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第6話(13)

Author: 北川とも
last update publish date: 2025-11-19 11:00:32

 どうやら賢吾のほうでは、すでに男の正体を掴んだようだが、一体誰なのか、和彦は教えてもらっていない。ただ、護衛が二人に増やされた。そのことが物語るのは、男は油断できない相手だということだ。

 どこに行くにも、組員二人に護衛されるという状況に、たった一日で和彦は辟易してしまったが、嫌とも言えない。

 ここでこうして、長嶺組と関わりのない秦と会話が交わせるだけでも、今の和彦にとってはありがたい気分転換だった。

「護衛の人も一緒に、このあと、昼メシに行きませんか?」

 せっかくの秦の申し出に、苦笑して和彦は首を横に振る。

「ぼくはともかく、秦さんに気をつかわせると心苦しいので、今日は遠慮しておきます。それでなくても、忙しい中、こうしてわざわざ来ていただいているんですから」

「『先生』こそ、わたし相手に気をつかわないでください。中嶋は、おもしろい人を紹介してくれたと思って、ワクワクしているんでよ」

 秦は、中嶋に倣ったのか、和彦を『先生』と呼ぶ。前のクリニックに勤めている頃は、仕事を離れて和彦をそんなふうに呼ぶのは千尋
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  • 血と束縛と   第34話(13)

     南郷の名が出た途端、意識しないまま眉をひそめる。中嶋は、和彦のささやかな変化を見逃さなかった。 蓋を閉めたペットボトルをラグの上に転がしてから、声を潜めてこんな質問をしてきた。「――先生は、南郷さんと寝ているんですか?」 思考力が少し鈍くなっている中でも、こう問われたことは衝撃的だった。和彦は嫌悪感を隠そうともせず、即座に否定する。「寝てないっ」 慌てた様子で中嶋は頭を下げてきたが、それがかえって和彦の自己嫌悪を刺激する。力なく首を横に振り、言葉を続けた。「宿であんな場面を見たら、そう考えられても仕方ないか。それに、南郷さんとはなんでもないと、正直言い切れない……。あの人はなんというか――、ぼくを辱めることを楽しんでいる印象だ」「先生……」 中嶋の手が気遣うように肩にかかるが、かまわず和彦は続ける。「さんざん男と寝ていて、何を言っていると思うかもしれないが、あの人は、ぼくのプライドを傷つけてくる。佐伯和彦という人間じゃなく、長嶺の男たちのオンナに、おもしろ半分で興味があるんだ。触れられると、それがよくわかる。だからぼくは、南郷さんが苦手……、嫌いなんだ」「先生、もういいですから。すみません。デリカシーのないことを聞いてしまって」 中嶋に優しい手つきで頬を撫でられ、髪を梳かれる。心地よさにそっと目を細めた和彦だが、ふとあることが気になる。「……ぼくが今言ったこと、南郷さんに言うんじゃ――」「やっぱり心配性ですね。言いませんよ。なんでも南郷さんに報告していたら、先生の遊び相手にはなれません。俺は、先生の味方です」「最後の台詞、秦がにっこり笑いながら言いそうだ」「あの人も、先生には甘いですから。――みんな、先生が大好きだ」 冗談っぽく中嶋に言われ、和彦は微妙な笑みを浮かべる。複数の男たちと体の関係を持っている自分のことを、自虐的に考えていた。「聞きようによっては、痛烈な皮肉だな……」「とんでもない。本当にそう思って

  • 血と束縛と   第34話(12)

