LOGIN周防京介と葉山舞が話しやすい……?翔雅も澄佳も、しばらく言葉が出なかった。二人は息子の腹黒さに気づいていないふりをしながら、陽白を連れて周防本邸へ向かった。しかも気を利かせて、「章真、お前が運転してやれ」と送り役まで押しつける。章真は淡々と言った。「ちょうど暇だったし。見物くらいはしておこうかな」――周防本邸もしばらく賑やかなことがなかった。三十分後。周防本邸には、ものすごい人数が集まっていた。輝夫妻。琢真夫妻。美羽夫妻。夕梨と寒真夫妻。京介側では、慕美と澪安が思慕と恩夕を連れて来ている。春原佳代まで春原梨衣を伴って現れた。さらに彰人と願乃は清席を連れて遊びに来ており、結代に至っては「周防本邸で修羅場らしい」と聞きつけ、仕事まで放り出して駆けつけていた。――当の主人公だけが、何も知らない。周防家のリビングは人で埋め尽くされていた。周防家の上の世代はもう皆この世を去っていた。今、周防家を取り仕切っているのは、輝と京介の従兄弟二人だった。二人は陽白をじろじろ観察した。横から見ても、正面から見ても、クズ男には見えない。しばらくして、輝が京介へ小声で言う。「京介。陽白の話が本当なら、さすがに今回は簡単には済ませられないだろう。周防家の婿になるなら……一応、けじめくらいはつけさせないと、周りも納得しない」京介の視線が陽白に落ちる。……厄介だ。この子、本当に性格が悪い。芽衣に突き放された途端、今度は家に押しかけて情に訴える。一流の経営者のくせに、こういう面倒な男の立ち回りだけはやたら上手い。……そりゃ芽衣も振り回される。芽衣は同世代の中でもかなり出来る方だ。だが、陽白のような男は別格だった。場数も、執念も、何もかもが違う。祖父としては、芽衣には幸せになってほしい。陽白が男として申し分ないことも、京介は十分理解していた。だが、過去の出来事はあまりにも後味が悪い。さすがに何事もなかったようにはできなかった。京介はちらりと舞へ視線を向ける。一応、妻の意見も聞くという体裁らしい。「舞はどう思う?」舞の考えも京介と同じだった。軽く咳払いして答える。「……では、お祖父様にも話を通しておきましょうか」とはいえ、それは半
芽衣の車が走り去っていく。陽白はそのテールランプをしばらく見送ったあと、ようやく自分の車へ乗り込んだ。向かった先は会社ではない。車を走らせたのは、一ノ瀬家の本邸――つまり、芽衣の両親である翔雅と澄佳が暮らす邸宅だった。ちょうどその時、章真も実家に来ていた。立都市でもっとも注目される御曹司たちの中で、章真は間違いなく上位三人に入る。百八十五センチの長身。無駄のない細身の体。スーツとシャツを好み、細いメタルフレームの眼鏡はもはや顔の一部のように馴染んでいた。物腰は知的で穏やか。だが、そのやり方は容赦がない。翔雅から【耀石グループ】を引き継いで以降、章真は圧倒的な手腕で会社を掌握した。古参役員たちは完全に黙らされ、競合企業はいくつも潰され、吸収されていった。時折、翔雅は本気で思う。――こいつ、本当に俺の息子か?芽衣のように穏やかに商売をしている方が、よほど自分に似ている。リビングでは一家三人が寛いでいた。翔雅は息子に、「お前はやり方がいちいち苛烈すぎるんだ。少しは穏やかにやれ」と小言を言っていた。もちろん章真はまったく聞いていない。ただ、両親の前では完璧に猫を被っているだけだ。一歩外へ出れば、古参連中に対する顔はまるで別人だった。耀石グループの古株たちは皆彼を恐れている。そこへ、使用人が慌てて駆け込んできた。「旦那様、奥様!陽白様がお見えです!」翔雅は軽く眉をひそめる。「陽白が来たくらいで、何をそんなに慌ててる。挨拶に来ただけだろう。そんな顔をしていたら、未来の婿に『歓迎されていない』と思われるぞ」使用人は口ごもった。言うべきか迷ったあと、ついに白状する。「……陽白様、外で跪いておられます」――は?翔雅と澄佳が同時に顔を見合わせた。翔雅の心の声。――ほら見ろ。やっぱりこの小僧、普通じゃない。わざわざ門の前で跪くなんて、絶対ろくでもないことをやらかしてる。だから前から言っていたんだ。こいつは彰人と同じ匂いがするって。誰も聞かなかったけどな。澄佳の心の声。――今さら何を偉そうに。ともかく二人は慌てて外へ向かった。ソファに座っていた章真はゆっくりと立ち上がる。――さて、見物でもするか。この義弟候補をどう評すべきか。確かに、只
