INICIAR SESIÓN大塚舞(おおつかまい)は自分が変わっていると自覚している。だから自分が友達付き合いが非常にヘタなことも自覚していた。
明るく大雑把で見た目はまぁまぁな美人、くるもの拒まずの気質から人は多く寄ってきた。
しかし集団で同じでないと駄目、ノーも言えない女子のグループ行動が大嫌いだった。
高校2年生に進級するとクラス替えがおこなわれた。
この機会に1年時の縁は綺麗にリセットして新たな友達を探すことにしていたのだが休み時間の教室は自分のようなタイプの女子に数人の女子が集まった光景ばかり、現在自分の周りにも呼んでもいないのに3人程が集まって話をはじめていた。
彼女達の話題は限定で復活したらしい男性アイドルの話で舞はまったく興味がなかった。好きなメイクや服の話も女優やアイドルの真似ばかりの話でイライラした。
素材がまったく違うのに流行でしか服もメイクも選べないなんて!
--つまらない!誰か私と友達なれる子いないの⁈
キョロキョロと教室を見回す。
ピタリと左後方の奥で目を止めた。
--彼女は……
窓際最後列の席に座りのんびりと外を眺めている姿があった。
ふわっとウェーブのかかったダークブラウンの髪が肩にかかる毛先で跳ねている。かおの輪郭は丸みがありバランスのよい丸い目が可愛らしい。
--誰だっけ?
クラス替えの後に初見の人もいるからと全員の自己紹介を1時間かけておこなわれたのだが、舞の記憶に彼女はまったく残っていなかった。
「舞、どうしたの?」
舞の様子に気づいた1人がたずねた。
「あの隅の子、誰だっけ?」
3人は舞と同じ方向に顔を向ける。
「あぁ、渡辺さん?渡辺春陽さん」
「知ってるの?」
1人が名前を教えてくれた。
「小学校も中学校も一緒だったけどクラスが同じになったのは今回がはじめてだよ。昔からいつも1人でいるイメージしかないけど」
「ふーん、そうなんだ……」
彼女の雰囲気は柔らかそうで気持ち良さそうだけど。
昔からいつも1人だとは。付き合い辛い子なのかな?
自分で試してみればいいか。大事なのは自分が友達でいられる子を見つけることだから、そう考えて舞は次の休み時間を待つことにした。
しかし運悪いのか次の休み時間は授業準備の手伝いを言われていたらしい春陽が早々に消え、両手に資料を抱えて戻ってきたのはチャイムの鳴る直前だった。
--お昼に声かけよう!
と考えていた舞の周りを「やっとお昼だね!」と先程の3人がいなくなった近くの生徒の机を移動して座ってしまった。
「……食べようか」ニコリと舞は笑った。
--5限目は音楽だから移動の時に声をかけよう!
--6限目前に……!
と考えても結局声をかけるタイミングがなかった。
今日でなくともまだまだ時間はあるし……、放課後になってしまい明日以降に気持ちをもっていっていた舞がトイレから出ると「あ」っと足をとめた。
「渡辺さん」教室に戻ろうと歩いてきた春陽がいた。
突然声をかけられて驚いたのは春陽だった。
「えっと……、大塚さん?」
背筋がピンと伸びてサラサラな長いダークブラウンの髪がその腰まで流れている。前髪は後ろに流され形の良い額のラインがあらわにされている、そこにはととのえられた眉が並んでいる。二重で少し上り目なアーモンド型の目はシャープで黒い瞳がとても綺麗で印象的だ。鼻も口元もスッとしていて典型的な美人だ。
そんな彼女から自分が呼びとめられるとは思ってもいない出来事だった。
同じクラスだがまったく接点が無かった。
「まだ残ってたんだ?」
トイレから足早に春陽の横へ移動してきた。
「あ、日誌を職員室へもって行ったから」
そういえば話しかけようとした休み時間に授業の準備でいなかったコトがあったな、と舞は思い出し「そうか」と言った。
「じゃあ、一緒に行こう」
笑顔で舞が教室を指差した。
たまたまみかけて呼びとめてしまったから言ってくれているんだよな、美人なのに気さくそうな人だ。春陽の舞へのファーストインスピレーションはそんな感じだった。
教室に戻る短い間に会話があったわけではなかった。
自分の机に戻りそれぞれ帰りの支度をはじめ、さあ帰ろうと春陽が鞄を持つと
「じゃあ、帰ろうか!」
舞が春陽の支度が終わるのをまっていてそう言った。
「え?」
驚きを声にもだしてしまった。
「大塚さん、お友達は……?」
「え?……あー、あの子達はみんな部活に入っているから帰りは大体1人なの」
ニッコリと。
「でも今日は渡辺さんと帰れるから嬉しいよ」
美人に突然誘われて春陽の顔が赤くなった。
--もしかしたら一緒に帰る為にさっきは声をかけてくれたの?まさかね。
--あ、でも!
