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ヒロインと悪役令嬢

last update publish date: 2025-10-16 15:51:34

「……どうして、私なんかを庇ったんですか?」

 思わず口をついて出た言葉に、アプリルは手を止めてこちらを見た。

「”なんか”ではありませんわ。誰であれ、理不尽に笑われる筋合いはありませんので」

「でも……私はヒロインだから、試練に耐えるのが当然で……」

 アプリルは使っていた掃除用の布をポケットに入れて、静かに首を振った。

「ヒロインという言葉にどういう意味を持つか知りませんし、試練を美化するのは勝手ですけれど、それを理由に人の尊厳を踏みにじって良い道理はありませんわ」

 その声音には棘があった。

 胸の奥がざわつく。

(……やっぱり、私達は相容れない。だって私はで、貴女は破滅したとはいえ……)

 言葉を飲み込み、私は笑って誤魔化すしかなかった。

 でもその日を境に、彼女の存在が心のどこかで引っかかり続けた。

 混乱と驚きでいっぱいだった。

 ゲームと違っている事が、次々と目の前に現れる。

 同じストーリーを描いている、そう思っていたのに……

 でも、その日から少しずつ、アプリルとの距離が近づいていった。

 掃除の時、彼女が重そうにバケツを持っているのを見て、私は思わず声をかけた。

「アプリル、持ちますね」

「結構ですわ。これは私の仕事ですから」

 きっぱりと言いながらも、手を滑らせて少し水が零れていた。

 やっぱり重そうなんだ。

「……あら、少し手を貸してくださる?」

「はい!」

 ほんのわずかな頼みに、胸が弾んだ。

 別の日には、休憩室で彼女と向かい合ってお茶を飲んだ。

 質素な茶器でも、アプリルは背筋を伸ばし、優雅にカップを持っていた。

「庶民のお茶も、悪くはありませんわね」

 皮肉めいた口調の裏に、どこか柔らかさがあった。

「……ありがとうございます」

「何がですの?」

「こうして一緒に……」

「ふふ、奇妙なお方」

 アプリルは笑い、窓辺の光を受けて赤い瞳がわずかに揺れた。

 そんなやり取りを重ねるうち、私は確かに彼女との距離が縮まっているのを感じた。

 けれど、どこかで思ってしまう。

(……でも、釣り合っていない。だってヒロインは私で、アプリルは破滅済みの悪役令嬢。これは友情じゃない、ただの気まぐれ……)

 お茶の温もりに心をほぐされながらも、心の奥でそんな言い訳を繰り返していた。

 ああ、早く王子と出会わないかな。

 私はヒロインなんだから。

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