Home / BL / 血と束縛と / 第36話(10)

Share

第36話(10)

Author: 北川とも
last update publish date: 2026-06-20 14:00:18

*

*

 綾瀬が側についてくれていたおかげで、特に問題もなく時間を過ごした和彦は、昼を過ぎてから暇を告げる。しっかりと手土産を持たされて、敷地内にある駐車場へと案内されていると、途中で玲を見かけた。

 手にしたスマートフォンと周囲を交互に見ており、何かを捜している様子だ。咄嗟に声をかけようとした和彦だが、どう呼びかけるべきなのか逡巡した。

「――玲、くん」

 大きな組織の幹部と同じ姓を、気安く呼ぶのに気後れしていた。玲は、訝しげにこちらを見て、居心地悪そうな表情を浮かべる。

「すげー、呼びにくそうですね、俺の名前」

 小走りで駆け寄ってきた玲の開口一番の言葉に、和彦は乾いた笑いを洩らす。

「なんと呼んでいいのか、ちょっと迷ったんだ。君のお父さんと区別するために、名前のほうがいいかなって」

「うちの地元じゃ、礼儀正しく『くん』や『さん』付けで呼んでくれる人間なんていませんから、一瞬誰のことかと思いました」

 ふと和彦はあることに気づき、軽い周囲を見回す。玲が、組長の息子である
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 血と束縛と   第49話(44)

    **** 鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌ぶりで、賢吾が足の爪に触れている。和彦は、自分の足の爪ではなく、賢吾の顔を見ていた。 ベッドに腰掛けた和彦に対して、賢吾は床に座り込む姿となっている。やや高い位置から賢吾を見下ろす格好となっており、この角度は新鮮だ。「……改めて言うまでもないけど、ぼくは痛いのは嫌だからな」「俺も、大事で可愛いオンナを痛めつける趣味はない。まあ、ときどき、妙な気分になるときはあるが――」「おい」 冗談だと、賢吾が低い笑い声を洩らす。親指の爪に爪切りが当てられるとさすがに身が竦み、自分の足先を凝視する。これは本能的なものなので、信頼とは別の話だ。 パチン、パチンとゆっくりと爪が切られていく中、和彦は賢吾の足の爪を切ったときのことを思い返す。あのときの賢吾は身構えている様子はなく、ひたすら悠然としていた。怖くなかったのだろうかと、今になって聞いてみたくもある。「深爪にはしないでくれ」「わかってる」 応じる賢吾の声は笑いを含んでおり、何が楽しいんだかとやや呆れる。 丁寧に爪やすりをかけては、賢吾は何度も爪を撫でて感触を確かめている。ついでとばかりに足のマッサージまで始め、最初はただくすぐったいだけだったが、次第にそわそわとして落ち着かなくなってくる。足の指と指の間をまさぐられる感触は、慣れていない分刺激が強い。「……おもしろがってるだろ、あんた」「初心な反応をするお前が可愛くてな」「三十過ぎた男に、いい加減、『可愛い』はないだろ……」「覚悟しろよ。四十を過ぎても、五十を過ぎても言ってやるから」 ただの軽口だとわかっていながら、胸をつかれた。 最後の小指の爪まで切り終えた賢吾が、満足げに和彦の足先を撫でる。代わりに和彦は、賢吾の頭を撫でる。「ふふ、今のところぼくだけかもな。長嶺組組長の頭を堂々と撫でられるなんて」「ご利益があるぞ」 ベッドにひっくり返って和彦が爆笑していると、当然

  • 血と束縛と   第49話(43)

    「それじゃあ、次はどうやってお前を癒してやろうかな。――何かリクエストはあるか?」「いや、特には……」「よし、マッサージをしてやろう。何日か前に首を痛めてたようだしな」「あれは寝違えただけで、もうよくなった――」 今日はやたらサービス過剰な賢吾に、半ば強引に寝室に連れ込まれ、ベッドに放り出される。 和彦がバタバタと暴れていたのはわずかな間だった。うつ伏せにひっくり返された体に馬乗りになられると、もう抜け出す術がない。「……あんた、マッサージのやり方なんて知ってるのか? 素人が迂闊に揉み解しなんてやったら、かえって筋や筋肉を痛めるんだからな」「そこまで本格的なことはやらねーよ。俺だって、お前を壊したくない」 人の背に乗っかって恐ろしいことを言うなと、和彦は呆れてため息をつく。 おずおずと体の力を抜くと、まず賢吾の手が肩にかかる。すかさず指摘された。「肩、凝ってるぞ」 ぐっ、ぐっと肩を揉まれて声が洩れる。最初は少し痛いと感じたが、次第にその力加減が心地よくなってくるから不思議だ。首の付け根は優しく揉まれ、髪の付け根をまさぐられたときは、背筋にゾクリと疼きが駆け抜ける。 投げ出した両腕はおろか、てのひらまで丹念に揉まれたところで、賢吾の重みが移動して、今度は腰に手がかかる。「誰かにしてやってたのか? 上手すぎるんだが……」「気になるか?」 顔は見えなくても、この瞬間、賢吾がニヤニヤしているのは容易に想像できた。「大事で可愛いオンナを労わろうという気持ちが、伝わってるんだろうな」 聞こえなかったふりをして返事をしなかったが、かまわず賢吾はマッサージを続ける。腰を揉まれるだけでなく、背は指で押さえられながら、筋肉を解すように丁寧に動かされる。 全身を賢吾に委ねきったところで、あくまで世間話のようなさりげなさでふいに言われた。「――で、南郷と情を交わしたのか?」 鋭い刃を喉元に突き付けられようで、和彦は一瞬息を詰める。相変わらず賢吾の手は動き続け、そこに

