ジークウッドの街で補給を終えた俺達は、残虐の王ネフィスアルバが潜むオウッティ山脈へと向かう予定だった。
しかし、ランデルの思考回路が焼き切れてしまった為、一度ジャックス城に引き返すことになった。 四天王の一人、狂乱の一角獣ライトニングビーストを倒したことで士気が最高潮に達していた兵士達からは、あちこちで不平不満がこぼれていた。「ランデル殿、わたくしノイマンから一言よろしいでしょうか。今という絶好の機会を逃すのは何故です? ネフィスアルバの首を取って来いというのが王からのご命令であったはずです。勇者殿の輝かしい功績を持ち帰ると同時に、我々は王命に背いた愚かな騎士として罰せられてもおかしくありません!」
ノイマンと名乗る腕章をつけた騎士がランデルに進言している。
眉間に皺を寄せた凄みのある表情で、その声は怒気を帯びている。 深緑色をした長い髪を後ろに束ねた、貴公子とも呼べる若い美青年だ。 おそらく他の騎士達より位が上の立場なのであろう。 次々に湧き上がる兵士達の鬱積を代弁しているのだろう。 彼の言い分は至極真っ当である。 それを聞いていた兵士達は、声こそ上げないが、小さく頷いて無言の肯定を示している。 重苦しい雰囲気となってしまったが、俺としては一刻も早く城に戻りたい。 正直なところ、余計なことは言わないで欲しい。 俺は城で休み、ランデル達がネフィスアルバを倒すという当初の予定に戻したいからだ。「おい若造。貴様は、ユートルディス殿の隣にいる女が何者か分かっておるのか?」
「……はい? 勇者殿の恋人では?」
ランデルの問いに、ノイマンが答える。
「この愚か者があああああああ!」
「ぐふぇあっ!」
ランデルが怒声を放ち、青い手甲をノイマンの腹部に深々とめり込ませると、鍛冶師が力強く槌を振り下ろしたかのように甲高く金属質な音が鳴り響く。ノイマンの体はくの字に折れ曲がり、斜め下から繰り出されたランデルの拳の軌道をなぞるように、放物線を描いて空中へと浮かび上がった。
苦悶の表情を浮か張り詰めた空気の中で、唯一俺に癒しを与えてくれたのがこの中で最も恐ろしい存在とは。コメ:ありがとうございます! ありがとうございます!【二万円】コメ:アルたそチュッチュ!【五万円】コメ:天使いたあw【一万円】コメ:俺にウインクしたぞ!【二万円】コメ:アルちゃん可愛すぎてつらい。【一万円】勇太:マネチャありがとうございます!コメ:|臭《くせ》えから|喋《しゃべ》んな!コメ:黙ってアルちゃんだけ映しとけ!コメ:ほら、お前にもやるわ。口で拾え!【二円】「まだワシに意見のある者はおるか?」 青い鎧を身に纏まとう老兵の凛とした佇まいは、二日酔いでフラフラしていたとは思えない有無を言わさぬ圧倒的な迫力を感じさせた。 兵士達は、俺とアルを交互に見ながら何か言いたげな様子であったが、誰一人として口を開くことは無かった。 四天王を討伐するために街へ寄り、一夜明けたら自分達の勇者の隣にもっと凶悪な四天王が居たのだから、兵士達も何が何だか分からないのは当然だ。 当の本人の俺にだって訳が分からないのだから。 この状況だって、アルの任務の一環である可能性があるし、俺が何の力も持たない偽勇者だとバレた瞬間に殺されるかもしれない。 いつ何が起こるか予測不可能だからこそ、俺にはただ流れに身を任せることしか出来ないのだ。 城に戻ってまずやる事は、王への嘆願だ。 ライトニングビーストを倒した功績を盾に、一方的な要求を通す。 俺は仕事をしたが、ランデル達は何もしていない。 次は王国の人達が働かないと体面が保たれないのではないか。 王としては、魔王討伐を英雄譚としたいはずである。 勇者抜きで四天王を倒した実績が必要なのではないだろうか。 完璧なストーリーを持って王と話し合い、俺は楽をさせて貰うのだ。 青の知将を超えた金の才覚がここに誕生してしまった。「では、出発するぞ!」 ランデルの号令で、部隊が一斉に動き出した。 馬のいななく声を皮切りに、
