辺境の戦神は鶴の扱いに困惑する

辺境の戦神は鶴の扱いに困惑する

last updateÚltima atualização : 2026-11-07
Por:  琉斗六Atualizado agora
Idioma: Japanese
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不器用で、じれったくて、ちょっと笑える辺境溺愛ロマンス。 王配候補の発表の夜、仕組まれたヒート事故で罪人に落とされたオメガ・アーサ=ソール。 父にも見捨てられ、辺境伯テオの元へ島流し同然に嫁がされる。戦神と恐れられながら容姿に劣等感を持つ37歳のテオは22歳の長身美丈夫を丁重に迎え、決して急がない。 役に立たなければ捨てられると思うアーサ=ソールと役目ではなく彼自身を大事にするテオの、年の差政略結婚から始まるじれきゅん溺愛譚。

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Capítulo 1

1-1:掃き溜めに来た鶴

 その男は、長身に似合わぬたおやかさで、深々と〝カーテシー〟をして見せた。

「初めまして。ミョルニイル伯爵家が長子ちょうし、アーサ=ソールでございます。此度、グレープニール家に輿入れとなりました。何卒、幾久しく、御おん情けを賜りますようお願い申し上げます」

 辺境伯たるテオは、応接間に入ったところで、件くだんの完璧な礼を取られて面食らう。

「あ……、ええっと……」

 固まったテオの腰の辺りを、側近のハティがとんっと肘で突いた。

「あー、うん。俺……いや、我こそはグレープニール家が当主ティーウである。今後ともよろしく頼む、アー……アーティ……ちが……、アーサ=ソール殿」

 名前を噛んだことに、テオは狼狽えたが。

 礼を解いて顔を上げた相手の姿に、びっくりしてしまった。

(こんな掃き溜めに、鶴がきちゃったよ……)