と舞は思いついた。
「誘ったのはいいけど。渡辺さんの家ってどこ?」
舞は真顔できいた。
「え?」
「……え?」
しばし沈黙が続くとプッと舞が吹き出した。
ハハハっと悪気無く笑う舞の姿に春陽もつられてプッと吹き出してしまった。
笑いが落ち着くとお互いの家を確認した。
春陽の家は花塚公園から北に向かう、舞の家は花塚公園から東南に向かうと知った。
2人共にまずは帰る方向が同じだとわかり学校を後にして国道の歩道に出る。
「いつもは面倒だから電車で花塚まで行ってしまうけど今日は渡辺さんと一緒だからゆっくり歩いて行くの。花塚の公園までは一緒にいけるみたいだからね!」
なぜ舞が自分なんかを誘ってくれるのか不思議で、気恥ずかしいけれど横に並ぶ彼女がけっして嫌ではないと感じる。
並んで国道を歩いて行った。
たあいもない話を舞が9割残りが春陽という感じで続けているとあっという間に花塚の公園入口まで着いてしまった。
こんなにも軽い気持ちで誰かと横に並べたのが嬉しくて春陽は舞と別れるのがなごりおしかった。
舞はバスの時刻表で時間を確認していた。
「10分位待つみたい、渡辺さんはここからは?」
「私は公園の中通ってしばらく歩いて行けばいいから」
「うーん、私も家まで歩いては行けるけど……」
春陽ともう少し一緒にいたいと舞も思った。
「バスくるまで一緒にいてくれる?」
今は16時を少し回ったばかり、10分ほど一緒にいてから帰宅し着替えてバイトへ行ってもまだ間に合うはずだ。
「大丈夫だよ」
2人は歩道の端へ移動した。
「予定とか大丈夫だった?」
大丈夫だとは言ってくれたが一度時計を確認した春陽に、いきなり一緒に帰宅させまた再び待たせる事に付き合わせて本当に大丈夫だったのか心配になった。
「バイトまでまだ余裕あるから」
「え〜、渡辺さんバイトしてるの?」
商業高校は普通教科以外にも情報処理、簿記、外国語など幅広い教科がある。宿題も検定もあり以外にも勉学に時間をとられてしまう。わざわざバイトをしている生徒は少ないだろう。
「うん、家の近くのコンビニで」
--あれ?公園抜けた先を行ったコンビニ?
