敷で土下座をするか、王宮で土下座をすべきか……」
でも俺は、二回目の土下座を考えていた。
ユリアナ嬢に許してもらうため。「お嬢様は戻りました」 そう言われるまで、俺は土下座をしたまま。 既に謝罪をする相手は、居なくなっている。 だから頭を上げてゆっくりと立ち上がる。「出口までご案内いたします」 使用人に案内されて、屋敷の外へ。 屋敷の雰囲気が冷たく感じた。 丁寧だが、最初に来たときよりも距離があった。 出ると、扉は静かに閉じられる。 だが音が重かった。(終わった、のか?) 屋敷を出たタイミングでも、その実感がまだ起こらなかった。 拒絶された実感すらない。 それは、『帰りなさい』や『お引き取りを』って言われず、使用人にも物理的な行動をされず、追い返されなかったのもあるが。 扉から門へと向かっていく庭の間にある道。 太陽は完全に昇っていて、空は水色に染まっている。橙色は少ない。(謝罪、受け取ってもらえなかった) ユリアナ嬢の言葉が、ゆっくりと頭の中で反響する。 『殿下は、わたくしに謝りに来たのではありませんわ』 『”安心したい”だけですわ』 『殿下、わたくしは”二度と捨てられない未来”を約束できない方とは、関われません』 はっきりと、俺に突きつけた言葉。 正論であるが、ある意味断罪するような、冷たいもの。 でもそれだけ婚約破棄によって、ユリアナ嬢を傷つけた事になる。 明らかに俺が間違っていた。 時が戻れるなら、婚約破棄直前で俺を殴りたい。(俺は、許される前提で来ていた) 土下座をして、前世の事だけじゃなくて、全部を話した。 それで許されて、戻れると思っていた。 ゲームと同じような世界だから。 パワーの強い行動をすれば、ゴリ押せると。 でも結果は違っていた。 俺がしていたのは、謝罪ではなく、回復魔法。 壊れてしまった関係すらも戻せるような、ありもしない回復魔法唱えていた。 だからこそ、『謝ったから戻る
【ユリアナ視点】 この日、夜明け後にわたくしへ使用人のサルチャクから報告があった。 まだベッドで起きてすぐに。「殿下がお見えです」 朝早くから? そして報告したサルチャクは、諦めているような目をして疲労を見せていた。 ただ、わたくしにとっては驚きもしなかった。(やはり来ましたのね) それだけの感情。 もう一度来るって事は予想できた。 先日の謝罪、殿下は頭を床につけて謝罪の言葉だけを伝えた。 跪いて、わたくしに許しを請《こ》うて。 明らかにおかしな状況。 しかも、何に対して謝罪をしようとしているのかを、何も言わず。 だからわたくしは、謝罪を受け入れられなかった。 婚約破棄に関する事かもしれない。 でも、それならば言ってほしかった。 理由も訊きたかったから。 謝罪だとすれば、今日は言ってくれるのだろうか。「通しなさい。でも客間とは違う場所に」 わたくしはそうサルチャクに伝えた。「かしこまりました」 寝間着から着替えて、殿下が通されたであろう部屋に行ってみる。 殿下が通されたのは小さいながらも庭がよく見える部屋で、わたくしにとってはお気に入りだったりする。 彼はどんな言葉をわたくしに言うのだろうか。 そう思いながら部屋に。 部屋に入ってみると、そこには既に先日を同じような体勢を取った殿下が。「殿下」 わたくしは元婚約者でありながらも、冷たく淡々と言葉を話していく。 そして近くにある椅子に座って、話を聞くことにした。「また謝罪ですのね」「俺は君のために婚約破棄をした。だが、それが正しかったのか分からなくなった」 やはり謝罪は、婚約破棄に関することですのね。 分からなくなったって。迷っているじゃないの。 だからこそ謝っているのだろうけれど、なら婚約破棄する前に、気づかなかったのかしら。 私は何も言わずに聞いていく。 すると、殿下は前世に関することを話していた。 前世ーー伝承等《でんしょうとう》で見聞きしたことがある。 別世界の人物が転生することがあると。 本当にあるのね。 しかも、殿下がその人物だなんて。 わたくしはそれでも驚きを見せず、ただ聞くだけ。 ”推し”って分からないけれど、前世ではわたくしを好いていたのね。 確かにわたくしも
