FAZER LOGIN不器用で、じれったくて、ちょっと笑える辺境溺愛ロマンス。 王配候補の発表の夜、仕組まれたヒート事故で罪人に落とされたオメガ・アーサ=ソール。 父にも見捨てられ、辺境伯テオの元へ島流し同然に嫁がされる。戦神と恐れられながら容姿に劣等感を持つ37歳のテオは22歳の長身美丈夫を丁重に迎え、決して急がない。 役に立たなければ捨てられると思うアーサ=ソールと役目ではなく彼自身を大事にするテオの、年の差政略結婚から始まるじれきゅん溺愛譚。
Ver maisその男は、長身に似合わぬたおやかさで、深々と〝カーテシー〟をして見せた。
「初めまして。ミョルニイル伯爵家が
辺境伯たるテオは、応接間に入ったところで、
「あ……、ええっと……」
固まったテオの腰の辺りを、側近のハティがとんっと肘で突いた。
「あー、うん。俺……いや、我こそはグレープニール家が当主ティーウである。今後ともよろしく頼む、アー……アーティ……ちが……、アーサ=ソール殿」
名前を噛んだことに、テオは狼狽えたが。
礼を解いて顔を上げた相手の姿に、びっくりしてしまった。(こんな掃き溜めに、鶴がきちゃったよ……)
さほど背が高くもないテオからしたら、見上げるほどの美丈夫が、そこには立っていた。
艷やかな黒髪は、王都の騎士団規律に準じた、清潔な長さに切り揃えられ、背筋がピシリと真っ直ぐに伸びている。 白磁の肌に、感情の読めない──強い魔力を示すブラッドレッドの瞳。「と……、とりあえず、長旅で疲れただろう? 部屋を用意してあるから、そこで休んでもらって……。従者や世話する侍女たちは使用人部屋に……」
言いかけて、テオは言葉に詰まった。
部屋には、自分たちとアーサ=ソールしか居ない。 そして彼の足元には、輿入れという言葉と真逆の、古びた小さなトランクが一つ。「テオ様……」
再びハティが、今度はテオの脛をがんっと蹴る。
テオが余分なことを尋ねる前に、黙らせたかったらしい。「痛いよ……」
控えているハティに、テオは苦情を言ったが。
「こっちは俺の側近のハティ。あ〜、ハティ。家令のスコルを呼んで、客人をゆっくり休ませてやってくれ」
「かしこまりました」ボロが出ないうちに引っ込むべきと判断したテオがそう言うと、ハティは「正しい判断です」とでも言いたげに頷く。
だが、その漫才のようなやりとりの間も、アーサ=ソールは人形のように、ただ黙ってまっすぐ立っていた。テオは、アーティを執務室に連れて戻った。「ここが執務室」「テオ様の仕事場ですね」「ん〜、まぁ、それはそうなんだけど……」 窓辺へ寄り、テオはバルコニーに続く窓を開ける。「俺の仕事は、あそこに見える黒の森から、魔物を溢れさせないことが第一だ」 バルコニーの先には城下町が広がり、街を囲う城壁がある。 そしてその向こうに、不気味に沈んだ黒の森が広がっていた。「書類仕事はあるが、いわゆる〝領地経営〟のような用向きはほぼない。辺境は税金は全面免除されている。そもそも作物らしい作物は育たないからな」「どうやって、暮らし向きを立てているのですか?」「魔獣から取れる魔石、黒の森に生える特殊な薬草、それらを穀物と物々交換だ。あとは、この土地でギリギリ育つ根菜と魔物肉で食いつないでいる」 手すりに寄り掛かり、テオは振り返る。 アーティは、素直な驚きを顔に表したまま、遠くに見える黒の森を眺めていた。「防護壁が、森の瘴気を完全に防いでいる。ここいら一帯は、まぁ、安全地帯だ。俺とフェンリル騎士団は、定期的に森に入って魔物を間引く」「どれくらいの頻度で森に?」「森の瘴気の濃度が高まったら……だが……。まぁ、年に三回から四回程度、一週間ほどだな」「一週間も、森で過ごすのですか?」「浅層の魔物を一掃しないと意味がないからな。精鋭だけで行って帰るだけなら三日もありゃ足りるが、騎士団全部で雑魚まで狩るとなると、それぐらいの時間は必要になる」 テオはアーティを促して、執務室に戻った。 そこにはスコルが居て、二人のためにお茶を用意してくれている。「冷えてないか?」「大丈夫です」「瘴気の所為で、ここら一帯は気温があまり上がらない。日中で、日当たりの良い場所に居ても、体の芯が冷えることがあるから、服は厚着を心がけたほうがいいだろう」 ソファに座ったアーティに、スコルが肩掛けを掛けた。「おそれい