なんだか馬車の外が騒がしく、深く沈んでいた意識が覚醒する。 いつの間にか馬車が停止していたようだ。 ふとコメントを見ると、俺への殺害予告や罵声で溢れていた。 騎士の鉄靴が慌しく地面を擦り、あちこちから大声が聞こえる。 枕にしていたアルの太モモの気持ちよさが、異常事態の緊張感を薄めてくれる。 頭を撫でられる指使いが優しく、もう一眠りしてしまいそうだ。 ランデルが突き破った穴から外を見ると、空は薄っすらと茜色に染まり始めていた。「ランデル殿に伝令、この先で隊商が襲われているようです! 敵はおそらくブラックジャイアントオークの上位種だと思われます! 隊商の護衛が戦っているようですが、いつ全滅してもおかしくありません!」 また何かモンスターが出たみたいだ。 人が襲われているらしい。 コメ:おい、勇者なんだからさっさと戦いに行け!コメ:オークの餌になれよ。コメ:○ね!コメ:握りつぶされろ。コメ:早く隊商を救いに行け! 一人でな!勇太:俺が死んだらアルを映せなくなりますけど。コメ:目だけ宙に浮かせて生き延びる努力をしろ!コメ:死んでも映せよボケ。 コメントも平常運転だ。 戦闘を始める際には、必ずランデルの指示が起点となるのだが、奴は文字通り帰らぬ人となっている。 魔王討伐隊の移動陣形は、俺達が乗る馬車を最後尾とし、その前方に補給物資が積まれた馬車や兵士達が配置されている。 隊の先頭ではノイマンが指揮をとっており、何か起きた時にはバケツリレーのように前から後ろへと伝言が流れる。 その配置のせいで、ランデルが居なくなったことに誰も気付いていない。 食事に姿を見せていない時点で誰か心配してもいいとは思うのだが。 今回はおそらくノイマンが指揮を執るだろう。 俺は、みんなの邪魔をしないように再び夢の世界へ旅立とうと目を瞑った。 なんときめ細やかな肌触りの太モモだろうか。「ランデル殿、この先で魔物が…&h
「これより戦闘に入る! 各自配置につけ! 俺たちは勇者殿の攻撃まで耐えるだけでいいんだ! 絶対に死ぬなよ!」 ……は? いつ俺が勝利への鍵みたいな扱いになった? 俺が攻撃するなんて一言も言ってないぞ。「では勇者様、そろそろ私達も行きましょうかっ!」 アルが微笑み、馬車からふわりと飛び降りた。 俺は行きたくなかったが、一人で馬車に居るよりも屈強な仲間達の側に居た方がまだ安全だと思い、後ろ向きにハシゴを降りるようにして馬車から外に出た。「勇者殿、御武運を!」 馬車の外には、聖宝剣ゲルバンダインとルミエールシールドを持った騎士が待っていた。 目が合うと、その騎士は無言で頷いた。 俺には意味が分からなかったので、首を傾げておく。 騎士が俺に向かって伝説の剣と盾を突き出してきた。 あんなに重たい装備を持った状態で腕を地面と平行に出来るのだから、この人が持っていた方がいいのではないだろうか。 よっぽど上手く活用してくれるだろう。「しょりぇちゅかっちぇいいよ!」※それ使っていいよ! 俺が親指を立てて言うと、騎士はぽかんと口を開けて固まっていた。 アルが優雅に歩いていくので後ろをついていくと、目の前には恐ろしい光景が広がっていた。 ミノタウロスよりも遥かに巨大な黒い豚の化け物が五体、地面から根ごと引き抜いたであろう巨木を軽々と片手で振り回して暴れている。 あれがおそらくブラックジャイアントオークなのだろう。 でっぷりと太った黒豚のように、脂肪によるたるみで顔がしわくちゃになっており、見ようによっては可愛らしく思える。 下顎から突き出た牙が鋭く尖り、逞しく湾曲している。 はち切れんばかりに肉が詰まったあんこ体型を、太く短い両脚が大地に根を張るように支えている。 その足元には、かつて人間だったであろう肉の欠片が散らばっていた。 既に隊商は壊滅状態に近く、恐怖に震えて尻餅をつきながら後ずさる商人を守るように、数名の護衛が戦っている。
「勇者殿、ご無事ですか?」 部隊を率いて戻ってきたノイマンが、緊張した面持ちで話しかけてきた。 プスプスと白煙を立ち昇らせる焼け焦げた大地を驚愕の表情で眺めながら、部隊が俺の元に集まって来た。 ノイマンに続くようにして、兵士達は一斉に片膝をついて屈んだ。 彼らの畏敬の眼差しが向いた先には、俺の左腕に絡みつくように抱きついたアルがいる。 アルは、初めてのおつかいを達成した子供のように、先の戦闘での活躍を褒めて褒めてとせがみ、兵士達なんぞ微塵も気にしていない様子だった。 ピンクの髪を撫でてやると、少し垂れた愛らしい目をへにゃりと閉じて幸せそうに笑った。 あんなに恐ろしい力を持っているのに、まるで子犬のような人懐っこさだ。コメ:おい、俺のアルから離れろ!コメ:勇太爆発しろ!コメ:なんて可愛い笑顔なんだ。