ログイン甘やかされたい、大事にされたい、愛されたい。臆面もなく千尋からぶつけられるそれらの感情を、和彦は大事に思っている。ぶつけてくれる限りは、一欠片も余すことなく受け止めて、自分の中に残しておいてやりたいとも。
そんな気持ちになれる千尋とのセックスを、和彦はいとおしんでいる。 だが――、今日は少し文句を言いたかった。「……お前は、心配の仕方が間違っている。いや、違うな。心配の解消の仕方が、間違っているんだ」 いつの間にか、障子の向こうの三田村の気配は消えており、ほっとする。 行為の最中の嬌声を聞かれることに諦めはついているが、行為のあとの会話――睦言ともいえるのかもしれないが――を聞かれるのは、苦痛だ。和彦の体は三人の男たちで共有されているが、睦言だけは、それぞれの相手に独占してもらいたいという傲慢な気持ちが、心のどこかにあった。 人が真剣に話しているというのに、そんな和彦の唇に軽いキスを落とした千尋は、悪びれた様子もなくきっぱりと言った。「俺、難しいことわかんない」「先生、こっちです」 ようやく中嶋と肩を並べて歩きながら、和彦は手にした手提げ袋に視線を落とす。「それ、プレゼントですか?」「そうだ」「プレゼントだけじゃなく、伝言も受け取ったんじゃ……」「意外なことに、それはなかった。プレゼントだけを渡されて、あとは、友人からの忠告だ。一度ぐらい、会って話し合ったほうがいいと言われた」「俺でも、その友人の方の立場なら、同じ忠告を先生にするかもしれません」 中嶋にニヤリと笑いかけられ、乱暴に息を吐いた和彦は乱暴に髪を掻き上げる。 頭ではわかっているのだ。家族と会って、互いの生活に干渉しないとはっきりさせたほうがいいと。ただ、和彦が今身を置いている環境と、佐伯家が迎えつつある環境の変化は、絶対に相容れない。そして、非難される環境にいるのは、和彦だ。「……家族に会って、自分が今、ヤクザの組長のオンナになっていると話せると思うか?」「そこまで話す必要はないでしょう。ただ、元気にしている、最低限の連絡は入れる、とでも言えば」「君は、ぼくの家族を知らないから、そう簡単に言えるんだ」 和彦の声が暗く沈みかけていることを察したのか、駅ビルを出たところで中嶋に提案された。「――先生、これから一緒にメシ食いませんか?」「いや、でも……」 今晩は疲れているからと言いかけて、和彦は腹部にてのひらを当てる。食事のことを言われて初めて、空腹を自覚した。気が緩み、体も正直な反応を示したようだ。 それでも返事をためらう和彦に対して、中嶋が決定的な言葉を発した。「俺が作りますよ。手の込んだものを作る時間はありませんが、それなりに美味いものを作る自信はあります。気楽にメシを食って、飲みましょう。――秦さんのところで」 まるで気安い友人のように中嶋に肩を抱かれ、その勢いに圧されるように和彦は頷き、一拍遅れて笑みをこぼす。 前方では、車の傍らに立った秦がひらひらと手を振っていた。** 秦の部屋は、前回和彦が訪れ
大きさと重さから、中に何が入っているのか推測しているうちに、コーヒーが運ばれてくる。和彦はすぐに箱を袋に戻した。「……お前を呼び出すことを承諾したとき、条件として、監視や尾行はつけないでくれと頼んだ。それと今後、佐伯家の都合では動かないことも言っておいた。もう少し気楽な気分で、お前と会って話したいからな」 ここで澤村は大きく息を吐き出し、視線を遠くへと向けた。「大人の男が、自分の考えで姿を隠して、肉親と連絡を取りたがらないんだ。もう俺は、とやかく言わねーよ。お前が巻き込まれたトラブルは気になるが、拉致・監禁って物騒な事態になってるわけじゃないのは、とっくにわかってるしな」 その物騒な事態に、限りなく近い目に遭ったことはあるが、澤村に話す必要はないだろう。少なくとも今の和彦は、複数の男たちによって大事に扱われている。ただし、物騒な世界で。「だから、最後にもう一度だけ言っておく。――家族である限り、会ってじっくりと話し合ったほうがいい。お前と家族の間にどんなわだかまりがあるのか知らないが、それにしたって、何も知らせなくていい理由にはならないだろ」 澤村の真剣な眼差しに対して、曖昧な返事をするしかできない。和彦は視線をさまよわせ、このとき、離れたテーブルについている秦と中嶋の姿に初めて気づく。和彦のあとに店に入る手筈で、違和感なく店内に溶け込んでいる。 