その日、テオが案内してきた男は、色は地味だが非常に仕立ての良い服を着ていた。 背丈はテオよりも大きく、肩幅があり、背筋が真っ直ぐに伸びた……まるで軍人のような人物だ。「あれ、誰だ?」「中央から、花嫁を輿入れさせるための視察かなにかか……?」 離れた場所でヒソヒソと、兵士や傭兵たちが囁いている。「あー、みんな、集まってくれ」 修練場の台に立ったテオが言った。「こちらは、あー……、アーサ=ソール殿だ。親しくアーサー様と呼んでやってくれ。皆、失礼のないように!」 テオは、それしか言わなかった。 が、その〝失礼のないように〟の一言で、場に居る者は、それが件の〝花嫁〟であると察した。「テオ様!」 エルドが挙手をする。「なんだ?」「華燭の典は、いつですか?」「あ〜、半年……か一年後だ!」「ずいぶん、先ですね」「貴族の場合、招く客とかの都合もあるし、用意も大変だから、時間掛かるんだよ……」 ざわざわと、波紋のように囁き声が広がる。「とにかく! くれぐれもよろしく頼むぞ」「はい、閣下!」 全員が、特に命もないのに敬礼をした。 正規の兵も、傭兵も、分け隔てなく気を配るテオに、全員が礼を示したのだ。「じゃあ、今後ともよろしくな」 皆の礼に礼を返し、テオはアーティを連れて修練場から去っていった。「あのデカイのが、オメガ……?」「しかも……、笑みの一つもない」「当たり前だ。中央から辺境に送られて、不満紛々なんだろうさ」 ざわめきの中、アンディとエルドは顔を見合わせる。「あれが……奥方様……?」「冗談じゃない! 俺は認
辺境の朝は、テオの「馬引け!」の一声で始まる。 フェンリル騎士団に所属する騎士のアンディは、今朝もその声に、厩舎から馬を引き出した。「おはようございます、テオ様」「よう、アンディ。おふくろさんの具合、どうだ?」「閣下からいただいた薬のおかげで、だいぶん楽になったと言ってます」「薬つっても、ただの滋養強壮薬だ。ちゃんとメシ食ってるか、気をつけてやれよ?」「はい!」 馬上にあっても、テオは決して他人を見下さない。 門番であろうが、監視塔の一兵卒であろうが、名を覚え、背景を知り、細やかに声を掛けてくれる。 魔物の侵攻があった時、命を掛けて辺境を延いては国を守る、部下の顔と名前を覚えているのは当然だ……と言って。(この方になら、命も背中も預けられる) フェンリル騎士団に所属している者には、さほど珍しくもない〝絶対の忠誠〟を、アンディもまた持っていた。 そんな辺境に激震が走ったのは、王都からやってきた使者が原因だ。「テオ様が、つがいを賜ったらしい」 最初はそんな話だった。 だが、詳細が分かるにつれ、騎士団の空気は怒りに染まる。「賜ったんじゃない、押し付けられたのだ」 噂を耳にしたアンディは、憤った。「中央は、いつだって辺境をコケにしているのさ」 相槌をうったのは、傭兵のエルドだった。 騎士団にとって、金で冒険者を雇い入れる〝傭兵〟の存在は、恥と思われかねないが。 此処、辺境においてその存在は、戦力としても、また黒の森での薬草採取における護衛としても、非常に有益な存在として優遇されていた。「罪人のオメガを追放同然に辺境へ寄越して、それを〝下賜〟と呼ぶとは……」 中央のやり方に、腸が煮えくり返る思いだ。「だが、どうせすぐに逃げ帰るんじゃないのか?」 食事を共にしていた魔導騎士のセドリックが、やや冷めた口調で言った。「おまえは腹が立たんのかっ!?」
食事が済んだところで、テオはアーサーを居間に招く。 ハティに目配せをして、居間を整えさせ、食後のお茶をこちらにセッティングさせた。「先刻の話の続き……なんだけどね」「はい。私は王命により、グレープニール家に嫁いでまいりました。ティーウ様より子種を賜り、辺境伯家の繁栄のため……」「待った、待った、待った!」 テオはアーサーの言葉を遮った。「確かに王命で、アーティ……いやアー……」「私の名が呼びづらいのでしたら、なんと呼び捨てていただいても構いません」「ん〜……」 腕組みをし、つくづく困り果てたように、テオは天井を仰ぐ。「ごめん。じゃあ、アーティと呼ばせてもらう」「はい、閣下」「そっちも閣下じゃなくて、テオって呼んでくれ。落ち着かないから」「かしこまりました、テオ様」 ふうっと息を吐き、テオはアーティを上から下まで眺めた。 椅子に座っても、決して姿勢を崩さず、背中は真っ直ぐで全身が緊張している。「まず、曲がりなりにもアーティは辺境伯夫人……つまり、この城の中でナンバーツーだって自覚を持ってもらえるかな?」「ナンバー……ツー?」「そう。城主の俺の次に偉いの。だから、スコルとハティに様付けは不要。てか、厳守して」 テオは、そこで初めてアーティの表情が崩れるのを見た。 戸惑い、強張っている。「辺境は、常に黒の森からの魔物侵攻に備えているから、結構気性が荒いし、生きるの死ぬのの話が普通にある。だからわざと、城の中の空気が緩くなるようにしてるんだ。だが、上下の逆転は絶対に許さない。それが崩れたら、有事の際に支障をきたすから」「わかり……ました……」「あと、スコルから聞いてると思うけど。華燭の典をするまでは、夜の通いもし