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秘書をファーストクラスに乗せた夫の末路

秘書をファーストクラスに乗せた夫の末路

Por:  ルルCompleto
Idioma: Japanese
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私は高瀬真央(たかせ まお)。 二千億円規模の大型案件の入札に参加するため、夫の高瀬将希(たかせ まさき)と白見原市へ向かうことになっていた。 空港のカウンターで荷物を預けようとしていたとき、将希がふいに口を開いた。 「お前は次の便で行くんだ。 オーバーブッキングだってよ。お前の席は後の便に回した」 私は思わず言葉を失った。 今回の出張は、私と将希、そして秘書の神谷汐音(かみや しおん)の三人で行く予定だった。 汐音の席は、もともと空きが出てからようやく取れたものだ。普通に考えれば、便を変えるべきなのは彼女のほうだった。 けれど将希は、少しもためらわずに続けた。 「汐音は体が弱いんだ。乗り継ぎのしんどさには耐えられない。 それに、移動中に入札の流れを説明しておきたい。お前は技術アドバイザーなんだから、少し遅れてもどうにかなる」 けれど、将希は知らなかった。 私の認証キーがなければ、この契約は絶対にまとまらないということを。

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Capítulo 1

第1話

私は高瀬真央(たかせ まお)。

二千億円規模の大型案件の入札に参加するため、夫の高瀬将希(たかせ まさき)と白見原市へ向かうことになっていた。

空港のカウンターで荷物を預けようとしていたとき、将希がふいに口を開いた。

「お前は次の便で行くんだ。

オーバーブッキングだってよ。お前の席は後の便に回した」

私は思わず言葉を失った。

今回の出張は、私と将希、そして秘書の神谷汐音(かみや しおん)の三人で行く予定だった。

汐音の席は、もともと空きが出てからようやく取れたものだ。普通に考えれば、便を変えるべきなのは彼女のほうだった。

けれど将希は、少しもためらわずに続けた。

「汐音は体が弱いんだ。乗り継ぎのしんどさには耐えられない。

それに、移動中に入札の流れを説明しておきたい。お前は技術アドバイザーなんだから、少し遅れてもどうにかなる」

けれど、将希は知らなかった。

私の認証キーがなければ、この契約は絶対にまとまらないということを。

「将希、正式に呼ばれているのは私でしょう?それなのに、ただの秘書のために、私に便を変えろって言うの?」

将希は眉を寄せた。私を見る目には、隠しもしない苛立ちが浮かんでいる。

「言っただろう?汐音はまだ社会に出たばかりで、体も弱い。乗り継ぎで五時間も待たせる気か?無理に決まってるぞ」

汐音は、そっと将希の袖を引いた。今にも泣きそうな顔で、か細い声を出す。

「社長……やっぱり、私が便を変えます。真央さんは技術アドバイザーですし、この案件には絶対に必要な方です。私はただの秘書ですから、少しくらい遅れても大丈夫です。最悪、空港で一晩待てばいいだけですから」

言い終えるなり、汐音は小さく咳き込んだ。

将希はすぐに彼女の手を包み込み、さっきまでの刺々しさが嘘のように声を落とした。

「馬鹿なことを言うな。先週熱を出したばかりだろ。医者にも無理をするなと言われてる。これは会社の命令だ。真央が口を出すことじゃない」

そう言って私を見ると、将希の声から温度が消えた。

「真央、会社が自分なしでは回らないとでも思ってるのか?汐音も情報工学の出身だ。提案書も設計案も、もう一通り頭に入っている。真央がいなくても、汐音で十分対応できる。

