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02.メロウルーム

last update Date de publication: 2026-06-15 11:29:25

 土曜日の夜。

 職場である都心のオフィス街から電車を乗り継ぎ、一時間以上離れた閑静なエリアにあるハイクラスホテル。

 りとは広々としたスイートルームのふかふかの上質な絨毯の上で、落ち着かない様子でウロウロと歩き回っていた。

 女性向け風俗、出張型リラクゼーションサービス〝メロウルーム〟。

 予約を完了した日から今日まで、りとは仕事中も上の空になるほど、この日のことばかりを考えていた。下着も奮発して、少し透け感のある黒のレースのランジェリーを身につけている。上には、ホテルに備え付けられていた肌触りの良いバスローブを羽織っていた。

(あの写真の人……本当に鷲尾課長なのかな。いや、まさかね。いくらなんでも、あの鬼が女風なんて……)

 ぐるぐると堂々巡りの思考を繰り返していると、不意に部屋のチャイムが鳴った。

 ピンポーン。

 ビクッと肩が跳ねる。心臓が、肋骨を突き破りそうなほど激しく早鐘を打ち始めた。

 りとは大きく深呼吸をして、バスローブの胸元をぎゅっと合わせると、ゆっくりとドアの方へ向かった。

 冷たい金属のドアノブに手をかけ、ガチャリと音を立てて扉を開ける。

「こんばんは。メロウルームの……」

 そこに立っていた男の低い声が、途中でピタリと止まった。

 甘く、けれどどこか冷たさを孕んだその声。

 スーツではなく、上質な黒のタートルネックに、細身のスラックスという洗練された私服姿。少し長めの茶髪、黒縁メガネ。そして、口元の右下にあるホクロ。

「……え」

「……」

 りとの口から、間抜けな声が漏れた。

 目の前の男も、わずかに目を見開き、息を呑んでいるのが分かった。

 ――間違いない。他人の空似でもなんでもない。

 そこに立っていたのは、毎日オフィスで自分をこっぴどく叱りつけてくる直属の上司、鷲尾冴臣その人だった。

(う、嘘でしょ!? 本当に課長!? なんで!?)

 りとの頭の中はパニックに陥った。副業禁止の我が社で、しかもよりによって女風のセラピスト!? しかも、それを部下である自分が指名してしまったという絶望的な状況。

 気まずさで死にそうだった。いっそこのままドアをバタンと閉めて、窓から飛び降りてしまいたい。

 しかし、お互いに硬直したのは、ほんの数秒のことだった。

「……初めまして。メロウルームから参りました、〝レイ〟と申します。本日はご指名いただき、誠にありがとうございます」

 鷲尾は――いや、レイは、ふわりと柔らかな微笑みを浮かべ、完璧な角度でお辞儀をした。

 その顔には、先ほどまでの驚愕の色は微塵もない。オフィスで見せるような般若の形相でも、人を小馬鹿にしたような冷笑でもない。ただひたすらに甘く、女性を安心させるような、極上の笑みだった。

「えっ……あ、えっと……か、課長……?」

「どうぞ、中へ入ってもよろしいですか? 廊下では冷えますから」

 りとの震える声を完全にスルーして、レイは甘い声でそう囁いた。

 その圧倒的なペースに呑まれ、りとは思わず一歩後ろへ下がってしまう。レイはスマートに部屋の中へ入り、静かにドアを閉めた。

「あの、鷲尾課長、ですよね……? 私、甘崎です! 営業部の……」

「甘崎様、ですね。存じております。ですが、ここはオフィスではありません。私はメロウルームのレイであり、貴女は私の大切な〝お客様〟です。それ以外の関係は、この部屋には持ち込まない。……それでよろしいですね?」

 黒縁メガネの奥の目が、スッと細められる。

 有無を言わせない圧と、プロフェッショナルとしての確固たる意志。

 その言葉の裏には、「仕事の話は一切するな」「この秘密は互いに墓場まで持っていくぞ」という強烈なメッセージが込められていた。

「は、はい……」

 りとはコクコクと首を縦に振るしかなかった。

 レイは満足そうに微笑むと、持参していたボストンバッグから、手際よくタオルやアロマオイル、そして何種類かの美しいボトルを取り出し始めた。

「少し、緊張されていますね。足元から温めましょうか」

 レイはそう言って、りとの前でひざまずいた。

 手には、温かいお湯が張られた小さなフットバス。そこには、ラベンダーとベルガモットの精油が数滴垂らされており、部屋中が瞬く間に極上のリラックス空間へと変わる。

「あ、あの、自分で……!」

「お任せください。今日は、貴女のすべてを私に委ねていいんです。何も恥ずかしがることはありませんよ」

 レイの長くて綺麗な指先が、りとの足首を優しく包み込む。

 温かいお湯の中で、プロの絶妙な力加減で足裏のツボが押されていく。それだけで、りとの身体から一気に力が抜け、ふにゃりとソファに背中を預けてしまった。

「はぁ……っ、すごく、気持ちいい……」

「それは良かった。甘崎様は、いつもお仕事でたくさん歩いていらっしゃるから、足が張っていますね。とても頑張り屋さんな足だ」

(……あんなに毎日、ドジだのなんだのと怒鳴り散らしているくせに!)

