تسجيل الدخول転移して降り立ったレオンハルトと焚き火を消してふと振り向いたミレイユは、同時に息をのんだ。
お互いの視線がぶつかる。 だが、そこにあるのは、驚きと混乱だけ…… (なんで月影亭の娘が俺の目の前に!しかもここは?どこだ!?) (だ、誰この人……!しかも怖そう!!) ミレイユは、味方か敵かわからない男が突然目の前に現れたうえに、自分の身を守るものがない状況に心臓が跳ね上がった。 そして、昨日のあのリンチじみた尋問の記憶が蘇り、勝手に肩が震える。 「あ、あのっ……ど、どちら様でしょうか……? わ、私は本当に何も……!何も知りませんから!許して……!」 ガタガタと後ずさるミレイユに、レオンハルトも内心で冷や汗をかく。 ……やっぱり、前に月影亭で見た子に間違いない。 でもこれ、完全に俺が脅してる構図じゃないか。 もちろん女性を怖がらせる趣味なんてない。 けど、「物を渡して即撤退」というわけにもいかない…… どうすればいいんだ?困った。 「お、落ち着いてくれ。私は第一騎士団団長、レオンハルトだ」 両手を見せて、できるだけ低い声で続ける。 「驚かせたのは謝る。実は……私の上司が、君のお母上と交際していてな。預かり物を――」 そこで息が止まる。視線が自分の左手に落ちた。 (……指輪……俺が……はめてる……?) 血の気がスーッと引いた。 渡すどころか、勝手に指輪をはめた状態で現れた騎士―― どう見ても不審者だ。 (……俺、何やってんだ……) ミレイユの視線も、レオンハルトの左手に吸い寄せられる。 「そ、その指輪……!」 「す、すまない。今外す」 「ダメ! 外さないで!!」 外そうとした手を、ミレイユが重ねた。 手が触れた瞬間、レオンハルトの指先にミレイユの体温が移ってくる。 (……あ、温かい) お互いにそう思った瞬間、互いに恋愛経験値の低さに気づき、その重なった手を、二人でまじまじと見つめてしまう。 そして、お互いの視線が重なり、慌ててパッと離した。 お互いに、耳まで真っ赤だ。 (俺たちは子供か!!) 「ち、違うんです。それ、空間移動の術式が仕込まれてるから!」 ミレイユは真っ赤な顔で、レオンハルトを握った手を、ぎゅっと握り続けながら、指輪から視線を外さずに答えた。 「空間移動?」 レオンハルトは恐る恐る問いかける。 「……わかるのか?」 差し出された指輪は、リング幅が広いところで一センチ。 そこに楕円形の魔石が埋め込まれている。 鈍い赤色がかすかに光るが、レオンハルトにはただの石にしか見えない。 「すみません、もう少し手に触れさせてください。少し拝見します」 ミレイユは一呼吸して、まず断りを入れてから、レオンハルトの手を自身に引き寄せる。 その仕草から、物を扱う誠実さが自然と伝わってきた。 「……指輪は....色々伺いたいことがあるので、今は外さないでください。外すと、元の場所に戻ってしまう可能性があります」 「なるほど、だから外さないでと言ったわけか」 レオンハルトも、その言葉に納得する。 彼女――ミレイユには聞きたいことがたくさんある。 「この指輪にはまっている石は、魔石なのですが、術式が込められています。どうやら、どこにでもいくことが出来るわけではなく、決められた場所だけ移動できる術式です。」 「決められた場所と言うことは……」 レオンハルトは、自分が降り立った地点を見つめると、ミレイユも頷いた。 「おそらく私の師匠が、ここ――この魔法陣に到着するよう作った物ですね。私も、昨夜ここに師匠の作った魔法陣で降り立ったので同じだと思います」 そう、レオンハルトに告げて、ミレイユはそっと手を離した。 「そうか……君が、尋問の後行方知れずだと耳にしたんだ。ここに転移されていたのか……」 レオンハルトは手が離れたことと、ミレイユ自身は、正直に話しており、危険性がなさそうなことに安堵した。 だが、ダリウスに対しては思うところがあり、内心で叫ぶ。 (ダリウス!なんで俺にこんな指輪を渡すんだ!!)レオンハルトが、命に関わる大怪我をしていた頃――ミレイユは、師匠であるアリエルの日記をめくる手を止められなかった。そこには、だんだんと自分の名前が増えていく。そして、その中にある話の幾らかが、自身の記憶にある出来事と重なっていった。師匠から初めて錬金術を習った日。大きな魔物を狩った成果を自慢された日(私は素材の説明だと思って聞いていたけど……)武器に付与する倍率を間違えて大失敗した日――小さな思い出が、紙の上に散らばっていた。「師匠、こんなに人に伝えることが不器用なのに。こんなに一生懸命、私が人らしく生きられるように、努力してくれてたんだ」胸の奥がじんわり熱くなる。師匠は何でも記録に残した。錬金術の小さな気づきや研究レシピも……狩りの方法からその取れる素材のことも……そして、私の育児も。