「え、コンビニ?まさか店長は大塚定男(おおつかさだお)?」
「店長の下の名前は知らないけど……、大塚は合ってるよ?奥さんの方は静代(しずよ)さんていうの」
言うと、舞が春陽の手をギュッと握った。
「そこ、私の叔父さんが経営しているコンビニなの!」
世間は意外に狭いものだとは言われているが。
「私達、やっぱり縁があるのかも!」
舞は嬉しそうに握った手をブンブンと振った。
「あ、そうだ」
振っていた手をいきなり止め離すと肩からかけていた鞄の中をあさり手帳とペンを取り出す。そこにササッと何かを書きこみその部分を切り取った。
「私のスマホの番号、あとで発信してね登録するから!」
それを春陽に渡すと、ちょうどバスが止まった。
「じゃあ、また明日!」
舞は数人と一緒にバスへ乗り込むと窓越しに手を振っていた。
気恥ずかしさもあり春陽は小さく手を振った。
バイトが終わり家に着くと帰りをまっていてくれたゆり子は「じゃあ、おやすみ」と自室へと戻っていった。春陽はシャワーを浴び香織を待つためにリビングのソファへ腰をおろした。バッグの中でピカ、ピカ、とスマホが光っているのに気づき春陽はスマホをとりだし画面をあけた。
ラインをひらくと新しい友達からのトークが入っていた。
友達の項目画面に香織、ゆり子、店長しかなかったのだが。
「あ……大塚さん」
MAI.chanのネームが加わっていた。
「今日は楽しかったよ!明日また学校でね 明日からは舞って呼んで!私も春陽って呼んでいい?」という文に続き可愛い猫のスタンプで「?」「バイバイ」「おやすみ」の3つが送られていた。
春陽は口元を緩めると「うん」「おやすみ」と返信した。使うこともなかったスタンプはもっていなかったのでしかたなく顔文字の笑顔を追加した。
スマホ画面をみながら「舞ちゃん」と呼んでみる。
そのまま「舞」とは恐れ多くて、恥ずかしくて、まだ呼べそうになかった。
「舞ちゃんて誰?」背後からの声にビクッとすると香織がいつのまにかリビングに入ってきていた。
「お母さん、驚かせないで」
「だって、顔をニヤニヤさせてスマホみてるから邪魔しちゃ悪いと思って」
「ニヤニヤ……」春陽は自分の顔を触りながら「そんなにしてた?」と赤らめてきいた。
「してた」
香織は嬉しそうにこたえる。
春陽が自然に笑顔をつくることが少ないことは香織もわかっていた。それが珍しくもニコニコ、ニコニコとスマホ画面をみながら名前まで口にだすなんて、母としては嬉しいに決まっている。
「で、舞ちゃんて誰?」
「友達……」
恥ずかしそうに話す春陽に「そう」とだけ香織は返した。
ウィルモットでゆっくり食後のドリンクを飲んでいると廉がやってきた。「これ。試作のプリンだけど食べてみて」「プリン、2個ある……」春陽と舞の前にそれぞれ2つのプリンが置かれた。「こっちのプリンは卵と牛乳と砂糖だけで作ったいわゆる昔ながらのプリン。こっちは卵黄と牛乳、生クリームと砂糖で作ったプリン。どちらがいいか決めかねてて。2人の意見聞こうとしているんだ」春陽と舞がそれぞれプリンを口にするのを廉は横で見ている。「もうすぐ春休みだし、公園が賑やかになると子供連れの客が増えるから作ってみたけどどちらがいいかな?」「私ならこっちが好きね」舞はトロっとした生クリームを使ったプリンを選んだ。「渡辺さんは?」ゆっくり味わっている春陽もトロっとした柔らかな生クリーム入りを美味しいと思ったが。「私はこっちが好きかな、コレに生クリームとチェリーがのっていたら最高」まさしく「昔ながら」のプリンだった。子供の頃に母と祖母3人で行ったレストランで食べた懐かしい味がした。食後に出される生クリームと缶詰の真っ赤なチェリーがのったプリンがとても好きだった。「懐かしい味がする」懐かしい風景を思い出して春陽の口元に笑みが溢れた。「そう、よかった」「まあ、私も硬めのプリン好きだからいいんじゃない?」「え、私も生クリームのプリンすきだよ?」舞の言葉に春陽が慌てて言ったが、舞が言った意味を理解して春陽が言ったわけでは無かった。--まだまだまったく眼中に入ってないわね。