【一万円】コメ:勇太キモwコメ:これが骨抜きにされるって事か。【一万円】コメ:勇太も焼かれればよかったのに。コメ:俺もアルちゃんに燃やされたい!「うん、おりぇはにゃんちょみょにゃいよ。みんにゃみょぶじみちゃいぢぇよきゃっちゃにぇ」※うん、俺は何ともないよ。皆も無事みたいで良かったね「いやはや、勇者殿が急に地べたに座り込んだ時は何事かと思いましたが、あの無謀な作戦は全て計算されたものだったのですね。そういえば、隊商の商人の避難を手伝っていたところ、勇者殿にお礼を言いたいそうです」 作戦も何も、実際に俺がお願いした事は実現してないんだけどね。 伝令役が勝手に聞き間違えて、ノイマンが自分で作戦を組み立てただけで、アルが倒してくれなきゃ全滅してたから。 俺はいつも通り何もしていない。「おりぇいはありゅにいっちぇくりぇよ」※お礼はアルに言ってくれよ「はっ! 勇者殿のおっしゃるとおり、商人は間もなく『お礼を言いに歩いて来る』と思われます!」 もうどうでもいい、勝手にしてくれ。 こいつらの脳ミソに俺の意思は反映されないことが分かったよ。 兵
「もう、目を開けてもいいですよっ?」 目を開けると、何故かアルが照れていた。 頬を赤く染めて、上目遣いでモジモジしている。 ふと気になって首元に手をやると、金属の鎖のような感触があった。「きょりぇは?」※これは? アルは、決意を秘めた眼差しで俺の手を握ると、何かを掴ませた。「勇者様っ……。そのっ、あのっ、私にもつけてくれませんかっ?」 それは、細い金のネックレスだった。 雫型にカットされた茶色の宝石が星明かりで煌めいている。「じゃあ、ありゅみょみぇをちょじちぇね?」※じゃあ、アルも目を閉じてね? 同じようにアルの首筋に手を回し、ネックレスをつけてあげた。 アルの長い睫毛が、キツく閉じたまぶたのせいで大きく広がっている。 艶やかな青い唇が小さく動いており、何故か緊張しているようだ。 改めて見ても整いすぎた顔立ちをしている。 アルの首筋辺りから大好きな花の香りがした。「いいよ」※いいよ アルは、目を開けて首元の宝石を手に乗せると、花が咲いたように可憐な笑みを浮かべた。「ありがとうございますっ! お揃いですねっ!」 俺もネックレスを確認してみると、同じような形の赤い宝石がついていた。「ひょんちょぢゃ!」※本当だ! この世界に来てから、初めて誰かに気にされている。 その事実がただただ嬉しくて、自然と俺も笑えていた。 俺は、この子のことを誤解していたのかもしれない。 悪魔のような一面はあるが、中身は優しい女の子なんだ。「さっき来た成金の豚に用意させましたっ!」 いや、言い方! アルって、こんな可愛い見た目に反して、口から出る言葉は悪魔みたいなんだよね。 まあ、死神の異名を持つ四天王だから同じようなものかもしれないけど。コメ:何でアルちゃんとイチャイチャしてんの?コメ:キレそうなんだけど。
ジークウッドの街を出発してから六日が経過したが、ランデルはまだ戻って来ていない。 馬車の中には俺とアルの二人きりだ。「勇者様、怖い話はお好きですかっ?」「いや、あんみゃりちょきゅいじゃにゃいにゃあ」※いや、あんまり得意じゃないなあ「じゃあ、怖がらせちゃおうかなっ!」 何気なく会話をしていると、どうやらアルが怖い話をしてくれるようだ。 俺は、ホラー系の映画を見たり怪談話を聞くと、夜にトイレに行けなくなるほどの怖がりなのだ。 聞きたくないのが本音ではあるが、この世界の怖い話というのに興味が出てしまったのも事実。 日本とは恐怖の感覚が違う可能性があるので、俺でも大丈夫かもしれないと思ってしまった。「これは、『おじいちゃんのお守り』というお話ですっ……」 ダリング王国のある村に、テレスという青年が住んでいた。 彼は一人っ子で、両親と父方の祖父の四人で暮らしていた。 彼の両親は、農家として野菜を育てて生計を立てていた。 元は騎士であった祖父が引退してから開拓した農地を、テレスの両親が引き継ぐ形で管理していた。 肥えた土壌がもたらす美味しくて栄養豊富な野菜は高く売れた。 裕福とまではいかないが、テレスは何不自由ない生活を送っていた。 両親にたくさんの愛情を注がれて育てられたので、テレスは優しく思いやりのある青年になった。 しかし、テレスには誰にも言えない秘密があった。 ある晩、テレスは父親に呼び出された。 「テレス、本当に農家を継ぎたいのか? お前が隠れて森の中で剣を振っているのを知っているぞ。自分の人生なんだから、好きなようにやっていいんだからな?」 テレスは、一人っ子の自分が家業を継がなければならないと考えていた。 騎士になりたいという夢を、胸の中に秘めたままでいいと思っていた。 しかし、父親の一言で押さえ込んでいた感情が溢れてしまった。「父さん、すまない。子供の頃から騎士になりたかったんだ。自分の力
