تسجيل الدخول医務室のベッド。水琴の足は広範囲にわたって火傷を負い、赤く腫れ上がって皮が剥けていた。腕にも、飛び火したような痛々しい痕が残っている。付き添おうとする紗音を、灼也は制して家に帰らせた。今は一刻を争う処置が必要だったからだ。「……っ」医師が傷口の処置を始めた瞬間、水琴は思わず息を呑んだ。ただ痛いだけではない。焼けるような熱さが肌を支配し、まるで行列をなした虫たちが足や腕を這い回り、皮膚を執拗に食い破っているかのような感覚。その細かな激痛の合間に、神経を逆なでするような鋭い痒みが混じる。たまらず手を伸ばしかけたが、指先がかすかに触れただけで、悲鳴を上げたくなるほどの激痛が走った。「触っちゃだめだ」灼也がその手首を優しく、だが強い力で掴んで止める。医師が持ってきた氷嚢を灼也に手渡し、水琴の火傷した部位に当てるよう指示した。皮膚に密着させ、十分間は動かさないように、と。灼也は氷嚢を受け取ったが、ふと思い当たることがあり、立ち去ろうとする医師を呼び止めた。「あの……彼女、今はその……氷を使っても大丈夫なんですか?」医師は即座にその意図を察し、頷いた。「問題ありません。今はそれどころではないでしょうから」水琴は顔を赤くし、怪我をしていない方の手で灼也の袖を引いた。「……変なこと聞かないで、早く貸してください!」灼也は苦笑しながら、一つを彼女の足に置き、もう一つを手に取って腕の傷口へと慎重に添えた。「自分でやりますから……」気まずさに水琴が呟くが、灼也は引かない。「紗音が知ったら、泣いちゃうからね」氷が肌に触れた瞬間、水琴の口から小さな吐息が漏れた。焼けるような熱が引き、代わりに清涼感が広がる。氷の冷たさがもたらす極限の麻痺——どんな感覚だろうと、あの虫に食い荒らされるような不快な痛みよりは、ずっとましだった。ずっと氷嚢を持ち上げるように当てていた灼也の腕は、さぞ限界が来ていたのだろう。彼は少しだるそうに、もう片方の手へ持ち替えた。「……ありがとうございます」水琴はぽつりと呟いた。彼と自分とでは住む領域がちがう。それは頭では分かっているのに、怪我をしたり弱っていたりする時、こんなふうに優しい看病を無下にすることはできない。彼は本当に、ずるいくらい優しい人なのだ。「みーちゃんは、どうしていつもそんなに他人行
「そんなのダメよ!」雅は弾かれたように起き上がると、狂ったように叫び声を上げた。「学長、警察だけは絶対に呼ばないで!そんなことになったら私の人生が台無しになっちゃう!やめて!私は鷹司家の人間なのよ!お兄様は理事会のメンバーなの、それを無視するつもり!?」そんなこと、あってはならない。彼女の瞳には大粒の涙が溢れ、必死の形相で訴え続ける。自分は南鳥市でも指折りの名門、鷹司家のお嬢様なのだ。常に羨望の的でなければならない。もし逮捕されるようなことになれば、社交界の令嬢たちからつまはじきにされ、街中の物笑いの種になってしまう。学長は一瞬、躊躇を見せた。確かに鷹司家は理事会に名を連ねる有力な支援者だ。そこへ、灼也が凍てつくような声を重ねた。「学長、案じることはない。理事会とて是非の判断がつかないほど愚かではないはずだ。それに、この件には私の妹である紗音が巻き込まれている。高遠家としても、このまま引き下がるつもりはない。静沢先生の提案通りに進めてもらおうか」「灼也様!お願い、助けてください!もう二度とこんなことしませんから!お願い、警察だけは……っ!」雅はパニックに陥り、泣きじゃくりながら灼也の手に縋り付こうとした。だが、彼は冷淡な一瞥をくれただけで、不浄なものを見るかのようにその手を避けた。その無様な姿を見下ろし、水琴は失笑を禁じ得なかった。「雅、高遠家のパーティーの時、私は警告したはずよ。次に私に手を出したら、今までの恨みも含めてすべて清算するって。あの時はあなたのご家族が必死に懇願し、高遠家の顔を立てて警察沙汰は免れたけれど。……今回は、誰の顔を立てる必要もなさそうね」「水琴!お義姉さん!お願い、私が悪かったわ。警察は呼ばないで。もう絶対にこんなことしないから!あなた、お兄様のことが好きでしょう?今回だけ見逃してくれたら、お兄様と復縁できるようにしてあげる!だから、お願い!」雅は顔をぐしゃぐしゃにして泣き喚き、見苦しい命乞いの言葉を並べ立てた。水琴はウンザリして眉をひそめた。臣への未練など欠片もないと、もう何度口にしただろうか。たかが一人の男だ。愛したのと同じように、あっさりと捨て去ることなど私には造作もないというのに。どうしてこいつらはいつも私の言葉を無視して、いつまでも私を臣の枠に当てはめようとするのか!「雅、もう通報し
