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第7話(37)

Author: 北川とも
last update publish date: 2025-12-02 20:00:57

『病院で診てもらったら、警察に連絡される危険があります。だからこそ、先生に診てもらうしかないんです。……手の出血もひどいし、息遣いも苦しそうで……。数人の人間から襲われたらしいんです。俺が電話で呼ばれて駆けつけたときにはもう、倒れていて』

 和彦の良心としては、中嶋の頼みを聞き入れたい。だが、もしこのことを賢吾に知られたときが怖かった。それに、鷹津という刑事に付け狙われているかもしれない状況で、組に知らせず動くのは、危険すぎる。

 さすがにそこまで中嶋に説明するわけにもいかず、和彦はひたすら断る。だが、中嶋は引き下がらなかった。

『お願いします。俺も、単なる知人や友人なら、先生に診てほしいなんて言いません。だけどその人は、俺にとって特別なんです。ずっと世話になりっぱなしで、何も返せていない。このまま何もしないなんてできません』

 和彦が知る限り、中嶋は野心家だ。計算ができる男なりに、和彦の存在は利用価値があると思っているはずだ。ただしその利用価値は、あくまで長嶺組や総和会という後ろ盾が
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  • 血と束縛と   第36話(7)

     綾瀬が『伊勢崎』と呼んだ男は、朗らかな様子で話す。ただし、両目に宿る鋭さと力強さは異様で、体内に満ちた力が迸り出ているようだ。綾瀬に比べて体格は標準的ではあるが、放つ気迫は互角――というより、男が上回っているかもしれない。 綾瀬と肩を並べて立っていた和彦は、意識しないまま半歩後ずさる。立ち入ってはいけない空気を二人から感じたせいだが、目敏く気づいた男――伊勢崎がこちらを見て、とんでもないことを言った。「――ずいぶん毛色の変わった別嬪を連れてるが、綾瀬、お前の〈オンナ〉か?」「滅相もない。ただ、大事な客人です。清道会にとっても、俺にとっても、……秋慈にとっても」 じっと見つめてくる伊勢崎の眼差しは、明らかに和彦を値踏みしていた。自分のすべてを見透かされてしまいそうな危惧を抱き、和彦は早口に名乗ったあと、こう告げた。「お二人で話したいこともあるでしょうから、ぼくは庭のほうを見てきます」 頭を下げ、逃げるようにしてその場を離れる。単なる方便だったのだが、二人がまだ自分を見ていると知り、やむなく庭へと出る。 建物同様、見事な日本庭園だった。植えられた木々の枝はよく手入れされており、鮮やかな緑の葉をつけている。紅葉の時季にはまだ早いようだ。 水音が耳に届き、池があるのだと知った和彦は誘われるように歩き出す。庭に出ている客は自分ぐらいかと思ったが、小さな池のほとりに立つ人の姿があった。 所在なく立っている様子に、建物の中は居心地が悪かったのかなと想像してしまう。それは和彦も同じで、こんなところで仲間を見つけたと、唇を緩めたとき、こちらの気配に気づいたようにその人物が振り返った。「えっ」 和彦は声を洩らす。御堂の家で、夜中、自分に水を飲ませてくれた青年だった。今は、いかにも着慣れていないスーツ姿ではあるが、スッと伸びた背筋からうなじのラインにも、記憶を刺激される。間違いなかった。「どうして、君がここに――」 青年の側まで歩み寄り、声をかける。間近で見て改めて、やはり若いなと思う。そして、前にもどこかで会ったことがあるとも。 青年が口を開きかけたとき、突然、声が上がった。

  • 血と束縛と   第36話(6)