 さほど背が高くもないテオからしたら、見上げるほどの美丈夫が、そこには立っていた。

 艷やかな黒髪は、王都の騎士団規律に準じた、清潔な長さに切り揃えられ、背筋がピシリと真っ直ぐに伸びている。

 白磁の肌に、感情の読めない──強い魔力を示すブラッドレッドの瞳。

「と……、とりあえず、長旅で疲れただろう? 部屋を用意してあるから、そこで休んでもらって……。従者や世話する侍女たちは使用人部屋に……」

 言いかけて、テオは言葉に詰まった。

 部屋には、自分たちとアーサ=ソールしか居ない。

 そして彼の足元には、輿入れという言葉と真逆の、古びた小さなトランクが一つ。

「テオ様……」

 再びハティが、今度はテオの脛をがんっと蹴る。

 テオが余分なことを尋ねる前に、黙らせたかったらしい。

「痛いよ……」

 控えているハティに、テオは苦情を言ったが。

 頭こうべを垂れていたハティは、ものすごい目つきでテオを睨んできた。

 その視線に〝さっき説明したの、やっぱり聞いてやがらなかったな〟という意味が込められていることに気付き、テオはわざとらしく咳払いをする。

「こっちは俺の側近のハティ。あ〜、ハティ。家令のスコルを呼んで、客人をゆっくり休ませてやってくれ」

「かしこまりました」

 ボロが出ないうちに引っ込むべきと判断したテオがそう言うと、ハティは「正しい判断です」とでも言いたげに頷く。

 だが、その漫才のようなやりとりの間も、アーサ=ソールは人形のように、ただ黙ってまっすぐ立っていた。

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1-1:掃き溜めに来た鶴
 その男は、長身に似合わぬたおやかさで、深々と〝カーテシー〟をして見せた。「初めまして。ミョルニイル伯爵家が長子、アーサ=ソールでございます。此度、グレープニール家に輿入れとなりました。何卒、幾久しく、御情けを賜りますようお願い申し上げます」 辺境伯たるテオは、応接間に入ったところで、件の完璧な礼を取られて面食らう。「あ……、ええっと……」 固まったテオの腰の辺りを、側近のハティがとんっと肘で突いた。「あー、うん。俺……いや、我こそはグレープニール家が当主ティーウである。今後ともよろしく頼む、アー……アーティ……ちが……、アーサ=ソール殿」 名前を噛んだことに、テオは狼狽えたが。 礼を解いて顔を上げた相手の姿に、びっくりしてしまった。(こんな掃き溜めに、鶴がきちゃったよ……) さほど背が高くもないテオからしたら、見上げるほどの美丈夫が、そこには立っていた。 艷やかな黒髪は、王都の騎士団規律に準じた、清潔な長さに切り揃えられ、背筋がピシリと真っ直ぐに伸びている。 白磁の肌に、感情の読めない──強い魔力を示すブラッドレッドの瞳。「と……、とりあえず、長旅で疲れただろう? 部屋を用意してあるから、そこで休んでもらって……。従者や世話する侍女たちは使用人部屋に……」 言いかけて、テオは言葉に詰まった。 部屋には、自分たちとアーサ=ソールしか居ない。 そして彼の足元には、輿入れという言葉と真逆の、古びた小さなトランクが一つ。「テオ様……」 再びハティが、今度はテオの脛をがんっと蹴る。 テオが余分なことを尋ねる前に、黙らせたかったらしい。「痛いよ……」 控えているハティに、テオは苦情を言ったが。 頭を垂れていたハティは、ものすごい目つきでテオを睨んできた。 その視線に〝さっき説明したの、やっぱり聞いてやがらなかったな〟という意味が込められていることに気付き、テオはわざとらしく咳払いをする。「こっちは俺の側近のハティ。あ〜、ハティ。家令のスコルを呼んで、客人をゆっくり休ませてやってくれ」「かしこまりました」 ボロが出ないうちに引っ込むべきと判断したテオがそう言うと、ハティは「正しい判断です」とでも言いたげに頷く。 だが、その漫才のようなやりとりの間も、アーサ=ソールは人形のように
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1-2