春陽の反応に舞はニコニコと笑っていた。「それじゃあ、そろそろ出ようか」気分がいいウチにさっさと帰ってしまおうとする。「そうだね」しばらくおとなしくしていた桜もさすがにそろそろぐずりだすかもしれない。ベビーカーを覗き込むと桜はまだスヤスヤと寝息をたてている。「桜ちゃん、まだ寝てるね。ならもう一杯何か飲む?」廉の言葉に断りの言葉を返したかったがプリンのおかげで何か飲みたいのが正直な感想だった。「なら私はコーヒー」遠慮と言う言葉は存在しないとばかりに頼んでいる。ウィルモットによく来店するようになり、廉からたまにサービスをしてもらいながら話しをするようになってこの感じが続いている。「じゃあ私はアイスコーヒーで」空いたコップをトレーにのせて廉は一度奥に戻って行った。「まったく、気があるなら
--眠い。ただただ正直な思いはそれだけだった。生後4ヶ月を過ぎ桜の首もすわるようになり少しばかり離乳食も始めだした3月はじめ。母乳は完全にやめた事もあり春陽は教習所へ通いだしていた。その教習所の学科時間は春陽にはまるで子守唄の流れるベッドの中の様なものだった。眠気に必死にあらがうがまぶたが重い。なんとか耐えぬくと事務室の機械で空きの時間に次の予約を入れる。「あら?なんか見た事ある人がいる」後ろからそんな声が聞こえたので振り返ると2人の人影があった。「本当だ、こんな所で会うなんて」「……あ、浅田さんと石川さん?」中学校卒業ぶりでも誰だかはわかった。浅田麻里と石川由宇の2人だ。「久しぶりだね、渡辺さん」「いつぶりかな、中学?」「渡辺さんて何処の高校に行ったんだっけ?」「今何してるの?大学?」「え、大学?何処?」春陽の答えなどいらないとばかりに2人だけで会話が続いていく。小学生時代のあの事があってから会話を交わした記憶などほとんど無い。中学校に入ってからはクラスも別れた為顔すらほとんど合わせなかった2人だ。見かけたくらいで声などかけなくてもいいのに、と春陽は内心で思った。「渡辺さん?」黙り込みぼうっと2人を見ているだけの反応がつまらなかったようで麻里が呼んだ。「え?」2人の話しを大して聞いていなかった春陽は間の抜けた返事になってしまう。麻里て由宇がイラっとしたのがわかる。それでも春陽は気に留めようとはしなかった。「外に人を待たせているから私は帰るね」この場を去る為についた嘘ではないが、早くこの2人から離れたくて春陽はそう告げると出口に歩きだす。「ちょっと……!」待ちなさいよ、と追いかけてくる。「久しぶりに会えた事だし、いい話しをしてあげようって思ったんだから聞きなさいよ」ならば先に言えばいいのに、と思う。「渡辺さんて、確かエアネストのファンだったよね」春陽が周りに公言していなくてもちょっとした持ち物などでわかっていたのだろう。でも今更そうだった、でどんないい話しになるのだろうか。「愛美がお見合いしたのよ」--愛美ちゃん……。笑顔を絶やす事なく周りに接するけど多分誰よりも人を蔑みている人。春陽は日本人形の様だった愛美を思い出す。「相手は九条グループの跡取り九条慶司さん。渡辺さんにわかる様に言うと元エ
間宮愛美の元に友人などが集まり早めのクリスマス会という名のパーティーを楽しんでいた。「明日は何時に発つ予定なの?」長年の友人浅田麻里が聞いた。「9時発の予定よ」「年明けまでアメリカだなんてさみしくなるわ」豪華なメンバーの中にいても存在感が秀でている愛美の周りには自然と人が集まっていた。「愛美さんはアメリカに行かれるの?」「アメリカのどちらに?」質問がとぶが愛美本人は答えず隣に立つ麻里が皆の質問に答えていく。「明日からニューヨークに行くのよ」「この時期のニューヨークでは寒いのではないですか?」場所を聞いた女性の1人が不思議そうに問う。「愛美は観光に行くわけじゃないもの」「あら、じゃあ今の時期に態々ニューヨークにまで行く理由は?」他の女性が興味深気に聞いた。「お見合い相手に会われるんですよね」何故だか本人よりも勝ち誇ったように麻里が言った。「まぁ!」そんな話しが大好きな年頃の面々が更に興味深く聞く。「お相手は?」