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第878話

Author: 風羽
慕美は、静かにその背中を見つめていた。

澪安は彼女に気づかないまま、しばらく動かずに立ち尽くしていた。

五年の空白のあいだに、彼は料理を覚えた。

手際よく食材を切り分け、思慕の好物だけでなく、慕美のために滋養のある鶏の薬膳スープまで用意する。

山芋も入れた、体に優しい料理だ。

――血液浄化治療は、どれほど辛いのだろう。

――どれほど痛むのだろう。

そんな思いが、彼の胸に静かに沈んでいる。

……

半時間ほどして、澪安は食事を整え、二人を呼びに来た。

思慕はすでに自分で服を着て、ちょこんと立っている。

慕美も立ち上がろうとしたが、腰にそっと手が添えられた。

顔を上げると、澪安の瞳には、彼女には読みきれないほど多くの感情が宿っている。

澪安は慕美を抱き上げ、丁寧にダイニングの椅子へ座らせる。

さらに茶碗にご飯をよそって差し出すと、慕美は戸惑いながら口を開いた。

「そんなに重症じゃないから……自分でできるよ」

その一言に、澪安は目だけで制した。

慕美はもう何も言えなかった。

白いご飯を静かに口へ運んでいると、温かな鶏のスープが手元に置かれた。

澪安の声は優しいのに、不思議と拒めない強さがあった。

「飲め」

油っぽいかと思ったが、驚くほどあっさりしていて、山芋の甘みが広がる。

慕美はゆっくりと飲み干した。

その後も、澪安が箸でつまんだおかずが次々と彼女の茶碗に入る。

慕美はおとなしくそれを食べる――今の自分は、思慕と同じ立場だとしみじみ思いながら。

だが、澪安はむしろ不機嫌そうだ。

彼の目には「素直なのは罪悪感のせいだ」と映っていたから。

思慕は父と母を見比べ、こう思ってる。

――今日のママはお利口さんだとでも言いたげに目を輝かせていた。

二人が仲直りしたと信じて、食後は素直に椅子に座って祖父母を待ち、ランドセルまで整えている。

なんて賢くて愛らしい子だろう。

食事を終え、慕美は食器を洗おうと立ち上がった。

「ああ、あとで俺がやる」

澪安の低い声と、上目遣いの視線。

慕美はすぐに手を離し、逆らうこともできなかった。

思慕が連れて行かれたら――自分は彼に向き合わされる。

それを本能で悟っていた。

案の定、夜遅くに京介と舞が到着した。

病気のことを朧げに聞いていた二人は、やっと状況を理解しはじめる。

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