 顔合わせが終わり、テオはハティと共に執務室に戻った。「予想以上に〝すごい子〟が来ちゃったなぁ……」 その〝すごい〟に含まれるのが、外見の美々しさ以上に、挨拶や態度に滲んだ〝絶望感〟であることを、ハティはすぐにも気付く。「事情がおありなのは、報告してあったでしょう?」「もっとこう、フツーに癇癪起こすような、細っこくって可愛っちぃ子が来るのかなって思ってたし」「大きい方は、お好みじゃないんですか?」「いや、俺の好みの問題じゃなくて。……いっそヒステリックに『こんな田舎は耐えられない!』みたいな感じだったらさぁ。王都の噂が届きにくくて、辺境よりは安全で、物流が良い観光地ちゅーか、療養地? みたいな場所に、別荘買って上げれば済むじゃん」 テオは、すっかり肩を落とし、深々と溜息を吐く。「あったく、陛下も陛下だ……。あんなスゲーの送ってくるなら、もうちょっと時間の余裕をくれるとか、事情を言伝るとか、してくれりゃいいのに……」「それが出来るぐらいなら、最初からそんな〝ワケあり物件〟を閣下に送って寄越さないでしょう?」 呆れの混じったため息交じりに、ハティが言った。「全くなぁ。輿入れの打診が来てから一週間で、花嫁が来ちゃう異例の事態だし?」「あれは打診ではなく、命令では?」「ごもっともで」 テオは頭を掻きながら、ヘラッと笑った。
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1-3
 事の発端は一週間前。 王家から早馬の使者がやってきた。「新年の挨拶の呼び出しにしちゃ、早すぎないか?」 この辺境に王都から使者が来ることなど、それ以外には心当たりが無い。 しかもそれは、形式的に来るだけで、格別の言い訳を用意する必要もなく、毎回〝遠方により辞退申し上げる〟の一言で済ませている。 だが、今回の使者が持ってきたのは、予想外の知らせだった。『辺境伯におかれましては、37歳にして未だつがいどころか、婚約者もないとのこと。つきましては、王家より良きオメガを見繕いました』 という。 おまけに使者は『返答は不要』と言って、即座に帰ってしまったのだ。「こちらを侮るにも、ほどがあるでしょう!」 開いた口が塞がらないテオと違って、ハティは憤り、辺境を守るフェンリル騎士団に至っては「反乱も辞さない」と言わんばかりの騒ぎになった。 が、テオは、それらを諌めた。「実際、見合いの話の一つもないんだし。それに来たって耐えきれなくて、逃げちゃうかもしれないじゃん」「それではまるで、辺境が人の住まう場所ではないような言い様ではないですか!」 怒るハティに、テオは肩を竦める。「実際、中央貴族の子女には、耐えられないような場所だろ? 頻繁に魔物は出るし、死ぬか生きるかピリピリしてて落ち着かないし。食料事情も魔物食とイモばっかりだ」「それは、暮らしている領民を卑下していることになりますよ?」「どんな場所でも、住めば都……。とはいえ、今まで華美で贅沢な暮らしをしてきた者には、辛いだろ?」 テオの言い分は、さほど間違っていない。 結局、結婚を押し付けられた本人がこの調子では、周りの怒りも持続しない。 ハティを含め、騎士団の者たちは一応の収まりを見せた。「ですが、閣下が〝お年頃〟の時期。こちらからいくら打診をしてもお返事を寄越さなかったのに、今更〝良きオメガを見繕った〟というのも、おかしな話ですね」 このスコルの意見には、テオも同意した。「一応、陛下も探しちゃくれたが……。中央の連中は、辺境を島流しか追放先ぐらいにしか思っちゃないからなぁ。俺にくれてやるオメガなんて、いなかったんだろ」「だから罪人を寄越すと?」「その辺も、なぁんか裏がありそうだよなぁ。ハティ、悪いがちょっと王都まで〝おつかい〟を頼まれてくれないか?」「往復六日ですよ? 一日
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1-4
 王都からの使者を追い越し、ハティは一日半で王都に入った。 そして、時間の許す限り情報を収集し、花嫁を乗せた馬車を追い越して辺境に戻ってきたのだ。「一般的に、貴族の家同士が華燭の契りを結ぶとなったら、双方の利潤やら、都合やらをすり合わせにすり合わせ。合意に至っても、招く客から式典の規模を決めるまでに半年。更に式典の準備で半年から一年は掛かるもの……だ」「それが、王命とはいえ、先方のお名前どころか、家名すら知らせてこないとは……」 執務室で息を整えているハティにお茶を煎れながら、スコルが言った。「閣下のご明察通り、裏がありましたよ。まず、お相手のお名前ですが、ミョルニイル伯爵家のご子息です」「ミョルニイルぅ? あすこ、子供は一人だろ?」 首を傾げるテオに、ハティは驚き顔を向けた。「閣下、良く知ってますね」「四侯十六伯ぐらいは覚えておけって、親父に散々言われたからな」「そういえば言われましたね。……俺は覚えてませんけど」 ムッとするテオに、ハティは笑う。「眉目秀麗で将来有望の、自慢の息子の……なんだっけ? アーティチョークだっけか?」「アーサ=ソール様です」「その呼び名も堅っ苦しいから、アーサーでよくない?」「その一粒種を、この辺境に嫁がせるんですか?」 スコルが問うた。「王太子様の婚約者発表パーティーで、ヒートを起こして事件になったそうです」「あ〜、そりゃ辺境追放も納得の話だな……」 ため息交じりに、テオが頷いた。