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第621話

Auteur: 似水
エレベーターのドアは開いたままだった。

里香はドアの前で立ち尽くし、外に出るべきか、中に留まるべきか迷っていた。完全に板挟みの状態だ。

背後から冷たい視線が刺さるように感じ、手のひらにはじっとりと汗が滲んできた。

時間だけが無情に過ぎていく中、エレベーターが警報音を鳴らし始めた。

「上がるのか、それとも降りるのか?」

エレベーターの中の男が、低くかすれた声で話しかけてきた。その声には苛立ちが滲み、里香には聞き覚えのないものだった。

里香は歯を食いしばり、心の中で叫んだ。「忠、まだ来ないの?走ればもう追いついてるはずでしょ!」

だが、男に急かされる以上、このまま引き延ばすわけにもいかない。

暗く静まり返った廊下にもう一度目をやった後、彼女は意を決してエレベーターに戻ることを選んだ。

何かあったとしても、エレベーター内には監視カメラがある。それがせめてもの頼りだった。外に出てしまえば、何が起きるか全くわからない。

里香は静かに二歩後ずさりし、閉じるボタンを押した。

エレベーターのドアがゆっくり閉まった。その間、里香の心臓は喉元まで跳ね上がりそうだった。

エレベーターは静かに下降を始め、背後の男は特に動く気配を見せなかった。それでも、里香は一瞬たりとも警戒を解くことができなかった。

4階に差し掛かったところで、エレベーターが突然停止し、ドアが開いた。

里香は反射的に顔を上げると、そこには冷たい目をした二人の男が立っていた。全身黒ずくめの服に身を包み、その佇まいからしてただ者ではないとすぐにわかった。

思わず一歩後ずさりし、エレベーターの隅に身を寄せた。

この二人、さっきの男の仲間……?

心の中で警鐘が鳴り響いた。もしそうなら、どうすればいいの?

里香はすぐさまスマホを取り出し、緊急通報の番号を入力して、あと通話ボタンを押せば発信できる状態にした。

緊張感が張り詰める中、エレベーターは1階まで下降した。

ドアが開いた瞬間、里香は迷うことなく外に飛び出し、足早に出口を目指した。

自分の車は地下駐車場ではなく、屋外に停めてある。車に駆け込むように乗り込むと、急いでドアロックをかけた。

ようやく一息つき、外をそっと確認すると、あの二人の男はすでに姿を消していた。しかし、帽子とマスクをつけた男がこちらを一瞬振り返るように見えたが、そのまま
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Commentaires (1)
goodnovel comment avatar
YOKO
前に雅之が言ってたね。‥ その通りになった。役に立たない人達。笑
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