    「なんだか先生、すっかり心配性になりましたね。俺のことは心配しなくても大丈夫ですよ。少なくとも先生のせいで、俺の立場が悪くなることはありませんから」「……感覚がよく掴めないんだ。ぼくの言動が、周囲にどういう影響を与えるか。長嶺組とだけ関わっているときは、まだ平気だったんだ。だけど……」「総和会――というより、長嶺会長と関わると、自分の存在の大きさがわからなくなりますか」「実体や実力以上の影響力を得たようで、怖くなる。ぼくにその気がなくても、誰かを傷つけるかもしれない」 エレベーターが最上階に到着し、先に降りた中嶋が慎重に辺りをうかがってから、こちらに向かって頷く。 秦の部屋は、前回訪れたときからあまり様子は変わっていないように見えた。秦自身が、仕事で出張の多い生活を送っているせいもあるだろうが、中嶋が主に代わってきちんと管理しているのかもしれない。「きれいなままだな」「隣の部屋は覗かないでくださいね。秦さんが、雑貨の商品サンプルを溜め込んでいるんで」 和彦は思わず噴き出してしまう。「すっかり雑貨屋の経営者だな」「こまごまとした商品を扱うと手間がかかると、よくぼやいていますよ。でも、利益はけっこう出しているようです。――どんな雑貨を扱っているんだか」 中嶋から意味ありげな流し目を向けられ、和彦は苦笑で返す。「ぼくは何も知らないからな。秘密主義の男たちが顔寄せ合って相談したんだろうから、探ろうという気にもならない」「先生、隠し事に向かないタイプですから、それでいいかもしれませんね」 いろいろと身に覚えがある和彦は、あえて返事は避けておく。 中嶋を手伝い、買ってきたものをさっそく温め直したり、皿に盛り付けたりして、ラグの上に並べていく。 ハンバーガーにかぶりつく和彦を、中嶋はいくぶん呆れた様子で眺めながら、フライドポテトを口に放り込む。「こういうもので喜んでくれるなら、俺に言ってくれれば、いつでも買ってきて、配達しますよ」「……会長の部屋で、ハンバーガーの匂いをプンプンさ

  • 血と束縛と   第34話(11)

     恨みがましいことを洩らすと、宿での出来事を思い出したのか、中嶋は軽く眉をひそめた。「俺たちは、遊撃隊と名がついているだけあって、本来は自由に動いて、状況に応じて必要な任務にあたるのが役目です。会長には専従の護衛もいますから、そもそも南郷さんが常に会長についている必要もなかったはず。だから本当の目的は別にあったんじゃないかと言われています」「別?」「総和会の中での、南郷さんの存在をアピールするため、と。今の隊に入って、よくわかりますよ。会長は、南郷さんを特別扱いしています。お気に入りという表現では足りないぐらい。先生には申し訳ないですが、宿での、お二人のやり取りを見て、俺は実感しましたよ。会長にとって南郷さんは、本当に特別なんだと。あの南郷さんが、なんの考えもなく、先生にあんなことをするはずがありません」 中嶋の言う通りだった。南郷は、守光から何かしらの許可を得たうえで、和彦に意図を持って触れているのだ。先日の二人がかりでの仕置きは、ある意味答えになっていると言えた。 守光は、南郷と和彦を共有することさえ厭わないのではないか――。 直視を避けていた可能性が、ふとした瞬間に眼前に突きつけられ、ゾッとする。当然こんな恐ろしいことを守光に確認はできなかった。「先生、大丈夫ですか?」 よほど顔が強張っていたのか、信号待ちで車が停まると、中嶋に顔を覗き込まれる。和彦は緩慢な動作で中嶋を見やり、いまさらなことを尋ねた。「宿の件でのことで、南郷さんから何か言われなかったか? 君は事故に出くわしたようなものなのに、もし立場が悪くなったりしたら申し訳ない……」「先生が心配するようなことはありませんよ。少なくとも俺は、こうして先生の遊び相手として呼ばれているわけですから。まあ、先生のご機嫌のために俺は必要と思われているんでしょう」「……だとしたら、ぼくがわがままだと思われるのは、少しは利点があるということか」 苦々しく呟いた和彦は、もう一度背後を振り返る。やはり、それらしい車を見つけることはできなかった。「護衛がついてきているんだとしたら、店の中までついてくるんだろうな&

  • 血と束縛と   第34話(10)