水琴が冷たい表情で合図を送ると、大スクリーンが明るく点灯した。暗闇の相談室を映す暗視カメラの映像は全体が緑がかっていたが、それでも中の様子は十分に見て取れた。十数秒後、相談室のドアが静かに押し開かれ、二つの影がコソコソと忍び込んできた。そのうちの一人は、紛れもなく雅だった。「消して!早く消してよ!」雅は半信半疑だったが、映像を目の当たりにしてようやく悟った。これは水琴が自分を嵌めるために仕組んだ、完璧な罠だったのだ。映像が一時停止される。スクリーンには、雅の顔が鮮明に大写しになっていた。「雅……要するに、問題を盗んだのは君だったんだな。それを今日この場で、被害者のフリをして自ら騒ぎ立てただと?」学長の顔色が、赤から青へと目まぐるしく変わる。これほど大勢のメディアがいる前で、なんという醜態を晒してくれたのだ。【A大学の学生が、コンテスト前日に試験問題を窃取。発覚後、責任者の機転で問題は差し替えられたが、犯人は逆ギレして責任者に濡れ衣を着せようとした】――!!もしこんな記事が世に出回れば、大学の名誉に対する致命的な侮辱だ。A大学が百年にわたって築き上げてきた輝かしい歴史と威信が、雅の愚かな行いによって完全に泥を塗られたのだ!紗音は、試験中に雅が焦って落ち着きをなくしていた様子を思い出し、腑に落ちたように声を上げた。「だから第一ステージの時、あなたはしきりに隣の人から答えを教えてもらおうとしてたのね。でも解答時間が短すぎて、誰もあなたに構ってる余裕なんてなかったんだわ!」雅は顔面を蒼白にしながらも、なおも食い下がった。「でも……!これじゃ私が盗んだってことしか証明できないじゃない。この紙が紗音のバッグから出てきたのは事実よ。まさか、私が彼女のバッグに入れたとでも言うつもり!?静沢水琴と高遠紗音はあれだけ親密なんだから、事前に問題を漏らしてないなんて絶対に信じないわ!」「お前が入れたんだ」底冷えのするような低い声が、突如として会場に響き渡った。「兄様!」紗音はパッと表情を輝かせ、嬉しそうに跳び上がった。立ち上がった灼也が、ゆっくりと水琴の隣へ歩み寄る。「ちょうどここにもう一つ映像がある。皆に見てもらうのが手っ取り早いだろう」彼が水琴にUSBメモリを差し出すと、雅の顔が完全に引きつった。相談室の隠しカメラでさえ想定外
水琴の一歩も引かない視線が、雅を追い詰める。「誰から聞いたのか、答えなさい」雅は泳ぐ視線を必死に逸らしながらも、なおも食い下がった。「誰から聞いたかなんて関係ないわ!とにかくこれが本物の試験問題なのよ。しらばっくれたって無駄なんだから。嘘だと思うならイベント本部の人間を呼んで確かめればいいじゃない!あなたは紗音と仲がいいから、彼女を勝たせるために不正を働いた。そうでしょ!」会場の怒りに再び火がついた。もし雅の主張が事実であれば、水琴の行為は学生全員への裏切りだ。心理学部の揺るぎない権威は、長年続いてきたこの知識コンテストによって支えられてきた。学問の聖域であるはずのコンテストで、あろうことか運営側が不正に関与したというのか。学生たちの間に、不穏なざわめきが広がっていく。水琴はふっと微笑むと、軽く手を挙げて会場のざわめきを制した。「皆さん、聞いてください。鷹司雅の言う通りです。これは確かに、本来今日のコンテストで使われるはずだった本物の試験問題です」雅の顔に喜悦が走る。水琴が自ら認めたのだ!これで、紗音の不正を手助けしたという罪は逃れようのない事実となった。「ですが、私はこれを紗音に渡してなどいません。問題用紙は印刷後、すぐに金庫へ保管しましたし、その鍵を持っているのは私だけです」「今さらそんな言い訳が通用すると思ってるの?鍵をあんたしか持っていないなら、あんたが自ら紗音に問題を渡したっていう何よりの証拠じゃない!」雅が鼻で笑う。水琴は彼女の挑発を意に介さず、クシャクシャになった問題用紙をスッと手元に引き寄せた。「私が金庫の破壊に気づいたのは、コンテスト開始のわずか三十分前よ。だからこそ、すぐに企画部の学生に代わりの問題を用意させた。何者かが問題を盗み出したのは紛れもない事実。……でも、私には分かっているわ。犯人が誰なのか」「話を逸らさないで! 今問題なのは、あんたが私情で紗音を贔屓して、不正を働かせたってことよ。他の言い訳なら、コンテストが終わってから理事会や学長の前でたっぷりすればいいわ!」水琴をこの大学から叩き出す。その目的を目前にして、雅の興奮はすでに頂点に達していた。彼女は振り返り、学長に向かって声を張り上げた。「学長!事ここに至っては明白です。これは静沢水琴の自作自演ですわ。紗音を勝たせるために自ら問題を盗み出し
