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Penulis: 酔夫人
last update Terakhir Diperbarui: 2026-01-07 12:19:53

「あの子のことを金目当てだと思っていた。そのために、婚約者から男を寝取る女だと思っていた」

母さんの表情が歪んだ。

「そういう女が、昔から嫌いだった。そういう女が昔から私のもとにたくさん来たから」

「それは、父さんの?」

「ええ。面白いのよ、みんな、判を押したように同じことを言うの。あの人の子どもを妊娠した、彼が愛しているのは私なのだから早く妻の座を退け。嫌なら、慰謝料を払え。違うのは金額くらいね」

「しかし、父さんは……」

「分かっているわ。あの人に、そんなことはできない」

父さんは本当に体が弱かった。

唯一の後継者として肩書きこそ副社長だったが、当時専務だった母さんの実力が認めはじめると仕事のほとんどを母さんに任せてこの家で療養していた。

女性と関係を持てる体ではなかった。

「百パーセントあり得ないと強気に出られるの。ビタ一文払われずに追い出されそうになると、みんな言うのよ、愛されているわけでもないくせにって」

母さんが深い溜息をつく。

その溜息に、俺は覚えがあった。

胸に巣食う疑問に答えを求め続けて、相手が死んでしまっている以上は決して答えを得ることはできないのに、それでも諦めずに求め続けてしまう苦しみ。

「母さんは、父さんのことを……」

「愛していたみたいね。あなたを見ていたら、気づいてしまったの。嫌なところが私に似てしまったわね。あの人に似ればよかったのに」

母さんが、困ったように笑った。

「あなたが生まれてきたときは健康体だって喜んだし、男の子だと言われて後継者問題のほとんどは片付いたと思って嬉しかったけれど」

「……なに?」

「あの子は、どこかあの人に似ていたわ」

そう、なのか。

「あなたが息子じゃなくてあんな子だったら、あなたみたいな下半身の男はぶん殴って追い払ってやるのに」

自分の女遊びが激しかったことは、自覚している。

それなりに容姿が整っているほうだった俺は、高校に入ってすぐに言い寄ってきた先輩を相手に初体験をすませた。

それで大人になった気がして、言い寄ってくる女と適当に関係を持っていた。

なにが、大人だ。

あんなの、親の稼いだ金で遊んでいただけ。

母さんのことを母親ではないと言いながら、母さんが稼いだ金で女をベッドに乗せ、女が開いた体に突っ込んでいただけ。

母さんの金で大人のふりをしていた、甘えん坊のクソガキ。

それが、俺だ。

·

「私はあなたのお守りに疲れて、婚約を打診されたタイミングもよかったのね、綾子さんにあなたのお守りを任せることにしたの」

気が強い綾子は、俺に近づいてくる女を片っ端から追い払っていた。

そのころの俺は仕事を面白いと感じるようになっていて、妻になるのは自分だという綾子のヒステリックな抗議に対応するのも煩わしかったため、俺は女遊びをやめた。

「他の女性と遊ぶのをやめたから、あなたは綾子さんとの婚約に満足しているのだと思っていた。お義父様の体調も良くはなかったし、これなら結婚の話も具体的に進められると私は喜んだわ」

母さんが、口元を緩めた。

「あの頃のあなたは、刺々した雰囲気がなくなっていた。人に感謝を伝えて、親切にさえしようとする姿に、あなたの成長を感じた。あなたに、あの人の影を見た。あの頃、だったのね。あなたが大人の男になったと感じたのは、あの子に恋をしたからだったのね」

恋を、した。

―― 親がいて当たり前。親が尽くして当たり前って態度で甘えて、親に寄生して生きているあなたの態度には反吐が出る。大嫌いなの、あなたみたいな人。

「反吐が出る」に「大嫌い」。

垂れ目気味の優しげな見た目に反して、苛烈で意外と沸点が低かった【彼女】。

曲がったことが嫌いで、直情型で思い込んだら一直線。

年下だけど年季の入った怒り方をして、逆らえないなと俺は【彼女】に骨抜きだった。

心の底から、愛していた。

 · 

【彼女】に初めて会ったのは、会社の近くにあるカフェだった。

【彼女】はカフェのバイトで、俺の第一印象は要領の悪いバカな女。

周りは適当にサボっているのに、なんでも仕事を引き受けて一人だけ頑張っている女。

バカなのは、俺のほう。

金をもらって働く時間に、サボらず働いていた彼女のほうが正しい。

『正しい』は多数決ではない。

それも分からず、正しいを笑うような男だったから、俺は【彼女】の視界にも入らなかったのだろう。

【彼女】にとって俺はただの客で、【彼女】から目を離せなかったのが俺。

――お天道様は全部見てるのよ。

いつも正しいことをして、自分に恥じることはない【彼女】の背筋はいつもピンッと伸びていた。

他のバイトにないきれいな所作はとても目立って見えた。

それからはカフェに行けば彼女を観察する日が続いた。

それで、気づいた。

彼女はとんでもなく要領のいい女だった。

彼女は余裕のあるときに「お願い」を引き受けていて、余裕がなくなると「お願い」を返す。

先にお願いした手前、相手は断らずに彼女の思うままに動く。

周りを見て客やスタッフの先の行動を読んで動き、自分にも周りにも無駄を一切与えない。

本当に――どうして、いつもみたいに要領よくしろよ。

あの部屋と手つかずで残っていた五百万円。

あのことを思い出すたび、自分勝手だけれど、そう思わずにはいられない。

分かってもいるんだ。

あの五百万円は彼女にとって子どもが使う金。

イライラするほどに彼女は融通のきかない女だった。

みんながやっていること。

今までずっとやっていたこと。

歴史が長ければ、人数が多ければ“今まで”や“みんな”が大きくなって倫理観が歪む。

でも歪みが悪いことだと分かっている。

だから、真っすぐな彼女がいると自分の歪みを自覚させられて耐えられなくなる。

あのカフェで働いていた連中は真っ直ぐな彼女に耐えられなかった。

だから難癖付けて彼女をやめさせた。

どこのバイトも長続きしないのだと彼女はのちに俺に愚痴ったが、彼女は何にも悪くないのだ。

彼女があのカフェをやめて、俺もあのカフェに行かなくなって、彼女とは自然消滅。

いや、付き合ったのはもっと後だけど。

あのとき再会しなければ、そこで終わっていた関係。

でも俺は彼女に再会した。

彼女は祖父が通っていた病院の近くにある古い喫茶店で働いていた。

その喫茶店は祖父と祖父の秘書である柳瀬さんの行きつけで、そこで俺は彼女に再会し、給仕している彼女の姿に「見つけた!」と大きな声を出してしまった。

―― 誰ですか?

完全に怪しいものを見るその目つきに、柳瀬さんは苦笑し、祖父は大笑いをしていた。

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