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第865話

Author: 藤原 白乃介
その一言で結衣は言葉を失った。

誠健の冷たい眼差しを見つめながら、声も出せずに立ち尽くす。

なんだろう、この違和感。兄がいつもと違う……まさか、疑われてる?

結衣はおどおどと口を開いた。

「お兄ちゃん、なんでそんな目で見るの?私、看護師のお姉さんから聞いただけで……何か変なこと言った?」

誠健は鼻で笑った。

「別に。たださ、お前みたいなお嬢様が、他人の家庭の事情に首突っ込むなんて珍しいなと思って」

「だって、咲良と同い年だし、同じ病気にもなったし……たぶん、同じ苦しみを分かち合えるっていうか」

誠健は数秒、じっと彼女の顔を見つめたあと、ぽつりと呟いた。

「治ったら芸能界でも行ってみろよ。お前、向いてると思うぜ」

この演技力、オスカー賞が取れるものだな。

結衣は疑う様子もなく、にこっと笑って答えた。

「お兄ちゃんがそう言うなら、行くよ。全部お兄ちゃんに任せる」

「さて、もう特に何もないだろ。家に帰るぞ」

兄に迎えに来てもらえたことが嬉しくて、結衣は一瞬も迷わず頷いた。

ただ、まさかあんな光景が待っているとは思いもしなかった。

玄関ホールに足を踏み入れた瞬間、執事と恭介が床にひざまずいているのが目に飛び込んできた。

結衣の胸がドクンと鳴り、足が止まった。

もしかして……兄が何か気づいた?

誠健は彼女の顔色を見て、低く笑った。

「怯えることはない。やらかしたのはあいつらだ。お前じゃない」

結衣は驚いたふりをして言った。

「えっ、でも彼らはもう罰を受けたんじゃなかったの?まさか、お兄ちゃん、まだ許してないの?それとも……私が関係してるって思ってる?」

誠健は唇に冷たい笑みを浮かべた。

「関係あるかどうかなんて、見ればわかるだろ」

そう言って、ゆっくりとリビングへと歩を進めた。

石井お爺さんは二人が入ってくるなり、すぐに結衣の手を取り駆け寄った。

「よかった、よかった……無事で何よりだ。お前がいなくなったら、爺ちゃん心臓止まるところだったよ」

結衣は愛らしく笑いながら答えた。

「お爺ちゃん、私は大丈夫。お兄ちゃんが助けてくれたおかげで、死なずにすんだんだよ」

「バカ言うな、生き死にの話なんかするな。君は爺ちゃんの宝なんだぞ。君が死んだら、爺ちゃんも一緒に死ぬわ」

その言葉に、結衣の目に涙がにじんだ。

石井お爺さん
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