佐伯家の監視はついていないという澤村の話が本当だとしても、佐伯家が澤村を騙している可能性もあるため、やはり二人の存在は心強い。 和彦はさりげなく二人から視線を逸らし、コーヒーにミルクを入れる。「……まだ、心の準備ができてない。自分の今の状況を、家族に伝えられる自信がない。クリニックにばら撒かれた写真の件だけでも、説明するのに抵抗があるんだ。これが普通の家庭なら、素直に助けも求められるんだろうが……、うちは生憎、普通とは言えない」「もしかして、官僚一家の名に傷をつけると思ってるのか――」「家の名に傷がついて困るのは、ぼくじゃなくて、家族のほうだ。だからなんとかして、ぼくと連絡を取ろうとしているんだろう。そ
悪びれた様子もなく澄ました顔で秦に問われ、すっかり毒気を抜かれた和彦は、曖昧に首を動かす。「……気が抜けた」「それはよかった」 満足そうに頷く秦を一瞥して、中嶋に視線を移す。ほんの一か月ほど前に、嫉妬と猜疑心に駆られて和彦に詰め寄ってきたこともある男は、余裕たっぷりの表情で和彦と秦を交互に見つめていた。 現金なものだと内心で呟いた和彦は、まったく別のことを口にした。「中嶋くん、この男と会話していて、気疲れすることはないのか?」 秦とよく似た澄ました表情で、中嶋が応じる。「刺激的でいいですよ。それに、もう慣れました。知り合ったときから、この調子ですから」「ええ、慣らしました」 これもノロケになるのだろうかと思いながら、和彦は返事をするのはやめておいた。秦も、すぐに会話を切り替えてくれる。「――それで先生、友人の方とは、食事をする予定はないんですか?」「ああ、会ってお茶を飲みながら、実家からの伝言を聞いて、プレゼントを受け取るだけだ。それと、ちょっとした世間話」「わたしたちのことは気にしなくてかまいませんよ。放っておいても、勝手に先生を尾行して、影から見守っていますから。せっかくだから、楽しまれたら――」「いいんだ」 きっぱりと言い切った和彦は、思いがけず口調がきついものになったことを自覚し、小さくため息を洩らす。気遣ってくれたのか、中嶋が肩に手をのせてきた。「……今のぼくの事情を、友人は知らないほうがいい。組だけじゃなく、ぼくの実家も大概面倒だからな。普通の人間を巻き込みたくない」「そういうことなら、安心してください。そこそこ荒事が得意な俺と、かなり口の巧い秦さんがついているんですから、トラブっても、俺たちが処理します。もちろん、先生の友人を傷つけたりしません」 中嶋の物言いについ笑みをこぼした和彦は、しっかりと頷いた。「それについては信頼している。だから、君らに頼んだんだ」 率直な和彦の言葉に、珍しく中嶋は照れたような表情となる。ヤクザらしくないその表情の意味を、おそらく誰よりも
**** 階段を駆け下りた和彦は、待ち合わせ場所であるコーヒーショップへと急ぐ。予定では余裕をもって到着する予定だったのだが、クリニックを閉めた直後に患者から電話があり、十分ほど話し込んでしまった。 そのせいで、と言う気はないが、タイミング悪く夕方の渋滞に巻き込まれ、結局慌てる事態になっている。 駅周辺の渋滞具合から予測はついていたが、ちょうど帰宅時間帯に差しかかっている駅の地下街は大勢の人が行き交い、早足に歩くのも苦労する。人とぶつからないよう気をつけながら腕時計を見ると、待ち合わせ時間まであと数分と迫っていた。 ほぼぴったりの時間にコーヒーショップの前に到着し、店内に足を踏み入れると、こちらも混雑しており、ほぼ満席だ。 コーヒーを注文する必要のない和彦は、きょろきょろと店内を見回す。すると、目を惹くカップル――ではなく男二人が、小さなテーブルに身を持て余し気味についていた。秦と中嶋だ。 二人ともスーツにコート姿で、雰囲気は派手ではあるものの、どこから見てもビジネスマンだ。和彦の付き添いとして、一応気をつかってくれたようだ。特に、秦は。 その秦が和彦に気づき、艶やかな笑みを浮かべる。中嶋も顔を上げ、こちらは一見爽やかな微笑とともに、軽く手を振ってきた。「すまない。ちょっと渋滞に巻き込まれて……」 テーブルに歩み寄って和彦が声をかけると、秦と中嶋が同じタイミングで首を横に振る。口を開いたのは中嶋だった。「さすが先生ですね。時間ぴったりです」「……こちらが呼び出しておいて待たせるのは、心苦しいんだ」「気にしなくてかまいませんよ。