「ちょっとあなた、どういうつもりなの!」 外の騒がしい気配で目が覚めてしまった。 どうやら部屋の外で女性と男性が言い合いをしているらしい。 少し離れているようだが、大声で口喧嘩をしているせいで丸聞こえだ。「お前こそうるさかったじゃないか!」「私が何をしたって? 何かを引きずっていたのはあなたの方じゃないの!」 何事かと別の部屋からも様子を伺いに来る人が出始め、異変に気付いた宿の管理人が男女の仲裁に入ったようだ。 しばらく白熱していたが、双方和解する形で落ち着いたようだ。 迷惑な人達だと思いながらも、溜まっていた疲れには勝てず、テレスは再び眠りについた。 ドン ドン ドン テレスの部屋のドアを強くノックする音がする。 驚いて飛び起きドアを開けると、そこには体格のいい青年が立っていた。「お前、何やってんの? うるさくて眠れねえよ!」 急に怒鳴られたが、テレスには心当たりが無い。 ただ寝ていただけなのだが、疲れからイビキでもかいてしまっていたのだろうか。「すみません、そんなつもりは無かったのですが。私は疲れて寝ていただけですよ?」「はぁ? そんな訳ないだろうが! おい、ちょっと失礼するぞ?」 青年は部屋に押し入ると、首を傾げた。 こんなはずはないと、一生懸命に床を確認し始めた。 何をしているのか分からないが、気の済むまで調べさせてあげた。「反対側の部屋の可能性はありませんか? 本当に寝ていただけなので、私の部屋ではないと思いますよ?」「そうかもな。勘違いしたのかもしれない。邪魔して申し訳なかった!」 もしかすると、この青年も明日試験を受けるのかもしれない。 申し訳なさそうに部屋に戻る青年を見て、緊張でピリピリしていただけで根は良い奴なのかもしれないと思った。 一緒に合格出来たらすぐに友達になれそうだなと少し嬉しくなった。 再びベッドに戻ったテレスであったが、こう何度も起こされてはなかなか眠ることが出来なかっ
恐ろしい体験をしてから三日が経過した。 あれからというもの、アルが面白がって怖い話をしようとしてくるので困っている。 俺は耳を塞いでアーアーと喚くことで回避しているが、この鉄壁と思われる防御方法もいつまで有効か分からない。 コメントもアルの怪談話が怖かったらしく、ホラー好きの視聴者が話を聞かせろとうるさい。 美女のする怖い話がたまらないという謎の層も居るみたいだが、全部無視だ。 順調に進めば明日にでも王城に到着するらしいのだが、未だランデルは戻っていない。 そろそろ本気で心配してもいいのではと思うけれど、俺を含めて部隊の誰も気にしてしている素振りを見せないのが不思議だ。 もしかしてランデルは嫌われていたのだろうか。「しょういえびゃしゃ、きょにょみゃえにょきょわいひゃにゃしにゃんぢゃきぇぢょ、おみゃみょりぢゃちょおみょっちぇちゃにょにきょわいみぇにあうっちぇしゅきゅいようぎゃにゃいよにぇ?」※そういえばさ、この前の怖い話なんだけど、お守りだと思ってたのに怖い目に遭うって救いようが無いよね?「そういうものではないですか? オバケなんて理不尽な物だと思いますけどねっ。勇者様は何か怖い話ってあります?」「いや、きゃいぢゃんびゃにゃしはみょうきょりぎょりぢゃよ」※いや、怪談話はもうこりごりだよ いたずらな笑みを浮かべたアルがクスッと笑った。「怖がる勇者様も子供っぽくて可愛いですよっ?」「にゃんきゃやぢゃにゃぁ」※なんかやだなぁ 俺が頬を膨らませると、アルがプニプニとつついて遊んでいた。コメ:おい勇太、目開けて寝れるようになったか?コメ:接着剤でまぶた固定してアルちゃんの怖い話聞けよ!コメ:この角度のアルたんキャワワ【一万円】コメ:片目だけでもまぶた切り取ったら五百万マネチャしたるわ。コメ:それいいなw 俺も三百万出すわw勇太:いや、無理ですよwコメ:なにわろとんねん!コメ:口動かす前に目動かす努力しろ。○すぞ!コメ:口を動かす