【ユリアナ視点】「……殿下」 |あの時《婚約破棄の日》、殿下が出ていって、扉が閉まった。 静かだったけれども、今までよりも冷たかった。 足音は遠ざかっていく。 わたくしは追いかけることもせずに、応接室で立ったまま。 遠ざかっていくと、応接室には静寂が訪れる。 聞こえるとすれば廊下を歩く侍女の足音くらいだろう。「本当なのね」 机の上に置かれた婚約破棄の書類を見てみる。 はっきりと、レオポルド殿下とわたくし”ユリアナ・フォン・ルイッツホーフ”が婚約を解消する旨を書かれている。 殿下の署名もあるし、王家の印もあってこれが正式書類だって分かる。 偽造なんてありえないくらいに。「本当に、終わったのね」 わたくしは殿下との婚約を破棄された。 その事実は、時間が経つにつれてはっきりとわたくしにのしかかる。 殿下の、『君のため』という言葉が、胸に刺さる。わたくしのため? それなら、なぜ理由を言わないの? わたくしは……ただ、選ばれたかっただけなのに。「どうしてなの?」 何が原因だったのかしら。 思い出そうとしても、心当たりがない。 いつから殿下は、わたくしとの婚約を破棄しようとしたのか。 そのきっかけって何だったの。 わたくしはその際に、何をしてしまったのか。 思考を巡らせながらその心当たりを探っていく。 でも、見当たらない。 何がいけなかったのだろうか。 気づかないうちにわたくしは殿下へ、粗相をしていたのか。 わたくしすらも知らない癖的な言動が、殿下を失望させてしまったのか。 もしかしたら、その時にわたくしが謝って態度を変えれば、婚約破棄にならなかったのだろうか。 考えれば考えるほど、問いだけが増えていく。 けれど、答えに繋がるものは一つも見つからなかった。「分かりませんわ」 思い出してみるけれども、失言はしていないはず。 言動には気をつけていたはず。癖で出ていたであろうものも含めて。 婚約者として、殿下を支えていたはず。職務的なのも積極的に行っていた。 なのに、どうして。 ”王太子なのに”とか、”王太子失格ですわ”といった事を言って、殿下を否定した覚えがない。「……何も思い当たらない」 だから、さっき殿下が言っていた事を思い出す。 『君のためだ』
「う~ん」 俺は悩みながら、王宮の廊下を歩いていた。 あれ、何か新鮮だな、この廊下を歩くのも。理由は分からないが。「それにしても」 ずっと歩いているのが新鮮に感じてしまう事、に関してはどっちでもいい。 今の状態としては、別の事で悩み中だ。「ユリアナ嬢、許してくれるかな」 二度目の土下座をしたいが、いつにするかを決めかねていた。 すぐにユリアナ嬢の屋敷へ向かっては、呆れられるだけだろう。 だから、多少は時間を置いて謝罪をしたほうがいい。 でも、どのタイミングで? それが一番の悩みだ。 顎に手を当てながら考えていた。「殿下、何か悩まれているのでしょうか?」「すまない。変なところを見られてしまって」 クレア嬢が俺の様子を見て、微笑みながら優しく話しかけてきた。 しまったな。 彼女は当事者じゃないのに。 俺とユリアナ嬢の問題だからな。「もしかして、ユリアナ様の事でしょうか?」 分かるのか。 確かに先日、婚約破棄したことを伝えている。 だから察しがつくだろうな。「ああ。婚約破棄してから、冷静になってみたんだ。そうしたら、間違いだって思うようになってな」 そのため、俺は表面上であるがクレア嬢にユリアナ嬢への気持ちを伝える。「ま、間違いですか」 そう口にしながら、クレア嬢は一瞬だけ視線を落とした。 まるで、答えが分かっていたのに、聞いてしまったかのように。「謝罪をしたんだが、受け入れてもらえなかった」「せ、先日のってそれですか……」「ああ、そうだ」「ゆ、ユリアナ様と……」 クレア嬢の目が一瞬、悲しげに揺れた。彼女も、何かを知っているような……? それに言葉が震えまくっている。 何が起きているんだ。「大丈夫か?」「は、はい」 落ち着かないな。 さっきまでは平常だったのに。 悪いことでも言ってしまったのか?「もしも再び謝罪をするなら、いつが良いだろうか?」「そうですね。すぐでもいけませんし、時間が空きすぎてもいけませんので、数日後がいいかと」 数日後か。 確かにそれが良いかもしれない。 やがてクレア嬢の様子は、完全ではないものの徐々に落ち着いていって、普通に話していた。「ありがとう」「……殿下の謝罪が上手くいくといいですね」 ぎこちない微笑みを見せながら