秦さんと、珍しい時間を持てましたから」 中嶋の言葉を受け、和彦はもう一度周囲を見回す。「コーヒーショップでデートをするのは初めてなのか?」 まじめな顔をして和彦が問うと、中嶋は楽しげに声を上げて笑い、秦は困ったような表情となる。「まあ、そんな感じですね。秦さんと外で会うときは、ゆっくり腰を落ち着けて飲みながら、ということが多いので。こういう人の
「写真とか飾らないんだね、先生って。あと、絵とかも。小物も置いてない。書斎以外の部屋は、オヤジの趣味丸出しだからどうでもいいけど、この書斎だけは、先生が好きなようにしてるだろ? でも、いかにも先生らしい、ってものがない」 千尋の感覚は本当にバカにできないと、率直に和彦は思う。 千尋が言うとおり、和彦は自分の好みや生活が一目でわかるようなものを、身の周りには置かない。物心ついたときから苦手で、そう思い込み続けているうちに、とうとう興味がなくなった。「恥ずかしいから、置かないんだ。ときどきこっそりと、自分一人で楽しんだり、眺められたらそれでいい」「俺は、知りたいな。先生の好きなものはなんでも」 千尋が本棚に歩み寄り、並んだ本の背表紙を眺め始める。何か興味を引く本でもあるのだろうかと思った和彦だが、どうも様子が違う。「……千尋、どうかしたのか?」「先生のアルバムはないかと思って。それか、卒業アルバム」「そこにはないぞ。卒業アルバムは実家に置いてあるし、ぼく個人のアルバムは本棚には並べてない――」 ここで和彦は自分の失言に気づくが、もう遅かった。目を輝かせた千尋が側にやってきて、片手を出す。和彦はため息をつき、デスクの一番下の引き出しを開ける。そこに、プライバシーに関わるものはすべて入れてあるのだ。「ぼくの写真なんて眺めても、おもしろくないだろ」「まさか。むしろ逆。興奮して手が震えそう」 バカ、という和彦の呟きすら、千尋の耳には届いていない。嬉しそうな顔をしてアルバムを開き、大げさな声を上げた。「先生、美少年っ」「……はいはい、ありがとう」「あとでオヤジに自慢してやろう。先生のアルバムを見たって」「それは勘弁してくれ……」 そんなやり取りを交わしてから和彦は、千尋の反応をあえて見ないよう気をつけながら、素知らぬ顔をしてコーヒーを啜る。 だが、一通りアルバムを見た千尋に、こう指摘された。「このアルバム、先生が中学生や高校生の頃の写真ばかりだよね。もっと小さい頃の写
「お前も、そうしてくれるからだ。無防備な体を、互いに預け合っている感じだ」 だからこうして目を閉じていても、安心していられる。こう思った瞬間、和彦の中をある感覚が駆け抜けた。反射的に目を開くと、千尋に顔を覗き込まれていた。「先生?」「……なんでもない」 千尋の頭を抱き寄せて、和彦はもう一度目を閉じる。それが合図のように、千尋がゆっくりと律動を始める。「あっ、あっ、あぁっ――」 千尋にきつくしがみつき、しなやかな体の感触だけでなく、内奥を行き来する熱い欲望の感触も堪能する。これ以上なくしっかりと繋がっているのだという感覚が、たまらなく気持ちいい。 そう実感すればするほど、さきほどの感覚が無視できないほど存在感を増していく。 身震いしたくなるような強い疼きが、背筋を這い上がっていた。内奥に押し入る欲望を強く締め付け、千尋を呻かせる。 耳元で繰り返される激しい息遣いを聞きながら、和彦はあの夜のことを――守光の自宅に泊まったときに起こった出来事を思い返す。 顔を薄い布で覆われ、手首を緩く縛められて、長い時間をかけて〈誰か〉と繋がった感触は鮮烈だった。相手にしがみつけず、ただ、愛撫と欲望を与えられ、受け入れるしかないのだ。その行為に和彦は感じた。 何から何まで違う千尋との行為で、あの夜のことを思い出す理由は、ただ一つしかなかった。 千尋の動きに余裕がなくなり、内奥深くを抉るように突き上げられる。ある感覚を予期して、内奥の襞も粘膜も、淫らな肉もすでに歓喜していた。「んあっ、はっ……、千尋、千尋っ……」「……先、生」 疾駆していた獣が動きを止める。数瞬遅れて、和彦の内奥深くに熱い精が注ぎ込まれ、千尋の欲望が脈打ち、震える。それらを感じながら和彦は、恍惚とする。自覚もないまま、また絶頂に達していたのかもしれない。 長嶺の男の血を分け与えられているようだと感じるのは、理屈ではなく、感覚的なものだ。そして同じ感覚を、守光の自宅に泊まったときに感じた。 和彦だけでなく、千