汐音には移動中に入札の流れを説明しておきたい。だからファーストクラスに乗せるんだ。余計なことで足を引っ張るな」

そこで、汐音がおずおずと口を挟んだ。

「真央さん、怒らないでください。私、真央さんに嫌われているのは分かっています。社長に目をかけてもらっているのが気に入らないんですよね。

でも、私はただ会社の役に立ちたいだけなんです。認証キーを渡していただけないなら、それはそれで構いません。無理は言いませんから」

将希の眉間に、深いしわが刻まれた。

彼はバッグから私のクレジットカードとエコノミークラスの航空券を取り出し、乱暴に私の胸元へ押しつけてきた。

「便の変更くらい自分でしろ。午後五時までに、必ず白見原のロイヤルホテルに来い」

カードが足元に落ち、乾いた音を立てた。私は何も言わず、しゃがんでそれを拾った。

将希は汐音のスーツケースを引き、こちらを振り返ることもなく、ファーストクラス専用の保安検査レーンへ向かっていく。

汐音は振り返りざま、私にだけ分かるように唇の端を上げた。

私はその場に立ち尽くした。周囲の乗客の視線が集まり、頬が焼けるようだった。

将希と出会って七年。結婚してからの三年、私は彼の事業を支えるため、大手IT企業の高待遇のポジションを手放し、表には出ず、彼の会社のコアシステムを作り上げてきた。

それなのに今、彼は汐音のために、人前で私の尊厳を踏みにじった。

私はスマホを取り出し、彼に突き返された航空券をキャンセルして、夜の便を取り直した。

白見原市に着いた頃には、もう夜八時を過ぎていた。外は雨だった。私はスーツケースを引いてタクシーに乗り、将希が予約した白見原ロイヤルホテルへ向かった。

フロントで予約名を告げ、チェックインを頼んだ。

「高瀬将希の名前で予約が入っていると思います」

フロントスタッフは予約を確認すると、少し言いづらそうに顔を上げた。

「申し訳ございません。高瀬様名義で三室ご予約を頂戴しておりましたが、そのうち一室は本日午後にキャンセルされております。残りの二室は、すでにチェックイン済みでございます」

私は一瞬、言葉を失った。

「キャンセル……?じゃあ、その二室は誰が使っているんですか?」

スタッフは丁寧な表情を崩さず、静かに答えた。

「一室は高瀬様、もう一室は神谷様のお名前で承っております。また、高瀬様のご希望で、神谷様のお部屋はエグゼクティブスイートに変更されております。ゆっくりお休みいただきたいとのことでした」