数日後、王宮にある応接室。 そこで俺は立ってある人物を待っていた。 侍女を通じて、やってくるように伝えている。「失礼いたしますわ」 やってきたのはユリアナ嬢。 礼をしながら応接室に入ってくる。 いつもと変わらない表情をしていて、何も不安に思っていない。「来てくれてありがとう。時間は取らせない」「殿下、どういった用件でしょうか?」 一呼吸置いて、伝えることにする。「君との婚約を、ここで解消したい」「……っ!」 ユリアナ嬢は驚いた表情をしていた。 確かにそうなるよな。 でも取り乱すこともなく、ただ考えているようだった。「理由を、お聞きしても?」 次に彼女が口にした事は理由を訊ねるもの。 彼女には心当たりが無いようだ。 俺は彼女に視線を合わせず、書類を差し出す。 それは、婚約を解消する旨を書いたもの。 これによって、完全に俺とユリアナ嬢は婚約を解消することになる。「理由か。これは、君のためだ」「わたくしのため?」 きょとんとしている。「君は、正しい王妃になる人だ」 それは間違っていないと思う。 ユリアナ嬢と結婚すれば、彼女は正しい王妃になれるだろう。「だが、俺にはそれを受け止めきれなかった。それ以上の説明は、出来ない」 俺は謝罪をせず、ただ理由を伝えていく。 それを感情もぶつけずにユリアナ嬢は聞いていた。 言葉を遮らず、ただ淡々と。 俺の言葉が終わると、ユリアナ嬢が口を開く。「わたくしが、殿下のお役に立てなかったのでしょうか?」「いや。何も」 その問いかけに対して、俺は間を置かずに答えていく。 即答と言ってもいいくらいに。 確かに彼女は悪くない。 役に立っている。立てなかったことはない。「これまでの尽力に、感謝している」 俺はユリアナ嬢に一礼をして出ていこうとする。 彼女は俺に縋るわけでもなく、ただ俺を見ていた。「必要な手続きは、後日こちらで行う」「分かりましたわ、殿下」 彼女は泣くことはなく、怒るわけでもなく、俺に対して一礼を返した。 姿勢は正しく、王太子の婚約者としては相応しいように思える。 だが、少なくとも今の俺には受け入れられなかった。 俺は応接室を出ていく。 この時点で、俺とユリアナ嬢の婚約関係は終わったのだった。「何故なん
時間は数週間前に戻る。 いつものように公務が忙しかった。「この部分だが、君はどう思う?」 俺は王都にあるシュナイエ王国の王宮において、青髪の子爵令嬢《ししゃくれいじょう》のクレア・ユングホルツ嬢に意見を求めた。 資料の確認をするためだ。「私は、殿下のご判断が最善だと思います」「そうか」 クレア嬢は決断をしなかった。 俺の判断が正しいと言ってくれた。 その途端に、肩の力が抜ける。「君の意見で確信が持てた。ありがとう」「いえ、殿下の考えは正しいですから。あなたは王太子ですので」「王太子、か。確かにな」 俺はちょっとクレア嬢に笑みを見せる。 すると彼女も微笑み返した。「ふふ、そういったところ、魅力的です」「そう言ってくれると嬉しい」 クレア嬢は肯定的に捉えてくれる。 それが俺の心を惹きつけた。 婚約者がいるのにな。 クレア嬢は、迷うことそのものを否定しなかった。 それが、俺にはありがたかった。「そうだよな」 俺は彼女に対して、そう呟いた。 だからこそ、意見を訊くんだよな。(俺だって迷うよな)「クレア嬢、ちょっと良いだろうか?」 何日かして、彼女に意見を求めた。 ちょっと遠慮がちに。「迷われていますのね」「ああ」 彼女は俺の様子を察して、優しく微笑んでいた。 少々安心する。「俺だってただの人間だからな」 先日クレア嬢に言ってくれた事を返した。「勿論ですよ。迷われるのは、真剣だからだと思います」 クレア嬢は頷きながら俺の事を肯定してくれる。「私としてはーー」 そして意見を言ってくれた。 俺は楽になった気持ちになる。「ありがとう。つっかえていたものが取れた気分だよ」「ふふ、そんな所が私はお好きですよ」 笑顔を見せてくれるクレア嬢。 水が流れるように、俺は楽な方向へ心が向いていく。「君は縛らないな」「そんな。私はただ、殿下を尊敬しているだけです」 彼女がそう言ってくれる事に心が温かくなる。「あのレオポルド殿下、お疲れではありませんか?」 少し経って、業務が終わったタイミング。 そこでクレア嬢は話しかけてきた。「疲れか。そう見えるのか?」「はい」 俺では気づかなかったが。 彼女は気がつくのか。 確かに自分の事を気づきにくいってよく言われるが