芽衣はどうしても許せなかった。彼女は小さく呟く。「どうしても、心が整理できない……」すべてが虚しかった。彼女は、彼に何の過去もないことを望んだわけではない。 誰かと愛し合った経験があっても、それ自体を責めるつもりはなかった。しかし、萌香が現れたことで、どうしても胸がむかついた。しかも金融危機の件もあり、陽白の目には、彼女は簡単に騙せる愚かな子に映っているのだろうか。昔も、今も変わらない。陽白は静かに芽衣を見つめる。芽衣はまるで絶望に沈むような悲しみを抱えていた。男は一旦手を引くしかなかったが、去り際にはしっかりと言った。「別れはない。両親には説明する。結納も六百億も取り返さない。たとえ芽衣が許さなくても」陽白が去った後、夜は深くなっていた。芽衣は誰もいないリビングに立ち、大きなガラス窓の向こうの夜をぼんやりと眺める。本当はわかっている。自分は陽白を好きだということを。彼と一緒にいることは順風満帆ではないと承知の上での選択だった。それでも、彼女は迷わず彼のもとにいた。彼女はどうしても手放せなかったのだ。しかし、誇りもある。あの人たちの嘲笑を簡単になかったことにすることはできない。芽衣はソファに丸くなって座る。この瞬間、彼女は孤独で無力だった――あの夏、捨てられたあの夏に戻ったかのように。今回は自分の選択だ。けれど、同じように迷い、無力感に囚われている。涙は止めどなく流れた。この瞬間の芽衣はまるで幼い少女のようだった。……一夜明けても、眠れなかった。陽白も同じく、一晩中目を閉じていなかった。後悔だけでなく、芽衣を思いやる気持ちもあった。彼女が一歩を踏み出すのがどれほど難しいか、彼は知っていた。過去の傷を乗り越え、自分に心を委ねる――そのために、たった一度の接待がすべてを台無しにしたのだ。その夜、萌香はいくつか電話をかけてきた。謝罪を兼ねて――誘惑も加えつつ。陽白にとって、女性の色気を楽しむ余裕などなかった。彼はアパートの大きなガラス窓際に立ち、芽衣と同じ夜景を眺める。指先の煙草は何度も消えた。夜が明けるまで、ただ沈黙のまま。朝、二人はエレベーターで顔を合わせた。芽衣の目は少し腫れていた。赤く、眠れぬ夜を物語っていた。
芽衣は静かに立っていた。その間にも、誰かが陽白を持ち上げ続けている。「Alanは本当に別格だからな。向こうじゃ知らない奴なんていなかった。今回の国内金融ショックだって、星耀エンターテインメントみたいな大手まで方向転換したろ?Alan、お前は芸能業界の流れまで変えたんだよ。しかもついでに社長まで嫁にした。乾杯だ、Alan!」卓史は慌ててその男の腕を叩いた。「おい、やめろって」だが男は酔っていて止まらない。「でもさぁ、家庭のことがなきゃ、萌香なんか今夜にもAlanの愛人になりたそうだったぞ?向こうじゃずっと言ってたからなぁ。『Alanは本物の男だ』って」卓史が声を張り上げる。「だからやめろって!芽衣が来てる!」その瞬間。個室がしんと静まり返った。全員が入口を見る。――芽衣。そして当然、陽白も。表面上、彼は静かだった。けれど内心は凍りついていた。芽衣がどこまで聞いたのか分からない。金融業界ではこういう会話は珍しくない。陽白自身、萌香のことなどとっくに過去の話で、やましい感情もなかった。だが芽衣は違う。芸能業界に身を置いていても、彼女自身はどこか古風で、真面目な感性を持っている。今もそうだ。シャンデリアの光の下。彼女の瞳にはうっすら涙が滲んでいた。それでも騒ぎ立てたりしない。