  • 血と束縛と   第49話(42)

     本宅で笠野に作らせたというサンドイッチを和彦が食べている間に、賢吾はバスタブに湯を張り始めた。普段はあまり使わない入浴剤をいくつか出してきてテーブルに並べると、どれがいいかと和彦に選ばせる。そして、食事を終えたタイミングでバスタブに放り込み、ついでに和彦も放り込まれた。「ゆっくり温まってこい」 そんな言葉とともに。 わけがわからないと呟きながらも、他人が準備してくれた風呂にはありがたく浸からせてもらう。 全身を弛緩させ、ぼんやりと天井を見上げる。発汗作用のある入浴剤だったらしく、いつも以上に汗が噴き出してくるが、それが気持ちいい。 そういえば、ここ何日かはゆっくりと入浴する時間が惜しくて、ほぼシャワーで済ませていた。「不精を見抜かれたか……」 風呂の準備をしてもらったこと以上に、長嶺組組長をたっぷり待たせるという贅沢を味わいながら、和彦は時間をかけて全身を洗う。最後に冷たい水を浴びてさっぱりしてバスルームを出ると、なんと替えの部屋着まで用意されていた。「至れり尽くせりだ」 ダイニングのイスに腰掛けた和彦は、グラスで差し出された水を飲んで吐息を洩らす。賢吾は目の前でニヤニヤしていた。「……やけに今日はサービスがよくて、なんだか怖いんだが……」「俺はいつでも、お前にだけはサービスがいいだろ」「そうだったかなー」「物忘れがひどいのは、まだ疲れているせいだな」 白々しいことを言いながら賢吾はさっとドライヤーを取り出し、和彦の濡れた髪に温風を当て始める。髪を搔き乱していく指の動きが気持ちよくて、ますます体から力が抜けていく。「――……あんたこそ、忙しいんじゃないのか。ぼくが倒れても有能な人材が揃ってるからなんとかなるだろうけど、あんたの場合はそうもいかないだろ。しっかり休んでもらわないと、ぼくが組員たちから恨まれる」「俺が忙しいと、どうして思うんだ」 いつでも忙しそうにしているだろうと返すのは簡単だったが、和彦は自分の言葉を改めて考えてみる。なぜ、今の賢吾は

  • 血と束縛と   第49話(41)

    「本当に、平気なんだ。ただ疲れて横になってただけで……。ああ、昼を食べてないから、ちょっと低血糖かもしれない……けど、間違っても息が止まるようなことはないから」「お前は、放っておくと、勝手に弱ってそうな印象が強すぎる」 さすがにそこまではと言いかけて、まだ賢吾が怖い目を向けてくるので、やめておいた。「心配して、わざわざ来てくれたのか?」「仕事を終えたあとのお前が、いつになく疲れきっていたと報告を受けてな。――ここのところ、忙しすぎたか」 和彦は苦笑いを浮かべて首を横に振る。「その前に、ゆっくり過ごしすぎた。久しぶりの平常運転で、体がまだ慣れてないだけだ」 仕事が忙しくて目を回すなど、社会人の大半は経験しそうなことだ。少し過保護すぎだと思うが、わざわざ駆けつけてくれた賢吾の行動が嬉しくないわけではない。それどころか――。 賢吾がベッドに腰掛け、和彦の肩を抱き寄せてくる。素直に身を任せると、首筋に顔が寄せられた。「シャワーを浴びてないから、汗臭いと思う……」「なら、俺がよく知っている匂いだな」 賢吾の腹に拳を軽く入れてやった。「――……仕事以外で、気にかかることがあるんじゃねーのか」 魅力的なバリトンが耳に注ぎ込まれる。和彦は間近から賢吾の目を覗き込んだ。「南郷から無理難題でも――」「大丈夫。あの人との問題は、たぶん片付いた」 ほお、と賢吾が声を洩らし、両目に冷たい光を宿す。「どんな問題があって、どう片付いたのか、気になるな」「これについては、あんたは知らなくていい」「それは……おもしろくないな。俺のオンナが、俺の気に食わない男と一緒に隠し事をしてるってのは」 やはり南郷のことをそんなふうに思っているのかと、賢吾の声が怖い響きを増していく中、まずそれが気になった。和彦としても、別に南郷の好感度を上げてやろうなどとお人好しなことは考えていない。 賢吾の目を見据えたまま噛み締めるよう

