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第19話(6)

Author: 北川とも
last update publish date: 2026-03-10 08:00:42

 寿司屋を出ると、コートの襟を直す秦に向けて和彦は、頭を下げる。

「忙しいだろうが、今日頼んだ件、よろしく頼む」

 澤村と会う日時は、仕事帰りに気安く友人と会うという演出のために、二月四日の夕方を考えている。その日は火曜日だが、それ自体に意味はなく、仕事が休みで時間がある土日に、じっくりと腰を据えて話し合う状況を避けたかったのだ。

「先生から頼み事ごとをされて喜んでいるんですから、頭なんて下げないでください」

 和彦は頭を上げると、そっと微笑みながら今度は礼を言う。

「今晩は、ありがとう。美味しかった」

「先生には、わたしの店選びを信用してもらっているようなので、気合いが入ります」

 一瞬、そんなことを秦に話したことがあっただろうかと考えたが、次の瞬間には、ああ、と声を洩らす。和彦が中嶋に話した内容が、秦に伝わったのだ。

「中嶋が先生の部屋にお邪魔して、もてなしてもらったそうなので、今晩の食事はそのお礼です」

「……もてなしても
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