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縁語り其の百七十二:さよならの祈り

Auteur: 渡瀬藍兵
last update Dernière mise à jour: 2025-08-05 20:19:14
まるで何かに導かれるように、あなたは、ふらりと、山道の奥深くへと歩き出した。

その覚束ない背中を、私はただ、追いかける。

やがて、開けた場所に、そのお方はいた。

──琴音様。

呪いの元凶であり、そして、最初の犠牲者。文献に伝えられている生前の姿で、彼女は静かに悠斗君の前に佇んでいた。

そこで私は、今まで一度も見たことのないあなたの顔を見たんだ。

憎悪とでも言うべき、燃え盛る怒りの表情。氷のように冷たく、鋭い言葉。

あなたが、琴音様を激しく責めている。

分かっていたはずなのに。琴音様もまた、「被害者」だったって言うことを。

でも……あなたは、その悲しみに寄り添うことを、拒絶していた。

きっと……私が死んでしまったことで、あなたの中で何かが、決定的に壊れてしまったんだよね……。

「悠斗君……」

届かない。

分かっていても、名前を呼ばずにはいられなかった。

その時だった。琴音様が、ふ、と私に視線を向けたのは。

彼女がかざした手から放たれた、碧く、温かい光が、私の身体を優しく包み込んでいく。

……悠斗君が、私を見ている。

驚きに見開かれた、その優しい瞳で、まっすぐに。

そして、その光の中で──私は、君と再会できた。

「……み……こと……」

掠れた声で、あなたが、私の名前を呼んでくれた。

私のことを、ちゃんと、見てくれていた。

               ***

──悠斗君。

これが、私の「すべて」。

あなたに出会う前、私は、何のために生まれてきたのか分からなかった。

でも、あなたがそれを変えてくれたの。

何気ない日常。二人で過ごした、穏やかな時間。そのすべてが、空っぽだった私の世界を彩る、かけがえのない宝物になったんだ。

もう、あなたは私の全部を見てくれたもんね。

きっと、もう知ってるよね。

一人にして、ごめんなさい。

私を、好きになってくれて──本当に、ありがとう。

私は……あなたと出会えて、心から、幸せでした。

あぁ……もっと……もっと、生きたかったなぁ……。

普通の生活を、送りたかった……。

あなたと、人生を……ううん、生涯を、共にしたかった。

ふふ……ごめんね、最後の最期で、こんな感情を見せてしまって……。

あなたのことを考えると、「やりたかったこと」が次から次へと溢れてきて……もう、自分で
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