  • 血と束縛と   第49話(40)

    **** クリニックが休みの土曜日、和彦はゆっくりと休養――とはならず、朝から働いていた。 トラブルからの暴力沙汰で怪我をした総和会の構成員二人の抜糸をしたまではよかったが、急患が出たといって別の現場に連行されたのだ。仲間内のケンカの弾みでという説明を受けたが、ベッドに横たわっていたのは見た目は少年と呼べそうな青年で、脇腹の切創でかなり出血していた。 総和会に名を連ねる組の組員とのことで、二十歳だとは言われたがかなり怪しい。ただ、全身に刺青が入った姿は、未成年・成人に関係なく、いかつい。 意識が朦朧とした状態でも、物騒なうわ言を呟き続けているのが、病院に連れて行けない理由なのだろうと、頭の片隅で推測しつつ処置をした。ただ、組員は一時かなり危険な状態だった。電話で様子を聞いたときに輸血パックの手配を頼んでおかなかったらどうなっていたか。紙一重という状態を医者の立場で味わった和彦は、緊張から貧血を起こしかけたぐらいだ。正直、手に余る患者だと言ってもよかった。 もっと経験豊富な医者にも駆けつけてほしいと頼んだ言葉が、お守りのようになっていた。 なんとか容態が持ち直し、駆け付けた他の医者にバトンタッチして外に出たとき、安堵からへたり込んだぐらいだ。このとき、時刻はとっくに昼を過ぎていた。 とにかく休みたいと自宅にマンションに戻る。冷や汗でぐっしょり濡れた服を着替えてから、シャワーを浴びる気力も体力もなく、ベッドに倒れ込む。指先が微かに震えていた。ここ最近、毎日がハードすぎないかと思ったが、こんな生活を選んだのは他でもない和彦自身だ。 さすがに今日はもう、どんな依頼が来ても受けられないし、そもそも外出をしたくない。和彦は手を伸ばし、その辺りに放り出したスマートフォンをたぐり寄せて電源を切る。メッセージの通知音も耳に入れたくなかった。 頭の中で、今日の術技が繰り返される。自分にできる限りのことはしたが、胃が締め上げられるような緊張感を味わうと、次こそ取り返しのつかない失敗をしでかしてしまうのではないかと怖くなるのだ。ここまで、そんな気持ちを一つ一つ踏み潰すようにして進み続けてきたが、きっとこの気持ちがなくなることは

  • 血と束縛と   第49話(39)

     南郷さんに、と付け加えても、三田村は表情は変えない。急に喉を乾きを覚えた和彦は、シードルをグラス半分ほど飲む。リンゴの爽やかな香りとともに、すっきりとした甘さが口腔に残る。飲みやすいが、もう少しアルコール度数が高めのワインを頼んでもよかったなと、少しだけ後悔する。一方の三田村は、車の運転があるため炭酸水だ。 バゲットを千切り、トマト煮のソースをつけてぱくりと頬張る。一通り料理に手をつけてから、和彦はさらりと切り出した。「三田村、後悔してないか?」「何について」「ぼくは……、あんたと初めて会ったときに比べて、ずいぶん変わった。自分で言うのもなんだけど、図太くて、逞しくなった。もともとズルい人間ではあったけど」 三田村は不思議そうに首を傾げる。「先生が変わったとして、どうして俺が後悔することになるんだ」「普通の……恋愛関係でもあるだろう? こんなはずじゃなかった、とか。こんな人間だとは思わなかったとか……」 三田村はため息に似た声を洩らした。「先生と俺は――、最悪な状態で知り合ったと言っていい」「うん……」 本当に最悪だったなと、自然と苦い表情になる。そんな和彦を見て、三田村は目元を和らげる。「そこから二人で、いろんなものを積み上げきた。少なくとも俺にとっては、日々、新しい先生と出会っていると思っている。先生と知り合う以前の俺は、何もない、ただヤクザというだけのつまらない男だった。そこに、特別な先生と知り合ったことで、何もかも変わった。変えてくれた。積み上げることで、変えてきた。そこには、マイナス要素は何もない。俺の世界に先生がいるだけで、十分満たされているし、幸せなんだ」 思いがけず真摯な言葉が返ってきて、瞬く間に和彦の頬は熱くなってくる。もしかして赤くなっているかもしれない。 動揺を抑えるために口元を手で覆う。「……ときどき、あんたは、とんでもなく情熱的なことを言ってくれるな。ぼくは、暗に催促したわけじゃないからな。そういうことを言っ

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status