そのうえで、感じたことや考えを「これは人と同じ感覚なのか?」と、頻回にダリウスに尋ねており、そのダリウスの返答まで、記録に残してあった。――自分は他の人と違う。そう理解してから、不安だったのだろう。思い返せば、私が店に出るようになってからは、師匠より従業員と過ごす時間の方が長かった気がする。「ふふっ、ミレイユにお店は任せた!いい新製品、作るからね」そう言っては、すぐ留守にしてしまう。どこかに素材を採りに行くのだと思っていたが、樹海防衛部隊と錬金術師を両立で大変だっただろうし……意識して私と距離を置いたんだと思う。きっと、師匠は、私を普通の子のように育てたかったんじゃないだろうか?(師匠と一緒にいた時間って、意外と少なかったんだな)◆王都で暮らすようになって数年――
一方――樹海防衛部隊では……レオンハルトとダリウスの声は、壕の外まで響いていたらしい。レオンハルトの怒鳴り声を聞きつけて、カイルが飛び込んできた。「団長――じゃなかった、隊長!大丈夫か!」そう言って隊長室に飛び込んできたが……「あれ?幻聴か?誰か男の声が聞こえたような気がしたんだけど……」そう言ってキョロキョロする。カイルの顔色はひどく疲れていたが、こいつは俺が気の回らないところを全部拾ってくれる。だからこそ、ミレイユをここに連れてくることは相談なしに決めてはいけないと思っていた。「実はな。先ほど突然、ダリウス前総司令官が現れて、消えたんだ」「……は?」現れて消えた?何を言ってるんだと言う顔で、カイルは俺の顔を見る。俺もあの指輪のことを知らなければ同じ反応をするよな。レオンハルトは苦笑して、ダリウスが消えたあたりをチラッと見た。「どう言う仕組みかは分からない。別に幻影ではなさそうだったけどな。彼の言うには、この樹海防衛部隊の前隊長の娘を連れてこいというんだ」「情報多すぎて処理できませんけど!?樹海防衛部隊の前隊長の娘?で、その娘さんはどこにいるんですか?」そもそも、前隊長の名前すら今日俺たちは知ったのに、家族がどこに住んでいるのなんて知りませんよと、お手上げのようにカイルは両手をあげた。レオンハルトは、どう説明しようか迷い、苦笑する。「実は……俺の婚約者なんだ。ただ、彼女が、前隊長の娘というのは知らなかったんだけどな。今、俺が、匿ってる」「……えっ?はっ?今……匿っている?」カイルが固まった。……言ってしまった。縁談話だけなのに、婚約者だなんて。少し恥ずかしい。だ
レオンハルトがダリウスと再会を果たし、アリエルと行動を共にしていた頃――ミレイユが読んでいたのは、毎日、自身と格闘するアリエルの姿だった。◆「アリエル、子供を買ったってどういうことだ」ダリウスとアドリアンが、真っ青になり、当然のようにアリエルに詰め寄る。だが、間違いなくそこにはやっと歩き出したぐらいの子供がいる。「アリエル、君は、毎日あっという間に野菜ができる錬金物はないか研究していたはずだったよな?」ダリウスは今更この子を返せとは言えないが、なぜこうなった?と確認した。アリエルは毎日、塔の前の畑で、何やら錬金道具を作るのだと格闘していたはずだ。「うまくいかないんだ。でも、副産物で栄養価の高い土ばかりできるからな。アドリアンから学んだ地図で、農作物の育ちが悪い地域に配ったんだ」ドヤ顔で、良いことをしたとアリエルは頷いた。出会った頃を思えば、雲泥で表情も会話も増えた。だが――常識は……ない。「勝手に?ど、どこにその副産物を配ったんだ?」アドリアンは慌てる。この樹海から南なら、それはすでに我が国ではない。勝手なことはできない。「うーん、地図は途中から見てない。同じ景色ばかりだからな」土地が衰えた田畑ばかりが広がっていたと話す。他国にとっても、樹海は脅威だ。おそらく、樹海周辺は人の出入りも少ないだろうし、農作物も魔物に食い荒らされる可能性も高い。そこで、最低限の生活している人たちは、あまり裕福とは言えないのだろう。アドリアンから学んだ世界を見ていたい。そこまでは、アリエルにも好奇心が沸く感情が出てきたのかと好意的にとってもいい。(……勝手に他国に行くのは問題だが、目を瞑ろう)ただ、どうして人に関心なんてないくせに……なぜ子供を連れて