    **** ひたすら慌しかった盆休みが終わり、和彦にとっての日常が訪れた。 クリニックに出勤しているほうが人心地つけるというのも妙な話だが、盆休みの間、長嶺組や総和会の事情に振り回され、極道の空気というものを堪能した身としては、スタッフや患者たちに囲まれていると、身に溜まった〈毒〉が薄まっていく気がするのだ。「毒、か――……」 遠慮ない表現が自分でおかしくて、車の後部座席で笑いを噛み殺す。だがすぐに、あることを思い出し、今度は苦虫を噛み潰したような顔となってしまう。 自分の中に何度となく注ぎ込まれている毒が、ドロリと蠢いたようだった。守光は〈血〉だと言ったが、きっと毒気を帯びている。 こんなことを考えて暗澹たる気分になるのは、きっと気分転換をしていないせいだ。宿に泊まり、海で泳いだではないかと言われるかもしれないが、それでも気は抜けなかったのだ。身近に守光や賢吾がいるということは、心強い反面、息苦しさもある。 これはわがままなのだろうかと思ったが、すぐに、これぐらいのわがままは許されてもいいではないかと、心の中で強弁する。 とにかく、息抜きがしたかった。 そう結論を出した和彦は、ふっと息を吐き出す。機微に聡い守光と向き合って夕食をとるのは、こういう心理状態のときには負担になる。心の奥底までさらわれているような気になるのだ。 本部に帰宅した和彦は、出迎えてくれた吾川から思いがけないことを聞かされた。「会長は今晩は、戻られないんですか……?」「予定より会合が長引いたということで、現地で一泊されることにしたそうです。相手方は、長嶺会長とも旧知の仲で信頼のおける方ですし、何より、日が落ちてからの移動は、やむをえない事情以外では避けたいものです」「……そうですか」 車中で考えたこともあり、和彦の表情はつい複雑なものになる。「本日は、佐伯先生に合わせて夕食もご用意させていただきますので、何か要望がございましたら――」「だったら今晩は、外で食事を済ませた

  • 血と束縛と   第34話(9)

    ** 南郷から、和彦が夏バテ気味だと進言があったのか、その日の夕食には、和彦の分だけ料理の品数が多かった。しかも、精がつくと言われる食材を使ったものばかり。 あの男なりに、和彦のことに気をつかっているというのは本当なのだろう。だが、あまりに無遠慮で、無神経すぎる。わざと和彦の反感を煽り、その反応を楽しんでいるのだ。 意識しないまま箸を持つ手を止めていたらしく、正面の席につく守光に声をかけられた。「何か嫌いなものでも出ているかね」 ハッとした和彦は慌てて首を横に振る。「いえ、大丈夫です。……食事にずいぶん気をつかってもらっているなと思ったものですから」「あんたには何より体を大事にしてもらわんといけないからな。食べたいものがあれば、遠慮なく吾川に言うといい」「体は平気です。今日はたまたま車に酔っただけなので」 ここで新しいクリニックについて守光から触れるかと内心身構えたが、意外なほどあっさりと受け流された。 守光が目を細めるようにして、じっと和彦を見つめる。「わしらが連れ回したせいで、この何日かで、すっかり日に焼けたな、先生」 和彦は思わず自分の腕を眺める。言われてみればという程度だが、例年に比べれば、確かに少し日焼けした。「いつになく夏を堪能した気がします。海でも泳げましたし」「千尋も、泳げはしなかったが、ずいぶん楽しかったようだ。あんたと一緒だったというのが、何よりだったんだろう」「かなりはしゃいでいて、海で水遊びをしているときは、ヒヤヒヤしました」 楽しげに声を上げて守光が笑う。 こうして向き合って食事をしていると、不思議な感覚に襲われる。ほんの数日前、和彦は長嶺の男たちと交わり、最後に精を注ぎ込んできたのが守光だった。淫靡で背徳的な行為だったはずなのに、一方で厳粛な雰囲気が漂っていたのは、守光の存在があったからだ。 総和会の頂点に立つ男が加わったことで、あの行為は儀式として成り立った。和彦と長嶺の男たちの関係をより深く、濃密に結びつけた。 目の前の人物との関係が、また変わってしまったの

  • 血と束縛と   第34話(8)