「なぜでしょう?」「王太子ってのは、陛下の一人娘のアリアンロッド様だろ?」「よくご存知ですね」「自分が仕えてる王家だぞ! 知らなかったら、むしろやばいわっ!」「ごもっとも……」「確かに、そんな大事な席でヒート事故を起こせば問題ですが……。それをなぜ、辺境へ?」 スコルが問うた。 しかもそれらの説明もなく、テオに〝つがい〟としてあてがおうとする理由もわからない。「アリアンロッド様は、陛下が親バカを炸裂させまくってる、深窓の令嬢ならぬオメガのお姫様でな。お陰でとんだ我がまま勝手なんだよなぁ……」 テオが、実に面倒くさそうに頭を掻いた。「よっぽど、なんかあったんですね」「俺が〝辺境の狂犬〟なんて陰口叩かれるの、知ってるよな?」「失敬ですよね」「それを聞いたら、わざわざ俺のところに来て、犬なら三遍回
last updateÚltima atualização : 2026-11-04
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1-5
 場の空気を壊すように、ハティが口を開く。「閣下が王都に行きたがらない理由って、それなんですか?」「いや、単に仕事が忙しすぎるだけだって。王都は好きだよ? 可愛いオメガがチヤホヤ接待してくれるところもあるし」「閣下、お行儀が悪いですよ」 キッと家令に睨まれて、テオは口を噤んだ。「閣下。報告の続きなんですが。件の花嫁は、単にパーティーでヒートを起こしたってだけではないんです」「なにが?」「アーサー様は、そもそもアリアンロッド様の王配候補だったんです」「や……、待って? 最近の王都って、オメガがオメガに嫁ぐのが、フツーなの?」「全然普通じゃありません」「そもそも、閣下だって〝眉目秀麗で将来有望〟って聞いていたんでしょう? そのパーティーでヒートを起こすまで、オメガだと知られてなかったのでは?」「……ご面相がよろしくて、アリアンロッド様のミーハー心がくすぐられちゃったら、なし崩し的に言い出せなくて、未来の王配候補になってたとか?」「もしくは、アリアンロッド様に気に入られたので、わざと黙っていたのかもしれません」 スコルは言いながら、ハティを見る。 が、ハティは首を左右に振った。「時間がありませんでしたので、正確な裏付けは取れていません」「まぁ、俺のところに寄越したってことは、要するに陛下はその〝お相手〟の非と、アリアンロッド様のやらかしを天秤にかけると、一方的に〝王家を謀った〟と非難することも出来ない……と考えたっぽいな」「どういう意味です?」「ホントに王家を謀ったんなら、死刑でもなんでもしちゃえばいいじゃん。でも陛下は、そこに情状酌量の余地がある……と判断した。その一方で、アリアンロッド様の〝我が儘〟を公にしたくないとも考えた。だから表向きは〝辺境の狂犬に食わすことにした〟って格好だけを整えたってことなんじゃねぇかな?」「そこまで察しているなら、大事にして差し上げればいいんじゃないですか?」 幼い頃から兄弟同然、共に戦ってきたハティは、歯に衣着せぬ物言いをする。 しかし、テオは苦い笑みを浮かべ、ハティの調べてきた〝身上書〟を持ち上げて、指でぱしんっと弾いた。「こんなちんちくりんで……、年が十五も離れたおっさんが。辺境送りにされて可哀想、可哀想……なんて猫撫で声出しても、気持ち悪いだけだろ?」「閣下はそれほど〝ハズレアルファ
last updateÚltima atualização : 2026-11-04
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2-1:夕食
 夕食の席に現れたアーサーは、濃いグレーの服に身を包んでいた。「なぁ、あれ、昼間の服となんか違うの?」 テオは、後ろに立っているハティに、こそっと尋ねる。「服は着替えさせたと、アンナから報告は上がってますよ」 ハティも、こそっと返した。(服飾に興味があるわけじゃないが……。なんか喪服みたいに見えるんだよな……) オメガと言っても、アーサーはアルファと見紛う立派な体格の持ち主だ。 それが、オメガ向きのレースやフリルがふんだんに使われた服を着ていれば、シュールに見えることは理解できる。 だからと言って、かっちりとした軍服紛いの、喉元までぴっちり閉まったカラー付きなんて、見てるこちらの喉まで締まりそうだ。「本日は、コカトリスでございます」 使用人が皿を運び、それぞれの前に置く。 脂の乗ったコカトリスのもも肉をグリルし、その周りにぎっしりじゃがいものソテーが乗っているメインディッシュだ。「王都と違って、この辺りは葉野菜が流通していなくてな。食事と言えば魔物肉と根菜だ。