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第1話
私は高瀬真央(たかせ まお)。二千億円規模の大型案件の入札に参加するため、夫の高瀬将希(たかせ まさき)と白見原市へ向かうことになっていた。空港のカウンターで荷物を預けようとしていたとき、将希がふいに口を開いた。「お前は次の便で行くんだ。オーバーブッキングだってよ。お前の席は後の便に回した」私は思わず言葉を失った。今回の出張は、私と将希、そして秘書の神谷汐音(かみや しおん)の三人で行く予定だった。汐音の席は、もともと空きが出てからようやく取れたものだ。普通に考えれば、便を変えるべきなのは彼女のほうだった。けれど将希は、少しもためらわずに続けた。「汐音は体が弱いんだ。乗り継ぎのしんどさには耐えられない。それに、移動中に入札の流れを説明しておきたい。お前は技術アドバイザーなんだから、少し遅れてもどうにかなる」けれど、将希は知らなかった。私の認証キーがなければ、この契約は絶対にまとまらないということを。「将希、正式に呼ばれているのは私でしょう?それなのに、ただの秘書のために、私に便を変えろって言うの?」将希は眉を寄せた。私を見る目には、隠しもしない苛立ちが浮かんでいる。「言っただろう?汐音はまだ社会に出たばかりで、体も弱い。乗り継ぎで五時間も待たせる気か?無理に決まってるぞ」汐音は、そっと将希の袖を引いた。今にも泣きそうな顔で、か細い声を出す。「社長……やっぱり、私が便を変えます。真央さんは技術アドバイザーですし、この案件には絶対に必要な方です。私はただの秘書ですから、少しくらい遅れても大丈夫です。最悪、空港で一晩待てばいいだけですから」言い終えるなり、汐音は小さく咳き込んだ。将希はすぐに彼女の手を包み込み、さっきまでの刺々しさが嘘のように声を落とした。「馬鹿なことを言うな。先週熱を出したばかりだろ。医者にも無理をするなと言われてる。これは会社の命令だ。真央が口を出すことじゃない」そう言って私を見ると、将希の声から温度が消えた。「真央、会社が自分なしでは回らないとでも思ってるのか?汐音も情報工学の出身だ。提案書も設計案も、もう一通り頭に入っている。真央がいなくても、汐音で十分対応できる。汐音には移動中に入札の流れを説明しておきたい。だからファーストクラスに乗せるんだ。余計なことで
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第2話
フロントスタッフの返答を聞いた瞬間、私はその場で固まった。将希は、私が今夜ここへ来ることを知っていた。それなのに、私が泊まる部屋さえ残していなかったのだ。私はスマホを取り出し、将希に電話をかけた。「着いたのか。てっきり拗ねて来ないのかと思ってた」電話の向こうの将希の声は、いつもと変わらず淡々としていた。「汐音がこっちに来てから少し体調を崩しててな。普通の部屋だと壁も薄いし、落ち着いて休めないだろ。だからお前の部屋をキャンセルして、あいつの部屋をスイートに替えた。お前は近くで適当に泊まれるところを探せばいい」私は喉元までこみ上げた怒りを、どうにか押し込めた。「明日は入札会でしょう。周辺のホテルはどこも埋まってる。私に、どこへ行けっていうの?」将希は面倒そうに舌打ちした。「汐音は具合が悪いんだぞ。こういう時くらい、大目に見てやれないのか?」「今、ロビーにいる」私は短く告げた。「五分だけ待つ。降りてこないなら、取引先に連絡して、今回の取引は白紙に戻すから」五分もしないうちに、エレベーターの扉が開いた。現れた将希はバスローブ姿で、髪も乾かしきれていなかった。その後ろには汐音がいて、明らかにサイズの合っていない女物のシルクのナイトウェアを身につけていた。それは私のものだった。念のため、将希のスーツケースに入れておいた替えのナイトウェアだ。私の視線がその服に留まったのを、将希は察したらしい。ほんの一瞬だけ表情を強ばらせたが、すぐに何も悪くないと言わんばかりに口を開いた。「汐音の預けた荷物にトラブルがあって、服が全部びしょ濡れになったんだ。着るものがないから、一晩だけお前のを着てもらった。それだけだろ。そんな目で見るな」汐音は将希の後ろに隠れるように身を縮めた。「真央さん、ごめんなさい。これが真央さんの服だって知らなくて……今すぐ脱ぎます」汐音がボタンに手を伸ばすと、将希がすぐにその手を止めた。「脱がなくていい。そんなことして風邪でも引いたらどうする。ただの服だろ。真央も、いちいち大げさに騒ぐな」私は目の前の将希を見つめた。七年もそばにいた人なのに、その瞬間、ひどく遠く感じた。「服のことはもういい。じゃあ私は?今夜どこで寝ればいいの?」将希は眉を寄せた。面倒な話をされたとでも言いたげだ