    「――秋慈といい、独特の目で極道を眺めるんだな。冷めているような、観察するような、それでいて、ゾクリとするような艶と熱を帯びている」 突然、低くしわがれた声をかけられ、ビクリと肩を揺らした和彦は傍らを見る。立っていたのは、清道会組長補佐である綾瀬だった。ダークスーツに包まれた立派な体躯の迫力に圧倒されながら、そっと頭を下げる。「さきほどは、ありがとうございました」 和彦の言葉に、綾瀬が首を横に振る。快活な笑顔を向けてくれたが、その拍子に、綾瀬の頬に残る深い皺のような傷跡が歪んだ。 さきほど和彦は、二階の座敷にいる清道会会長に挨拶をさせてもらったのだが、緊張で何もかもぎこちない和彦をフォローしてくれたのが、同じ座敷に控えていた綾瀬だった。もちろんその席には、御堂もいた。「君の面倒を見てくれと、頼まれていたからな」「御堂さんですね……」「あいつは今日は、会長の側から離れられない。その代わりというわけだ。清道会の中では、君はあまり存在を知られていないから、どんなアヤをつけられるかわかったものじゃない――とのことだ」「……すみません。綾瀬さんのような方が、ぼくなんかのために」 とんでもない、と言いながら、綾瀬がグラスを差し出してくる。中身がオレンジジュースであることにほっとして、和彦は口をつけた。「君は、清道会と長嶺組の絆の証だ。うちの組の者たちは、長嶺組長の配慮に感謝している。だから用心棒ぐらい、お安い御用だ。……ああ、いや、決して危険があるというわけではないから」 身内の集まりという気楽さもあるのか、総和会本部で会ったときよりも綾瀬の物腰は穏やかに思えた。初対面のときから、荒々しさや凶暴性は一切うかがわせない人物だっただけに、和彦の中ではなお一層印象のよさが増す。 一方で、どうしても脳裏に蘇る光景があった。御堂を激しく抱いていた綾瀬の姿と、右の肩から腕にかけて彫られた鳳凰の刺青だ。 隣に立っているのは、〈オンナ〉を抱いている男なのだと、やけに生々しい表現が頭に浮かび、そんな自分にうろたえる。「頃合いを見計らって送って

  • 血と束縛と   第36話(5)

    「賢吾を招待するというのは清道会の発案で、そのことについて意見を求められたわたしは、賛同してしまったわけだが、ちょっと意地が悪かったかもしれないな。あの男も、なかなかつらい立場にあるとわかっているのに。父親は総和会会長。一方で、長嶺組と清道会とは昔からつき合いがあって、今も仲は悪くはない。そして、敵にも回したくない。そこで賢吾なりの返事が、君というわけだ」 苦笑いを浮かべた和彦はパンを齧る。守光と御堂の誘いを天秤にかけた結果だというのは、あえて言わなくてもいいだろう。御堂の打算によるものだとしても、そのおかげで、和彦は守光の誘いを無難に断る理由を得られたのだ。「君も、連休中は予定を入れたがっていたようだから、わたしとしても、心の痛みを感じなくて済む。……この家に、人の気配があるというのは、思っていた以上にいいものだし」 ここで和彦はあることが気になり、自分の前に並ぶ朝食を眺める。見事な手際で御堂が作ってくれたのだが、和彦が何より気になるのは、広い食卓についているのは二人だけで、当然、並んだ朝食も二人分ということだ。つまり、今この家にいるのは二人ということになる。 今朝、目が覚めてから、和彦はずっと不思議な感覚に陥っていた。とてつもなくリアルな夢を見たと思いながら枕元を見たら、水の入ったペットボトルが置いてあったのだ。つまり、夜更けに自分を助けてくれた青年は、確かに存在していたことになる。 しかし、御堂はその青年について何も語らず、実際、この場にはいない。「……やっぱり幽霊……?」 無意識に声に出して呟き、ありえないと否定しつつも和彦は、おそるおそる御堂を見遣る。青年のことを聞いてみたいが、なんのことかと聞き返されるのが怖い。なんといっても和彦は、この家にあと二泊する予定なのだ。「まだ時間があるから、着替える前に今日の流れを説明しておこう。とは言っても、仰々しい挨拶をするわけでもないし、祝いの席の間、君の世話をしてくれるよう、ある人にも頼んであるから。君は気楽に飲み食いして、誰か話しかけてきたら、長嶺組長の名代だと正直に答えておけばいい」「ご面倒をかけます…&

  • 血と束縛と   第36話(4)

