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第1話

Author: Hayama
last update publish date: 2025-10-22 20:14:34

夕方、部屋の中には静かな空気が漂っていた。

湊さんは自室にこもり、パソコンに向かって黙々と仕事をしている。

ドアの隙間から漏れるキーボードの打鍵音だけが、家の中の時間を刻んでいた。

その音は、まるで機械が呼吸しているようで、無機質な静けさをさらに際立たせていた。

私はキッチンで最後の皿を拭き終え、ふぅと小さく息を吐いた。

掃除、洗濯、買い物、夕食の下準備。今日も一通りの家事をこなした。

誰に褒められるわけでもないけれど、湊さんの機嫌を損ねないように、毎日同じことを繰り返してる。

それが私の役割。そう思い込むことで、なんとか自分を保っていた。

「ちょっとだけ…座ろう」

誰に聞かせるでもなく、ぽつりと呟いた言葉は、空気に溶けて消えた。

私はリビングのソファに腰を下ろし、深く息を吐いた。

体が重い。

朝から少し熱っぽかったのに、無理して動き続けたせいか、頭がじんじんと痛む。

膝に毛布をかけて、背もたれに体を預けると、じわりと疲れが全身に広がっていく。

目を閉じたのは、ほんの数分だけのつもりだった。

でも、気づけば意識は深く沈んでいて────

「…おい」

まぶたが重くて、開けるのに少し時間がかかった。

でも、確かに聞こえた。湊さんの声。

いつものように冷たくて、短くて、感情のこもらない呼びかけ。

ゆっくりと目を開けると、視界の中に彼の姿があった。

まるで冷水を浴びせられたように、体がびくりと震える。

リビングの照明が彼の背後から差し込んで、顔の輪郭が少しぼやけて見える。

湊さんは、腕を組んで私を見下ろしていた。

その表情は、やはり変わらない。

無表情で、冷たい。

視線を時計に向ける。

針は、夕食の時間をとっくに過ぎていた。

頭の中が真っ白になる。

どうしよう。怒られる。

その思考が、反射的に口を動かした。

「っ、すみません…今すぐ、お食事の準備を…!」

声が震えていた。

私は慌てて立ち上がろうとした。

でも、体が思うように動かない。

視界がぐらりと揺れて、足元がふらついた。

テーブルの角に手をついて、なんとか倒れずに済んだ。

頭がじんじんと痛む。

でも、そんなことは言えなかった。

言い訳に聞こえるのが怖かった。

その目は冷たく、無表情で、まるで何かを値踏みするようだった。

私の顔色も、ふらついた足元も、彼には何の意味もないようだった。

そして、吐き捨てるように言った。

「ほんとお前は、何をやっても駄目だな」

その言葉は、冷たくて、重くて、鋭かった。

まるで、私の体調不良すら“怠慢”と決めつけるような響きだった。

胸の奥がぎゅっと締め付けられる。

私は何も言えず、ただ唇を噛んだ。

謝るしかない。

それしか、私には許されていない。

湊さんが私に暴言を吐くのは、いつものことだったのに。

それなのに、なぜか今日だけは、胸の奥が熱くなって、言葉が勝手に口からこぼれた。

ただ、これ以上我慢したら、壊れてしまいそうだった。

「私だって、結婚なんてしたくなかった!毎日毎日、そんな事しか言えないんですか!?」

    

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Comments (2)
goodnovel comment avatar
柳アトム
おお! ついに言ってやった! クズ男にガツンと言ってやってー!
goodnovel comment avatar
柳アトム
相手の顔色をうかがってビクビク怯える生活は辛いです(涙
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