Masuk華side
「着きましたよ、今日はこの店にしました」
懇親会が行われたホテルとは別の、歩いて数分程の場所にあるホテルについた。こちらも誰もが知る高級なホテルとして有名だ。エスカレーターをあがり、二階にある飲食店のある店へと向かうと入口の石畳が印象的な和食の店へと入って行った。
「せっかくお着物なので和を楽しめる店にしました。このお店、窓から皇居外苑を一望出来て素敵なんですよ」
案内された個室の席に入ると、窓の外からは都心とは思えないほど緑豊かな外苑が見える。
「都心でもこんなに自然を感じられる場所があるのですね。なんだか心が洗われるようです」
「良かった。喜んでもらえて嬉しいです。茶道を嗜む華さんなら、この静寂を気に入ってくれると思っていました」
料理を注文して、静かに外の景色を眺めていると北條先生が静かに口を開いた。
「答えたくなかったら聞き流していただいて結構なのですが、懇親会前に目が合った男性とはお知り合いですか?」
「あ、はい……。先生も気づかれていたのですね」
「まあ。華さんの表情が硬かったので一瞬で分かりました。ですが、あの場で私から尋ねるのは失礼にあたる
瑛斗side「彩菜さん、お疲れさまでした。配信、すべて拝見していましたよ。完璧な演技……いえ、完璧な会見でした」「一条社長、ありがとうございます。これで世間の目が、私たちから『彼女たち』に行くといいのですが」「そうですね。でもこれだけ世間の注目を集めたんだ。続報として各メディアが取り上げるでしょう。……目には目を、毒には毒を、です。彼女たちが記事を使って俺たちを追い詰めたのなら、今度は俺たちが世論を使って、彼女たちを影から引きずり出す番です」「ええ、私も世間の反応を楽しみにしていますわ」その日の夕方にはネットニュースが、翌日の新聞各紙には彩菜の発言がトップを飾り、「衝撃の告白」「AI合成写真の罠」として瞬く間にトレンドを独占した。SNSでは、合成写真の罠が素人では分からないレベルまで進化していることに対する恐怖感と注意喚起や驚きの声など様々な投稿がされて、話題にピックアップされた。しかし、奇妙なことに ネットや新聞がこれほど騒いでいるというのに、テレビの情報番組やワイドショーでは、この会見について一切報道されなかったのだ。「……なんで熱愛や続報は大々的に報じていたテレビ各社が、会見のことは一切報じないんだ!!!」見えない巨大な力が働き、電波からこの話題を
瑛斗side「先月から一部メディアで報道されている私、芦屋彩菜と一条ホールディングス社長の一条瑛斗氏の熱愛の件ですが、あの記事は完全なる誤報です」都内のホテルに設けられた会見場にて、芦屋グループの令嬢、芦屋彩菜は詰めかけたマスコミを前に、凛とした声で言い切った。その場に俺の姿はない。あえて彩菜一人が矢面に立つことで、俺たちの関係の「潔白」と彼女の「被害者としての立場」を強調する作戦だった。「彩菜さん、あの記事はでたらめだったと言うんですか? 何か根拠はあるのですか?」 「一条社長はこの件について、なんとおっしゃっているのですか? 一言お願いします!」レポーターたちが矢継ぎ早に質問を投げかけ、カメラマンたちから放たれる思わず目をつぶりたくなるほど眩しいフラッシュの砲火を浴びながらも、彩菜は冷静な表情を崩さず、淡々と語り始めた。「まず、第一弾の記事の写真についてですが、実際には他の者も同席している中で、さも二人きりだったと誤解を与えるように撮影されています。この日、ビジネスの件で一条氏とお会いしていたのは事実ですが、決して二人きりではありませんでした」「ビジネスの件というと、具体的にどんな内容でしょうか?」彩菜の発言を一言も取りこぼすことなく拾おうと記者の一人がすぐさま質問をした。