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第3話
将希の表情がほんの一瞬だけ強ばった。けれどすぐに、彼は声を大きくした。「夫婦なんだから、お前のものを俺が使って何が悪い。いいからパソコンを出せ。データを汐音の端末に移せば済む話だろ」私はパソコンバッグを胸元に引き寄せた。「渡すつもりはない」将希は鼻で笑うと、近くにいたホテルの警備スタッフを呼び止めた。「すみません。この人、宿泊者でもないのにロビーで絡んでくるんです。対応してもらえますか」警備スタッフがこちらへ歩いてきた。雨に濡れてみすぼらしい私の姿に目を留めた途端、その態度が少し硬くなる。「お客様、恐れ入りますが、いったん外へお願いいたします」そのとき、汐音が遠慮がちに将希を見上げた。「社長……まだ雨、かなり降ってますよ。真央さん、このままだと風邪を引いてしまいます」将希は取り合わなかった。「構うな。少し濡れたほうが頭も冷えるだろ。真央、資料を出すまでここに残れると思うな」警備スタッフに追い立てられるまま、私は回転ドアを抜けて外へ出た。冷たい雨が、たちまち全身を濡らした。ガラス扉の向こうでは、将希が汐音を連れてエレベーターのほうへ歩いていく。途中で、汐音がふと振り返った。ガラス越しの口元が、はっきりと笑っていた。どれくらいそうしていたのか分からない。指先がかじかんで、スマホを持つのもやっとになった頃、私は以前から世話になっている弁護士の佐伯研二(さえき けんじ)に電話をかけた。「佐伯先生、離婚協議書を作ってください」電話の向こうで、研二が一瞬言葉を詰まらせた。「高瀬様、本気でおっしゃっていますか?」「はい。あわせて、技術ライセンス撤回の通知書も用意してください。明日の朝九時付で、将希の会社宛てに正式に送ってください」電話を切ったあと、私はホテルの向かいにある二十四時間営業のコンビニに入った。イートインの隅で、夜が明けるのを待った。午前三時、伏せていたスマホが短く震えた。汐音からだった。送られてきた写真には、ソファにもたれて眠る将希が写っていた。体には汐音のジャケットが掛けられている。添えられていたメッセージは、こうだった。【真央さん、お洋服ありがとうございました。暖かくて助かりました。社長のことは、私がそばで見ていますね】私は写真を閉じ、そのまま汐音をブロックした。
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第4話
将希はとうとう余裕をなくした。「やり方はお前が考えろ。とにかく、汐音にこんな大勢の前で恥をかかせるわけにはいかないんだ!」私は静かに目を上げた。「彼女には恥をかかせられない。じゃあ、私はどうなるの?これは私が何か月もかけて形にしてきたものよ。それを奪うだけじゃ足りなくて、奪い方まで私に教えろって言うの?」次の瞬間、頬に衝撃が走った。乾いた音が、ざわついていた会場入口にやけにはっきり響く。周囲の視線が一斉にこちらへ向いた。私は顔をそらしたまま、しばらく何も言わなかった。将希はさらに声を荒らげた。「真央、いい加減にしろ!俺の会社がなかったら、お前のコードなんて誰にも見向きもされなかったんだよ!今日出さないなら離婚だ。財産分与なんて一円も期待するな。何も持たせずに追い出してやる」汐音が横から将希の腕にすがった。「社長、やっぱり真央さんに出ていただきましょう。私、今回は辞退しますから……」そう言いながら、汐音はわざとらしく身を引いた。ヒールの先が、床に置いていた私のパソコンバッグに乗る。そのまま、彼女はぐっと体重をかけた。パキッ、と嫌な音がした。バッグの中で、ノートPCの液晶が割れた音だった。汐音は慌てたように目を見開いた。「あっ……ごめんなさい、真央さん。足元、ちゃんと見ていなくて」将希は踏まれたバッグに目をやり、面倒くさそうに息を吐いた。「壊れたなら、あとで買い直せばいいだろ。パソコン一台くらいで騒ぐな。必要なら新しいのを買ってやる」それから、苛立った目を私に向ける。「真央、これで最後だ。必要なロジックを今すぐ出せ」私は床に落ちたパソコンバッグを見つめた。中のノートPCは、将希が結婚三周年に贈ってくれたものだった。液晶が割れた音を聞いた瞬間、私の中で、この結婚も完全に終わった。私はポケットからUSBメモリを取り出し、将希に差し出した。「ベースコードとデモの流れは入ってる。持っていけばいい」将希はそれを乱暴に受け取ると、鼻で笑った。「最初からそうしていればよかったんだ。ここまでしないと分からないなんて、本当に面倒な女だな」彼は汐音の手を引き、会場の入口へ向かった。「行くぞ、汐音。中で準備する。このUSBがあれば、審査員の前でも何とかなる」汐音は将希に手を引か