ミレイユが、師匠アリエルの日記を読んで、自分が「買われてきた」過去を知り、衝撃に打ちのめされていた頃――レオンハルトもまた、突然現れた人物に混乱していた。「……総司令官!じゃねえ、ダリウス!お前、なんで今さらのこのこ出てきやがる!」どれだけミレイユが辛い思いをしたと思ってるんだ!そして、なんで俺を騙しやがった!怒りが抑えきれず、レオンハルトはダリウスの胸ぐらを乱暴に掴んだ。「すまない」ダリウスはレオンハルトに胸ぐらを掴まれた衝撃でよろけたが、そのまま抵抗もせず、ただ静かに言った。「お前には殴られても切られても仕方ないぐらいのことをしたと分かっている。ミレイユを託せて、行動に信頼がおける男がお前しか思いつかなかった」「それなら最低限でも言えることはあっただろ!今まで、どこに隠れてやがった!」信頼がおけるといって、信頼が置けない行動をした奴はどこのどいつだよ。レオンハルトは怒りで、ダリウスを殴り飛ばしたくなる。「……アリエルを助けるために動いていたんだ」「アリエル……って、ミレイユの師匠で、前隊長……だよな?一緒じゃないのか?」レオンハルトの力が、へっ?と一瞬緩む。てっきり、二人は一緒に逃げているのだと思っていたのに……ダリウスは、空っぽになった棚や、整えられた机をみて、つぶやくようにレオンハルトに話した。「ここは、アリエルが働いていた場所だ。もう知っていると思うが……ここに、アリエルはいた。ミレイユの養母で、師匠になる」「ふざけんな、なんでミレイユに大切なことを伝えていない?どこまで俺たちを振り回す気だ!」レオンハルトは、拳に力が入り、とにかく落ち着けと自分に言い聞かせた。聞かなければならないことがたくさんある。「アリエルが、王に捕まった。急なことで、自分も追われる身
アドリアンは戦場では珍しい十代の少女、アリエルをいやらしい目で見つめた。そして、そーっと手を伸ばす。だが、そのアリエルの体に触れようとした瞬間、腕を弾かれ一気に吹き飛ぶ。防御魔法を展開していたらしい。周囲に兵がいるのに、恥をかかされたアドリアンは怒りを露わにした。「お、お前、貴族に対して!」「貴族?」「そうだ!お前みたいな卑しい血の者が――」「卑しい血?貴族の血と何か違うんですか?」アリエルは短剣を取り出した。「な、お前、私を誰だと思っている?その剣をどうするつもりだ!」アドリアンは自分を攻撃する気かと思わず後ずさった。だがその瞬間「刺します」アリエルは自分の腕を刺した。そして、鮮血がその腕を垂れていく。「血は赤いです。貴族の血は違いますか?」無表情で痛そうなそぶりもなし。ダリウスもアドリアンも、そして周りの兵もざわめいた。「血……赤いです」反発というより血に関心がある感じだ。じーっとその流れる血を止めるわけでもなく眺め続ける。女性慣れしていないアドリアンも、さすがにこの子はおかしいと直感する。そのとき――空から攻撃が降り注いだ。「敵襲だ!」ダリウスや騎士団も急いで応戦しようとする。だが奇襲攻撃で、意表を突かれてしまった。爆撃で、多くの兵が吹き飛ぶ。そして、防御魔法を突破して、血まみれになり、左肩から下のアリエルの腕も吹き飛んだ。だが彼女は、無表情のまま、腰からハイポーションを取り出し、一気に飲み干す。そして、腕は生えてきて、その復活と同時に、その新たに生えてきた手をかざすだけで、攻撃方向に爆撃を叩き込む。激しい爆撃音と煙がその空間を支配するが、奇襲攻撃で、アリエル以外まともに立ち上がれるものはいない。それを見て、アリ
ミレイユは、師匠アリエルの日記をめくりつづけていた。そこに記されているのは、樹海防衛部隊の隊長になってからの記録。――毎日、どれだけの魔物を、いかに残虐に討伐できたか。そればかりが延々と書き連ねられている。さらに、兵たちに錬金物を持たせ、魔術師と同じように普通の兵でも大量の魔物を狩れる仕組みを検討していた。「今の師匠の考えとは、まるで真逆だわ……」ページを進めると、そこで、初めてダリウスとの出会いが記されていた。「ダリウスと出会ったのは、師匠が隊長になったばかりの頃なんだわ」ミレイユは、そこに、やっと知っている名前を見て、少しだけホッとする。◆「樹海以外の応援ですか。わかりました」淡々と答えたアリエルは、魔術師団長オルフェンに命じられるまま、紛争地帯へ向かう。アリエルは、魔術師としてその頃には、すでにオルフェンを凌ぐほどの力を持っていたと思う。だけど、樹海を支配する魔術師もいるといわれて樹海防衛部隊の隊長になっていたのだ。言われた命令を表情ひとつ変えずに遂行する。生きた兵器――そう言われるのは、アリエルが淡々と職務を遂行して、しくじることもないからだが、本人はわかっていない。「では行きます」錬金術で作り出した道具を山のように抱え、迷いもなく移動する。戦場で、そんなアリエルを迎えたのは、まだ二十代後半の若き第一騎士団長、ダリウスだった。その時、アリエルがダリウスと話した最初の言葉は?――「誰を殺せばいい? どれだけ殺したら終わる?」ダリウスは、アリエルを見て息をのんだ。部下を失い続け、苦しい戦況にあえいでいたダリウスですら、目の前の少女に寒気を覚えた。十代の女の子が、まるで感情を持たない機械のようにそう言ってのける。ダリウスは、「では、あれを殺せ」と言えるほど冷酷にはなれなかった。