「よし、逃げるぞ!」 王様の口から、王とは思えないセリフが聞こえた。 闇皇帝を倒した後の事は、何も考えていなかったようだ。 ランデルが部屋を飛び出し、王様が後に続く。 俺は体が重くて走れないので、異変に気付いた黒い騎士に見つかったら捕まってしまうだろう。 この心配が杞憂に終わるといいのだが。 ゆっくりと歩いているが、今のところ人の気配は無いようだ。「どういうことだ!」「こ、これは!」 玉座の間から叫び声が聞こえた。 王とランデルが眷属に囲まれているのかもしれない。 ようやく追いついた俺は、二人を囮にして逃げる事を考え、壁に隠れながら様子を伺う。 部屋の中央で周りを見渡す王様と、訝しげな表情で黒い鎧を抱えるランデルの姿が見えた。 先程まで壁沿いに立っていた眷属達の姿が見えない。 その場所には、黒い鎧が散らばっている。 闇皇帝キディス・メイガス・ドラキュリオが死んだ事で、その眷属も一緒に消滅したのかもしれない。 城の外に出てみると、空は青く澄み渡っていた。 光を遮っていた闇のカーテンは消滅しており、陽光が街を照らしている。 ドラキュリオ帝国が滅びた事を表していた。「王よ、どうせなら闇皇帝のコレクションを持ち帰りませんか?」「それもそうだな! ランデルよ、天馬車に詰め込むのだ!」 不穏な会話が聞こえた。 立場のある二人が空き巣のような真似をする筈がないと耳を疑ったが、ジャックス王国最強騎士とその王様は、剣を抱えてエッサホイサと往復を始めた。「おいランデル! 金貨もあるぞ!」「やりましたな!」 暗殺のような形だったが、戦争に勝ったと考えれば勝者の権利を享受しているにすぎないのだろう。 だが、ホクホク顔で走り回る二人を見ると、犯罪の片棒を担がされたような気持ちになる。 空き巣というより、これは強盗殺人かもしれない。 天馬車に限界まで剣を詰め込んだ重鎮二人が、やり遂げた顔で額の汗を拭いている。
戦闘が終わると、兵士達が街道に散らばる緑の死体を一箇所に集め始めた。 ゴブリンの死体は食べる訳にもいかず、放置しては腐敗による悪臭や他のモンスターを呼び寄せる原因にもなる為燃やすしかないらしい。 魔法使いが火を放つと、肉の焼ける嫌な臭いが広がった。 立ち昇る黒い煙がどこか怨念を含んでいるようで、背筋に寒気を覚えた俺は、その光景を見続ける事が出来なかった。「わっ……私は、パパの顔って可愛い? ……と思いますけどねっ!」 アルが気を遣って俺を励ましてくれたが、あんまり頭に入ってこなかった。 コメ:おい! 何か言うことがあるんじゃないか? コメ:ふぅ。 コメ:勇太、見えてるんだろ? コメ:リーダーどこー? コメ:ふぅ。 コメ:緑色の勇太が居たなー? んー? 勇太:オレ ゴブリン オマエラ スマン コメ:馬鹿馬鹿しくてワロタwww コメ:しょうもなw コメ:俺は結構好きwww 俺の心に大きな傷を残した悲惨な事件があった気がするが、何事もなかったかのように行軍が再開された。 馬車が森を抜けると、小高い丘の上に聳え立つ巨大な城と、その麓に栄える街並みが見えた。 これからは城下町に行く機会が増えるだろうし、タイキンさんのように商品紹介なんかをやってみるのもいいかもしれない。 城での生活は長くなりそうだが、視聴者が楽しめるような企画を考えていくつもりだ。 『王様にドッキリをしかけてみた』なんてどうだろうか? 不敬すぎて首を刎ねられるかもしれないな。 さっきのゴブリンリーダーのように。 馬車は跳ね橋を渡り、巨大な城門を潜り抜ける。 そのまま街中を通り、緩やかな坂道を登っていく。 石畳の広場で馬車が停止した。「これより王に面会する! 部隊は解散せよ!」 兵士達が俺に一礼しながら去って行く。 中には俺に握手を求める者までいた。 いよいよ、新しい生活の始まりを感じる。
