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2話

Auteur: Amy
last update Date de publication: 2026-10-14 23:04:07

瀬里奈は怜士を見た。

「……私が?」

「ああ」

あまりにも当然のように言うので、一瞬、聞き間違いかと思った。

「どうして私が謝るの」

「お前が勝手に入ってきて、梨花を責めただろ」

瀬里奈は言葉を失った。

「怜士、もういいよ」

梨花がそっと彼の腕を掴んだ。

「瀬里奈さんも混乱してるだけだから」

ガウンの胸元を押さえ、悲しそうに目を伏せる。

「私、瀬里奈さんと怜士の結婚を壊したいわけじゃないの。ふたりが結婚することは分かってるから」

瀬里奈は梨花を見つめた。

「だから……私のことで両家に迷惑をかけないでほしいの」

7年前。

父がまだ生きていた頃、両家の親が決めた婚約だった。

その時の怜士は、今よりずっと優しかった。

父が亡くなり、西園寺家のホテル事業が傾き始めてからも、

「心配するな。俺がいる」

そう言ってくれた。

その一言を、瀬里奈は何度思い出しただろう。

梨花とふたりで出かけても。

親しげに肩を寄せても。

幼馴染だから。

昔からそうだったから。

最後に怜士が選ぶのは自分なのだと、信じてきた。

「瀬里奈」

怜士の声が、その記憶を切った。

「梨花に一言謝れば済む話だ」

「謝りません」

怜士の眉が動く。

「謝る理由がありませんから」

「お前――」

瀬里奈は最後まで聞かず、部屋を出た。

廊下を挟んだ向かい側。

数歩進めば、自分のブライダルスイートだった。

カードキーをかざし、扉を閉める。

テーブルには、今夜のために用意された白い薔薇とシャンパン。

その横に、金文字のカードが置かれている。

【おふたりの新しい門出を祝して】

瀬里奈はカードを伏せた。

窓の向こうには暗い海しかない。

出航した時には見えていた港の灯りも、もうどこにもなかった。

その時、向かいの部屋から、二人の笑い声が聞こえた。

瀬里奈はソファに座ったまま、しばらく動かなかった。

ほんの数メートル先。

壁1枚、廊下1本を隔てたところに、怜士と梨花がいる。

瀬里奈は両手で自分の腕を抱いた。

豪華な部屋だった。

テーブルには花。

ベッドには真新しいシーツ。

大きな窓の向こうには、どこまでも続く夜の海。

けれど今は、そのすべてが息苦しかった。

港の灯りはもう見えない。

逃げようにも、ここは海の上だ。

なのに突然、この船全体が巨大な檻のように思えた。

ほとんど眠れないまま朝になった。

瀬里奈は首元まで隠れる白いブラウスを着て、スイート客専用レストランへ向かった。

専用エレベーターを降りると、床まで続くガラス窓の向こうに青い海が広がっていた。

「あ、瀬里奈さん。こっち」

久世航平(くぜ こうへい)が手を上げた。

怜士とは学生時代からの友人で、梨花とも幼い頃から付き合いがある男だ。

そのテーブルを見て、瀬里奈の足が止まった。

怜士の隣に、梨花が座っている。

「おはよう、瀬里奈さん」

昨夜のことなどなかったような笑顔だった。

瀬里奈は向かい側の空席へ座った。

梨花が怜士のカップへコーヒーを注ぐ。

「ミルクはいらないよね?」

「ああ」

「昔からブラックだもんね」

怜士が小さく笑った。

「瀬里奈さん、それ暑くない?」

航平が不意に瀬里奈の襟元を指した。

「せっかく船に乗ってるんだし、もう少し開いた服でもいいのに」

「航平」

梨花がすぐにたしなめた。

「あ、ごめん。冗談、冗談」

航平は軽く手を上げる。

彼が瀬里奈の首にあるものを知らないはずはなかった。

瀬里奈は何も言わず、水を一口飲んだ。

「そういえばさ」

航平が今度は怜士を見る。

「昨日、瀬里奈さんが結婚できないって言ったんだって?」

瀬里奈の手が止まった。

怜士は顔色も変えない。

「梨花から聞いたの?」

「まあな。朝からちょっとした話題になってたぞ」

航平は笑いながらパンをちぎった。

「せっかくここまで全員乗ってきたのに、式なくなったらどうすんだよ」

別の友人も笑う。

「帰港まで気まずすぎるだろ」

「その時は怜士が責任取れよ」

航平が怜士の肩を軽く叩いた。

「婚約破棄できないからって、瀬里奈さんを海に落として梨花と結ばれようとか考えるなよ?」

テーブルに笑い声が広がった。

瀬里奈のフォークが皿に触れ、小さな音を立てた。

「くだらない冗談だ」

怜士は言った。

それだけだった。

「瀬里奈、真に受けるな」

瀬里奈は彼を見る。

「笑えないわ」

航平の笑顔が少しだけ止まった。

「瀬里奈さん、航平も悪気は――」

「分かってる」

瀬里奈は梨花を見る。

「だから、笑えないと言っただけよ」

瀬里奈がナプキンを置いた。

「先に失礼します」

レストランを出た瀬里奈は、展望ラウンジへ向かった。

まだ朝が早いせいか、人はほとんどいない。

ガラスの向こうには、水平線。

どこまで見ても海だった。

少しして、後ろの通路から話し声が聞こえた。

「さっきのは悪かったって」

航平だった。

「瀬里奈さん、相当怒ってるな」

「放っておけ」

怜士の声。

瀬里奈は足を止めた。

「でも昨日も、結婚できないって言ったんだろ?」

「ああ」

「あと何日だよ。式」

「6日目」

「本当に大丈夫なのか?」

少し間があった。

怜士が答える。

「やめられないよ」

「ずいぶん自信あるな」

「他に選択肢がないからな」

瀬里奈の指が、ガラス窓の縁で止まった。

「西園寺ホテルのこと?」

「ああ」

航平の声が小さくなる。

「でも、本人は――」

「放っておけ」

怜士が遮った。

「6日目には、ちゃんと花嫁になる」

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