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22.噂もまた目印となる

작가: 渡瀬藍兵
last update 게시일: 2026-07-31 19:00:00

 それから僕は、昼休みのほとんどを費やして、ようやく月瀬さんを見つけ出した。

 彼女がいたのは、校舎の裏手にある小さな中庭だった。

 古びた木製のベンチに腰かけ、木漏れ日の下で静かに過ごしている。

「つ、月瀬さん……。ようやく見つけた……」

 僕は乱れた呼吸を整えながら、額に浮かんだ汗を袖で拭った。

 校舎中を走り回ったせいで、足まで少し痛い。

「先輩? どうされたのですか?」

「あっ、えっと……」

 月瀬さんが不思議そうに僕を見上げる。

 さて、どう答えよう。

 翔太から、君が別の心霊スポットで目撃されたと聞いて、それが気になったから捜していた――。

 正直にそう言うのは、いささか無遠慮ではないだろうか。

 彼女がどこで何をしていようと、本来なら僕が口を挟むようなことではない。

 咄嗟に、僕は別の言葉で取り繕った。

「その……月瀬さんに、会いたくなってさ」

「…………」

 口にしてから気づいた。

 これは――まずい。

「……えっ?」
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    『―――』 何かが、聞こえる。 囁いているような。 それとも、声を押し殺して泣いているような。 けれど、何を言っているのかまでは聞き取れない。 ざらざらとしたノイズが声へ重なり、僕に言葉を聞かせまいとしているようだった。「先輩、大丈夫ですか?」 美琴の声に、僕は耳元を押さえた。「……囁き声が、さっきからずっと耳を離れないんだ」「おそらく、この場所に染みついた思念の残滓ですね」「この声も、痕跡なの……?」「はい。その方が何度も繰り返した言葉や、最期まで伝えられなかった想いが、音として残ることもあります」 僕はもう一度、耳を澄ませた。 水滴の落ちる音。 濡れた地面を踏む、僕たちの足音。 その隙間に、微かな声が混ざっている。『――……さい』「……さい?」 何かを伝えようとしている。 意味までは分からなくても、それだけは感じ取れた。 もう少しだけ集中すれば、聞き取れるかもしれない。 そう思ったとき、美琴が僕の制服の袖を軽く引いた。「先輩。今は、これ以上聞かない方がよろしいかと」「えっと……この囁きを?」「はい。私たちはまだ、この方がどのような御魂なのかを知りません」 美琴は霧に覆われた前方へ視線を向けたまま、声を潜めた。「可能性は低いと思いますが、御魂の中には、ごく稀に呪詛を紡ぐ方もいます。言葉を最後まで聞き取り、その意味を認識したことで、聞いた者と呪いが結ばれてしまう場合もあるのです」「……呪詛」 なんて恐ろしいことを、さらりと言ってのけるんだ。 僕は囁き声へ意識を向けるのをやめ、前を歩くことだけに集中した。 というか――。 それにしても、このトンネルは長すぎないだろうか。 もうかなり歩いたはずなのに、出口は一向に近づいてこない。 振り返れば、入口は霧の向こうで小さな光の点になっていた。けれど前方に見える出口も、ほとんど同じ大きさのままだ。 少なくとも五百メートル近くは歩いている気がする。 壁一面には黒ずんだ苔が生え、天井