「相手は……」名前を言おうとしたところで愛美がそれを遮る。「まだ決まっていない相手の名前を言ってうまくいかなければ私が笑いものになってしまうわよ」ふふっと微笑みを浮かべて制した。「愛美をふるような相手はいないわよ」麻里は断固として言った。「そうだといいけれどね。皆さんには来年紹介できればよいと私も思うわ」ニコリと美しい唇に笑みをつくった。「楽しみにしていますわ」周りはそれ以上相手の追求はしなかった。麻里は相手の名を言えず残念そうだったがすぐに愛美の隣で笑顔を作り橋渡しを続けた。--九条慶司。次にこのメンバーが集まる時は必ず婚約者として隣に立っていてもらうわ。愛美は笑顔の下で獲物を狙う猛獣のような鋭さをその目に宿したが誰かが気づくことはなかった。12月25日17:30。レオナードピクチャーズ社内専務室で1人机にむかっているところへやってきたのは秘書という名のお目付け役、佐々木潤(ささきじゅん)だ。「あと30分で約束の時間になるぞ」その言葉をまったく気にする事なく書類に目を通していく。「慶司、いい加減用意してくれないか」「……」また1枚と書類をめくる。佐々木はハァァとため息をついた。「相手のお嬢さんはわざわざ日本から来ているのに、お前が行かないはないだろ」「ならばお前が行って相手を
店の入口は厨房からわずかに見えるようになっていた。客が来店するとどんな客層か程度に確認をしていた。店を開店させた直後位にベビーカーを押して来店した女性2人組も確認程度に見てそれだけの認識に留まっていたのだが。ふと、1ヶ月程前に大きなお腹を抱えて来店した女性を思い出した。--あの子か?何処かで見かけた事があるように感じたからか記憶していた子だった。髪型はかなり短くなっていたがクルッとカールした髪の感じに丸い瞳が身長の低さと相まって何かの小動物に見える。ウサギかリスか、いやハムスターか?冗談混じりに考えるがすべてにおいて可愛いという印象だった。自分よりいくつか若そうだがもう結婚して子供もいるなんて大変だな、と感じただけで。個人的な意見はそれだけだった。頼んだデザートにアイスとフルーツを加えたのも本当に他意はなく、出産に対してのサービスだったのだ。見た目も真逆と言っていい、彼女の連れがまさかナンパ扱いしてくるとは思いもよらなかった。アイドルをしている時も今もナンパするほど異性に困った事はなかったし、見た目のタイプというならば彼女の連れの方がタイプに近いだろう。しかし、あの子がシングルマザーだとは思いもよらなかった。イメージでは相手に好かれて優しくされて幸せな家庭をもっているのだが……。ランチ営業を終えて賄いの準備をしながらそんな事を考えていた。トゥルル、トゥルル。廉のスマホが鳴る。発信者をみてすぐにスマホを手にした。「もしもし」廉は懐かしい相手に話しかける。「そっちはまだ夜中だろ?」相手はニューヨーク在中。日本で14時をまわった時間ならばあちらは夜中の0時をまわったばかりだろう。『あぁ、0時になったばかりだよ』「珍しいな、忙しくて電話もできなかったんじゃないのか?」『忙しかったよ、早く日本に帰りたい』「……帰って来れそうなのか?」大学卒業式を待たずに父親の命令でアメリカの提携会社へ行かされた友人とは中々連絡もとれないでいた。電話も数ヶ月ぶりの事だ。「年内?」『嫌、それは流石に無理だな。早くても来年春かな』「そんな先じゃないだろ」『俺は今すぐ帰りたいけどな……』「仕事がうまくいってないのか?ずいぶんと弱気な声じゃないか?」『仕事は順調すぎる位だ、じゃなければまだ帰れそうなんて言えない。ただ……』「……ただ?」