星耀エンターテインメントの社長であり、周防家の娘でもある。婚約者がいる場で感情を爆発させるような真似はしなかった。陽白はゆっくり歩み寄る。芽衣の前に立つ。声は驚くほど柔らかかった。「……来てたのか」芽衣は小さく頷く。そのまま彼を通り越し、室内を見渡した。半分くらいは顔見知りだった。金融業界といっても、結局は同じビジネスの世界だ。 接点くらいある。ただ、本来なら彼らのような人間と、こんな私的な席で同席することはない。――陽白がいなければ。特に、萌香。高給取りではあるだろう。それでも年収一億円程度か。その女は陽白と寝ていた。「黒波ショック」は陽白が仕掛けた。その後、星耀エンターテインメントは危機に陥り――そこへ陽白が救世主のように現れた。二人は復縁した。たった数か月で。しかも自分は感謝までしていた。……なんて綺
古河家から正式な挨拶が済んで以降――陽白はほとんど芽衣のマンションに住み着くようになった。最初は着替えだけ。次は洗面道具。気づけば仕事用のデスクまで運び込まれていた。国内投資だけでなく、彼は依然として海外金融市場でも動いている。そのため深夜に仕事を始めることも多い。もっとも、その時は必ず外の書斎を使った。物音ひとつ立てず、芽衣の眠りを邪魔しない。普段は冷静そのもの。多少の利益や損失程度では、まるで表情も変わらない。けれど――海外の大物投資家たちを相手に大勝ちし、一晩で数億ドル単位の利益を叩き出した時だけは別だった。そういう夜に限って、陽白は寝室へ戻ってくる。そして芽衣を捕まえ、そのまま滅茶苦茶に甘やかす。芽衣としてはかなり言いたいことがあった。だが翌朝になると、なぜか自分の口座に数千万ドル規模の送金が入っている。……まあ、悪くない。そう思ってしまう自分もいる。ただし、腰は本当に辛かった。それでも。二人の生活は案外穏やかだった。相性もいい。芽衣は元々、恋人に依存するタイプではない。ちゃんと自分の仕事も、自分の世界も持っている。……深まる秋のある夜。陽白は昔の仲間たちとの集まりに参加していた。金融業界や投資銀行の幹部たちが中心で、そこに帰国した元留学生組も混ざっている。帰国祝いを兼ねた会だった。陽白は芽衣も誘った。だがその日は仕事が立て込んでいたため、彼女は断った。代わりに、「お酒くらいなら飲んでいいよ。仕事終わったら迎えに行くから」と伝えていた。電話を切った陽白が個室へ戻ると、中はかなり盛り上がっていた。あちこちで酒が回っている。その中心にいたのは一人の女性だった。沢渡萌香(さわたり・もえか)。陽白と同じ時期に海外へ渡った女だ。向こうでの成功は陽白ほどではなかったが、それでも十分華やかなキャリアを築いている。そして今年、戻ってきたばかりだった。かなり酒を飲まされているらしい。洋酒を半分ほど空けただけで、頬が艶っぽく赤く染まっていた。彼女は頬を押さえ、小さく文句を言う。「ねぇ、Alan。少しくらい庇ってくれてもよかったじゃない」陽白は軽く笑う。「お前なら平気だと思ってた」すると萌香はそのま
陽白は動きを止めた。その黒い瞳で、じっと芽衣を見つめる。嬉しかった。胸が満たされるほど嬉しいのに、同時に後ろめたさもある。そして、抑えきれない熱も。本当はもっと穏やかに愛したかった。恋人同士らしく、静かに想いを重ねて。月明かりの下で語り合うような、そんな時間を。けれど――身体が許してくれない。彼女を前にすると、どうしても欲しくなってしまう。ようやく触れ合えた。唇を重ね、肌を重ねれば、そこから先はもう止まらない。芽衣は息を乱しながら、陽白の肩を叩く。「ここ、あなたの家なのに。少しは大人しくしてよ……」陽白はなおも彼女を見つめる。それから軽く口づけを落とした。「無理だ」低く掠れた声。「ここ何日も我慢してたんだぞ?大人しくしろって言われても、身体が言うこと聞かない」その一言で、芽衣の抵抗する気力は完全に消えた。この階には二人しかいない。両親も、陽白が帰ってきたことを知っていて、わざわざ上がってくることはない。