  • 縁が結ぶ影   23.風鳴トンネル

     そして――。「これが……風鳴トンネル」 僕は小さな山の麓に立ち、目の前にぽっかりと開いた暗闇を見つめていた。 古びたコンクリートの入口には、蔦が何本も絡みついている。錆びついた標識は文字が読めないほど色褪せ、道の両脇から伸びた雑草が、ひび割れた路面を覆い隠していた。 まだ太陽は出ている。 それなのに、山の影に覆われたこの場所まで光はほとんど届いていない。空気は湿り気を帯び、春の半ばとは思えないほど冷たかった。 人が寄りつかなくなった場所というのは、それだけでこんなにも暗く見えるものなのだろうか。 僕は、月瀬さん――いや、美琴に連れられ、彼女が訪れていたという心霊スポットへやって来ていた。 中庭で話したあと、美琴からこう尋ねられたのだ。『もし…気になるのでしたら、先輩も一緒に来られますか?』 怖くないわけじゃない。 むしろ、心霊スポットなんて今でも苦手だ。 それでも僕は、彼女の誘いを断らなかった。 そして僕たちの関係も、あの病院で出会ったときから、ほんの少しだけ変わっていた。『先輩。私のことは、美琴と呼んでいただいて構いませんよ』 そう言われたときは、返事に困った。 後輩と先輩。 霊が視えるという共通点があるだけの二人。 そこから何に変わったのかと聞かれても、僕にはまだうまく答えられない。 ただ、もう互いに何も知らない他人ではなかった。 だから僕は、彼女を月瀬さんではなく、美琴と呼ぶことにした。「ええ。ここが、風鳴トンネルです」 美琴は暗い入口を見つめたまま答えた。「ここに、強い後悔を抱えた方が彷徨っています。ですが……今は姿が見当たりませんね」「いないって、どういうこと?」「地縛霊だからといって、必ずしも一つの場所からまったく動けないわけではないのです」 美琴はトンネルの前へ歩み寄り、静かに辺りを見回した。「縛られる範囲には個人差があります。このトンネルそのものに縛られる方もいれば、この山一帯や、亡くなったときの記憶に縛られる方もいます。範囲の中を彷徨ったり、一時的に離れたりできる御魂もいるのですよ」「地縛霊なのに、動けるんだ……」「はい。ただし、現世との繋がりが残っている限り、どれほど離れても、いずれ縛られた場所へ戻されてしまいます」 地縛霊だから、一歩も動けない。 そんな単純なものではないらしい。

  • 縁が結ぶ影   22.噂もまた目印となる

     それから僕は、昼休みのほとんどを費やして、ようやく月瀬さんを見つけ出した。 彼女がいたのは、校舎の裏手にある小さな中庭だった。 古びた木製のベンチに腰かけ、木漏れ日の下で静かに過ごしている。「つ、月瀬さん……。ようやく見つけた……」 僕は乱れた呼吸を整えながら、額に浮かんだ汗を袖で拭った。 校舎中を走り回ったせいで、足まで少し痛い。「先輩? どうされたのですか?」「あっ、えっと……」 月瀬さんが不思議そうに僕を見上げる。 さて、どう答えよう。 翔太から、君が別の心霊スポットで目撃されたと聞いて、それが気になったから捜していた――。 正直にそう言うのは、いささか無遠慮ではないだろうか。 彼女がどこで何をしていようと、本来なら僕が口を挟むようなことではない。 咄嗟に、僕は別の言葉で取り繕った。「その……月瀬さんに、会いたくなってさ」「…………」 口にしてから気づいた。 これは――まずい。「……えっ?」 月瀬さんが目を丸くし、自分の胸元へ指を向ける。「会いたかった……のですか? 私に?」 やはり、とんでもない誤解を招いてしまった。 少しどころではない。かなりだ。 けれど、嘘ではない。 そう、嘘ではないのだ。 彼女の力について知りたかったし、話したいこともあった。だから、月瀬さんに会いたかったこと自体は間違っていない。 意味合いが、受け取る人によって大きく変わってしまうだけで。 そう自分へ言い聞かせても、急に顔が熱くなってきた。「え、えっと、ごめん! 変な意味じゃなくて……!」 ――変な意味って、どんな意味だよ。 自分で言っておきながら、心の中で自分へ突っ込む。「その……霊について、もう少し教えてほしいと思って」「……ああ、なるほど」 月瀬さんは納得したように、小さく息を吐いた。「申し訳ありません。少し勘違いをしてしまいました」「あはは……。紛らわしい言い方をした僕が悪いよ」「それで、何をお知りになりたいのでしょ