瑛斗side「一条社長、例の写真の件ですが、最新鋭のデータ解析により加工された可能性が高いという結果が出ました。このデータを世間に公表すれば、私たちの疑惑を晴らすことができるかもしれません」三村が副社長に就任してから一週間が経った頃、弾んだ声で芦屋彩菜から電話がかかってきた。あの悪意に満ちた写真や捏造記事のせいで、俺は株主からの信用を著しく失った。さらに、玲がいなくなってから空席にしていた副社長の椅子を外部の人間に明け渡すという屈辱を味わっている。今の俺にとって、名誉を挽回できる材料は何よりも欲していたものだった。「彩菜さん、本当ですか? それを出せば、ようやく風向きを変えられるかもしれない」「ええ。解析によれば加工である可能性は98%と極めて高い。正式にこの解析結果を添えて、一連の報道が事実無根であることを発表したいと思います」彼女の力強い言葉に、以前から抱いていた疑問をぶつけた。「ありがとうございます。……ところで、彩菜さんはこの一連の記事、一体誰の仕業だと思っていますか?」「それは私もずっと考えていました。第一弾の熱愛記事だけなら、単なるゴシップ目的という線も考えられます。ですが、第二弾、第三弾と続くにつれ、明らかに『一条瑛斗』と『芦屋彩菜』という個人を攻撃している。私たちの接触を快く思わない人間の仕業
華side「先生、今の……」窓の外に走った一瞬の光に私は身体を強張らせた。しかし、先生は動じることなく、むしろ抱きしめる力を強めて私を離そうとはしなかった。「大丈夫です。今は私だけに集中してください。華さんを困らせるようなことはしませんから」先生の胸の中で戸惑い、小さく問いかけた。「それは……一体どういうことでしょうか?」「華さんのことは、紹介されて写真を拝見した時から、なんて素敵な方なのだろうと思っていました。実際にお会いして話をしてみると、気品に溢れ、まさに名前の通り『華』のある女性だと思った。そのうち、外見だけでなく教室で生徒さんと関わる姿や、パーティーで得意先と話す時の細やかな気遣いを見てますます惹かれていったんです。……以前、縁談を断るために婚約者のふりをして欲しいとお願いしたのも、半分は本当ですが、もう半分はあなたに下の名前で呼ばれてみたかったという私の我儘なんです」「そう、だったんですか……」先生から感じる熱っぽい視線やお世辞以上に感じる甘い言葉など予感はあった。けれど、こうしてストレートに言葉として突きつけられると、脳内が麻痺したように真っ白になる。
華side「なるほど……。昨日、私と華さんの元へ届いた写真も、先月届いた手紙も、やはり同一人物の仕業のようですね。封筒のサイズも字の書体も一緒だ。犯人は敢えて自分の存在を示すために前回と同じ形式を使用したのかもしれません。……ですが、一体誰が。華さん、何か心当たりはありますか?」レッスンと片付けをすべて終えた後、私たちは茶道具を整える控室のソファに腰を下ろし、持ってきた手紙と写真を広げていた。静まり返った室内には、時折建物の前を通過する車の走行音だけが響いている。「はい……私も同一犯だと思います。でも、誰がやったのかは全く検討もつかなくて。茶会だって大々的に宣伝していたわけではありませんし、どうして訪問客がすべて帰ったあのタイミングでシャッターを切れたのか……不思議で仕方ないんです」私の言葉に、北條先生は考え込むように視線を落とした。そして、不意に私の顔を覗き込むと、その瞳を真っ直ぐに見つめて私の耳にかかった一房の髪をそっと指先で掬い上げた。 茶碗を洗ったばかりの先生の指先は少し冷たく、頬と耳に触れた瞬間、身体がピクンと跳ねた。先生の透き通った白い肌と、少し薄い唇が目の前に迫っている。あまりの至近距離に頭の中が真っ白になりそうな衝撃を受けた。「え、せ、先生……?」少し上擦った声で問いかけると、先生はふっと顔を離し何
華side「華さん、あの、今大丈夫ですか?」電話越しに聞こえてくる北條先生の声には、いつになく焦りの色が滲んでいる。いつもは先生の周囲だけ時間がゆっくりと流れているのではないかと思うほど穏やかな、あの先生の動揺。それに反応するように私の心臓も激しく波打ち始めた。「あ、はい……。どうされましたか?」努めて冷静を装ったが、ついさっき届いたあの写真の衝撃で私の声は微かに震えていた。北條先生に悟られないようスマホを握る手に力を込め、心の中で何度も「大丈夫、落ち着くのよ」と何度も自分に言い聞かせている。「実は、僕のところにも宛名だけの封書が届きまして……。不審に思いながら中を開けると、華さんとの写真が入っていたんです。それで、華さんのことが気になりまして」宛名のみの封書……。自分の手元にあるものと同じものが届いたのかもしれないことに、先程以上に心臓が早く動き、警告音のように大きく音を鳴らしている。「写真……? どんな写真だったのですか?」「それが、先日の茶会の時のものでして。僕と華さんしか映っていないのです。差出人も不明でなんだか気味が悪くて。華さんのところには届いていませんでしたか?」