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第5話
【警告:防御モジュールが停止しました】【警告:機密データの流出を検知しました】わずか十秒で、システムは完全に停止した。大型スクリーンに残ったのは、文字化けした意味不明な羅列だけだった。会場が一気にざわつく。汐音は顔色を変え、取り乱したようにキーボードを叩き続けた。額には冷や汗が浮かんでいる。「どうして……?さっきまでちゃんと動いていたのに。これ、端末のほうに問題があるんじゃないですか?」審査委員長は厳しい顔で立ち上がった。「神谷さん、これが御社のコア技術ですか?こちらが用意した検証用の攻撃コードすら防げないとは、審査の場を何だと思っているんですか」将希が立ち上がり、壇上へ上がった。「あり得ません!弊社の技術は業界でも最先端です。そちらの検証環境に問題があるはずです!」審査委員長は冷ややかに返した。「高瀬社長、こちらの検証環境は何度も確認を重ねています。先ほどまでの数社は、いずれも問題なく通過しました。開始直後に停止したのは、御社だけです」審査委員長は大型スクリーンへ目を向けた。「それだけではありません。御社のシステムには、基本となる認証キーすら入っていない。これでは、業界内で笑いものになってもおかしくないレベルです」将希はその場で固まった。すぐに汐音へ目を向ける。「キーはどうした?真央から受け取ってないのか?」汐音は今にも泣き出しそうな顔で、配信用のカメラのほうを指さした。「分かりません!真央さんから渡されたUSBには、これしか入っていなかったんです。きっと私を陥れるために、わざと不完全なものを渡したんです!」将希は震える手でスマホを取り出し、私に電話をかけてきた。配信画面の中で、将希の顔は怒りに歪んでいる。私のスマホに、将希からの着信が表示された。私は画面を見下ろし、応答せずに着信を切った。そのまま、将希の番号をブロックする。画面の向こうで、将希は何度もかけ直していた。けれど電話はつながらず、彼の顔はみるみる険しくなっていった。そのとき、主催側の責任者が客席側から壇上へ上がり、マイクを取った。「高瀬社長。今回の入札において、御社には、提出された技術内容に虚偽があった疑いがあります。これ以上の審査継続は不可能と判断し、御社の入札資格を取り消します。また、事前に締結され
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第6話
私は搭乗ゲート近くのソファに座っていた。そこへ、将希が乱れた足取りで現れた。汐音も息を切らしながら、その後ろに続いている。将希は服も髪も乱れ、目元まで赤くなっていた。私の前に来るなり、彼は乱暴に手首をつかんできた。「真央、どこまで俺を困らせれば気が済むんだ。十億円だぞ。あんな違約金、払えるわけないだろ」私はその手を振り払った。「彼女を連れて入札に出たのは、あなたでしょう。私には関係ないわ」将希の顔が怒りに歪んだ。「結局、腹いせかよ。俺がファーストクラスを汐音に回したことも、スイートに泊めたことも気に入らなかったんだろ。だから、わざと不完全なものを渡したんだ」私は隣に置いていたバッグを手に取った。「どう思うかは勝手よ。入札はもう終わったんだから、あなたたちも帰ったら?」立ち上がろうとした私の前に、将希が回り込んだ。彼は声を少し落とした。「嫉妬してるんだろ。俺に腹を立ててるのも分かってる。俺はただ、汐音に経験を積ませたかっただけだ。ここまでやらかすなんて思わなかった。今から一緒に戻ってくれ。使用許諾の撤回を取り下げてくれたら、汐音はすぐに会社から外す」汐音は顔をこわばらせ、縋るように将希の腕をつかんだ。「社長、そんな……私は社長のために壇上に立ったんです」将希はその手を乱暴に振りほどいた。「黙ってろ。今はお前の話じゃない」彼はまた私を見た。さっきまでの怒りが消え、今度は縋るような目をしていた。「真央、七年だぞ。俺たち、七年も一緒にいたんだ。俺の会社がこのまま終わるのを、本当に見捨てるのか?認証キーを渡してくれ。お前が望むことなら、何でもするぞ。家に帰ろう。もう一度やり直そう。な?」そう言って、将希は私に手を伸ばしてきた。私は身を引いて、その手を避けた。「将希、私たちはもう終わったの。離婚協議書は、弁護士からあなたに送ってもらったわ」将希は一瞬、言葉を失った。だがすぐに声を荒げる。「離婚?勝手に決められると思うなよ。真央、忘れたのか?登記上の代表者はお前になってるんだぞ。会社が潰れれば、十億円の違約金だってお前に請求がいく。自分だけ無関係でいられると思うなよ」そこで汐音が、横から口を挟んだ。口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。「真央さん