 心の中でツッコミを入れつつも、りとはその極上の心地よさに抗えなかった。彼から漂う微かな香水と、アロマの香りが混じり合い、脳の奥が痺れるように甘く溶けていく。

 フットバスを終えると、レイはりとをベッドへとエスコートした。

 真っ白なシーツの上に座らされ、真正面から見つめられる。黒縁メガネの奥の瞳は、昼間の冷徹さとは打って変わり、熱を帯びてりとを真っ直ぐに射抜いていた。

「甘崎様。今日は、どんな風に愛されたいですか?」

「えっ……」

「激しいのがお好みか、それとも、とろけるように甘く優しくされたいか。貴女の望むままに、私がすべてを叶えます。どんなに奥底にある欲望でも、隠さなくていい。私に、貴女の本当の姿を見せてください」

 その声のトーン、言葉選び、目線。すべてが完璧に計算され尽くした、女性を落とすための技術。

 けれど、りとは長い間性欲を持て余し、先日はマッチングアプリで酷い目に遭ったばかりだ。この圧倒的な肯定感と、プロとしての包容力は、りとの理性を吹き飛ばすのに十分すぎた。

「わたし……っ」

 りとは、恥ずかしさで頬を真っ赤に染めながらも、正直な思いを口にした。

「ずっと、我慢してて……。だから、その……いっぱい、気持ちよくしてほしいです。頭がおかしくなるくらい、めちゃくちゃにして、甘やかしてほしい……」

 こんなあられもない要求、普段の鷲尾課長に言ったら「病院に行け」と一蹴されるだろう。

 だが、レイはふっと色気のある笑みをこぼし、りとの頬を優しく撫でた。

「素晴らしい。ご自身の欲望に素直な女性は、とても美しいですよ。……では、ご要望通り、甘く、激しく、貴女が声も出せなくなるまで溶かして差し上げましょう」

 レイの指先が、バスローブの帯をゆっくりと解いていく。

 露わになった黒いレースのランジェリー姿を見ても、レイの視線には一切のいやらしさがない。ただ、極上の美術品を鑑賞するように、りとの肌を愛おしそうに見つめていた。

「綺麗な肌だ。……触れますよ」

 レイの熱い唇が、りとの首筋にそっと落とされる。

 昨夜の男の湿った下品なキスとは全く違う。羽のように軽く、けれど確実に熱を置いていく、吸い付くような完璧なキス。

「んぁ……っ、あ……」

 背筋を駆け抜ける強烈な快感に、りとの口から甘い声が漏れた。

 レイの大きな手が、背中から腰、そして太ももへと、滑るように撫で上げていく。そのタッチは、解剖学を知り尽くしているかのように、女性が最も感じやすいポイントを的確に捉えていた。

「声、我慢しなくていいですよ。とても可愛い」

「あ、ダメっ……そこ……んんっ!」

 耳元で囁かれる低く甘い声。

 首筋から鎖骨、そして胸の谷間へと這う、熱い吐息と舌の感触。

 下着越しに秘部を擦り上げられると、りとの身体はビクンと大きく跳ねた。自分がどれだけ濡れているか、もう誤魔化しようがない。

(すごい……。なにこれ、全然違う。私が今まで知ってたエッチと、次元が違いすぎる……!)

 りとの頭の中は、瞬く間に真っ白になった。

 昼間、あんなに冷たく自分を叱責していた鬼上司。その彼が今、自分をベッドに押し倒し、とろけるような顔で自分を愛撫している。

 その猛烈なギャップと背徳感が、最高のスパイスとなってりとの脳を麻痺させていく。

 だが、りとの心の中には、確かな冷静さも存在していた。

(私、別に課長のこと、好きになったわけじゃない。こんなの、ただの錯覚だ)

 そうだ。これは恋愛感情じゃない。

 彼が圧倒的に仕事ができるから。この〝女風〟というサービス業において、彼が神がかったプロフェッショナルだから、私の身体が勝手に反応しているだけだ。

 愛とか恋とか、そんな面倒なものは求めていない。

 ただ、この満たされなかった強烈な性欲を、この最高級の技術を持った男の身体で、徹底的に満たしたいだけ。

「レイさん……っ、もっと……、もっと奥まで……」

「ええ、いいですよ。貴女の欲しいもの、全部あげますからね……」

 レイの長い指が、下着の布をずらし、ついに直接、りとの濡れそぼった熱い蜜壺へと触れた。

 ビクンッ! と身体が弓なりに反り上がり、りとの口から堪えきれない絶頂の叫びが上がる。

 恋ではない。愛でもない。

 けれど、りとは完全に、彼という〝極上のサービス〟の虜になっていた。

 この冷徹な鬼上司の、完璧に計算された淫らな技術と、圧倒的な快感の沼へ。

 甘崎りとは、もう二度と引き返せない深いところまで、真っ逆さまに堕ちていくのだった。

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  • 限界OL、女風のナンバーワン〝レイ〟を指名したら上司の特等席でした   105.大切な人です

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