馴れないかもしれないが、我慢をしてくれ」「大変なお振る舞い、感謝いたします」 スッとカトラリーを取る仕草も、操る動きも優雅で隙がない。 フォークで押さえ、ナイフで肉を切る──それだけなのに、実に礼儀正しく美しい所作だった。(ありゃ、一朝一夕で身につくもんじゃない。子供の頃から行儀作法を、よほどしっかり仕込まれたんだろうな……) テオは、自分が手を止めて、ただジッと彼を見つめていることに、全く気づいていなかった。 アーサーは、切り分けたコカトリスの一片を、淀みのない動きで口に運び── 意外にも、まるで歓びを得たように、口の端を微かに上げた。 じっくりと噛み締め、細部まで味わい尽くすように飲み下し、それから突然、我に返ったようにハッとする。 ばっちりとテオと目が合ったが、二度ほど瞬きをしただけで、表情は崩さなかった。「……なにか?」「あ……、いや……。口に合わなかったら言ってくれ。善処するから……」「……とても、腕の良い料理人ですね」 返された答えに、テオは「伝えておく」と返したが。(どうやら、気に入ってもらえたようだ……) 受け答えは淡泊だったが、しかし彼が、初めて本心から口にした言葉のような気がした。
last updateÚltima atualização : 2026-11-04
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2-2
 主の夕食が済んだところで、ハティはキッチンに向かった。  そこでは使用人たちががやがやと夜の食事をしていた。「やあ、待ってたよ」 一人、離れた席にいるスコルが手を振る。  ハティは、スコルの向かい側に座った。「あのテオ様が、とうとうつがいを得られると思うと、感慨深いと思っていたが……」 既に、自身は食事を終えていたスコルが、ハティのためにお茶を煎れてくれる。「お相手に、一番戸惑っているのは、テオ様だろうな……」 ふうっと息を吐いたハティに、スコルは困ったような笑みを浮かべた。  スコルは、テオとハティより一回り年上の四十代である。  ハティはテオの乳兄弟だが、スコルは代々グレープニール家の家令を勤めている家系の生まれだった。  家令見習いだった頃から、二人の面倒を見てきたスコルは、言わばハティとテオの〝兄貴分〟でもある。「それで? ハティから見て、どうなんだ?」 「どう……とは?」 「私はベータだ。相手の人格は測れるが、オメガの品格はわからない」 「ああ……、うん……。……正直に言って、本当にオメガなのか、俺にもよくわからない」 「見た目は、アルファにすら見えるしな」 「そこも含めて、調査をして欲しいと、テオ様に頼まれた」 ハティの言葉に、スコルは眉を顰める。「三日後から、間引き討伐だろう? ハティが抜けて大丈夫なのか?」 「いや、この案件は〝手段を選ばず〟とのことだ」 「ああ、なるほど……」 含みのあるハティの言い回しに、スコルは頷く。  前回の調査は、とにかく時間が無い中で〝出来る限り最速で、集められる限りの情報を〟と命じられた。  故にハティが、領内で最も俊足を誇るテオの愛馬を借り、直接王都に行って調べてきたが。  今回は、グレープニール家の暗部の使用も認めるということだ。「この一件は、謎が多すぎるしな」 「テオ様は色々察しているようだが……。戦場の心理戦なら、容赦なく切り込むことも出来るが。色恋となる
last updateÚltima atualização : 2026-11-05
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3-1:鶴の取り扱い
 テオは、日が昇る前に起床する。「馬引けっ!」 その一声に、厩舎で既に万端整った馬が引き出され、テオは夜明け前の巡回に出るのだ。「夜勤、ご苦労だった」 黒い森に面する門と、領都を防護する壁沿いに設えられた監視の塔を回り、夜通し見張っていた兵たちを労う。 森の入口まで、馬の運動がてら疾駆けで巡り、戻ったところで早朝の鍛錬をして、それから朝食の席に着く。「おはようございます」「あ……、うん。おはよう……」 食堂で、アーサーは椅子の横に立って、テオが来るのを待っていた。「待たせた? ごめんね。……朝食の時間、伝わってなかった?」「いえ。家令のスコル様から、朝食は午前六時と承っておりました」 アーサーの言葉に、テオは首をかしげた。「うん……。伝わってたのは、いいけども……」 ハティに席を引かれ、テオは椅子に座る。 アーサーもまた、使用人に椅子を引かれて席についた。「あの……さ」「なんでしょう?」「スコルを様付けで呼ぶのは、なんで?」「はい?」「だって……、一応、……きみは、俺のつがいちゅーか……。辺境伯夫人になりに来てるんでしょ?」「建前では、そうなります。ご迷惑を掛けて、申し訳ありません」「いや、王命だし。そこは謝るところじゃないからね?」 テオの発言に、アーサーは殊更驚いた顔でこちらを見ている。「ちょっと、すり合わせをしたほうが、良さそうだな……」 ふう……っと、テオは嘆息する。 その瞬間、アーサーはびくっと身を竦ませた。 テオは、ふと目を眇め、ちらっとハティに目配せをする。 ハティは、そ
