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遠ざかる愛を抱いて
遠ざかる愛を抱いて
Author: 白瀬桃香

第1話

Author: 白瀬桃香
「藤崎様、本当に人生交換プロジェクトのボランティアにお申し込みになるのですか?

ひとたび交換が行われれば、あなたの容姿も身分も、完全に他人のものになります。

今の婚約者やご家族とも、二度と何の関わりもなくなりますが……それでもよろしいのですね?」

藤崎心乃(ふじさき ここの)は、おそるおそる尋ねた。

「手術費用は、無料なんですよね?」

「はい。

ただし、この技術はまだ完全に確立されたものではありませんので、お身体に何らかの悪影響が出る可能性があります。

それでもお受けになりますか?」

心乃は静かにうなずいた。

「かしこまりました。

手術は七日後に行われます。

もし途中でお気持ちが変わりましたら、早めにご連絡ください。

それに――あなたは婚約者のことをとても愛していらっしゃいます。

本当に失いたくはないはずですから」

ペンを握る手に、無意識に力がこもる。

心乃は自嘲気味に、かすかに笑った。

彼女は成瀬蒼真(なるせ そうま)を愛しているのか。

もちろん、愛している。

けれど――蒼真は、もう彼女を愛してはいなかった。

「気持ちは変わりません。

当日、必ず来ます」

心乃はボランティア同意書に自分の名前を書き終えると、病院を後にした。

にぎやかな十字路に立ち尽くしながらも、自分がどこへ向かえばいいのかわからなかった。

彼女は京央・藤崎家の令嬢であり、蒼真の婚約者でもある。

本来なら、幸せで何不自由ない人生が待っているはずだった。

けれど、高梨清香(たかなし きよか)が現れてから、すべてが変わってしまった。

清香は彼女の伯父の娘だった。

六年前、伯父夫婦が交通事故で亡くなり、母が彼女を家に引き取ったのだ。

清香は、心乃の恵まれた暮らしに嫉妬し、何度も何度も彼女を陥れた。

その日から、両親はもう彼女を甘やかさなくなり、兄も彼女をかばわなくなった。

そして、心乃だけをひたむきに見つめていたはずの蒼真さえ、もう彼女を信じなくなった。

彼らの目には、心乃は腹黒く悪意に満ちた女として映るようになっていた。

彼女は家を追い出され、住む場所も失った。

兄は業界全体に圧力をかけ、彼女を締め出した。

仕事を見つけて食べていくことすらできず、夜になると、ゴミ箱をあさって残飯で飢えをしのぐしかなかった。

もう、本当に限界だった。

だからこそ、病院がボランティアを募集しているのを目にしたとき、彼女は何も考えずに応募したのだ。

副作用など、どうでもよかった。

新しい人生を始められるのなら、どんな代償だって払うつもりだった。

通りの向かいにあるビルの巨大スクリーンでは、蒼真のインタビュー映像が流れていた。

「成瀬グループの新シーズンのウェディングドレス発表会は、七日後に開催されます。

どうぞ皆さま、よろしくお願いいたします」

七日後――?

あまりにも、できすぎていた。

心乃はうつむく。

惜しいことに、そのチーフデザイナーである自分は、自分の作品が世に出る瞬間を見ることができない。

司会者が問いかける。

「これまで成瀬グループのチーフデザイナーは、ずっとご婚約者の藤崎さんでしたよね。

今回、どうして突然、高梨さんに交代されたのでしょうか?」

蒼真は冷ややかに笑った。

「僕も最近になって知ったことですが、心乃のこれまでの作品は、ずっと清香のデザインを盗用したものだったんです。

成瀬グループの今回の判断は、ただ本来あるべき形に戻しただけですよ」

「つまり、国内トップクラスのウェディングドレスデザイナーである藤崎さんが盗作していた、ということですか?

その証拠はあるのですか?」

「証拠はありません。

ですが、僕は清香を信じています」

彼は目を細め、その瞳にはあからさまな嫌悪が渦巻いていた。

「それに、心乃の人間性を考えれば、盗作くらいしていても何も不思議ではないですから」

通行人たちが次々と足を止める。

「え、今の聞き間違いじゃないよね?

藤崎心乃が盗作?」

「私、来週の結婚式であの人のドレスを予約してるんだけど!

最悪……!」

心乃は胸が詰まりそうになりながら叫んだ。

「私は盗作なんてしてない!

お願い、信じて……!」

「お前が藤崎心乃か?

よくそんな顔でのこのこ出てこられるな。

盗作しておいて!」

「成瀬社長が自分の口で言ったんだぞ。

嘘のはずがないだろ!」

「婚約者だったんでしょ?

本人にそこまで言わせるなんて、どれだけ最低な人間なのよ!」

騒然とする中、誰かに突き飛ばされ、心乃は地面に倒れ込んだ。

ざらついた石に手のひらを切り裂かれ、血がにじむ。

そのとき、心乃はふいに笑った。

彼女と蒼真が出会ったのは五歳のとき。

幼なじみとして、十七年もの歳月を共に歩いてきた。

その彼でさえ信じてくれないのなら、赤の他人が信じてくれるわけがないだろう。

心乃は痛む体をなんとか起こし、その場を離れようとした。

だが次の瞬間、誰かに水を浴びせかけられた。

「盗作女!

死ね!」

氷のかけらが混じった冷水が首筋を伝って体へ流れ込み、心臓がびくりと震える。

心乃は目を真っ赤に腫らし、声を震わせた。

「本当に盗作なんてしてない……どうして、誰も信じてくれないの……?」

「まだ嘘をつく気?

あんたみたいなのが、どうやって成瀬家に取り入ったんだか!」

見物人はますます増え、容赦のない視線とささやきが四方から突き刺さる。

激しい羞恥と絶望が、今にも彼女を飲み込もうとしていた。

「何をしている!」

耳に飛び込んできたのは、聞き慣れた声だった。

心乃が顔を上げると、そこにいるはずのない人物が立っていた。

蒼真は口元を固く引き結び、取り囲んでいた人々をすべて追い払った。

「心乃、まだ恥をさらし足りないのか?

俺と帰るぞ!」

彼は乱暴に彼女を引き起こし、血の流れる手のひらなど一切気にも留めず、そのまま車へ押し込んだ。

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