使用人たちも空気を読む。それでも芽衣の立場を気遣って、陽白は深追いしなかった。結局、軽く二度だけ。そのあと。芽衣は完全にベッドへ沈んでいた。浴室から戻ってきた陽白は長距離移動の疲れもあるはずなのに、妙に目が冴えている。満たされた男の顔だった。彼はベッドの芽衣を見下ろし――「……可愛い」ぽつりと呟く。ぐったりして、まるで小さな魚みたいだった。頭の中だけで思っていればいいのに、口に出すからたちが悪い。芽衣は真っ赤になって、思いきり彼を抓った。陽白は笑いながら隣へ腰掛ける。汗で湿った黒髪を優しく撫でながら、低い声で囁いた。「少し休んだら下で朝飯食おう。庭も案内したいし、昼は祖父の家に行く。午後は二人で出かけようと思ってる。母さんにも言ってある。この二日間、大半の時間は俺が芽衣を独占するって」そこで少し笑う。「……もっとも、明後日にはまた戻らないといけないけどな。まだ向こうの仕事が片付いてない」今回は完全な強行スケジュールだった。もちろん、こんなことをするためだけに戻ってきたわけじゃない。芽衣が自分の家にいる。それだけで、どうしても帰ってきたかった。母親と親しいとはいえ、芽衣が自分の家にいる時くらい
翔雅の強い要望により、三城弁護士は正式な書面を作成した。翔雅は署名捺印し、その書類は三部作られた。そのうちの一部が、彼の執務机の上に置かれていた。夕刻。翔雅は製品発表会に出席しており、オフィスには不在だった。ちょうどその頃、真琴が姿を見せ、遠慮もなく社長室へ足を踏み入れた。安奈が茶を用意しに行っている間、真琴は初めて「未来の社長夫人」として訪れた場所を物色する。執務室を一周し、環状のソファに腰を下ろし、その柔らかさを確かめる。やがて安奈がコーヒーを運んでくると、真琴はわざと不満を口にした。「砂糖が一つ多いわ」安奈は微笑を浮かべて答える。「相沢さん、砂糖は
黒いレンジローバーがそこに停まっていた。窓が下がり、端正な顔立ちが現れる。—翔雅。彼はただ智也と澄佳が抱き合う姿を静かに見つめていた。「潔白」だと言い張っていたのに、これでは何の説得力もない。翔雅の脳裏に過去の数々がよぎり、そのすべてがひとつの言葉に変わる。——澄佳は、決して自分を愛したことなどなかった。長く視線を注ぎ、目が潤みかけたところで、彼はアクセルを踏み込み、その場を去った。マンションへの帰り道、助手席の真琴は何度か口を開きかけた。だが翔雅は終始無言、険しい顔で応じようとしない。二十分後、車はマンション前に停まった。「少し上がっていかない?」
翔雅はほとんど反射的に駆けつけた。だが、すでにパパラッチの姿はなかった。その男はただの金目当てではない。名を残したいという渇望にも突き動かされていた。一度このスクープをものにすれば一躍有名になり、次からは高値でネタを売れる。業界で絶対的な一番手となれるのだ。人気のないマンションの廊下には、ときおり雪片が吹き込んでくる。翔雅は立ち止まり、安奈に電話をかけた。夜更けにもかかわらず、彼女はすぐに緊急対応に走ったが、もうどうにもならない。写真が出回った瞬間、ネットは大炎上したのだ。眠れぬ夜。耀石グループだけではなく、星耀エンターテインメントまでもが渦中に巻き込まれた。澄佳と
翔雅の眼差しは、濃い夜の闇のように重かった。澄佳が彼の脇をすり抜けようとした瞬間、伸ばされた腕に行く手を遮られる。翔雅は彼女の間近に顔を寄せ、低く囁いた。「澄佳……お前と奴の過去がどうであれ、結婚した以上、俺は絶対に許さない。他の男と関わることだけはな」澄佳は鼻で笑った。「心配しすぎよ。心配するなら、もっと若くて、可愛げのある男たちを警戒すべきじゃない?」最初の言葉には翔雅も一瞬ほだされかけた。だが後半を聞いた途端、思わず歯ぎしりする。彼女の腕を捉えながら、不敵に笑った。「葉山澄佳……お前って女は、本当に見事だな」澄佳は逆に、彼のシャツの襟を整えながら、にっ