last updateÚltima atualização : 2026-11-06
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3-2
 食事が済んだところで、テオはアーサーを居間に招く。 ハティに目配せをして、居間を整えさせ、食後のお茶をこちらにセッティングさせた。「先刻の話の続き……なんだけどね」「はい。私は王命により、グレープニール家に嫁いでまいりました。ティーウ様より子種を賜り、辺境伯家の繁栄のため……」「待った、待った、待った!」 テオはアーサーの言葉を遮った。「確かに王命で、アーティ……いやアー……」「私の名が呼びづらいのでしたら、なんと呼び捨てていただいても構いません」「ん〜……」 腕組みをし、つくづく困り果てたように、テオは天井を仰ぐ。「ごめん。じゃあ、アーティと呼ばせてもらう」「はい、閣下」「そっちも閣下じゃなくて、テオって呼んでくれ。落ち着かないから」「かしこまりました、テオ様」 ふうっと息を吐き、テオはアーティを上から下まで眺めた。 椅子に座っても、決して姿勢を崩さず、背中は真っ直ぐで全身が緊張している。「まず、曲がりなりにもアーティは辺境伯夫人……つまり、この城の中でナンバーツーだって自覚を持ってもらえるかな?」「ナンバー……ツー?」「そう。城主の俺の次に偉いの。だから、スコルとハティに様付けは不要。てか、厳守して」 テオは、そこで初めてアーティの表情が崩れるのを見た。 戸惑い、強張っている。「辺境は、常に黒の森からの魔物侵攻に備えているから、結構気性が荒いし、生きるの死ぬのの話が普通にある。だからわざと、城の中の空気が緩くなるようにしてるんだ。だが、上下の逆転は絶対に許さない。それが崩れたら、有事の際に支障をきたすから」「わかり……ました……」「あと、スコルから聞いてると思うけど。華燭の典をするまでは、夜の通いもし
last updateÚltima atualização : 2026-11-06
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4-1:辺境伯領と騎士団
 辺境の朝は、テオの「馬引け!」の一声で始まる。 フェンリル騎士団に所属する騎士のアンディは、今朝もその声に、厩舎から馬を引き出した。「おはようございます、テオ様」「よう、アンディ。おふくろさんの具合、どうだ?」「閣下からいただいた薬のおかげで、だいぶん楽になったと言ってます」「薬つっても、ただの滋養強壮薬だ。ちゃんとメシ食ってるか、気をつけてやれよ?」「はい!」 馬上にあっても、テオは決して他人を見下さない。 門番であろうが、監視塔の一兵卒であろうが、名を覚え、背景を知り、細やかに声を掛けてくれる。 魔物の侵攻があった時、命を掛けて辺境を延いては国を守る、部下の顔と名前を覚えているのは当然だ……と言って。(この方になら、命も背中も預けられる) フェンリル騎士団に所属している者には、さほど珍しくもない〝絶対の忠誠〟を、アンディもまた持っていた。 そんな辺境に激震が走ったのは、王都からやってきた使者が原因だ。「テオ様が、つがいを賜ったらしい」 最初はそんな話だった。 だが、詳細が分かるにつれ、騎士団の空気は怒りに染まる。「賜ったんじゃない、押し付けられたのだ」 噂を耳にしたアンディは、憤った。「中央は、いつだって辺境をコケにしているのさ」 相槌をうったのは、傭兵のエルドだった。 騎士団にとって、金で冒険者を雇い入れる〝傭兵〟の存在は、恥と思われかねないが。 此処、辺境においてその存在は、戦力としても、また黒の森での薬草採取における護衛としても、非常に有益な存在として優遇されていた。「罪人のオメガを追放同然に辺境へ寄越して、それを〝下賜〟と呼ぶとは……」 中央のやり方に、腸が煮えくり返る思いだ。「だが、どうせすぐに逃げ帰るんじゃないのか?」 食事を共にしていた魔導騎士のセドリックが、やや冷めた口調で言った。「おまえは腹が立たんのかっ!?」
last updateÚltima atualização : 2026-11-07
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