     南郷に言われると妙な言葉だと思ったが、顔には出さないでおく。 和彦はさりげなく距離を取ろうとしたが、当然のように南郷はついてきて、駐車場の隅に置かれたベンチに並んで腰掛けることになる。二人きりなら、いくらでも素っ気ない態度が取れるが、今日はそうではない。南郷の部下たちの前で、南郷本人の面子を潰すマネはしたくなかった。「夏バテじゃないのか。今ですら、忙しいと思っているかもしれないが、これからますます忙しくなるぞ、あんた。しっかり食って、体力をつけておかないと」「……新しいクリニックのことを言っているのなら、ぼくはまだ引き受けると決めたわけじゃないので……」 断れると思っているのかと言いたげに、南郷は薄笑いを浮かべた。一瞬ムキになりかけた和彦だが、ギリギリのところで堪える。「総和会から大事にされる代わりに、思い通りにいかなくなることが、いくつか出てくるだろう。こうやって、休みの日に外に引っ張り出されるとか」「それは、長嶺組でも似たような状況なので……」「――大事な男と引き離されるなんてことも、あるかもな」 和彦は、弾かれたように立ち上がり、南郷を睨みつける。誰のことを指しているのか、即座にわかったのだ。南郷は憎たらしいほど落ち着いていた。「あんたと三田村さんがどれだけ熱い仲かってのは、俺もよく知ってる。オヤジさんも一応容認はしているようだが、それは、これまでの話だ。あんたは、長嶺の男たちだけじゃなく、総和会にとって大事な人になりつつある。あんたのために、総和会の人間が命を張るようになるんだ」 背もたれに腕をかけ、南郷がじっと見上げてくる。立っている和彦のほうが目線の位置は高いのに、向けられる眼差しの迫力に、見えない手で頭を押さえつけられそうだった。「そんなあんたと、長嶺組傘下の城東会若頭補佐という肩書きを持っているとはいえ一介の組員とじゃ、釣り合いが取れない――と考える奴も出てくるだろう。総和会ってのは、とにかくプライドの高い連中が揃っているんだ。総和会が一番、その中で、うちの組が一番、とな。オヤジさんは、あくまで総和会の人だ。そんな人がオンナにして

  • 血と束縛と   第7話(26)

     患者の容態が気になるが、焦りを読み取られないよう、和彦は必死に強気を装う。すると鷹津は唇を歪めた。「――今日は、肝が据わった目をしてるな。ヤクザのオンナらしくない、ムカつく目だ」「なんとでも言ってくれ」 ここで鷹津が、脱ぎかけていた靴を履き直す。そして和彦に笑いかけてきた。「俺の用は、お前に携帯電話を届けにきただけだからな。友人同士、楽しくお茶を飲んでいたところを邪魔して悪かった」「いいえ。ご親切にありがとうございました」 たっぷりの皮肉を込めた会話を交わし、このまま鷹津は玄関を出ていくかと思ったが、ふと何かを思い

    last updateLast Updated : 2026-03-22
  • 血と束縛と   第7話(2)

     和彦はゆっくりとまばたきを繰り返し、なんとか賢吾の話を頭に留めようとする。いろいろと考えようとするのだが、思考はどこまでも散漫だ。「……蛇蝎の、サソリ……」「ああ、そうだ。あれは、悪党ってやつだ。暴力団担当の刑事だったくせに、その立場を利用して悪辣なことをヤクザ相手にやらかして、それこそ蛇蝎みたいに嫌われていた。そこで、ある組が鷹津をハメたんだ。かなり大問題になってな、警察の監査室まで引っ張り出して、県警の本部長のクビが飛ぶかという話までいった」 淡々と話す賢吾のバリトンの響きが耳に心地いい。ふ

    last updateLast Updated : 2026-03-22
  • 血と束縛と   第6話(36)

    「あの――」「すぐに、アルコールを準備しますから、欲しいものがあれば遠慮なく言ってください。なんといってもここは、客に飲ませてなんぼの、ホストクラブですから」 秦にそう言われて、和彦は喉に手をやる。この店についてから、まっさきに水を飲ませてもらったのだが、さらに喉の渇きを覚えた。 興奮しすぎて、体の水分がずいぶんな速さで汗になったのかもしれない。着ているシャツが汗で濡れて、少し不快だ。それでも、空調を入れた店内の空気はゆっくりと冷え始めていた。 和彦がほっと息を吐き出すと、隣に腰掛けた秦に笑いかけられる。「何を飲みます?」

    last updateLast Updated : 2026-03-22
  • 血と束縛と   第6話(38)

    「迎えにきてくれるのは、先日の花火大会のとき、必死な様子でクラブまで先生を捜しに来た方ですか? 確か、三田村さん……」「ぼくの本当の護衛です。というより、頼めば、家の片付けすらしてくれるので、世話係みたいなものですね」「今日は先生についていなかったのは、どうしてですか?」「最近、本来の仕事が忙しいみたいです。組のトラブル処理に当たっているそうです。ぼくは、組絡みのそういった事情には首を突っ込まないようにしているので、詳しくは知りませんが」 ワインをグラス二杯飲んだぐらいでは酔わない和彦だが、今日は気が高ぶっている

    last updateLast Updated : 2026-03-22
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