中に入ると広場になっており、赤い絨毯が敷き詰めてられていた。 もしかすると、この世界の城は全てこのスタイルなのかもしれない。 壁沿いに黒い騎士が立っており、壁には光を取り入れる為の窓が無い。 入り口と反対側に一段高くなった場所があり、骸骨が集められたかのような意匠を施された禍々しい石の玉座が配置されていた。「ジャックス王ヨ、久しいナ! また少し老けたのではないカ? 死が恐ろしければいつでも眷属にしてやるのだゾ?」 広場全体に響き渡る声。 石の玉座に無数の蝙蝠が集まると、蠢く黒い塊は人になった。「だーっはっはっはっは! 冗談を言うな! ドラキュリオ皇帝、急な頼みで申し訳なかった! 寛大な配慮に感謝する!」 ジャックス王は、その光景がさも当然かのように会話を始めた。 親交が深いのか、仲が良さそうに見える。 とても今から殺し合いを始める雰囲気とは思えない。 闇皇帝キディス・メイガス・ドラキュリオは、誰もが見惚れる完璧な容姿をしていた。 緩やかに波打つプラチナブロンドの長髪、吸い込まれるようなシャンパンゴールドの瞳、白磁のような肌、そして非の打ち所がない造形美。 紫色の燕尾服が、スラリとした長身を際立たせている。 欠点があるとしたら、ねっとりとした話し方がナルシストっぽくて気持ち悪いところだろうか。コメ:はぁ……闇皇帝様……しゅきぃコメ:なんというイケメン!コメ:勇太がゴミに見えるなwwwコメ:ゴブリンとヴァンパイアを比べてやるなってw勇太:見た目はそうですけど、あの喋り方キモくないですか?コメ:おまいうコメ:だから張り合うなってwwwコメ:蟻が象に挑むようなもんだぞw「早速本題に入りたいのだが、内容が内容なのでな。落ち着いて話せる場所に案内して貰いたいのだが?」「いいだろウ! 私のコレクションでも見ながら話さないカ? たまには自慢させておくレ!」 王が言う本題とは何なのだろうか。
強い風を感じて目が覚めた。 いつの間にか椅子の上で横になっていたようで、目の前にはランデルと王様が座っていた。 前後左右に揺れている感覚があるが、箱馬車の中にでも居るのだろうか。 白い車内に赤い椅子とメルヘンチックだ。 どうやら、気絶している間に連れ出されてしまったらしい。 ふと視聴者数を見ると、四千人に減っていた。 最近は、何もなくても二万人前後が見てくれていたのだが、アルとナタリアが周りに居ないとここまで少なくなってしまうみたいだ。 一時期、一桁台にまで落ちてコメントが無くなってしまった事を考えれば、俺だけの配信でもこれだけ集まってくれるのは素直に嬉しいのではあるが。コメ:お、起きたか?コメ:大変な事になってるぞ!コメ:外見ろ外!コメ:勇太くん、リセットせなきついで?コメ:今回はさすがに死んじゃうかも。コメ:早く外見ろ! なんだかコメントが騒がしい。 目の前のランデルも王様も和やかに会話をしているというのに、何故リセットする必要があるのだろうか。 寝転がりながら窓を見ると、今日の天気は快晴のようだ。 こういう日は、俺の心も晴々とした気持ちになる。 少し肌寒いが、青々とした空がとても綺麗だ。 さぞ景色も輝いて見えることだろう。 起き上がって窓の外を見てみると、俺は空に居た。「にゃんぢゃきょりゃあああああああ!」※何だこりゃあああああああ! 木も、街も、山すらも小さく見える。 切り立った岩山、青々とした平原、森の中に佇む奇岩、上空から見る世界は壮大で、言葉に出来ないほど美しい。 時折雲を突き抜け、景色が流れるように変わっていく。 なかなかスピードが出ているようだ。 ……どうしてこんな事になっているのだろうか。「ユートルディス殿、お目覚めですかな?」「勇者よ、まもなくだぞ。気を引き締めよ!」コメ:だから言ったじゃん!wコメ:睡眠時三
「ハゲちゃん、お城に着いたらベッドで寝れるかな? あたし、またフワフワしたい!」「城のベッドは、もーっと柔らかいじゃろうな。しばらくは毎日気持ちよく眠れるのうナタリア」「本当? あたし楽しみ!」 ジークウッドの街でベッドを経験してから、ずっとこんな感じだ。 初めてベッドに横になったナタリアは、寝そべりながら空に浮いているみたいと感動していた。 俺達は今、森の中を走っているのだが、ここを抜けたら城が見えてくる。 闇皇帝ドラキュリオを倒すには色々としがらみがあり、準備期間中は城で過ごすことになるというランデルの話を聞いたナタリアが期待に胸を膨らませているのだ。 このまま順調に進めば、昼過ぎには城に到着するだろう。 俺としては、ベッドよりも国お抱えのシェフが作るご飯の方が気になっている。コメ:当たり前の幸せすら与えてやれない勇太を許してあげてねナタリアちゃん……。コメ:こっから一年近く城で暮らすんだっけ?コメ:近くにダンジョンとか無いのか? 同じ場所で同じ日常を見続けるのはきついぞ?