ところが、紗音が表彰を受けようと壇上に足を踏み入れたその時。突然、雅がステージに乱入してきた。彼女は水琴を真っ直ぐに指差し、金切り声を上げる。「不正を告発します!静沢水琴は高遠紗音にカンニングさせました!こんなの不公平です!」その声は講堂中に響き渡り、会場は一瞬にして水を打ったように静まり返った。灼也が底冷えのするような視線で雅を射抜く。水琴は冷ややかな声でピシャリと告げた。「雅、いい加減な口を利かないで。証拠はあるの?」「あるわよ!」雅は半ば狂乱したように叫んだ。小林学長と蓮見教授が顔を見合わせる中、菫だけはただ冷然と彼女の狂態を見据えている。「コンテストの問題は、本来別のものだったはずよ!それなのに開始の三十分前になって、静沢水琴が突然問題を差し替えたの。どう考えてもわざとじゃない!それに、紗音のバッグからこれが出てきたわ!差し替えられる前の、本当の試験問題よ!」雅は奪い取った紗音のバッグから、一枚の問題用紙をこれ見よがしに突きつけてみせた。学長は訝しげな表情で水琴へ視線を向けた。「静沢先生、これはどういうことかね?」彼もまた、当初用意されていたものとは別の問題が配布されたことを知っており、その理由を測りかねていたのだ。会場中の疑惑の目が水琴に突き刺さる。しかし、彼女は取り乱すことなく、落ち着いた動作でマイクを手に取った。「当初用意していた問題は、確かに私が精査して作成したものです。ですが今朝、試験問題を保管していた金庫が何者かによってこじ開けられ、中身が一部盗まれていることが発覚しました。そのため、公平性を期すために、急遽USBメモリに保存していた予備の問題に差し替えたのです」「それって、本当は紗音にカンニングさせていたのがバレそうになったから、慌てて変えただけなんじゃないの?」雅が追い打ちをかけるように、声を張り上げた。この言葉は瞬く間に会場に波紋を広げ、他の参加者たちも色めき立った。「静沢先生、本当に紗音を贔屓したんですか?」「ありえるわ。あの二人、普段からベタベタしてて怪しいと思ってたのよ」「よりによって小林菫先生の前でこんな不祥事を起こすなんて。A大学の恥だわ!」 ......次々と上がる非難の声。雅は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。「学長!今回のコンテストは公平性に欠けています。校則違反
一方、菫や蓮見教授ら審査員陣も、手元の新しい試験問題を見て驚きを隠せずにいた。今朝確認したものとは、明らかに内容が異なっている。解答時間はわずか十分。そのあまりの難易度に会場は騒然となり、結果、次へ進めたのはわずか四十名という波乱の展開となった。紗音は見事に合格したが、雅はあえなく脱落。「雅、大丈夫よ。ただのコンテストじゃない……」亜紀が慌てて慰めようとするが、雅は怒り狂ったようにカバンからクシャクシャになった本物の試験問題を引っ張り出した。「うるさい!あっちへ行って!」雅はまるで何かに憑りつかれたような形相で、その紙をバラバラに引き裂き、床にぶちまけた。亜紀は不愉快そうにその場を離れ、聞こえるか聞こえないかの声で毒づいた。「なによ、逆ギレしちゃって。カンニングに失敗したからって、私に当たらないでよね」第二ステージは進行も滞りなく、映像が切り替わるたびに、各チームのメンバーは一斉に紙にペンを走らせた。静まり返った講堂には、ただ鉛筆のカリカリという音だけが響いている。第二ステージが終了し、採点を待つ間の休憩時間。水琴は背もたれに深く寄りかかり、ほっと息をついてマイボトルに手を伸ばした。「これにしなさい」ドン、と。目の前に水筒が置かれた。水琴が驚いて顔を上げると、水辺の白鳥のように優雅な手が、すっと水筒から離れるところだった。「これ、何ですか?」「白湯だよ」水琴は思わず吹き出しかけた。昨日の夕方に冷たいビールを飲んで怒られたとはいえ、まさかコンテストの会場にまで保温水筒を持参してくるなんて。こんなところを誰かに見られたら、どんな噂を立てられるか分かったものじゃない。水琴は顔を真っ赤にして、灼也を軽く押し返した。「高遠さん、早く席に戻ってください!」メディアのカメラにでも撮られれば、あることないこと面白おかしく書き立てられてしまう。彼女の懸念など百も承知で、灼也は余裕の笑みを浮かべて慰めた。「心配しなくていい。適当な記事なんて書かせないさ」高遠家に関する報道は、すべて事前に一族のチェックが入る。不利益となる記事が世に出ることは絶対にないのだ。「それでもダメです!」水琴は彼を強引に自分の席へと追い返した。審査員たちによる採点が進む中、会場は張り詰めた空気に包まれていた。紗音は手に汗を握って祈って