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第7話
騒ぎに気づいた警備スタッフが、こちらへ近づいてきた。「お客様、何かお困りでしょうか」私は将希と汐音に目を向けた。「この二人、搭乗券もないのに、さっきから私につきまとっているんです。外へ出してもらえますか」警備スタッフはすぐに将希の前に立った。「お客様、搭乗券を確認させていただけますか」将希は警備スタッフの手を振り払おうとした。「離せ!俺は夫だぞ!夫婦の話に口を出すな!真央、あとで後悔しても知らないからな!」警備スタッフたちは将希を取り押さえ、そのまま連れていった。汐音はその隙に身を翻し、人波の中へ消えていった。将希は彼女の背中に向かって叫んだ。「汐音!待て、どこへ行く!」私はスーツケースを引き、搭乗口へ向かった。背後から、将希の声が追いかけてくる。「真央、頼む。考え直してくれ。俺が悪かった。だから一度だけ話を……!」私は振り返らなかった。搭乗口で搭乗券をかざすと、短い電子音が鳴った。……私はスーツケースを引き、空港を出た。数日後、私は白見原市のステラテクノロジーズにいた。大学時代の友人が代表を務めている会社だ。応接室でお茶を飲んでいると、廊下のほうが急に騒がしくなった。「中に入れろ!真央がここにいるのは分かってるんだ!」乱暴にドアが開き、将希が汐音を連れて踏み込んできた。将希の服は薄汚れ、目は血走っていた。私の前まで来るなり、彼はテーブルを強く叩いた。その衝撃でカップが揺れ、お茶がテーブルにこぼれた。「真央、いつまでこんなことを続けるつもりだ。こっちが必死に探し回ってる間に、こんなところで優雅にお茶かよ」私は黙ってカップを置き、濡れたテーブルをティッシュで拭いた。「私に何の用?」将希は汐音を前へ引きずり出し、その場に膝をつかせた。「謝れ」汐音は悔しそうにうつむいたまま、私と目を合わせようとしなかった。将希はそんな汐音を見下ろし、苛立ったように言った。「連れてきた。こいつに土下座でも何でもさせる。それで気が済むだろ。気が済んだなら、今すぐ俺と会社に戻って、違約金の件を何とかしてくれ」私は膝をついた汐音を見下ろした。ここまで来ても、将希はまだ自分の都合しか考えていないらしい。「あなたたちが十億円を払うことになっても、私には困る理由が
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第8話
将希は血走った目で私のパソコンバッグに手を伸ばしてきた。「その中身を渡せ!あの技術は俺のものだ!」私は身をかわし、そのまま将希を押しのけた。「真央、俺はお前の夫だぞ。ここまでして、ただで済むと思うなよ!」私は警備スタッフに目を向けた。「この二人を外へ出してください」警備スタッフが将希を出口へ連れていこうとする。将希は抵抗し、ドア枠にしがみついて離れようとしなかった。警備スタッフの手を振りほどいた将希は、縋るように私を見た。「真央、昔のことまで忘れたのか?俺たち、あんなに苦労してきただろ。起業したばかりの頃なんて、電気代すら払えなかった。二人で一枚の布団にくるまって、寒さをしのいだじゃないか。どれだけつらくても、二人で乗り越えてきた。そうだろ?」見慣れた顔のはずなのに、今はただ気持ち悪かった。「今のあなたは、十分いい暮らしをしているでしょう。高級スーツを着て、愛人を連れてファーストクラスに乗って、エグゼクティブスイートに泊まって。それが、あなたの欲しかった生活じゃないの?」将希は必死に首を振った。涙が私の足元に落ちる。「違う。俺はただ、疲れていただけなんだ。汐音はただの秘書だ。少し話を聞いてくれる相手だった。それだけだ。俺が本当に愛してるのは、ずっとお前だけだ!」将希は首元からネックレスを引っ張り出した。チェーンには、安物の銀の指輪が下がっていた。「見ろ。お前がくれた指輪だ。俺はずっと肌身離さず持ってた。もう一度やり直そう。な?」警備スタッフに止められていた汐音が、そこで声を上げた。「社長、何言ってるんですか!昨日の夜、ベッドで言ってくれたじゃないですか。私が一番だって。真央さんのことは、使えないおばさんだって!」将希は汐音をにらみつけた。「黙れ!」そしてすぐに、また私にすがった。「真央、汐音とは本当に何でもない。ただの気の迷いだったんだ。今回のことさえ何とかしてくれたら、これからは何でもお前の言う通りにする」私は身をかがめ、将希の手から銀の指輪を取った。将希は一瞬、息を止めたように私を見た。引きつった口元に、ぎこちない笑みが浮かぶ。私は窓際へ歩き、窓を開けると、その指輪を力いっぱい外へ投げ捨てた。銀色の輪は眼下の車の流れに紛れ、すぐに見えな