     半ば引きずられるようにして歩きながら、この青年は一体何者なのだろうかという疑問が、わずかに働く思考を占める。自分と御堂しかいないはずの家にいるということは、侵入者なのかもしれないが、そのわりには浴衣など着ているし、何より態度が落ち着いている。まるで、この家の一員のように。「部屋の場所、わかりますか?」「わからない、けど、障子を開けたまま出てきたから……。それに、電気もついてる」「だったら、わかるかな……」 独り言のように呟いた青年に連れられて、和彦は無事に元いた部屋へと戻る。慎重に布団の上に座らされると、そのまま前のめりに突っ伏しそうになったが、すかさず肩を掴まれて支えられる。「もう少しがんばってください。すぐに水を持ってきますから」 こくりと頷いた和彦がようやく顔を上げたとき、部屋を出ていく青年の後ろ姿が一瞬見えた。スッと伸びた背筋からうなじのラインに鮮烈な若々しさを感じ、だからこそ、彼のような存在がなぜここにいるのか、やはり気になる。 そもそも、実在しているのか――。 ふっと荒唐無稽なことを考えた和彦だが、妙に納得してしまう。歴史のありそうなこの家に、凛々しい面立ちをした青年の幽霊がいたとしても、きっと不思議ではない。 幽霊なのに怖くないのはありがたいと、座った姿勢のまま崩れ込みそうになりながら、和彦は口元に笑みを湛えていた。ここで、強い力で肩を抱えられ、口元に何か押し当てられる。反射的に唇を開くと、冷たい水がゆっくりと流し込まれてきた。 ようやく喉の渇きが治まり、和彦はほっと息を吐き出す。「ペットボトル、枕元に置いておきますから、足りなかったら飲んでください」「……ありがとう」 促されるまま横になった和彦は目を擦ってから、わざわざ布団をかけてくれる青年を見上げながら、頭に浮かんだ言葉をそのまま口にしていた。「ぼくは――、前に君に会ったことがある、気がする……」 青年は軽く目を瞠ったあと、口元に淡い笑みを浮かべた。「俺は、あなたをずっと前から知っている気が

  • 血と束縛と   第36話(3)

    「仕事終わりのうえに、車での移動もあったから、疲れただろう?」「いえ、慌しいのには慣れているんですけど、明日は何か粗相をしでかすんじゃないかと、それが心配で……」「よほど仰々しい行事を想像しているのかもしれないけど、ただの傘寿の祝いの席だ。しかも、店を貸し切っての。集まっている面子が、少々強面揃いではあるが……」 和彦が情けない顔をすると、ニヤリと鋭い笑みを浮かべた御堂が軽く手を叩く。「さあ、風呂に入ってきて。その間に、布団を敷いておく。わたしは自分の部屋に引っ込むから、君もゆっくり過ごすといい。欲しいものがあれば、遠慮なく声をかけてくれ」 御堂が立ち上がろうとしたので、和彦は咄嗟に呼び止める。急いで手土産を差し出し、頭を下げた。「――今夜からお世話になります」** 明日のことを考えると眠れなくなりそうで、布団に入る前に和彦は安定剤を飲んでおいた。いかにも睡眠不足の情けない顔を人前に晒して、賢吾だけではなく、御堂の顔に泥を塗りたくなかったのだ。 飲み慣れた薬なので、効き目についてはよく把握している。緩やかな眠気がやってきて、朝までぐっすり眠れるし、いままで特に具合が悪くなることはなかった。――いままでは。 咳き込んで寝返りを打った和彦は、意識がぼんやりとした状態で真っ暗な天井を見上げる。不快さで目が覚めた。 猛烈な眠気に促され、次の瞬間には意識を手放してしまいそうなのに、強烈な喉の渇きがそれを許してくれない。 初めて訪れた場所で、しかも、ひどく緊張したまま横になったせいだろうかと考えながら、頭上に手を伸ばす。枕元のライトをつけて、ゆっくりと体を起こしたが、途端に頭がふらついた。 再び布団の上に倒れ込みそうになりながらも、懸命に這い出し、壁にすがりつくようにして立ち上がる。足元が覚束ないうえに、力も入らず、スリッパも履くことができない。仕方なく、裸足のまま暗い廊下に出た。 意識が朦朧としたまま、壁にもたれかかるようにして歩き出した和彦は、懸命に頭を働かせる。御堂に案内してもらったのに、キッチンがある方向がわからなくなっ

  • 血と束縛と   第36話(2)