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  • 縁が結ぶ影   20呪われた巫女

     最後の光が消えてから、どれほどの時間が流れたのだろう。  僕は天井を見上げたまま、しばらく動けずにいた。  誠也くんたちが昇っていった場所には、もう何もない。ひび割れた天井と、長い年月をかけて広がった黒い雨染みが残されているだけだ。  それでも、あの白い光はまだ瞼の裏に焼きついていた。 「先輩、お疲れさまでした」  隣から聞こえた声に、ようやく顔を向ける。  月瀬さんは神楽鈴を鞄へ戻すところだった。涙の跡が頬に残り、肩もわずかに落ちている。声は普段と変わらなかったけれど、その顔には隠しきれない疲れが滲んでいた。 「月瀬さんこそ。僕は……何もしてないけどね」  自分でも困るくらい、乾いた笑いが漏れた。  誠也くんを見つけたのも、凍りついていた心を解いたのも、最後に家族のもとへ送り届けたのも、すべて月瀬さんだ。  僕はただ、その隣で見ていただけだった。 「いいえ」  月瀬さんは鞄を閉じる手を止め、まっすぐ僕を見た。 「『かくれんぼをしよう』と、最初に提案してくださったのは先輩です」 「でも、月瀬さんには分かってたんでしょ? 誠也くんが、本当は見つけてほしがってたこと」 「想いを読み取れることと、その子に必要な手を差し伸べられることは、同じではありません」  月瀬さんは、誠也くんが眠っていたソファへ目を向けた。 「私は誠也くんを、救うべき御魂として見ていました。けれど先輩は、私の言う通り寂しくて誰かと遊びたがっている、ひとりの男の子として見てくださった」 「それは……」 「術で魂の縛めを解くことはできます。ですが、閉ざされた心を無理に開くことはできません。最後にこちらの手を取るのは、その御魂自身です」  そこで、月瀬さんは再び僕を見た。 「誠也くんが私たちを信じ、手を伸ばしてくれたのは、先輩が一緒に遊んでくださったからです。それに、最後にかけた言葉も――あの子が自分の人生を受け入れるために、必要なものでした」 「でも、僕じゃなくても……」 「どうか、『僕でなくてもできた』と、ご自分のしたことまで消してしまわないでください」  柔らかな声だった。  それなのに、今度は言い返せなかった。  僕の言葉を聞いたときに浮かべた、誠也くんの笑顔を思い出す。  僕が自分の言葉を否定してしまえば、あの子が受け取ってくれた想いまで嘘に

  • 縁が結ぶ影   19.祈り奉る

    ──櫻井悠斗── 「……あ」  止まっていた呼吸を思い出したように、僕は大きく息を吸った。  鼻の奥に、古い埃と湿った壁の匂いが戻ってくる。  白く清潔だった病室は消え、代わりに見えたのは、ひび割れと黒い染みに覆われた院長室の天井だった。  誠也くんの泣き声が、まだ耳の奥に残っている。  隣へ顔を向けると、月瀬さんは声もなく泣いていた。  伏せられた睫毛から雫が落ち、膝の上で眠る誠也くんの頬を濡らしている。それでも彼女は涙を拭おうとせず、唇を固く結んだまま、その小さな顔を見つめ続けていた。  ……なんだったんだ、今のは。  誠也くんの過去が理解できなかったわけじゃない。  むしろ、分かりすぎてしまった。  僕自身が嗅いだはずのないお母さんの匂いも、触れたはずのない木彫りの犬の凹凸も、思い出そうとすれば鮮明によみがえる。  ただ映像を見せられたんじゃない。  まるで僕自身が彼の人生の一部を生きたかのように、その寂しさも、苦しさも、この身に――いや、魂にまで刻み込まれている。  僕が理解できなかったのは、そんなものを他人へ見せた月瀬さんの力だ。  霊能力者。  巫女。  それを聞いてなお、今起きた出来事が現実だとは信じきれなかった。  幽霊が見える僕でさえ、他人の過去を、その痛みごと追体験するなんてあり得ないと思う。  それでも、この胸に残る痛みだけは偽物じゃない。  僕はもう、誠也くんがどれほど家族に会いたかったのかを知ってしまった。 「月瀬さん……今のは……」  沈んだ声で尋ねると、月瀬さんは濡れた睫毛を伏せた。 「先輩。お話は、すべてが終わったあとで」  わずかに震えていた声が、次の言葉では静かに整えられる。 「今はまず、誠也くんを送り届けなければなりません」 「送り届ける……?」 「私たちが彼の過去を見届け、その想いを受け取ったことで、誠也くんをこの場所へ縛っていた未練は完全に解けました」  月瀬さんは誠也くんをそっと抱き上げると、膝の隣――古びたソファの上へ優しく寝かせた。 「彼がここで生きていたことを、私たちは知りました。もう、ひとりで記憶を抱えて、この場所に留まり続ける必要はありません」  それから、傍らに置いていた鞄を開く。 「これより、誠也くんの御魂を、在るべき場所へとお還しします」  鞄

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