コメ:いやいや、勇太が戦えるわけ無いだろwコメ:ゴブリンてスライムより弱いんだっけ?コメ:ワロタwww コメントの言う通り、俺も長期間冒険が出来ない事を危惧している。 変わり映えの無い毎日という、俺が捨てたものを見せてしまう事になる。 この世界に来る前とは違い、今の俺にはアルとナタリアという家族がいる。 つまらない日常とはならないだろうが、それは俺にとってであり、視聴者からすると退屈かもしれない。 俺が選んだラドリックという世界にも、タイキンさんが活躍しているようなダンジョンは存在している。 元々、タイキンさんのような配信をしたくてこの世界を選んでいるからだ。 城の近くにダンジョンがあるかは分からないが、俺に倒せるのはスライムくらいだろう。 いや、スライムすら倒せないかもしれない。 ゲームのようにレベルという概念があればいいのだが、それが無い以上は難し
宿の近くで飯屋を探していると、一際賑やかな客引きが居た。「楽しい食事を体験してみない? 旅の思い出になること間違いなし! 今だけオープン記念でお得に食べれるよ!」「ダディ、楽しい食事だって! あたしあそこの店がいいかも!」「ちゃしきゃにきににゃりゅにぇ!」※確かに気になるね! まだ空席があったようで、すぐに案内してくれた。 オープンしてまだ三日しか経っていないらしい。 コース料理の店なので、酒場でワイワイやりたい客層が多いジークウッドの街ではイマイチ客の入りが良くないのだとか。 店内は、テーブル席が六つの暖かい雰囲気で、厨房に居るやけに体つきがいい角刈りの男がミスマッチだった。「メヂールのカルパッチョだ。緑の皿から食え」 角刈りが料理を運んでくれた。 マグロに似た薄切りの魚が花の形に盛り付けられ、サラダが添えられている。 ドレッシングで半円状に模様が描かれていて、見た目でも楽しませてくれるようだ。 とても目の前で腕を組んでいるゴリラのような男が作ったとは思えない。 何故この男は料理を運んだ後も俺たちのテーブルの近くで仁王立ちしているのだろうか。 そして何故全く同じ見た目のカルパッチョが二皿ずつあるのだろうか。 |縁《ふち》が赤と緑の二種類の白い皿がある。「早く食え」 角刈りが急かしてくる。 この店が流行らないのはこいつのせいなんじゃないか?「何これ! 全然違う!」「本当ですねっ! 見た目も味付けも全く同じなのに、何故でしょうかっ?」 二つの皿を食べ比べたナタリアが驚きの声を上げている。 アルは、片方の皿から一口食べて目を瞑り、別の皿から食べて首を傾げている。「ほう、分かるかい?」 ゴリラの表情は変わっていないのだが、声のトーンが一つ上がった気がする。 よく見るとソワソワしていて、少し嬉しそうだ。コメ:勇太早く食えよ!コメ:ウホウホ言ってる奴をお前の舌で黙らせろ!
「ランデル殿に伝令、ジークウッドの街に到着しました!」「見張りは交代で、それ以外は自由行動! 今日は羽目を外して、精一杯英気を養え!」 オウッティ山脈を出発してから六日経ち、夕暮れ時にジークウッドの街に到着した。 兵士達も疲れや色々な物が溜まっているだろうということで、今日は街で一泊する。 こういう時は鎧を脱がせてもらえるし、久々に野営の硬いゴザのようなマットではなく宿屋の柔らかいベッドで眠れるのは嬉しい。 ナタリアは生まれて初めてベッドで眠ることになる。 そう考えると不憫でならない。コメ:ずっと思ってたんだけど、配信方式が視界共有だと勇太くんが寝る時に画面が真っ暗になるから、睡眠時は三人称にしてくれん?コメ:あ、俺もそれ思った!コメ:ワーキャスの自動設定で変えれるで?勇太:俺と一緒に寝て、俺と一緒に冒険して、みんなで同じ時間を過ごせると思ってたんですが。コメ:誰がお前の生活リズムに興味あんねん!wコメ:アルちゃんとかナタリアたんの寝顔見たいんじゃこっちは!コメ:これがゴブリンの思考かwwwコメ:ゴブトルディスはよ設定変えろ!コメ:ゴブトルディス草 ナタリアとランデルのディベートから、コメントが面白がってゴブリン呼ばわりしてくる。 まだこの世界のゴブリンを見た事が無いのにも関わらずだ。 結構傷ついてるんだからな!「ユートルディス殿! 前回は一緒に行動しましたが、今回はどうします? ワシはいつものアレに行きますが」「おりぇはありゅちょにゃちゃりあちょきょうぢょうしようきゃにゃ。きゃにぇぢゃきぇきゅりぇ!」※俺はアルとナタリアと行動しようかな。金だけくれ!「そうですか。ユートルディス殿も丸くなったもんですな……」 一緒に夜遊びしたのは一度きりの筈なんだけど、このジジイは俺の何を知っているのだろうか。 日本で暮らしている時も安月給だったから、楽しみといえば配信を見るぐらいしか無かったのだが。 まあ、こいつは俺をゴ