    「ここは、わたしの実家なんだ」 よく磨かれた廊下を歩きながら、御堂が切り出す。やはり足音を立てずに歩くのだなと、変なところに感心していた和彦は、数瞬の間を置いて目を丸くする。 御堂の寛いだ服装や、自分たち以外に人の気配が感じられないことから、何かある家だとは思っていたが、御堂の実家だというのは予想外だった。「ご覧のとおり、広さだけが取り得の古い家なんだが、家族はいないから、遠慮はいらない。ホテルか旅館を取ろうかとも思ったんだが、清道会に予約を任せると、同じ建物内に、招待されたあちこちの組の関係者がうろつく事態になりかねない。わたしとしても、人目を気にせず、君とゆっくり話したかったんだ」「お気遣いはありがたいですけど、本当に、いいんですか? 長年つき合いがあるとか、親しい友人というならともかく、ぼくは御堂さんと知り合ったばかりなのに、連休の間、滞在させてもらうなんて……」「賢吾の大事な人というだけで、十分信頼に値する。それに、わたしとしては、君ともう友人のつもりだったんだが」 肩越しに振り返った御堂から悪戯っぽく笑いかけられる。それで和彦は、いくぶん肩から力を抜くことができた。 案内されたのは、広々としたきれいな和室だった。「この部屋を使ってくれ。もし使い勝手が悪いようなら、他にいくらでも部屋はあるから、遠慮なく移ってくれていいから」「いえ、そんな……」 もごもごと口ごもった和彦だが、一旦部屋に荷物を置き、案内を続ける御堂について歩きながら、思いきって尋ねてみた。「御堂さんは、ここで一人で生活されているんですか? ホテルを転々としているとおっしゃっていたような……」「いや、今は別に部屋を借りて、そこで寝起きしている。ここは、総和会総本部にしても本部にしても、通うには遠い。清道会の事務所の一つが近くにあって、万が一にも何かあったときは駆けつけてくれるから、君を泊める間は、その点ではありがたいんだが……、まあ、はっきり言って、持て余している家だよ。実家ではあるけど、親もいないし、継いでくれる身内もいないし」

  • 血と束縛と   第4話(27)

    「――先生」  呼ばれて、おずおずと振り返ると、そこに真剣な賢吾の顔がある。何か言われたわけでもないのに、和彦は小さく喘いでから賢吾の唇にそっと自分の唇を重ねた。すると、賢吾のもう片方の手に、和彦の柔らかな膨らみは包み込まれる。 「ひっ、あぁっ」  泡で滑る手に柔らかく揉みしだかれ、たまらず和彦は、ビクッ、ビクッと腰を震わせ、背をしならせる。下肢が、甘く溶けてしまいそうだった。 「あとでたっぷり、ここを揉んで悦ばせてやる。最近、弄られるのがよくなってきたみたいだからな。今は、洗うだけだ」  賢吾の的確に動く指は貪欲に、和彦の官能を刺激する

    last updateLast Updated : 2026-03-19
  • 血と束縛と   第4話(2)

     また指で呼ばれ、和彦は賢吾のあとについていく。工事後は待合室となるホールでは、施工業者の人間が集まって持ち込む機材について話し合っている。その様子を一瞥した賢吾は、奥の部屋へと向かう。 「……護衛の人間は?」  ホールを見て、賢吾が一人でこのフロアにやってきたのは確認した。 「物騒なツラした人間を、一般の業者がいる場所に連れてくるわけにはいかないだろ。設計士は前からの馴染みだが、業者のほうはそうじゃないんだ。クリニックを始める前に、妙な噂は立てたくない」 「自分は物騒なツラじゃない、と言いたいんだな」  皮肉でもなんでもなく、思ったまま

    last updateLast Updated : 2026-03-19
  • 血と束縛と   第4話(18)

    「総和会から連絡したいことがあると、中嶋さんが来るの。奥さんがいる家より、こっちのほうが、難波さんが捕まりやすいんだと思う」  和彦の疑問を察したように教えてくれたが、その口調からは、愛人である自分の立場に対する引け目のようなものは一切感じ取れない。案外、仕事のようなものだと割り切っているのかもしれない。 「ねえ、佐伯先生、クリニックの話、本当?」 「あっ、まあ、クリニックを開くのは本当ですよ。今はまだ、準備中ですけど」 「だったら、開業したら、わたしのことも診てくれる?」  まだ二重瞼の手術を諦めていないのだろうかと思いながら、和彦は微

    last updateLast Updated : 2026-03-19
  • 血と束縛と   第4話(13)

    「普段生活している場所だと、どんな雑菌がいるかわからないんです。その雑菌が傷に入ったら、大変なことになりますよ。それに処置するにしても、もっと明るい照明が必要です。瞼を少し切って、糸をすべて取り除くことになりますから」 「それで、お前が上手くできるという保証はあるのか? もしかすると、もっとひどいことになることもあるんだろう。場所を変える云々も、自分の腕に自信がないからだろう。だいたい、こんな若い医者の言うことが信用できるか」  さてどうしたものかと、和彦は中嶋と顔を見合わせる。聞き分けの悪い患者の相手は慣れているが、クリニックの仕事とはわけが違う。組の事情などという

    last updateLast Updated : 2026-03-19
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