「……ン、ギャア」桜の鳴声に反応してウトウトしていた春陽は身体を起こして桜の元へ寄った。桜を抱き上げて胸を除菌ペーパーで一拭きしてお乳をあげると待ってましたと桜は飲みはじめる。出産後一週間の入院だけで無事2人で退院できた。不慣れながらも必死に子育てをはじめたが、3時間毎に与えるお乳とオムツ交換、たまに愚図るのをあやしてと数日で子育ての大変さが身にしみた。それでもやはりこうして桜にお乳を与えている時は幸せだ。必死に飲む桜を見る目は優しく笑んでいる。満足した桜を抱えなおしポンポンと背を軽く叩いて刺激してあげると「ゲフッ」と立派なゲップをはいた。「お腹いっぱいになったからゆっくり寝んねしてね」とスヤスヤ寝息をたてるまで抱っこを続ける。静かに窓越しに敷いた布団に寝かせるとソファに戻る。「ウトウトしてたから少し昼寝でもする?」ゆり子がトレーにティーポットとカップを乗せてきた。「紅茶?」「カモミールとレモンバームのハーブティーよ」独特のスッキリした香りに貰うとこたえる。ゆり子はトレーを置くと2つのカップにハーブティーを注いでくれた。リラックス効果のあるハーブティーをゆっくり口にしていく。「寝ていると本当に天使ね」「よく寝てよく飲んで、たった1ヶ月で1キロ以上重くなるんだもん。腕とかぱんぱんになる時あるもん。凄い速さで大きくなって逞しくてすごいよね、赤ちゃんって」「小さな春陽が抱っこしているとお姉ちゃんが妹を抱っこしてあげてるみたいに見えるからねぇ、」買い物先などで背も低めで割りかし童顔の春陽がママだと言うと驚かれる事は多い。「私、ちゃんとお母さんしてるよ」そう言葉にしたけれど春陽の瞳には褒めて褒めてと甘えの感情があらわになっていた。「そうね、春陽はいいお母さんだわ」フフっと微笑みながら春陽の頭を撫でてあげる。それを気持ちよさげに受けいれながらその時間を楽しんだ。「そうだ」春陽は伝える事を思い出した。「明日は昼間に舞ちゃんと公園に散歩に行くからお昼はいらない」「明日は寒くないの?」「昼頃は風が吹かないみたいだし気温も18度位まで上がるみたいだから公園で少し散歩しようと思って」「そう、気をつけて行ってね」「うん、……それでね、おばあちゃん」「まだ何かあるの?」「私、車の免許を取ろうと思ってるの」ゆり子は目を見開いた。身
出産予定日2週間前となり今日も大きくなったお腹を抱えて石井産婦人科へやってきていた。「とくに異常はなく順調ね」診察が終わり石井医師が言った。「予定日まで2週間をきるからいつ陣痛がきてもおかしくないわ、いつでも入院できるようにそろそろ用意しておく方がいいわよ」「はい」初めてだらけで不安がいっぱいの春陽は全幅の信頼を石井医師にしている。いい医師に会えてよかったと思う。「入院に最低必要なモノと家に買っておいた方がいいモノを書いたパンフレットを渡してあげるから。何もなければまた来週で予約を入れておくけど、心配な事やもし陣痛がきたらすぐに病院にきてね」「ありがとうございます」春陽は頭を下げて診察室を出た。窓口で会計を済ましパンフレットをもらうと病院を後にしようとする。グウウウ……。お腹が勢いよく鳴った。お昼になろうかという時間ではあるが朝ごはんもしっかり食べた春陽は自分のお腹の音が恥ずかしくなる。家に帰ればゆり子が昼ごはんの用意をしてくれているだろうが。--今、何か食べたいよね。妊娠後期になり食欲がかなり旺盛になっていた。花塚公園の周りには飲食店も点在している。どこか一度店に入ろうとスマホで検索をかけた。--かつ屋はがっつりすぎるし、寿司は生物は控えておきたいし、バーガーは塩分取りすぎになるよね。中々決められないな、と思いながら次に出てきた店に目をとめた。花塚公園の駐車場近くにあるイタリアンレストランウィルモットに入ると可愛らしい店員の女の子がすぐに席へ案内してくれて水とメニューを置いていった。さっそくメニューを開き書かれたパスタの種類にワクワクする。軽くサイドメニューでもと考えていたが。「すみません、大根おろしとツナの和風パスタとオレンジジュースをお願いします」普通にパスタを頼んでしまっていた。「少々お待ちください」メニューをメモした店員は裏に消えていった。料理がくるまでとバッグの中から病院でもらったパンフレットを取り出しパラリてめくる。お腹の中にいる赤ちゃんが女の子だという事は事前にわかっていたのでいくつかの服と下着は買っていた。新生児用のオムツに哺乳瓶、哺乳瓶の消毒薬に乳パッドに搾乳機……。--搾乳機?何か色々書いてあり頭がいっぱいになりそうでパンフレットを閉じた。--店に買いに行って一つ一つ確認しよう。早くも