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第9話
汐音は将希の腕を振りほどき、逆に彼を突き飛ばした。「私がデタラメを言ってるっていうんですか?太ももの内側にあるほくろの位置まで知っているのに、まだしらばっくれるつもりですか?会社が危なくなった途端、私のお腹の子を使って真央さんに取り入ろうとするなんて……都合がよすぎますよ」将希は床に座り込み、顔を覆って泣き崩れた。二人が互いに責任をなすりつけ合う姿は、滑稽でしかなかった。私はスマホを取り出し、二年前の検査報告書を画面に出して、将希の前へ差し出した。「よく見て」将希はのろのろと顔を上げた。画面に映った文字を見た途端、呼吸が止まったように固まる。「無精子症……?」私はスマホを戻し、将希を見下ろした。「二年前、あなたの検体をこっそり検査に出したの。医師からは、あなたに生殖能力はないと言われた。あなたを傷つけないように、私はずっと自分のせいにしてきた。卵管閉塞だって言ってね。彼女のお腹の子が誰の子であっても、あなたの子ではあり得ない」将希は何も言えず、ただ呆然と私を見上げていた。その横で、汐音が笑い出した。最初は小さく、やがてこらえきれないように声を上げる。「聞きました? あなた、子どもを作れない体だったんですね。私のお腹の子、最初からあなたの子なんかじゃありませんよ」将希は顔色を変え、汐音につかみかかった。「殺してやる!」二人はその場でもみ合いになった。将希が汐音の髪をつかむと、汐音も必死に将希の顔へ爪を立てた。警備スタッフが駆け寄り、二人を引き離した。汐音は乱れた髪も気にせず、口元の血を拭って笑った。「ついでに教えてあげます。会社の口座に残っていた最後の運転資金、四千万円はもう別の口座に移しました」将希の顔がこわばった。「……何だと?」汐音は勝ち誇ったように笑った。「あなたにはもう何も残っていません。十億円の違約金どころか、利息だって払えないでしょうね」将希がまた汐音に向かっていこうとした、そのときだった。廊下から複数の足音が近づいてくる。応接室に入ってきた二人の警察官が、警察手帳を示した。「神谷汐音さんですね」汐音の笑みが、その場で凍りついた。「……はい」警察官の一人が淡々と告げた。「会社資金の不正な移動について、お話を伺いたいことが
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第10話
「あの女は、わざとデモを失敗させたの。あなたに違約金を背負わせて、会社を潰すために」将希は唇を震わせた。何か言おうとして、結局何も言えなかった。「私は何度も忠告したわ。彼女は信用できないって。でもあなたは、彼女に頼られる自分に酔って、何も見ようとしなかった。彼女を守るためなら、私を追い出すことさえ平気だった。結局、何もかも自分で手放したのよ」将希は苦しげにうめき、その場で頭を抱えた。「違う……俺は、俺は……!真央、俺が愚かだった。あの女に騙されてたんだ!」彼は私の足元ににじり寄り、床に額をつける勢いで頭を下げた。「頼む。その先生に掛け合ってくれ。もう一度だけ、俺にチャンスをくれ。助けてくれるなら、会社の株も経営権も、全部お前に渡す。俺は何も持たずに出ていく!」私は伸びてきた手をかわした。「もう遅い。先生はもう、この案件をステラテクノロジーズに任せると決めているわ」将希は呆然と私を見上げた。「……ステラに決まったのか?」その声には、もう力がなかった。それでも将希は諦めきれないのか、床に手をついたまま何度も頭を下げた。額が床に擦れ、赤く滲んでいく。やがて彼は、私の足元にすがりついた。「真央、頼む。俺が間違ってた。もう一度だけ、チャンスをくれ。会社の株も経営権も、全部お前に渡す。俺は何も持たずに出ていく。これからは全部、お前の言う通りにする!」私はその手を振りほどいた。「今のあなたに、私のそばにいる資格なんてない」そのとき、将希のスマホが鳴り出した。床に落ちたスマホの画面には、取り立て屋の名前が表示されていた。違約金を工面するため、彼は闇金から巨額の金を借りてしまった。将希はそれを見たまま、手を伸ばそうともしなかった。耳障りな着信音だけが、静まり返った応接室に響き続けていた。将希はしばらく床に落ちたスマホを見つめていたが、やがて震える手でそれを拾い上げた。通話ボタンに触れた途端、荒々しい男の声が部屋中に響く。「どこに隠れてやがる?! 十億円の用意はできたんだろうな!」将希は顔を真っ青にし、スマホを耳から離した。「金なんてない……そんな金、用意できるわけないだろ!」私はもう相手にする気もなく、応接室を出ようとした。将希が慌てて私に手を伸ばしたが、そ
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