コメ:なんか緊張してきたなwコメ:議題がしょうもないけど楽しみだわ。勇太:俺がカッコいいとかダサいとか自分で言うの恥ずかしいんですけど。コメ:たしかにwwwコメ:じゃあ何でその議題にしたんだよ!wコメ:何で勇太だけ罰ゲームになってんの?w「しょきょみゃぢぇ! しぇんきょうにゃちゃりあ、いきぇんをぢょうじょ!」※そこまで! 先攻ナタリア、意見をどうぞ!「カッコいい男って、あたしは思いやりがあって頭がいい人だと思う。 今着ている服はダディが買ってくれたんだけど、あたしがママみたいに可愛い服を着たいって気付いてくれて、服屋さんに連れて行ってくれたの。 高級店で高い服だったのに、あたしが店の中で悩んでたのを見てくれてて、似合うからって三着も買っちゃって。 その時ね、あたし実は見てたんだよね。 会計の時に、ダディのお金が無くなっちゃったのを。 ダディったら、自分の服も買わなきゃいけないのを忘れて、全部あたしとママの服にお金を使っちゃってたんだから。 気付かないフリして次のお店に行ったんだけど、そこの服も可愛くって、ついダディに欲しい服を見せたら、買うって言うの。 お金も無いのにどうするんだろうと思ったら、機転を利かせてハゲちゃんに買ってもらっちゃったんだよ? あたしのダディは、優しくて、頭が良くて、世界一カッコいいんだから!」「……うん、うん。ちょっちょみゃっちぇにぇ」※……うん、うん。ちょっと待ってねコメ:え、勇太くん泣いてる?wコメ:きしょwコメ:ナタリアちゃんええ子や!【一万円】コメ:俺もこんな娘が欲しい。【二万円】コメ:この短時間でこんなに上手く話を|纏《まと》められるの凄すぎんか?【一万円】コメ:このプレゼンに勝つの無理じゃね?wコメ:いい話だけど、勇太は頭良くないよな?コメ:言っちゃダメ!www「しょりぇぢぇは、りゃんぢぇりゅきゃりゃしちゅぎを!」※それ
「伝令兵はすぐに出発しろ! 補給はジークウッドの街で一度のみ、最短で城へと戻るぞ!」 待機部隊と合流し、短い作戦会議の後すぐに出発する事になった。 もちろん俺はその作戦会議に呼ばれていない。 これから二週間近くかけて城に戻るのだが、馬車の中でランデルから作戦について教えて貰った。 足の速い馬五頭を選び、先に五人の伝令役を城に向かわせることで、ジャックス王に闇皇帝キディス・メイガス・ドラキュリオ討伐の準備を整えて貰うらしい。 俺達が城に到着するより五日程度早く伝令兵が報告する予定だ。 ジャックス王国含む三カ国程度で同盟を組み、一気にドラキュリオ帝国を攻め滅ぼす大規模な戦争になるかもしれないとランデルが言っていた。 ジャックス王国には既に魔王軍のスパイが潜入している為、秘密裏に動く必要があり、実際に戦争が起こるまでには一年以上かかる可能性があるとも言っていた。 異変に気付いたドラキュリオ帝国側が何か手を打ってくる事もあり得るので、不測の事態に備えた緊張状態がしばらく続きそうだ。 この話を聞いていたアルは、馬鹿馬鹿しいと鼻で笑っていた。 アルが言うには、ヴァンパイアである闇皇帝は太陽の光に弱いので、夜もしくは自身が発生させた闇の中以外では全力で戦えないらしい。 昼間に闇の外から焼き殺すか、俺が聖なる勇者の力で闇を祓えば一瞬で終わると自信満々の顔で言い放っていた。 ナタリアが俺に尊敬の眼差しを向けていたので心が痛かった。 ちなみに、全力の闇皇帝にはアルでも勝てないらしい。 俺なら勝てるらしいが。 ナタリアのマルーン色の目がキラキラと輝いていたので、罪悪感で胸が苦しくなった。コメ:へぇ、勇者ユートルディスってそんなに強いんだね!コメ:俺達は|欺《あざむ》かれていた?コメ:まあ、四天王の半分はユートルディスがなんとかしちゃってるもんな。勇太:ジャンケンなら勝てるかもしれませんね。コメ:つまんなすぎて草コメ:ユーモア忘れてきた?コメ:勇太くんおもしろーい!(真顔)「ねえねえダディ!